大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)1238号 判決 1975年7月29日
原告(一、二二一号控訴人、
一、二三八号、一、二四一号被控訴人)
渋谷義夫
右訴訟代理人
福岡彰郎
外三名
亡福田寅治相続人
被告(一、二二一号被控訴人)
福田雄積
他二三名
右被告ら二〇名訴訟代理人
堀川嘉夫
外三名
被告(一、二四一号控訴人)
宮本太吉
外三名
右被告ら四名訴訟代理人
西本剛
外一名
主文
1(甲事件)
原告の本件控訴を棄却する(ただし、原判決中、(イ)福田寅治に対する裁判は同人の死亡によりその相続人である被告福田雄積を名宛人とする裁判に、(ロ)竹内友次郎に対する裁判は同人の死亡によりその相続人である被告竹内菊野、同竹内友明、同増井千鶴子、同竹内敬、同竹内高雄、同池田淑子を名宛人とする裁判に、(ハ)阪野徳三郎に対する裁判は同人の死亡によりその相続人である被告阪野とよの、同阪野利一、同阪野健治、同阪野豊広を名宛人とする裁判に、それぞれあらためられる。なお、原判決主文第三項の「被告福田寅吉」は「被告福田寅治」と訂正する。)。
2(乙事件)
被告浅野寅吉、同浅野憲治、同藤井俊彦、同藤井英彦、同青木寿賀三、同安田塗料株式会社の本件各控訴を棄却する(ただし、原判決の主文中、一(一)(6)の「(八)の(イ)」、同(7)の「(八)の(ロ)」および同(8)の「(九)の(イ)」の各冒頭に「別紙土地目録記載」を附加し、一(一)(8)の「受付第三三〇五号」とあるを「受付第三三〇四五号」と訂正する。)。
3(丙事件)
被告宮本太吉、同村井重雄、同金谷喜三郎の本件各控訴を棄却する(ただし、原判決の主文中、一(一)1の「同法務局」とあるを「大阪法務局」と訂正する。)。原判決中、被告吉田繁次郎に対する裁判(ただし、同人の死亡によりその相続人である被告吉田隆志に対する裁判にあらためられるもの。)を左のとおり変更する。
(1) 被告吉田隆志は原判決末尾添付土地目録記載(三)の(ロ)の土地について、大阪法務局昭和三八年四月九日受付第八七六五号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をなし、同地上より原判決末尾添付建物目録記載(二)の建物を収去して右土地を明渡し、かつ、同土地目録記載(三)の(二)の土地について同法務局同三八年四月九日受付第八七六六号をもつてなされた所有権移転請求権保全の仮登記の抹消登記手続をせよ。
(2) 被告吉田隆志は原告に対し昭和三八年四月九日から同三九年一二月末日まで年額金三〇〇円、同四〇年一月一日から前記(三)の(ロ)の土地明渡済まで年額金七二、〇〇〇円の支払いをせよ。
4 甲、乙、丙各事件につき生じた各控訴費用(ただし、丙事件中、原告と被告吉田隆志との間で生じた分を除く)はそれぞれその控訴人らの負担とし、丙事件中、原告と被告吉田隆志との間で生じた訴訟費用は第一、二審とも被告吉田隆志の負担とする。
事実
第一、申立
原告
(甲事件につき)
一、原判決を取消す。
二、原告に対し
1 被告福田雄積は、原判決末尾添付土地目録記載(一)の(イ)、(ロ)および(二)の土地について、大阪法務局昭和二五年一一月一三日受付第一七四四九号をもつてした各所有権移転登記(ただし、亡福田寅治名義)の抹消登記手続をし、かつ、昭和二六年一月一日から同二八年一二月三一日まで年額3.3平方メートル当り二円、同二九年一月一日から同三三年一二月三一日まで年額3.3平方メートル当り五円、同三四年一月一日から同三五年八月七日まで年額3.3平方メートル当り一〇円の割合による金員を支払え。
2 被告西村栄三郎、同西村花香は、同(一)の(イ)および(ロ)の土地について、同法務局昭和三五年八月八日受付第二二三二七号をもつてした各持分二分の一の所有権移転登記の抹消登記手続をし、かつ、昭和三五年八月八日から同年一二月三一日まで年額3.3平方メートル当り一〇円、同三六年一月一日から同三八年八月二二日まで年額3.3平方メートル当り一、二九〇円の割合による金員を連帯して支払え。
