大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)1300号 判決 1970年3月27日
控訴人(付帯被控訴人)
白川誠壱
代理人
大川進太
外二名
被控訴人(付帯控訴人)
中林市良
代理人
加藤正次
外二名
主文
原判決をつぎのとおり変更する。
別紙物件目録記載の土地(別紙添付図面オ・チ・ト・ヘ・ホ・ニ・ハ・ヨ・タ・レ・オの各点を連ねる線で囲まれた土地)のうちヘ・ト・チ・ツ・ヘの各点を連ねる線で囲まれた部分が被控訴人の所有であることを確認する。
控訴人は、被控訴人に対し、右ヘ・ト・チ・ツ・ヘの各点を連ねる線で囲まれた土地上に存する別紙物件目録記載の建物およびブロック塀を収去して、その敷地部分91.44平方メートルの土地を明け渡せ。
被控訴人のその余の所有権確認の訴えを却下する。
訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。
この判決は、第三項にかぎり、被控訴人において金二万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
事実
一 (一) 控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決および付帯控訴棄却の判決を求めた。
(二) 被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めるとともに、付帯控訴にもとづき、(1)請求を追加・拡張して、原判決主文第二項を「控訴人は、被控訴人に対し、原判決主文第一項記載の土地337.19平方メートル上に存する別紙物件目録記載の建物およびブロック塀を収去してその敷地分91.44平方メートルの土地を明け渡せ。」と変更する旨の判決および(2)予備的請求として主文第二、三項同旨の判決を求めた。
(三) 当事者双方の事実および法律上陳述ならびに証拠の提出、援用および認否は、以下に記載するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
二 控訴代理人は、つぎのとおり付加陳述した。
(一) 1 一筆の土地は、客観的に確定して一定の境界線によつて囲まれた地域であつて、これに一定の地番を付してその同一認識標準とし、これが登記は該地番号を表示してなされるのであるから、登記簿上のある地番の土地の範囲、したがつてその境界線は、本来客観的に定まつている筋合いである。それゆえ、ある地番号の一筆の土地の所有権移転および移転登記の効力の及ぶ範囲もまた右の客観的に定まつている境界線によつて囲まれた地域の範囲に限られ、たとえ当該地番号の土地の売買に当たり、当事者が任意に右地番号の地域の範囲を越えて他の地番号の土地の一部を当該地番号の地域の範囲であると指示して売買しても、当該地番号の所有権移転ならびに移転登記の効力は、その範囲を越えた地域には及ぶものではない(広島高裁昭和二三年七月二一日判決・判例総覧四巻五〇頁)。土地の範囲の指示は、単に確認的な意味をもつにすぎない。
本件について検討するに、別紙図面オ・ヘ・ト・チ・オの各点を結んだ範囲の土地が宮山町一丁目八〇番地の一部に属し、八〇番地と同所七九番地の両土地の境界線は本来同図面のオ・チを結ぶ線であることは公図その他によつて客観的に明白である。被控訴人は、七九番の土地のみを買い受けたものであつて、右買い受けた際に公簿上の地番八〇番地の一部に属する係争部分、すなわちヘ・ト・チ・ツ・ヘの土地をも七九番地の範囲であると指示を受けていたとしても、所有権移転の効力は、右の客観的に定まつている七九番の地域の範囲のみに限られ、八〇番の地域の一部である右部分には及ばないものである。売主においてその部分を八〇番地から分割または区分し、これをも売買の対象とした場合にはじめてこの部分も被控訴人の所有となるところ、売主の梅垣徳太郎は、八〇番地の一部を譲渡する意思は全然なかつたのである。
