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大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)1061号 判決 1969年12月17日

控訴人 桑畠興業株式会社

右代表者代表取締役 桑畠アイ

右訴訟代理人弁護士 石原秀男

被控訴人 国友鉄治

右訴訟代理人弁護士 大野一雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴会社は「原判決及び本件手形判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文第一項と同旨の判決を求めた。

被控訴人は、請求原因及び控訴人の主張に対する反駁として

一、被控訴人は、控訴会社振出にかかる左記約束手形一通(以下本件手形という)の所持人であるが、その満期日にこれを支払場所に呈示して支払を求めたところ、支払を拒絶された。

額面金額 金四〇〇万円

満期日  昭和三九年八月二八日

支払地  神戸市

支払場所 株式会社第一銀行兵庫支店

振出日  昭和三九年七月二五日

振出地  神戸市

振出人  桑畠興業株式会社(控訴会社) 代表取締役 桑畠アイ

受取人  国友鉄治(被控訴人)

以上

二、よって、被控訴人は控訴会社に対し右手形金四〇〇万円及びこれに対する満期日の翌日である昭和三九年八月二九日以降その完済に至るまで手形法所定の年六分の割合による利息金の支払を求める。

三、控訴会社の主張事実中、本件手形振出当時における控訴会社内部の経営の実態がその主張の如くであったか否かは知らないし、本件手形は溝淵竜也、浜口幸雄等が振出したものであるとの点は否認する。右手形は控訴会社代表取締役桑畠アイが控訴会社の代表者として自ら記名印及び印を押捺して作成したものである。

仮に、控訴会社主張のように、溝淵及び浜口等が本件手形を作成したとしても、同人等は桑畠アイから控訴会社の経営の主宰方を委ねられていたのであり、而も浜口はアイと同様控訴会社の代表取締役であったのであるから、溝淵及び浜口等が代表取締役桑畠アイ名義を用いて作成した本件手形が控訴会社振出の手形として有効であることはいうまでもない。また、同人等が割引金横領の目的で権限を濫用して本件手形を振出したとしても、被控訴人はこの点につき善意無過失の手形取得者であるから、控訴会社は本件手形金債務を免れることはできない。

と陳べ(た。)立証≪省略≫

控訴会社は、答弁及び抗弁として

一、被控訴人主張の請求原因事実中、被控訴人が本件手形の所持人であり、右手形が満期日に不渡りとなったことは認めるが、控訴会社が本件手形を振出したとの点は否認する。

二、控訴会社は、桑畠アイの亡夫桑畠甚之助が創立した海陸運搬及び船舶機械の加工修理を主たる営業目的とする会社であって、昭和三一年七月右甚之助が死亡して以来アイが代表取締役としてその経営に当っていたが、次第に営業不振に陥り、昭和三九年初頃アイは控訴会社の営業廃止を決意するに至ったところ、新大阪工事株式会社(以下新大阪工事という)の代表取締役溝淵竜也の申入れにより、控訴会社を再建するため同会社の株式の殆ど全部を新大阪工事に譲渡し、右溝淵に控訴会社の経営を委ねることとなった。そこで溝淵は腹心の浜口幸雄、川田哲幸、林某等を控訴会社に送り込み、浜口幸雄は控訴会社の代表取締役(共同代表の定めはない)に就任して、同人等が溝淵の指示の下に控訴会社の業務の執行を主宰し、アイは控訴会社の経営には全く関与しなくなったのであるが、元来控訴会社は川崎重工業株式会社(以下川崎重工という)の専属下請会社であり、川崎重工が内規によって下請会社の代表取締役の交替を二親等内の親族に限って認めることとしていたため、同会社に対する関係上、桑畠アイが控訴会社の登記簿上の代表取締役としてとどまり、その記名印及び印も従前どおり控訴会社の経理事務を担当していた藤井建史郎に保管させ、溝淵及び浜口等が控訴会社の正常な業務の執行のためにこれらの印を使用することは許諾していた。然るに、溝淵及び浜口等は、控訴会社を再建するかのように装いつつ、控訴会社の川崎重工に対する従前の下請工事代金を集金すると共に、控訴会社名義で会計約四、〇〇〇万円に上る約束手形を濫発してその割引金を取得し、これらの金員を横領し、新大阪工事と控訴会社を放置して行方をくらました。本件手形は同人等の濫発した右手形の一であって、これに押捺されている桑畠アイの記名印及びその名下の印は藤井の保管していた前述のものであるが、本件手形は控訴会社の正常の業務のために振出されたものではなく、浜口及び溝淵らが共謀して割引金を横領する目的で、右記名印及び印をアイの許諾の範囲を逸脱して使用し、アイの代表資格を冒用して作成したものである。従って本件手形は偽造手形であって、控訴会社にその手形金支払義務はない。