3 被告西村花香は、同(一)の(イ)の土地について、同法務局昭和三八年九月一一日受付第二三四八七号をもつてした所有権移転登記の抹消登記手続をし、かつ、同土地を明渡し、かつ、昭和三八年八月二三日から右明渡しずみまで年額3.3平方メートル当り一、二九〇円の割合による金員を支払え。
4 被告西村栄三郎は、同(一)の(ロ)の土地について、同法務局昭和三八年九月一一日受付第二三四八八号をもつてした所有権移転登記の抹消登記手続をし、かつ、原判決末尾添付建物目録記載(イ)の家屋を収去して右土地を明渡し、かつ、昭和三八年八月二三日から右明渡しずみまで年額3.3平方メートル当り一、二九〇円の割合による金員を支払え。
5 被告白井茂太郎は、同土地目録記載(二)の土地について、同法務局昭和三五年八月八日受付第二二三二八号をもつてした所有権移転登記の抹消登記手続をし、かつ、同建物目録記載(ロ)の家屋を収去して右土地を明渡し、かつ、昭和三五年八月八日から同三六年一二月三一日まで年額3.3平方メートル当り一〇円、同三七年一月一日から右明渡しずみまで年額3.3平方メートル当り一、七七〇円の割合による金員を支払え。
6 被告竹内菊野、同竹内友明、同増井千鶴子、同竹内敬、同竹内高雄、同池田淑子は、同土地目録記載(五)の土地について、同法務局昭和二五年一一月一三日受付第一七四四九号をもつて、同(六)の土地について、同法務局昭和二五年八月二四日受付第一三一一三号をもつて、それぞれした所有権移転登記(ただし、亡竹内友次郎名義)の抹消登記手続をし、かつ、右各土地を明渡し、かつ、右各土地につき、昭和二六年一月一日から同二八年一二月三一日まで年額3.3平方メートル当り二円、同二九年一月一日から同三三年一二月三一日まで年額3.3平方メートル当り五円、同三四年一月一日から右明渡しずみまで年額3.3平方メートル当り一〇円の割合による金員を支払え。
7 被告阪野とよの、同阪野利一、同阪野健治、同阪野豊広は、同土地目録記載(七)の土地について、同法務局昭和二五年一一月一三日受付第一七四四九号をもつてした所有権移転登記(ただし、亡坂野こと阪野種吉名義)の抹消登記手続および同法務局昭和三五年七月一一日受付第一九六三〇号をもつてした所有権移転登記(ただし、亡阪野徳三郎名義)の抹消登記手続をし、かつ、右土地を明渡し、かつ、昭和三四年四月一日から右明渡しずみまで年額3.3平方メートル当り一〇円の割合による金員を支払え。
三、訴訟費用は第一、二審とも被告らの負担とする。
四、金員支払部分につき仮執行の宣言。
(乙、丙各事件に対し)
一、本件控訴を棄却する。
二、控訴費用は被告らの負担とする。
被告ら
(乙、丙各事件につき)
一、原判決中、被告ら敗訴部分を取消す。
二、原告の請求を棄却する。
三、訴訟費用は第一、二審とも原告の負担とする。
(甲事件に対し)
一、本件控訴を棄却する。
二、控訴費用は原告の負担とする。
第二、事実
<前略>
(丙事件被告らの主張)
四、かりに右主張が認められないときは、被告金谷、同村井およびもと被告亡吉田繁次郎の承継人である被告吉田隆志は各占有土地につき留置権を行使する。すなわち、
1 被告金谷は前記のとおり昭和三四年一一月被告宮本から前記旧二九番地の一のうち(四)の土地704.13平方メートルを代金三三〇万円(時価坪当り三五万円ないし四〇万円であるから、これを控え目に三五万円として、時価に換算すると七、四五五万円)で買受けて、爾来これを占有しているほか、昭和三六、七年ごろ右土地の地盛工事に金一七万円(売主被告宮本は寝屋川改修工事のころから右土地の耕作をやめたため、土地は荒廃地となつていた。)、下水工事に金七万円、水道引込工事に金六万円(地盛工事費現価は坪当り二万円であるから、現在では四四〇万円、水道引込、下水工事は当時の三倍であるから三九万円となる。)を支出した。
2 被告村井は前記のとおり昭和三七年一〇月被告宮本から前記旧二九番地の一のうち(三)の(ホ)の土地55.76平方メートルを代金一、一八九、〇〇〇円(前記同様、時価に換算すると五、八〇四、五〇〇円)で買受け、爾来これを占有している。
