大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)1284号 判決 1972年10月31日
主文
原判決中被控訴人に関する部分を左のとおり変更する。
被控訴人は控訴人に対し、別紙物件目録記載第一建物を明け渡し且つ昭和三五年九月一日以降右明渡済に至るまで一ケ月金四万円の割合による金員を支払え。
被控訴人は控訴人に対し同目録記載第三建物を収去して、同第四土地を明け渡せ。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
この判決は仮に執行することができ、被控訴人において金三〇万円の担保を供するときは、第一建物の明渡しおよび第三建物の収去第四土地の明渡の部分にかぎり、その執行を免れることができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
(一) 控訴人
主文一ないし四項同旨
(二) 被控訴人
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 双方の主張
(一) 控訴人の請求原因
一、控訴人は昭和三〇年九月二日、大阪簡易裁判所で成立した和解により、被控訴人に対し別紙第一建物の増築部分を除く部分(以下旧建物という)とその南側に隣接する同町八番地の一地上家屋番号同町第八番木造瓦葺平家建店舗兼居宅一棟面積九九平方米三三(三〇坪五合)(以下訴外建物という)を一括して賃料一ケ月金四万円、毎月末月払、期間五年、賃料を二回以上支払わない場合は何ら催告を要せず直ちに契約を解除することができる旨の約で賃貸した。
二、ところが被控訴人は昭和三一年一一月分より昭和三二年三月分までの賃料を支払わなかつたので、控訴人は被控訴人に対し昭和三二年四月二七日付同二八日到達の書面で右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。仮に右解除の効力がないとしても、控訴人は昭和四二年九月二六日の第一審口頭弁論期日に、昭和三三年八月分以降の賃料不払を理由に右賃貸借契約を解除した。
三、ところで被控訴人はその間、昭和三三年一月一〇日迄に控訴人に無断で旧建物を増築して別紙第一建物のようにし、且つ同第二建物を建築したが、これらはいずれも旧建物に従として接続(付合)し完全に一体となつた。すなわち第一建物増築部分は二階で独立性はなく、第二建物は通路、廊下、階段等すべて旧建物と共通またはこれに通ずるもので、出入口、電気、ガス設備も独立して設けられていなかつたものである。仮に右付合の主張が認められなくとも、被控訴人は昭和三一年一二月三日控訴人に対し、右建築部分を贈与した。
四、然るに被控訴人は第二建物を自己の所有として昭和三三年一月一〇日大阪法務局今宮出張所受付第二七五号を以て保存登記をし、次いでこれを訴外木元忠雄に譲渡して所有権移転登記をした後、再び同人より譲り受けて昭和三八年四月二七日同出張所受付第九、一二七号による所有権移転登記を経由した。
五、そこで控訴人は被控訴人に対し前記賃貸借契約の終了を原因に第一、第二建物の明渡しおよび、昭和三二年二月一日から右明渡済に至るまでの第一建物の増築部分と第二建物の延面積のうち四五九平方米四七に対する一ケ月金一一万二、三三七円の賃料相当損害金の支払および、第二建物の所有権に基づき前記各登記の抹消請求を訴求し、第一審で、有益費金三〇〇万円の支払と引換えによる第一、第二建物の明け渡しと、第二建物に関する各登記の抹消を命ずる限度において勝訴した。しかし控訴人としては、右第一、第二建物の無条件の明渡しと、昭和三三年二月一日以降右明渡済までの右賃料相当損害金の支払を求めるため控訴したところ、当審係属後の昭和四五年一月一八日第二建物は全焼滅失したので、控訴人としては、原審で一部勝訴した部分の請求を当審においては維持しない。
