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大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)1367号 判決 1974年7月11日

控訴人

西谷弁一

右訴訟代理人

谷沢政二

被控訴人

三木光雄

右訴訟代理人

榎本駿一郎

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、控訴人

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し原判決別紙目録記載の建物部分(以下、本件店舗という)を明け渡し、昭和三七年三月七日から右明渡ずみまで一か月金四、五〇〇円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、被控訴人

主文同旨の判決。

第二、当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実欄ならびに原審中間判決事実欄各摘示のとおりであるから、これを引用する。<以下―略>

理由

第一和解による訴訟終了の効果について。

一本件訴訟における昭和三七年一二月二四日午前一一時の原審(移送前の和歌山簡易裁判所)口頭弁論期日に、当事者間において次の(1)ないし(5)のとおりの和解条項による訴訟上の和解が成立したことは、記録上明らかである。

(1)  被告(被控訴人)は原告(控訴人)に対して、昭和三八年一月一〇日限り、訴外花田ヨシエより立退料として金一五〇万円の支払を受けるのと引換えに、別紙目録記載の家屋(本件店舗)を明渡さなければならない。

(2)  右の場合原告は被告に対して昭和三七年四月一日以降の家賃相当額の支払義務を免除する。

(3)  原告は被告に対して、別紙目録記載の場所において被告の営んでいる染物業と同種の営業を行わないこと。

(4)  原告はその余の請求を放棄する。

(5)  本件訴訟費用は各自弁とする。

二<証拠>によれば、右和解成立までの経緯について、次の事実が認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

控訴人は、訴外上野安一郎所有の家屋を借り受けて営業していたが、その敷地の所有者の訴外花田ヨシエほか三名(以下、「花田ら」という)は、上野との間の土地賃貸借契約を地代不払を理由に解除した旨主張し、上野に対し建物収去土地明渡、控訴人に対し建物退去をそれぞれ求める訴を提起し、その訴訟(和歌山地方裁判所昭和三二年(ワ)第四七〇号)の昭和三六年五月二九日の口頭弁論期日に、その当事者間において、上野は花田らに対し同三七年二月末日かぎり右家屋を収去し土地を明け渡すこと、控訴人は右家屋収去までにこれより退去することなどを約する和解が成立した。そこで、控訴人は、同三六年八月三日、被控訴人に対し、右上野の家屋の明渡のやむなきに至つたことを理由に、本件店舗の賃貸借につき解約の申入れをし、同三七年二月二三日、被控訴人に対して本件店舗の明渡を求める本件訴訟を提起し、他方で、同年三月一〇日、花田らとの間に成立した前記和解の無効を主張して、右和解調書正本に基づく強制執行についての請求異議訴訟(和歌山地方裁判所昭和三七年(ワ)第六〇号)を提起し、同月一二日、右強制執行の停止決定を得た。その後、右請求異議訴訟および本件訴訟において、花田ら、控訴人、被控訴人の各訴訟代理人が交渉を重ねた結果、控訴人は、花田らに対し、被控訴人から本件店舗の明渡を得られれば、上野の家屋から退去することを、また、被控訴人は立退料一五〇万円の支払を受ければ本件店舗を控訴人に明け渡すことをそれぞれ承諾したので、花田らの訴訟代理人は、控訴人の立退先を確保することによつて控訴人から土地明渡を得るため、花田らから直接被控訴人に一五〇万円を支払うこととし、そのようにして三者間の紛争を解決することにつき各当事者の合意をみたが、本件訴訟と右請求異議訴訟とは係属裁判所および訴訟当事者を異にするため、まず本件訴訟において控訴人と被控訴人との間に和解をすることとし、花田らを和解の当事者に加えないまま、前記の条項による本件和解を成立させるに至つた。なお、その際、被控訴人が花田ヨシエから一五〇万円の支払を受けないときは、本件店舗を明け渡さなくてよいことを明確にする趣旨で、被控訴人代理人の希望により、和解条項(4)をとくに加えたのである。