被控訴人は、オ・ヘ線が境界であると主張するが、被控訴人が買つた当時はオ・ヘを結ぶ線には溝はなく、かえつてその北側に溝様のものが存在し、しかもこれは控訴人の母白川里貴が作つたものであるのみならず、ヘ点の標石は、豊中市が市営住宅用地と隣地との境界を明確にするため、被控訴人の買受時から約一〇年を経過したころ設置したものである。したがつて、オ・ヘ線を両地番の境界とすることはできない。なお、控訴人が八〇番地を買い受けた際、現場に臨みオ・ヘ線が境界であることを承認した事実はない。
また、被控訴人自身、係争部分をも同時に買い受けていたことの認識を有していなかつたのであり、このことは、右部分の状況、ことに本来ならばその東側と同様に植林をし、あるいは自己の所有地であることを明らかにするための手入れなどをすべきであつたのに、竹やぶのまま放置していたことなどからもわかる。被控訴人は、訴外本岡某が賃借耕作していた部分を買つたと主張するが、同人の耕作は右係争部分には及ばず、その賃貸借も被控訴人の買受時にはすでに解約になつていたのである。
2 一方、控訴人は、八〇番の土地を買い受けるに当たつて、現地で指示特定を受けたという事実は存しないし、とくに右係争部分を除くという合意もなかつたのである。すなわち、梅垣から松尾由造へ、松尾から控訴人への八〇番地の土地の売買がいずれも公簿上の地番に重きを置いて行なわれたものであることは、控訴人が当審においてとくに強調しておきたいところである。このように、控訴人は八〇番に該当する地域の土地の所有権を取得したのであり、その地目は、従来畑であつたが、その形状等は山林といえるものであつて、宅地としての形状をなしていたものではなかつた。そこで本件においては、宅地の売買の際にとられる慣行にとらわれて判断すべきではなくて、山林売買における実例を重視すべき事案である。そして、山林の売買は、公簿上の地番のみに重きを置いて行なわれることがまれでないこと、このような売買にあつては、該地番に該当する地域の山林の所有権が買主に移転することは、顕著な事実であり、多数の判例の認めるところである。
八〇番の土地が控訴人の所有に至るまでの売買の経緯が、すべて公簿上の地番のみに重きを置いて行なわれたものであるから、当事者の反対の意思表示がないかぎり、その知不知に関係なく、当該地番に属する地域の所有権を取得することになり、仮に控訴人が松尾から八〇番の土地を買い受けた後において、同人から実測地積が地番の面積に不足するものとして、不足分を追加補充をしてもらつた事実があつても、前記結論にはなんらの消長を及ぼさないものである。
(二) 以上の事実関係にもとづき、控訴人は、つぎのように主張する。
1 被控訴人は、梅垣から、ヘ・ト・チ・ツ・ヘの係争部分を買い受けてはいない。
2 仮に七九番地に右係争部分が含まれると考えて売買したとしても、それはその範囲を誤解したもので、係争部分の売買は、目的物件について錯誤があるから、無効である。
3 仮に被控訴人が梅垣から右係争部分を買い受けたとしても、控訴人もまた松尾を経て梅垣から係争部分を買い受けている。したがつて、被控訴人はその買受けにつき所有権移転登記を経由しない以上、控訴人に対し、所有権取得を対抗できない。
三 被控訴代理人は、控訴人の右主張に対しつぎの(一)のとおり陳述し、なお、請求の追加ないし拡張につきつぎの(二)のとおり陳述した。