六、しかし、被控訴人はその焼跡地である控訴人所有の第四土地上に、右焼跡地並に焼失残存物を執行吏保管とする仮処分命令を無視して同年八月一〇日頃別紙第三建物を建築した。そこで控訴人は当審においては賃貸借契約の終了に基づく第一建物の無条件明渡と、賃貸借契約解除後に被控訴人が支払つた金員を未払賃料および解除後の賃料相当損害金に充当すると昭和三五年八月末日までの支払を受けたこととなるので、その翌日以降右明渡済に至るまで一ケ月金四万円の賃料相当損害金の支払、別紙第四土地の所有権に基づく第三建物の収去と該土地の明渡を求める。
(二) 被控訴人の答弁と主張
一、請求原因の一は無催告解除の特約が存した点を除き認める。同二の事実は認めるが、解除権の発生は争う。同三は否認する。第一建物は被控訴人の父福森勝蔵が橘建設をして平家であつた旧建物を取毀ち新築したものである。第二建物も旧建物とは別個独立の建物である。同四は認める。同五、六は第二建物の焼失と訴訟の経過は認めるがその余は争う。第三建物(それが控訴人所有の第四土地上にあることは認める)は福森勝蔵が建築所有するものである。
二、控訴人の第一建物の明け渡しと損害金の請求について。
(1) 前記のとおり、第一建物は控訴人の所有ではないし、被控訴人は、第一建物を占有していない。被控訴人は昭和四〇年八月末日迄は神奈川県藤沢市に、その後昭和四二年四月二七日迄は茨木市に、その後は豊中市に各居住し本件建物には一度も居住・占有したことはない。被控訴人は請求原因一の和解成立のときは満二〇才の大学生であつた。
(2) 契約解除の効力については
(イ) 前記のとおり無催告解除の特約がないから無効である。
(ロ) 被控訴人は控訴人から賃料の受領および支払方法を定めるにつき代理権を与えられていた訴外丸紅飯田株式会社から、賃料の支払期限の猶予を受け、次のとおり各その猶予された期日に支払を完了しているから、履行遅滞の瑕疵は治癒された。
昭和三二年五月六日 昭和三一年一一月分支払
同年六月六日 昭和三一年一二月分支払
同年七月五日 昭和三二年一月分支払
同年八月五日 昭和三二年二月分支払
同年九月五日および 昭和三二年三月分(二回に支払)
同月一一日
(ハ) 控訴人主張の解除の意思表示はその対象を「木造スレート葺平家建店舗兼倉庫建坪一八坪九九」と限定し増改築された部分には何らふれていないから、解除の対象は旧建物部分にのみ及ぶものであつて、第一建物全体については生じない。
(3) 被控訴人は、父勝蔵の出捐により、第一建物のうちの増築部分および第二建物を建築し、その費用として請負人訴外橘南海雄に金四五〇万円および同松野昭に金二五〇万円を支払つたから控訴人に対し合計七〇〇万円の有益費償還請求権を有するのでその支払あるまで第一建物の明渡しを拒む。
なお、この点控訴人は第二建物が焼失し、第一建物も類焼して有益費は現存しないというが、被控訴人が第一審において右有益費償還請求をした時点においてその請求権が具体化され客観的に確定(形成)されたのであり、以前留置権者の責に帰すべからざる事由により留置物が滅失しても有益費償還請求権に消長を来さない。本件の場合被控訴人は善管注意義務を尽していたのであるから留置権は存続する。
(4) 損害金の請求については、金四万円は旧建物と訴外建物とに対する賃料である。訴外建物は本訴の目的ではないから第一建物を占有することによる損害金の請求については右訴外建物部分の賃料相当額は減縮すべきである。
三、第三建物の収去・第四土地の明渡の請求について。
(1) 当審におけるこの請求の変更は、請求の基礎に変更があるから許されない。
(2) 前記のとおり第三建物の所有者は福森勝蔵であつて被控訴人は関係がない。
(三) 被控訴人の主張に対する控訴人の反論
