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大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)1254号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕二、そこで本件解約申入の正当事由の存否について判断するが、そのためには賃貸借契約締結以後解約申入までの事情を考慮するとともに、当審で立退補償金の提供による第一次予備的請求の追加もされているので、解約申入後の交渉の経過等もその判断の資料とすべきであり、<証拠>を綜合すると、次のとおり認定(一部争いのない事実を含む)および判断することができる。

(1) 控訴会社は繊維織物類の貿易業を営む会社であり戦前から本件建物を所有していたが、戦後いわゆる貿易自由化がされない間は、いわゆるペーパー貿易(業者はバイヤーと契約しメーカーに指図するだけの机上取引で自家倉庫を必要としない。)を主としていたため、倉庫用に建てられた本件建物を自己使用することなく、一部分を訴外神戸運輸株式会社に貸し、本件部分は一時他に材木置場に貸したほか、空けたままにしていた。

(2) 被控訴人宮崎商店は従来貿易業を、被控訴人ラビットスクーターは富士重工の製作するスクーターの販売、修理を業とする会社で、ともに宮崎知男が代表者を兼ねていて、以前神戸市生田区京町七五番地に土地建物を有して営業していたが、昭和三二年初頃、被控訴人宮崎商店が事業に失敗しその土地建物を手離さねばならなくなり、急拠移転先を物色中、かねて同業関係で知つていた控訴人が本件建物を遊ばせていることを知り、同年三月八日本件建物部分を敷金七〇万円、賃料一ケ月三万三、五〇〇円、期間一年、但し期間経過後の契約については、協議の上継続更新する等の条件で被控訴人宮崎商店が賃借し、被控訴人ラビットスクーターも同所で営業することの承諾を得た。

(3) その後一年を経たとき、被控訴人らは右賃料が払いきれないので、他に二〇坪程を家賃一万八、〇〇〇円で借りられるところを見付けて移転しようとしたところ、控訴人の方から、電気、水道代を控訴人が負担することで賃料二万円でよいという申出があつて、敷金を四〇万円に変更して、右賃料で引続き賃貸借を継続した。(この点控訴人は、右は被控訴人側の申入れにより、とくに一時賃貸借であることを特約した見返りとして賃料の減額という異例の措置がとられたと主張するが、控訴人主張の様に真に近い将来自分の方で必要とするならば、賃料の減額をしてまで引き続き賃貸しておかねばならない理由はない。このことは、当時控訴人はまだ倉庫を遊ばせておくよりは、僅かの賃料でも入つた方がよいと考えて契約の更新、改訂を敢えてしたものと断ぜざるを得ない。)

(4) しかし、控訴人はその際、主観的には将来貿易が自由化され、自家倉庫を必要とする営業形態を採る時機が来たならば、本件建物部分を明けて貰うつもりがあり、その際の交渉を容易にする目的で、右両度の契約とも、その契約書に「控訴人において必要とする場合は三カ月前の予告を以て被控訴人は無条件に明渡し、控訴人に返還する事を確約す」る旨の文言を記載し、被控訴会社代表者はこれを知つて押印した。しかし、右「必要とする場合」が具体的に前記営業形態の変化を指すことについて当事者間に明確な意思の合致があつたとは認められず、かえつて被控訴会社代表者においては、前記のように控訴人がたやすく賃料を減額して継続賃貸してくれているなどの事から、これを単なる例文としか受けとつていなかつた。

(5) ところが、昭和三八年頃になつて、いわゆる流通革命の波が貿易業界にも及び、漸く控訴人会社でも、自家倉庫の必要を感じ出し、同年六月頃口頭で解約を申入れ、更に同年一〇月一二日被控訴人らに到達の書面で右解約申入れを明確にした。

(6) 被控訴人らは右申入れを受けて一旦移転先を物色したが即時には見当らず、控訴人がその代替として提供しようとした本件建物部分の北隣り一〇坪程の部分(前記神戸運輸株式会社が使用していた部分で同社の立退後はタキ商店が使用していた。)では被控訴人らの営業上狭ま過ぎるので、同年末頃、被控訴人において、本件建物部分の三分の一を返還するから、残り三分の二を賃料二万円に増額して引き続き賃貸して貰い度い旨を申出でたが、これについてはその継続する賃貸借の期限につき控訴人が一年、被控訴人が五年を主張して互に譲らず、ために右契約は遂に合意に達することなく昭和三九年初頃に決裂し、控訴人より同年四月二七日本訴が提起された。なお、控訴人は本訴提起に先立ち同月二〇日被控訴人宮崎商店に到達した書面をもつて、本件第二次予備的請求に主張の賃料増額の通知を、裁判所において本件賃貸借契約の存続が認められた場合の予備的通知である旨念達してなしている。(従つて、右契約改訂の合意が成立したことを前提とする解約申入の撤回があつたとの被控訴人の抗弁、および、このとき、被控訴人らが三分の一は即時に、三分の二は五年後に明渡すことを合意したとの控訴人の主張はいずれも採用することができない。)