(一) 被控訴人・訴外梅垣徳太郎間の売買契約においてその目的とされた土地は、その地番はさておき、現実には別紙添付図面オ・ヘ・ト・チ・リ・ヌ・ル・オの各点を結んだ範囲であり、被控訴人は、右現実に買い受けた土地の地番を豊中市宮山町一丁目七九番地として所有権移転登記を受けたものである。右七九番地とその北側に接する八〇番地との境界は、オ・ヘを結ぶ線である。すなわち、南側七九番地は本岡某が梅垣から賃借耕作し、北側八〇番地は松尾由造が同じく梅垣から賃借耕作していたもので、その耕作範囲は、オ・ヘ点を結んだ線で区切られており、オ点には茶の木があり、ヘ点には石が打ち込んであり、さらに本岡と松尾の耕作していた耕作物が異なつていたこと、また、オ・ヘ線は畑のうねで一尺五寸位堀つてあつたこと等からして、オ・ヘ線は明瞭に認識しえたものである。
右のごとく、松尾は、オ・ヘ線より南側は被控訴人が買い受けたことを十分熟知しているものであるから、自己の買い受ける土地はその北側という意思のもとに売買契約をしていることは明白であり、控訴人主張のように、その買い受けた土地が八〇番地と表示されたからといつて、また八〇番地の土地の範囲が係争部分を含むとしても、松尾の買つた土地の範囲が係争部分にまで及ぶものではない。つまり、現実に売買契約の当事者の意思のなかには、係争部分は含まれていないのである。
このように松尾由造が買つたのはオ・ヘ線より北側であるがこれをさらに控訴人は実測(四八九坪)のうえ松尾から買つたのであり、その買受土地を八〇番地と表示したにすぎない。したがつて、右八〇番地の土地範囲が控訴人主張のように係争部分に及ぶとしても、控訴人が所有権を取得したのは、八〇番地の土地のうちオ・ヘ線より北側に限られる。仮に控訴人としては右八〇番地の土地全部を買い受けたとしても、売主たる松尾自身がそのうちオ・ヘ線より北側しか所有権を取得していない以上、控訴人において係争部分まで所有権を取得できるいわれはない。
(二) 控訴人は、ヘ・ト・チ・ツ・ヘの各点を結ぶ土地は別紙目録記載の八〇番地の一(旧八〇番地)の一部であり、これは控訴人の所有に属する旨主張するが、仮に右土地が八〇番地の一の一部であるとしても被控訴人の所有に属することはすでに詳述したとおりである。
よつて、仮に右ヘ・ト・チ・ツ・ヘを結ぶ土地が八〇番地の一の土地の一部分であるとしても、この部分が被控訴人の所有に属することの確認を求め、同地上の別紙物件目録記載建物およびブロック塀の収去を求める。
なお、明渡しを求める敷地の面積を91.44平方メートルに拡張するとともに、右敷地部分にはブロック塀が存するので右のようにブロック塀の収去をもあわせ求めるものである。
四 当審における新たな証拠として、《省略》
理由
一本件土地の地番等について
本件土地が豊中市宮山町一丁目七九番地と同所八〇番地(現在は分筆されて八〇番地の一および二。便宜上分筆前の地番で表示する)のいずれに属するかにつき争いがあるので、まずこの点から判断を進める。
およそある地番の土地の位置や形状は、いわゆる公図によらざるをえないところ、<証拠>によると、西側が道路に直面し南側が前同所七八番地に接するという形状からして、別紙添付図面ヘ・ト・チ・リ・ヘの各点を結ぶ線で囲まれた部分は、公図上八〇番地の南西隅に該当することが明らかである。ちなみに、右各証拠によれば、七九番地と八〇番地の境界は、リ点を起点とし、チ・リ線をほぼそのまま東へ延長してオ・ル線に達する線であること(ただし、オ・ル線とオ点で交わるかどうかは、はつきりしない)、および、オ・ヘ線は八〇番地内に存することを認めることができる。
したがつて、本訴は、右八〇番地の一部であるヘ・ト・チ・リ・ヘの土地の所有権確認および右所有権にもとづく妨害排除の請求というべきである。これに対し控訴人はそのうちチ・ツ線以北につき自己の所有権を主張し、双方の所有権の争いは右チ・ツ線以北に限られるから、けつきよく、所有権の確認は、チ・ツ線以北すなわちヘ・ト・チ・ツ・ヘの土地(以下「本件係争部分」という)について判断すれば足りることとなる。被控訴人の所有権確認の訴えは、右チ・ツ線以南の部分に関するかぎり、確認の利益がないから、不適法として却下を免れない。
二梅垣徳太郎被控訴人間の土地売買について