一、第一建物が新築のものであることを争う。第一建物は旧建物に増築部分が付合したものである。被控訴人の占有に関する主張も争う。控訴人は勝蔵が被控訴人の父であり別人であることは本訴提起に至つて始めて知つたところで、本件賃貸借契約締結の当初より今日まで勝蔵は常に康二の名義ですべての行為をしてきたのであり、控訴人はその様に信じていた。従つて勝蔵の為したる行為は被控訴人に対し効力を生ずる(民法一〇〇条但書)ものである。
二、訴外丸紅飯田株式会社が賃料の受領代理権を有していたことは認めるがその余の権限を有した事実は否認する。
三、第一建物に不法増築がなされたのは契約解除の後であるから、解除の効力と無関係である。
四、有益費償還請求権に基づく主張事実は不知。仮に有益費の出捐が存したとしても、第二建物は滅失し、第一建物も類焼により価値がなくなつたから、有益費は現存せず、留置権も消滅したものである。留置権は価値の増加が現存する場合にのみ存し、留置物の保管義務も被控訴人に存する。本件においては第二建物の焼失による危険負担は民法五三六条を準用して被控訴人にあると解すべきである。
五、損害金の請求を月四万円とするのは、和解調書に基づく強制執行をなさんとしたところ、訴外建物については、被控訴人が旧建物を壊して新築したものであるとして、居住者である第三者から請求異議訴訟が提起され係争中であるため、これを本訴目的物件から除いているに過ぎないから、全部についての契約解除後の損害金を請求することは何ら差支えない。
六、請求原因記載の紛争の経過に徴すれば、当審での請求の変更は請求の基礎に変更はない。
第三、証拠関係(省略)
理由
一、まず、本件紛争の基礎的事実関係を日時の順に認定する。
成立に争いのない甲第一ないし第九号証、第一一号証、乙第一号証、第八号証の一、二、第九号証、当審証人蔭山巌の証言により成立の認められる乙第二号証、第三号証の一、二、第七号証、原審証人福森勝蔵(第二回)の証言により成立の認められる乙第四ないし第六号証、本件建物の焼跡地の写真であることに争いのない検甲第一号証の一、二と原審検証(第一ないし第三回)の結果および原審ならびに当審証人大島佐七、当審証人蔭山巌の証言に原審(第一、二回)および当審証人福森勝蔵の証言の一部と弁論の全趣旨を総合すると、次の事実(一部に争のない事実を含む)が認められる。
(1) 控訴人は大阪市南区順慶町通四丁目八番地宅地七八坪一合二勺(以下これを本件土地という。別紙目録第四土地はその一部である。)を所有し、昭和三〇年以前からその地上に本件旧建物(別紙第一建物の増築部分を除く建物)と、その南側に隣接する訴外建物(家屋番号八番の建物)とを所有し、これを訴外衣川光之助に賃貸していた。右両建物は本件土地の南寄りに建てられていて、本件土地の北寄りの部分は空地となつていた。
(2) 昭和三〇年頃、被控訴人の父福森勝蔵は、右建物を借りようと考え、訴外大島佐七を通じ賃貸を申し込み、控訴人もこれを承諾した。一方控訴人は訴外株式会社外商の取締役であり、右建物は、訴外丸紅株式会社(後丸紅飯田株式会社。以下丸紅と略称)が外商に対する債権のために抵当権を設定していたが、その頃外商の経営が困難となり、控訴人が物上保証人としてその債務約二四〇万円を支払わなければならない立場にあつたので、控訴人は、右建物の賃料収入をその財源とすることを考え、丸紅もまた、建物の賃料によつて、自己の債権の回収を図ることを希望した。
(3) そこで、控訴人、勝蔵、丸紅の三者協議の上、丸紅が賃料の代理受領人となつて、その受領した賃料を順次控訴人の前記保証債務の弁済に充当することを合意し、訴外衣川光之助も加えて、同年九月二日大阪簡易裁判所において即決和解の成立をみた。しかし、勝蔵は当時多額の税金を滞納していたため、差押を受けることを恐れて財産上の行為に自己の名を出すことをはばかり、右和解調書上の当事者も長男である被控訴人(通称康二)としたほか、後に認定する第一建物の増築、第二建物の建築その他本件についてはすべて右通称の名義を用いたので、被控訴人としては、本訴提起の頃まで右勝蔵の名が康二であると思つていた。