(7) 控訴人はその後本件建物部分が使用できないので、他に倉庫を賃借し、昭和三八年四月一日から同三九年三月三一日の間において、六一万七、〇〇〇円の出費をしているが、右は当時の控訴人の月商の千分の一にしか当らない。しかし、貿易業者たる控訴人にとつて本件建物部分の明渡を受けて、本件建物全体を使用することとなれば、仕分け、梱包、保管、展示を一貫して行える本来の業務形態に戻ることができるのであるが、現在そうした態勢がとれていない控訴人が業界の激しい競争の中で苦境に立たされていることも窺え、現に昭和三八年度に売上約六億円、総利益約三六七万円余であつた利益が漸減し昭和四二年度には売上約三億八、〇〇〇万円、総損失約二、八〇〇万円、累積赤字約四、八〇〇万円に落ち込んでいる(尤も昭和四三年度には五三〇万円の期間利益)ことも右倉庫事情を改善することによりいささかでもこれを好転させる見込も存する。

(8) もつとも、その間控訴人が、

(イ) 前記本件建物部分の北側一〇坪程の部分をタキ商店から返還を受けた後ショールームとして使用し、

(ロ) 昭和三九年三月頃本件建物部分の上に二階を増築したが、当初その大部分は他人に使用させ、現在は二階の半分を事務所に使用し、半分は空室とし、

(ハ) 本件建物部分の東側約一〇坪部分も他に使用させていた者から返還を受けた後空室のままとしており、

(ニ) 結局現在は、本件建物の北側約四〇坪部分を玄関、階段、事務室兼倉庫に、二階の半分を事務室に、本件建物部分の北側一〇坪程をショールームに使用し、二階半分と前記本件建物部分の東側一〇坪の部分は空室としていることは認められるが、この点については、前記(7)に判断したように控訴人にとつては建物が全体として使用できることは好ましいと考えられるので「みぎ本件建物部分の東側の一〇坪のところは、本件明渡を受けた後、これと一続きとして倉庫とする計画があり、二階は本件明渡が得られなければ能率的に使用できないので一部空室のままに置いている。」との控訴会社代表者本人の弁解も納得できるところである。そしてまた本件建物の所在地は神戸市内でも一等地で、しかも係争部分は一階であるから、被控訴人から明渡を受ければ、利用方法はいくらでも考えられるのであつて、現在他に空室があつても、控訴人が係争部分の明渡を切望するのは無理からぬところと謂わなければならない。

(9) また両被控訴会社代表者は芦屋市内に二〇〇坪の土地と合計七〇坪の建物を有し、うち二〇坪ほどの建物に居住し、他の敷地建物は第三者に賃貸している。そして被控訴人宮崎商店は事実上、営業停止していて従業員も居らず、ここを移転してもほとんどその痛痒を感じない。一方、被控訴人ラビットスクーターについては、現在、富士重工によるスクーターの製作は中止されていて、その修理とスバル四輪車の販売をやつているが、従業員は一、二名であり、被控訴会社代表者本人は月商約二〇〇万円程度であるという。しかし、<証拠>は最近スクーターの営業ははやらず、大して儲かつていない様子であると述べ、<証拠>にもスクーター修理の年間扱高一、〇〇〇万円前後の現況では経費を差引けば利益は全くないとの調査結果が出ている。そのため当裁判所は昭和四七年三月七日の第一七回口頭弁論期日において、被控訴人に対し右営業の実態を数字に基づいて陳述することを求めたが、被控訴人は一ケ月以内に書面を提出することを約しつつ、これを履行しなかつたので、当裁判所としては、控訴人の立証のとおり現在の営業状態は微々たるものと認定するほかはない。

しかも係争部分の賃料も都市における賃料上昇の一般的すう勢に伴い、次第に高額となるのであるから、被控訴人としても無理をして高額の賃料を支払つてまで、本件場所においてこの営業を続ける実益もないと謂わねばならない。

<証拠>中右認定に反する部分はたやすく措置しがたく、他にこれを反する証拠はない。

右に認定、判断した諸般の状況、特に(7)(8)(9)の事情から考えると、何としても被控訴人に不利益な判断に傾くことを避けられないのであるが、他方(3)、(4)の事実を考えあわせると、直ちに借家法一条ノ二にいう正当の事由の要件を全面的に充すものと見るには、極めて僅かながら躊躇させられる節があつて、控訴人の本位的請求はこれをそのまま認容することができない。

三、しかしながら、右本位的請求の当否の判断自体極めて微妙なものであるため、被控訴人の側の、右に列挙した諸般の事情、特にその営業の実態を考えてみると、当審におけるすべての主張立証を精査しても、被控訴人から提供する立退費用および他に営業の場所を得るための費用の一部として、金一二〇万円(後記認定の本件建物を他に賃貸すれば得られるであろう賃料相当損害金の二〇ケ月分に該当)を提供するのを拒んで、神戸市内の一等地である本件場所を固執するほどの理由も見出せないのである。

してみると、控訴人が被控訴人宮崎商店に対し、昭和四六年四月二〇日同日付請求趣旨変更申立書の送達をもつて、右金一二〇万円を解約正当事由の補完のために提供を申入れたことにより、その後六ケ月を経過した同年一〇月二〇日右解約の効果が生じ、被控訴人らは控訴人に対し、被控訴人宮崎商店が右金員の支払を受けるのと引換えに本件建物を明渡し、且つ同月二一日以降右明渡済みに至るまでの賃料相当損害金を支払うべき義務が生じたというべきである。

(沢井種雄 常安政夫 潮久郎)

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