(一) つぎに、訴外梅垣徳太郎と被控訴人との間の土地の売買およびその範囲について判断するに、まず、前記七九番地と八〇番地の地続きになつている二筆の土地がもと梅垣の所有に属していたことは、当事者間に争いがない。
ところで、<証拠>の不動産売買契約証書には、右梅垣が昭和二八年二月一八日被控訴人に対し、豊中市大字野畑一、二一〇番地の八畑一反七畝歩(宅地五一〇坪)を代金一坪につき六〇〇円で売り渡す、旨の記載があり、また、<証拠>によれば、右「大字野畑一、二一〇番地の八」が町名地番の変更により「宮山町一丁目七九番地」となつたことが明らかである。そうすると、梅垣・被控訴人間の契約内容ことに目的物件が甲第二号証の文言どおりであるならば、右売買によつては、被控訴人は七九番地しか取得できず、八〇番地の一部である本件係争部分をその所有に帰せしめることはできないはずである。
(二) では、はたしてそうであろうか。以下、この点を検討する。まず、<証拠>を総合すると、つぎの1ないし6の各事実を認めることができる。
1 右二筆の土地を梅垣が入手したのは、不動産取引業の青木直次郎のあつせんによるものであるが、梅垣自身は現地へあまり行つたことがなく、右各筆の境界・範囲・形状がどうなつているかもよく知らず、これらについてはすべて青木に任せていたこと。
2 梅垣が右二筆の土地を所有していたころは、別紙添付図面オ・ヘ線を境に、その北側を松尾由造が南側を本岡某が耕作していたが、各自の畑の様相も作つている作物も違つており、オ・ヘ線に沿つて溝があり、そのため、右二筆の土地は、前記認定の本来の境界線にもかかわらず、現実にはオ・ヘ線ではつきりと区切られていたこと。
3 本件係争部分を含むヘ・ト・チ・リ・ヘの土地は、右本岡耕作部分に続いて西へゆるやかに低くなり市道に達する約一〇〇坪の竹やぶで、本岡においてこれをたけのこの採取などに利用していたこと。
4 梅垣は、前記甲第二号証による売買についても右青木直次郎に一任したが、青木は、別に公図に当たつて七九番地の本来の範囲を確かめたわけではなく、右本岡の耕作ないし利用していた範囲を「野畑一、二一〇番地の八」と思い込み、これを売るものと考え被控訴人と交渉したこと。
5 右交渉の過程において、青木はその子の青木弘とともに、被控訴人を現地に案内し、竹やぶを含む本岡の耕作利用の範囲、別紙図面ではオ・ヘ・ト・チ・リ・ヌ・ル・オの土地を指示したうえ、その仲介により、梅垣・被控訴人間で右甲第二号証の契約書を取りかわすに至らしめたこと。
6 なお、代金については、以前にト・チ線の西側約一〇坪が道路敷に買収されていることを考えて、登記面の五一〇坪から一〇坪を減じて面積を五〇〇坪とし、坪当り六〇〇円と取り決めて全体で三〇万円、これに耕作者への離作料一〇万円を加えて、代金額を四〇万円と約してその授受も完了し、右「野畑一、二一〇番地の八」につき移転登記も済ませたこと。
前記証人梅垣の証言中には、青木の案内指示は売却土地の範囲とは無関係であるという趣旨に理解される部分があるが、これは信用できないし、当審証人白川里貴の証言中には右の各事実認定に抵触する部分があるけれども、その部分は、いわゆる伝聞で直接経験した事実を供述するものでないから、採用しない。なお、前記被控訴本人の供述中にも右認定に一部抵触する部分があるが、これは信用できず、ほかには右認定を動かすに足りる証拠はない。