3 もと被告亡吉田繁次郎も前記のとおり昭和三七年一〇月被告宮本から前記旧二九番地の一のうち(三)の(ロ)の土地99.17平方メートルを代金一九五万円(前記同様、時価に換算する金一、〇五〇万円)で買受け、爾来これを占有している。
しかして、もしこれらの土地の所有権が、買収、売渡処分にもかかわらず、なお、旧地主たる原告に属しているとすれば、被告宮本は所詮他人の物の売却を約したことになり、売主としての義務の履行が不能となり、買主たる前記被告ら三名はいずれも売主被告宮本に対し填補賠償請求債権として買受土地の時価相当金額の債権を有し、また、被告金谷については、占有土地を返還すべき原告に対し前記支出金時価相当額の有益費用償還請求債権をも有する。そして、以上の債権はいずれも前記被告ら三名の各占有土地に関して生じた債権であるから、その弁済を受けるまでこれを留置する。
(原告の主張)
<前略>
四、丙事件の被告金谷、同村井、同吉田の留置権の抗弁を否認する。
いうところの被告宮本に対する填補賠償債権は占有物自体の給付に代る債権であつて、民法二九五条一項所定の「其物ニ関シテ生シタル債権」ということはできない。右のような損害賠償債権と占有物との間には右法条所定の牽連関係はない。
また、右被告らの各関係土地の占有は不法行為に因つて始まつたものであるから、右填補賠償債権、有益費返還請求債権とも、留置権によつて担保される債権ということができない(同法条二項)。
第三、証拠関係<省略>
理由
一まず、本件被告らのうち、甲事件の被告福田寅治、同竹内友次郎、および同阪野徳三郎が、甲事件被告ら主張のとおり、本訴提起後に死亡し、その主張の被告らがその地位を承継したことは当事者間に争いがなく、丙事件の被告吉田繁次郎が、丙事件被告ら主張のとおり、本訴提起後に死亡し、被告吉田隆志がその地位を承継したことは成立に争いない乙第一五号証および当審における被告吉田隆志本人尋問の結果によつてこれを認めることができる。
二原告の被告らに対する本訴請求原因事実中、附帯の損害金請求原因を除く部分、すなわち、要するに、原告は自創法に基きその所有土地であつた本件各土地を国に買収されたが、右買収処分の前提である買収計画に瑕疵があつたため、右買収計画取消訴訟を起こしたところ、原告が勝訴し、本件各土地がなお原告の所有であつたことが確定したから、原状回復の請求として、被告らに対しその占有にかかる各土地の返還(地上に建物を所有する被告らに対しては該建物の収去をあわせ求める。)と、所有権取得登記および所有権移転請求権保全仮登記(被告吉田隆志につき本件(三)の(二)の土地分)の抹消登記手続とを求める部分に関する請求原因事実は、すべて当事者間に争いがないか、または、被告らが明らかに争わないから自白したものとみなすことができる。
三そこで、被告らの各抗弁主張について検討する。
1(甲事件被告らの主張)
当裁判所は、甲事件被告らの主張する所有権時効取得の抗弁(本件(一)(イ)(ロ)、(二)の土地については、その被売渡人もと被告亡福田寅治において、(五)(六)の土地については、同じくもと被告亡竹内友次郎において、(七)の土地については、同じく亡阪野種吉の相続による占有承継人もと被告亡阪野徳三郎において、それぞれこれらの所有権を時効取得し、その余の被告らはその後にそれぞれこれらの一部を転得した――被告西村花香が(一)(イ)の土地を、被告西村栄三郎が(一)(ロ)の土地を、被告白井茂太郎が(二)の土地を、各転得した――との主張)は正当であると認めるものであつて、その理由とするところは、左のとおり附加するほかは原判決理由説示と同一(原判決二〇枚目表三行目から同二五枚目表一二行目の「取得したことになる」まで。ただし、同二四枚目表七行目括弧内の「被告」から同九行目はじめの「承継、」までを削除する。)であるからこれをここに引用する。
(1) 被告らが昭和四一年二月一一日の原審第二二回口頭弁論期日に右時効を援用したことは記録上明らかである。