右和解によつて成立した賃貸借の目的物は前掲旧建物と訴外建物の二棟の建物であり、契約内容は賃料月額四万円期間五ケ年、家賃支払は毎月末日持参又は送金して支払うが、之は丸紅が控訴人に代つて受領することとし、被控訴人が家賃を二回以上支払わなかつた場合は、直ちに明渡しをする特約が付された。
(4) かくて勝蔵は右建物二棟の引渡しを受けて占有使用し、昭和三一年一〇月頃には、控訴人不知の間に旧建物に二階を増築し、一階の方も三ないし五坪ほど建て増しをして第一建物となした。そこで控訴人からこれに対し抗議した結果、同年一二月三日、勝蔵は、前記康二の名で控訴人に対し、「右大改造をしたことは誠に遺憾であり、和解条項の明渡し期日に至り、家屋明渡しに際して如何なる事情あるも其増改築費及修繕費の要求は致さず、其部分家屋の所有権は控訴人にある事を承諾し且つ一部又は全部を第三者に転貸は絶対にしない」ことを約する旨の覚書(甲第八号証)を差入れたが、間もなく北側の空地部分に第二建物の建築にとりかかつた。
(5) 一方本件家屋の賃料の支払は昭和三一年二月頃以降順次遅滞していて、昭和三二年四月五日までに昭和三一年一〇月分までが支払われたにすぎなかつたため、丸紅から控訴人にきびしい申し出があり、その結果控訴人は昭和三二年四月二八日勝蔵に到達した書面をもつて、前記無催告解除の特約に基づき第一建物および訴外建物の賃貸借契約を解除し、その明渡しを求める一方、第一建物と右建築中の第二建物に対し占有移転および原状変更禁止の仮処分を申請し、同年六月三日その執行をした。
(6) しかるに勝蔵は訴外橘建設および松野昭らに請負わせ昭和三三年一月頃迄に第二建物を建築させたが、右第二建物の一階と旧建物の一階部分は通じていて、その区分は明らかでなく、あわせて広い玉突場となし、またその二階も第一建物の二階(旧建物増築部分)とは一つの廊下で通じ、第二建物の二、三階はアパートであり、その三階からは第一建物の屋根上に設備された物干場へ出入でき、表道路への出入は第一、第二建物を通じて一カ所だけであり、内外部ともに旧建物と増築部分とを区分する目印となるものはなかつた。
(7) また、勝蔵は右アパートに多数の者を入居せしめ、且つ地主たる控訴人の承諾を得ることなく、福森康二名義で控訴人主張の保存登記をし、その後同年一二月一五日訴外木元忠雄に担保のため控訴人主張の所有権移転登記をした。
そこで控訴人は昭和三四年四月七日木元に対しては右第二建物の処分禁止、被控訴人に対してはその占有移転禁止の仮処分命令を得てこれを執行し、次いで同年五月三〇日本訴を提起し、木元に対しては右第二建物の所有権移転登記の抹消を、被控訴人に対してはその保存登記の抹消と第一、第二建物の明渡し等の請求をした。一方、訴外建物については、和解調書(甲第一号証)に基づく明渡の強制執行に着手したが、第三者の異議によつて未だ執行を終了していない。
(8) 勝蔵は前記(5)の本件賃貸借契約解除の後、昭和三二年九月一一日までに丸紅に対し、福森康二の名で被控訴人主張どおり解除前の延滞賃料相当額を支払い、さらにその後も逐次半年位づつ遅れて支払をなし、昭和三四年一月二八日、同日現在で金二〇万五、〇〇〇円の遅滞がある旨確認し、本訴提起後もその支払を継続し、昭和三六年一月一九日までに当初からの合計によると丸紅の控訴人に対する債権額に等しい金二四〇万円を支払つた。控訴人はこれを知り乍らも解除前の延滞賃料および解除後の賃料相当損害金に充当されるものと考えて黙認していた。なおこれをその様に充当するときは控訴人主張のとおり昭和三五年八月末日までの損害金が支払われたこととなる。