(三) 右に認定した各事実に照らして考えるに、まず、買主の被控訴人においては、青木に案内指示してもらつた土地を買うつもりで、そして右範囲の土地が地番では「野畑一、二一〇番地の八」の一筆にあたると理解して、甲第二号証を作成したものと認めることができる。つぎに、売主の梅垣のほうであるが、右認定のように、同地番の土地の境界・範囲・形状などはあまり知らず、これらのことは買つたときの仲介人青木直次郎に任せており、被控訴人に売るについても同じ青木に一任しているのであるから、青木が「野畑一、二一〇番地の八」という一筆の土地として案内・指示した範囲を売るつもりで、甲第二号証を作成したものと認めるのが相当である。このように、(1)梅垣も被控訴人も、青木の案内・指示した範囲すなわちオ・ヘ・ト・チ・リ・ヌ・ル・オの土地を売買するつもりで甲第二号証の契約書を取りかわしているのであるから、その趣旨において双方の意思の完全な合致が認められる。しかし一方、右地番の一筆の土地と思つて売買し、右認定のように移転登記も該地番で済ませていることからすると、(2)双方とも他の地番の一部をも分筆または区分して売買する意識のなかつたことはたしかであり、この点で、右(1)とはまた別の意味において当事者双方とも同じ意識をもつていたものと認めることができる。ところが青木が右地番の一筆の土地だと思い込んで案内・指示した範囲の土地は、実はその一部が梅垣所有の他の一筆の土地(現在の町名地番による八〇番地)にはいり込んでいることは冒頭に認定したとおりである。
ところで、現地で指示した土地範囲と当該地番本来の客観的範囲とが食い違う場合において、もしそれがごく僅少の差異にとどまるときは、むしろ本来の客観的範囲に従うというのが当事者の意思とみられる場合が多いであろう。しかし、右売買では、地番本来の客観的範囲に従うときは、前認定のように市道に面する約一〇〇坪の本件係争部分その他が足りなくなる。このような結果を来たすことは、大阪近郊の豊中市内における市道に近い土地の売買にあつては、しかも前示のごとく面積を五〇〇坪と取り決めた契約にあつては、それ自体きわめて重大な問題である。のみならず、右のような事態を承認すれば、わざわざ案内・指示した意味がほとんどなくなり、現地まで赴いて検分のうえ契約した当事者の意思に著しく反することにもなる。右事情との比較において考えるときは、八〇番地の一部をも分筆して譲渡しなければならない結果となつても、右売買の契約目的にそれほど大きく離反するものとは思われない。したがつて、八〇番地の一部をも分筆または区分して売買する意思のなかつたことは右(2)のとおりであるけれども、それにもかかわらず、右(1)の合意内容に即し、右八〇番地の一部を含むオ・ヘ・ト・チ・リ・ヌ・ル・オの土地範囲全体につき売買契約が成立したものというべきである。
右のとおりであるから、「土地売買は当該地番の本来の範囲により特定され取引の対象となり、現地でこれと異なる指示がされてもその部分には契約の効果が及ばない」という趣旨の控訴人の見解は、右認定の売買に関するかぎり、採用することができない(なお、控訴人引用の広島高裁判決は、移転登記の効力につき判示したにとどまるから、ここでは問題とならない)。また、控訴人は、右売買は七九番地の範囲を誤解した契約であり、本件係争部分に関しては目的物件についての錯誤があるから無効である、と主張する。これは、一見錯誤無効を主張しているようにも思われるけれども、実は錯誤ではなく、係争部分については無効であるといつているところからもわかるように、けつきよくは、七九番地の本来の範囲についてしか売買が成立していないという主張に帰着する。そして、その主張の採用できないことは、右に説示したとおりである。ちなみに、控訴人の右主張がなぜ錯誤の主張でないというに、まず、目的物件の範囲それ自体の誤解であるから、単なる「動機の錯誤」ではなく、それ以上のものということができる。また、誤記、誤談の類でないから、「表示上の錯誤」でもない。そうすると、いわゆる「表示行為の意義に関する錯誤」が、控訴人の主張に近いということになる。しかし、表示行為の意義に関する錯誤は当該表示行為の意味について両当事者がそれぞれ別異の理解をしている場合の問題である(その場合、錯誤者とその表示を信頼した相手方との利害をどのように調整するかが、錯誤の問題なのである)。