(2) 前記被売渡人たるもと被告らが政府から売渡処分を受けた各土地の自主占有を始めたさい善意無過失であつた、と認めた点につき、最高裁判所昭和四一年九月三〇日判決民集二〇巻七号一五三二頁を参照判例として援用する。
(3) 原告の当審での主張三1の主張(被告らの時効期間は、原告の起こした買収計画取消の訴の判決が原告勝訴によつて確定したとき、すなわち、昭和四〇年一一月五日から進行すると解すべきである。そうでなければ、原告としては、それより前に効果的に被告らの時効の進行を中断する方法がなく、不当である、との主張)は採用することができない。けだし、原告は、右訴訟の勝訴判決の確定をまつまでもなく、それより前、被告らを相手方として、買収計画の取消を条件とする原状回復の請求の訴(本訴のような)または右取消によつて土地所有権を回復すべき法律上の地位に関し条件付権利の確認の訴を提起する等の方法によつて、被告らのために進行する取得時効を中断することが十分可能であるからである(最高裁判所昭和四七年一二月一二日判決民集二六巻一〇号一八五〇頁参照)。
そうすると、原告の甲事件被告らに対する本訴請求は、爾余の判断をなすまでもなくすべて失当である。
2(乙事件被告らの主張)
(一) 当裁判所は、乙事件被告らの賃借権をいう抗弁(なお、当審における弁論の全趣旨によれば、被告安田塗料株式会社も右の抗弁を主張するものと認められるから、当裁判所は他の被告らとともに同被告についても判断する。)は失当と認めるものであつて、その理由とするところは、「当審における証人浅野定吉の証言および被告浅野憲治本人尋問の結果中、被告らの右主張にそう部分は措信しない。」と附加するほかは、原判決の理由説示と同一(原判決二五枚目裏一〇行目から同二六枚目裏末行まで)であるからこれをここに引用する。
(二) 被告らの当審での主張二の主張(原告の原状回復請求は、自創法およびこれによつてなされた買収、売渡処分の特殊な法的、政治的、社会的性質に照らし、または、事情変更の原則により、許されるべきではない、との主張)につき按ずるに、かりに自創法の成立した政治的、社会的背景が被告ら主張のとおりであるとしても、同法が法律であることに相違ないのであるから、これを超憲法的な法規であるとして被告ら主張のような特殊な効果を認めるいわれはなく、また、被告ら主張のような法律制定経過のゆえに、原告が同法によつてなされた買収計画の瑕疵を主張してその取消しを訴求しえないとする道理はない。原告が、右訴訟に勝訴した結果、当初から存していたことが明らかになつた被買収土地の所有権に基き原状の回復を求めることは、権利濫用等民法所定の特段の事情なきかぎり私権の行使として当然認められなければならないところである。原告は昭和二三年四月本件各土地の買収計画が樹立され、公告縦覧に供せられるや、つとに、その違法(自創法五条五号違反)を主張し、同年七月にはその取消を求める行政訴訟を起こし、ついで、昭和三五年には本訴を起こしたものであつて(なお、被告浅野両名を除く被告らはいずれも原告の本訴提起後の既得者である点も参照)、右経過によつても、原告の本訴請求の妨げとなる事情は見当らず、また、本件訴訟に顕出された全証拠および当裁判所に顕著な最近における都市近郊農地の一般的な開発情況等によつても、未だ本件につき所論事情変更の原則を適用するような情況はこれを認めることができない。被告らの前記主張は採用することができない。
(三) そこで、次に、被告らの当審における時効の抗弁について検討する。
まず、被告浅野寅吉が(八)の(イ)(ロ)の土地を、被告浅野憲治が(九)の(イ)(ロ)(ハ)の土地を、それぞれ自主占有し始めた時期は、同人らが政府(知事)から自創法二〇条一項所定の売渡通知書の交付を受けた日であると解すべきところ(けだし、取得時効の要件たる所有の意思は、単に内心の意思では足らず、客観的に権原によつて認めうるものでなければならないところ、前記法条によれば、一般に、同法による売渡処分は、売渡の相手方に対し売渡通知書を交付することによつて成立するものとされており、被売渡人は右の時点においてはじめて客観的に権原により所有の意思を有するにいたつたとみるのが相当であるからである。