(9) その後第一審係属中、勝蔵は右木元から第二建物を買戻し、福森康二名義で控訴人主張の所有権移転登記を経由したので控訴人は被控訴人に対しその登記の抹消請求を追加した。
(10) 以上の結果第一審では、控訴人の請求が前記請求原因五項に記載の限度で認容された。これに対し控訴人、被控訴人の双方から控訴申立があつたが、当審係属後の昭和四五年一月一八日第二建物は火災で焼失し、第一建物も類焼してその北側約半分が滅失し、家屋としての効用はほとんどなくなつた(このため、被控訴人は第二建物についての各登記を任意抹消することを約し、控訴を取り下げた)。
(11) 控訴人は、同年一月二四日当裁判所が控訴人の申請に基づき発した右焼跡地並びに焼失残存物の執行吏保管の仮処分命令の執行をし、右物件は執行吏保管に付された。
(12) しかるに同年八月一〇日頃右第二建物の焼跡地たる第四土地上に第三建物が建築された。
以上の事実が認められ、原審検証(第三回)における被控訴人の指示ならびに原審(一、二回)および当審証人福森勝蔵、当審証人堤常雄の各証言中これに反する部分はにわかに措信し難く、また右証人福森勝蔵の証言中本件賃貸借契約はその目的物が建物でなくて土地の賃貸借であるとの部分は、本訴においてその旨の主張もなく、また、甲第一号証(和解調書)の記載に反し到底信用できないのみならず、かえつて前記(4)認定の覚書を差入れていることからも容易にその供述を採り得ない。他に前認定を左右するに足る証拠はない。
二、以上の事実関係に基づいて、法律上の判断をすると次のとおりである。
(A) 前記(4)(6)の各認定の下においては本件第一建物は旧建物と別の新築のものであるとは謂えず、また、第二建物は第一建物と付合して一体となつたものと認むべきであるから被控訴人の主張は採用できない。
(B) 被控訴人自身は本件建物に各居住したことはなく、また、これらの建築あるいは敷地の利用等の交渉に当つたのは専ら父勝蔵であり、被控訴人の通称名義で提起された本件訴訟につき代理人の選任その他応訴に必要な一切の行為に当つたのも父勝蔵であることはすべて本件口頭弁論の全趣旨により明らかであるとともに、被控訴人の主張によるも、同人が父勝蔵の出捐の下に第一建物の増築および第二建物の建築をしたというのであるから先きに認定した(2)ないし(9)の経過における勝蔵の行動はすべて、被控訴人に一切の権利義務を帰せしめるため、同人の代理人としてなしたものと解すべきである。かように考えると、第三建物の建築のみは、勝蔵の所有とするためになされたものであるとの被控訴人の主張も勝蔵が土地利用の権原を有するわけでもないことを考えあわせると、右は、本件訴訟提起以来実に一三年以上の長期間を経過した紛争を、更に右勝蔵を当事者とする別訴に持ち込むことを目的とするものと見るほかなく、到底これを採用することはできないので、第三建物も被控訴人が父の出捐により建築したものと認める。
(C) 前記認定の事実によると、第一建物および訴外建物の賃貸借契約は、昭和三二年四月二八日被控訴人に到達の書面でなされた解除の意思表示により同日限り終了したものである。
被控訴人は前記(8)の事実に基づき履行遅滞の瑕疵が治癒されたと主張するが、丸紅の立場は単に控訴人の丸紅に対する保証債務の履行の手段として賃料受領の代理権をもつたもので、これを超えその支払を猶予し若しくは解除後において控訴人に代り解除の意思表示を撤回する権限を有していたとみることはできず(原審証人福森勝蔵(第二回)の証言中これに反する部分はたやすく措信し難い)、右解除後も被控訴人の支払を受け取つていたのは、遅ればせながら支払われることは債権者として都合のよいことであるので、そのまま受領を続け、控訴人も自己の債務が減額して行くことなので、損害金に充当する趣旨でこれを黙認していたものと認められ、この事実も何ら解除の効果を既往に遡つて消滅させる効果を生ずるものではない。