しかし、右売買においては、前認定の諸事情からも認められるように、梅垣だけが七九番地の本来の範囲を誤解していたのではなく、被控訴人もまた、梅垣と同様右地番の本来の範囲を誤解していたのである。かかる場合は、むしろ双方が共通に誤解していることを考慮に入れつつ当該契約内容を解釈するのが、最も妥当な解決方法であり、またそれで十分である。これまでに詳しく説示してきたところも、かような契約の解釈にほかならず、その際、当事者が七九番地の本来の範囲を知らなかつたことや、八〇番地の一部を売却することを意識していなかつたことも考慮に入れているから、ここでふたたび錯誤の問題として取り上げる必要はない。
ほかには、以上の判断を動かすべき事情は認められない。したがつて、被控訴人は、右売買により本件係争部分をも含めてオ・ヘ・ト・チ・リ・ヌ・ル・オの土地の所有権を取得したものというべきである。
三梅垣徳太郎・松尾由造間の土地売買等について
ところで、<証拠>を総合すると、松尾由造は自己が耕作していた前記オ・ヘ線以北の土地を八〇番地として梅垣から買い受けたこと、その際被控訴人はすでに前示のように同じ梅垣からオ・ヘ線以南を買つており、その管理使用もはじめていたこと、その状況を松尾自身も見聞していたこと、梅垣はその当時でもなお、七九番地と八〇番地との本来の境界・範囲を知らず、被控訴人に売つた前示範囲の土地が七九番地であると思つていたこと、等の事実を認めることができる。これらの事情に徴して考えるに、すでに他人が同じ売主から買つて管理使用していることを知りながら、その一部を二重に売買することなどおよそ考えられないから、梅垣・松尾間の土地売買は、ここでも地番では八〇番地と表示しているけれども、その趣旨は、被控訴人買受部分を除外した残りの松尾耕作部分に限るものと認めるのが相当である。
この認定を左右すべき証拠はない。このように、松尾が買つた範囲には、被控訴人買受部分したがつて本件係争部分が含まれず、それゆえ本件係争部分が松尾の所有に帰することはない以上、控訴人がその主張するように松尾との売買によつて本件係争部分の所有権を取得できるはずはない。この点につき、控訴人は種々の事由をあげて自己の所有権を主張するけれども、いずれも右判断を動かすべき資料とはなりえない。
四むすび
以上要するに、本件係争部分は被控訴人の所有に属するのに対し、控訴人はなんらの権原も有しないのである。したがつて、被控訴人は移転登記経由の有無にかからず、自己の所有権を控訴人に主張できるところ、控訴人はこれを争うので、本件係争部分に関するかぎり、被控訴人の所有権確認の請求は理由があるから、これを認容すべきである。ただし、冒頭に説示したように、被控訴人のその余の所有権確認の訴えは、却下しなければならない。
また、控訴人が本件係争部分の地上に別紙目録記載の建物を所有していることは当事者間に争いがなく、同じく右地上にブロック塀を所有しているとの被控訴人主張事実は控訴人の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなすべきである。したがつて、所有権にもとづき、右建物およびブロック塀を収去してその敷地91.44平方メートルを明け渡すべきことを求める被控訴人の請求は、正当として全部認容すべきである。
よつて、原判決は、被控訴人の所有権確認請求を全部認容した点において一部不当であり、なお、被控訴人は、当審において、付帯控訴にもとづきブロック塀の収去請求を追加し、明渡しを求める敷地範囲を拡張しているので、原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条および第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条に従い、主文のとおり判決する。(村上喜夫 賀集唱 潮久郎)
別紙目録・図面《省略》