と述べ(た。)≪証拠関係省略≫

理由

被控訴人が本件手形を所持しており且つこれを満期日に支払場所に呈示したが支払を拒絶されたことは当事者間に争いがない。そして、本件手形の振出人である控訴会社の代表取締役桑畠アイの記名及びその名下の印影が、右桑畠アイの記名印及び印によって作出されたものであることは控訴会社の自認するところであるから、別段の反証のない限り、それは桑畠アイが作出したものと推認され、従ってまた全部真正に成立したものと推定すべき甲第一号証(本件手形)によると、本件手形は控訴会社が被控訴人宛に振出したものと認めるの外はなく、この認定を左右すべき証拠はない。

控訴会社は、本件手形は溝淵竜也及び浜口幸雄が割引金を横領する目的で共謀して桑畠アイの記名印及び印を使用し同人の代表資格を冒用して作成した偽造手形であると主張するけれども、溝淵ないし浜口が本件手形を作成したことを確認し得る証拠はない。しかのみならず、控訴会社主張の如く、浜口幸雄も控訴会社の代表取締役であり、かつ共同代表の定めがないとすれば、会社のため独自の手形振出権限を有するのであるから、同人が約束手形を振出すにあたり無断で他の代表取締役たる桑畠アイの代表名義を用いたとしても、その効果の帰属を偽ったわけではなく、あたかも浜口幸雄が自己の代表資格をもって手形を振出した場合と同様、控訴会社は手形金支払の責を免れないものと解するを相当とする(最高裁判所昭和四〇年四月九日判決、民集一九巻六三二頁参照)。そして代表取締役が自己または第三者の利益を図るため手形の振出等その権限内の行為をしたときでも、相手方が代表取締役の右意図を知っていたかまたは知ることができた場合でない限り、会社はその行為につき責に任じなければならないこと、民法第九三条但書の律意に照し当然であって(最高裁判所昭和三八年九月五日判決、民集一七巻九〇九頁、同昭和四二年四月二〇日判決、民集二一巻六九七頁参照)、この理が会社に複数の代表取締役があり、その内一名が他の代表取締役名義を用いて手形を振出した場合にもあてはまることはいうまでもない。

従って、本件約束手形が、仮に控訴会社主張のように、控訴会社の代表取締役浜口幸雄及び溝淵竜也らが共謀の上割引金横領の意図の下に他の代表取締役桑畠アイ名義を冒用して振出したものであるとしても、受取人である被控訴人において右の意図を知っていたかまたは知ることができた場合であることの主張立証がない以上、控訴会社は本件手形金支払の責に任じなければならないこと前説示のとおりであって、この点に関する控訴会社の主張はそれ自体理由がない。

そうであれば、控訴会社に対し本件手形金四〇〇万円及びこれに対する満期日の翌日である昭和三九年九月二九日以降その完済に至るまで手形法所定の年六分の割合による利息金の支払を求める被控訴人の請求は理由があり、これを認容すべきものとして本件手形判決を認可した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 金田宇佐夫 判事 輪湖公寛 中川臣朗)

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