もつとも、同法二一条一項によれば、通知書が交付されたときは、その通知書に記載された売渡の時期に遡つて当該農地の所有権は被売渡人に移転する旨定めているが、右の規定は売渡処分およびその前提たる買収処分等が瑕疵なく有効に成立した場合における所有権移転時期を定めたものであり、本件のように、前提たる買収計画に瑕疵があつたため売渡処分によつて所有権の移転がなかつた場合に、所有権時効取得の要件たる自主占有の開始時期を定めるにつき考慮すべき規定ではないと考えられる。のみならず、一般に、所有権時効取得の要件事実たる自主占有開始時期を遡らせて擬制して認定することはできない。)、被告らは、前記被告両名が各売渡通知書の交付を受けた日は、売渡期日である昭和二四年三月二日の一カ月以内、おそくとも同年内であつた旨主張し、前掲証人浅野定吉の証言および被告浅野憲治本人尋問の結果中には右主張にそう供述も存するが、これらの供述は、何ら他に裏付けとなる書証もなく、約二五年前の事実を述べたものであつて、本件のように、はたして右交付の日が昭和二五年一〇月一二日(本訴提起の一〇年前)の前か後かによつて勝敗を決すべき事案についてこれをたやすく措信することは困難であり、他に前記主張を裏付けるに足る確証もない。げんに、近隣土地である丙事件関係の土地((三)の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)、(四)の各土地)は、昭和二六年七月一日に売渡通知書の交付がなされていること後記のとおりである。また、前記甲事件関係の土地((一)(イ)(ロ)、(二)(五)(六)(七)の各土地)については、昭和二四年四月三日に売渡通知書の交付がなされたと認定されうることは当裁判所の引用する原審説示のとおりであるが(この場合の売渡時期は昭和二三年七月二日であつて、被告ら所論のように必らずしもその一カ月以内に通知書交付がなされたものではない点も参照)、右認定にかかる交付の日は、当時、城東区農地委員会が作成した「売渡代金一覧表」なる文書(乙第三号証の一ないし四)によつて客観的に裏付けられるものであつて、本件乙事件関係土地とその売渡時期も異なり、何ら傍証とすることのできないものである。
そうすると、被告らの主張する自主占有期間は、計算上、原告の本訴提起までに一〇年を経過するものである、との確証がないことに帰し、前記時効の抗弁は爾余の要件について判断するまでもなく失当である。
(四) そうすると、原告の乙事件被告らに対する登記抹消と土地明渡を求める本訴請求は正当である。
3(丙事件被告らの主張)
(一) 当裁判所は、丙事件被告らが主張する賃借権に関する主張、および原告の本件請求は許されないとの主張(当審での二の主張)はいずれも失当であると認めるものであつて、その理由とするところは前記乙事件被告らの主張に対する説示判断(2の(一)、(二))と同一である(ただし、2の(一)で附加した説示部分―鍵括弧内―を削除し、同(二)の説示中「昭和三五年には本訴を起こしたものであつて」の次の括弧内を「なお、もと被告亡吉田繁次郎および被告村井は、いずれも原告が本訴を起こした後の転得者である点も参照」とあらためる。)。
(二) そこで、被告らの当審における時効の抗弁について検討する。まず、被告宮本が丙事件関係の土地((三)の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)、(四)の各土地)の自主占有を始めた時期についてみるに、同被告が右各土地の売渡通知書の交付を受けた日が昭和二六年七月一日であることは被告らの自認するところであるから(なお、<証拠>によれば、その売渡時期も右同日であることが認められる。)、右の日をもつて自主占有開始の日と目すべきである。