なお、被控訴人は、右解除の効果は第二建物に及ばないとも主張するが、第二建物は既に訴訟物となつていないので、その点は判断の必要がない。
(D) 被控訴人は第二建物の焼失後も有益費償還請求権が存続すると主張するが、勝蔵は前(4)認定の覚書により少くとも第一建物に関しては将来これを主張しない旨を明らかにしているのみならず、既に第二建物は滅失し、第一建物も類焼してその増築部分は無価値となつたこと前認定のとおりであり、もはや価値の増加が現存しないから有益費償還請求権は消滅したといわねばならない。けだし、建物の賃借人が有益費償還請求権を有するのは、増加価値を保持したまま、目的物が貸主に返還されるのでは貸主を不当に利得させる結果となるため、これを返還させるという点にあるから、目的物の価値の増加とともに賃料が増額改訂され、占有の改定による引渡があつたと見られる様な特段の事情のない限り、引渡以前に危険負担が貸主に移ることはなく、右引渡未了の間に増加部分が滅失した本件においては、その償還請求権も消滅したものと解すべきである。
(E) 次に被控訴人は、控訴人が賃料相当損害金として請求する月額金四万円は訴外建物を含む賃料額に相当するものであるから、明渡の目的物にこれを含まない本訴においては、第一建物に対応する賃料額に減縮すべきであると主張するが、前認定のとおり訴外建物と第一建物の双方を目的物とする一個の賃貸借契約の全部が解除されて、訴外建物の明渡については、和解調書に基づく強制執行に着手されているため、本件では第一建物のみの明渡を求めているのであるから、その明渡終了までの損害金については本訴でその全部を請求しても何ら不当ではない。(F) 被控訴人が請求の基礎に変更があると主張する点については、先きに(B)について判断したような本訴の経過から考えて、控訴人としては本訴において、被控訴人が本件家屋の賃貸借契約の終了に伴いその家屋の敷地として共に返還すべき係争焼跡地に、無権原且つ仮処分に違反して、当審係属中に建築を強行した第三建物の収去明渡を求めるのは、紛争の基礎的事実関係に合し無理からぬところと解するので、右主張も採用しない。そして、被控訴人が現に第三建物を第四土地上に存置せしめておく権原は何ら認められないので、控訴人の本件土地所有権に基づく右建物収去・土地明渡の請求も理由がある。
三、以上の次第であるから、控訴人の被控訴人に対する請求(当審において一部変更したものを含む)はすべて理由があつて認容すべきものであるから、原判決中被控訴人に関する部分を主文のとおり変更し、訴訟費用につき民訴法九六条、八九条を適用し、控訴人から昭和四五年(ウ)第七五四号仮処分申請事件によつて、第三建物の収去についていわゆる断行仮処分の申請が出されている点をも考慮して、同法一九六条一、三項を適用して仮執行およびその免脱の宣言を付することとして主文のとおり判決する。
別紙
物件目録
第一建物
大阪市南区順慶町通四丁目八番地
家屋番号 同町第一一七番
一、木造スレート葺平家建店舗兼倉庫 一棟
建築面積 六二・七七平方メートル(一八坪九合九勺)
及び右の二階増築部分
第二建物
右同所
家屋番号 同町第一四一番
一、木造瓦葺三階建店舗兼居宅 一棟
一階面積 一一九・九九平方メートル(三六坪三合)
二階面積 右同
三階面積 右同
第三建物
右同所
宅地 七八坪一二(二五八・二四平方メートル)
の内、北側部分即ち別紙図面イ、ロ、ハ、ニ、イの各点を結ぶ線内の部分三七坪八合(一二六平方メートル)に建てられたる
一、木造トタン葺平家建撞球場
建坪 約三七坪(一二六平方メートル)
第四土地
右同所
宅地 七八坪一二(二五八・二四平方メートル)
の内、北側部分即ち別紙図面イ、ロ、ハ、ニ、イの各点を結ぶ線内の部分
一、宅地 三七坪八合(一二六平方メートル)
<省略>