被告らは、右事実関係にもかかわらず、被告宮本が前記土地を自己のものとして占有を始めたのは甲事件関係の土地((一)の(イ)(ロ)、(二)、(五)、(六)、(七)の各土地)に関し売渡通知書の交付された昭和二四年四月三日、おそくとも同年五月一日である旨主張し、その事情として同被告は甲事件関係土地と同時に前記各土地の売渡申請をしたが、農地委員会の手続の遅れによつて自己申請分だけ同時に通知書の交付を受けることができなかつたが、当時(昭和二四年五月一日までの日に)同委員会に問い質したところ、遅れるが必らず売渡される、と確約されたから、その日から所有の意思を有するにいたつた、と主張し、当審における被告宮本太吉本人尋問の結果中には右主張にそう供述も存するが、右供述自体、約二五年前の記憶を述べたものであり、他に裏付けとなる確証もないからにわかに措信できないのみならず、かりに右のような経緯があつたとしても、占有者の占有意思態様は占有者の単なる内心的、主観的意向によつて決すべきものでないこと既に説示したとおりであるから(前記2の(三)参照)、被告らの右主張はとうてい採用することができない。
そうすると、被告らの取得時効の主張は、自主占有期間が原告の本訴提起前一〇年を経過したとの確証がないに帰することとなり、爾余の要件につき判断するまでもなく失当である。
(三) 次に、被告宮本を除く被告らの留置権に関する主張について検討する。
まず、被告らが留置権によつて担保されるという債権のうち、損害賠償債権と被告らの占有する各土地との牽連関係について按ずるに、一般に損害賠償債権は原債権(本件では売主被告宮本太吉に対する各占有土地引渡請求権)の変型または延長と解されるから、その牽連性について考える場合も、右原債権について論ずべきところ、右土地引渡請求権の履行を該土地自体を留置することによつて強制するということは、論理上、考え難いところであり、とうてい、右引渡請求権ひいてはその填補賠償債権と各土地との間に牽連関係があるということはできない。すなわち、被告ら主張の右損害賠償債権は民法二九五条一項所定の、本件各土地の占有者(被告ら買主)がその物に関して有する債権ということはできないものである(最高裁判所昭和三四年九月三日判決民集一三巻一一号一三五七頁参照)。そうすると、右留置権の主張は爾余の点について判断するまでもなく失当である。
次に、被告金谷の有益費用償還請求権に関する留置権の主張につき按ずるに、同被告の主張する右債権は、その出捐額とするのか、増加額とするのか、未だ占有回復者(原告)の選択を経ていないところであるが(民法一九六条二項参照)、いずれにしても、原告が同被告に対しその占有土地((四)の土地)の回復を求めて本訴を提起した後である昭和三六、七年ごろに出費し、改良した有益費であることは同被告の主張自体および当審における同被告本人尋問の結果によつて明らかである。
ところで、民法二九五条が留置権を定めた所以である公平の理念に照らすと、同法条二項が、占有が不法行為によつて始まつた場合にはその占有者に対しては留置権を認めないとした趣旨は、その占有が権原なき不法占有であつて、かつ、占有者がそのことを知り、または知りうべかりし時点において該占有物につき発生した債権についても留置権を認めない趣旨であると解するのが相当で(同旨、東京高裁昭和三〇年三月一一日判決高民集八巻二号一五五頁)、本件の場合、前記事実関係に照らすと、被告金谷は右出捐をしたときには、少くとも自己の前記(四)の土地の占有が原告との関係で権原なきものと知りうべかりしものというべきである。
そうすると、被告金谷主張の前記有益費用償還請求債権は、これを別個に請求する場合は格別、これを被担保債権として前記(四)の土地を留置することはできないものというほかない。
被告金谷の右留置権の主張も、爾余の判断をなすまでもなく失当である。
(四) そうすると、原告の丙事件被告らに対する登記、仮登記抹消と土地明渡を求める本訴請求は正当である。
四<省略>
五よつて、丙事件の被告吉田隆志を除く本件控訴人らの各控訴はすべて失当としてこれを棄却し、右被告に対する原審の裁判は上記の範囲で一部これを変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、九六条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(井上三郎 石井玄 畑郁夫)