右認定のような和解成立の経過に徴しても、本件和解の内容をなす契約は、被控訴人の控訴人に対する本件店舗明渡義務に関する和解条項(1)の定めを中心とし、その他の条項はこれを前提とするものであることが明らかであるとともに、右明渡義務の存否が同条項所定の立退料一五〇万円の支払の有無に左右されることも明白である。

三ところで、一般に、訴訟上の和解は、私法上の契約をその内容とし、契約の有効な成立を前提として成立するものであつて、私法上の契約が効力を生じない場合には、和解による訴訟終了の効果も生じないものと解すべきである。このような見地から、本件和解条項をみるに、被控訴人は控訴人に対し昭和三八年一月一〇日を履行期として本件店舗を明け渡すべき義務を負うとともに、被控訴人が花田ヨシエから立退料一五〇万円の支払を右期日に受けられず、またはその支払を受けられないことが確定したときは右明渡義務は消滅し、したがつて、右義務負担の条項を中心として定められた契約全部が失効することを約したものであり、本件和解は解除条件付に成立したものと解すべきである。

<証拠>によれば、本件和解成立後、控訴人は、花田らに対し、被控訴人への立退料のほか自分にも三〇〇万円の立退料を支払うよう要求したため、花田らは、被控訴人に立退料を支払つても控訴人から明渡を受けるという目的を達しえないと判断し、昭和三八年二月五日、被控訴人に対し一五〇万円を支払わないこととする旨を通告したことが認められ、当審における控訴本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用することができない。

右事実によれば、被控訴人が花田ヨシエから立退料の支払を受けられないことが確定して、本件和解は解除条件の成就により効力を失い、訴訟は依然継続しているものと解すべきである。

第二控訴人主張の解約申入れの効果について。

一控訴人が、被控訴人に対し、昭和二七年に本件店舗を期間の定めなく賃貸し、昭和三六年八月三日頃、右賃貸借の解約の申入れをしたことは、当事者間に争いがない。そこで、右解約の正当事由について検討する。

二<証拠>によれば、控訴人は、もと本件店舗で既製服小売商を営んでいたが、一戸隔てた並びにあつてこれよりも広い上野安一郎所有の店舗を借りられることとなつたため、営業を右店舗へ移して本件店舗を被控訴人に賃貸したものであり、両店舗はともに繁華な商店街にあつて右営業に適していること(控訴人が上野の店舗で洋服商を営んでいたことは当事者間に争いがない)、その後花田らから前記訴訟を提起されたが、上野は花田らに対し地代の支払を怠つていて、右訴訟における同人らの土地賃貸借解除の主張は理由があり、したがつて、控訴人が上野とともに花田らとの間の前記認定の和解に応じたのもやむをえない事情にあつたこと、昭和三八年四月頃花田らが半ば実力をもつて上野所有の家屋の収去に着手したので、控訴人はやむなく右家屋から退去し、以後長男の西谷豊所有の家屋に三女西谷英子とともに同居し、洋服商はやめ、豊と英子(ともに未婚)が教職にあつて一家の生計を維持し現在に至つているが、英子が高令の控訴人を助けて既製服小売商を再開したいとの強い希望をなお持ち続けていること、また、控訴人は、本件店舗を被控訴人に賃貸した後も、その二階や裏側にある別棟バラック建物を居住と商品置場に使用し、昭和三五、六年頃本件店舗に接続する裏側部分(この部分が被控訴人の賃借範囲に含まれていたかどうかについては争いがある)と右バラック建物を取り壊して二階建居宅一棟を新築したが、右居宅への出入りには本件店舗内を通行しなければならず、不便なため、上野の家屋から退去したのちは右居宅をも使用していないこと、以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

右事実によれば、控訴人が花田らとの和解に応じたのは、本件店舗を自己の営業にあてることを予定してのことであつたと推認されるとともに、現在もその使用を熱望している事情は理解しうるところであり、また、本件建物の明渡を受ければ裏の居宅を利用することもできて、好都合であることも明らかである。

三しかし、右のように控訴人側の必要性を肯定しうるとしても、さらに、次の諸点を考慮しなければならない。

(一)  <証拠>を総合すれば、花田らと上野および控訴人との間に成立した前記訴訟上の和解においては、花田らが上野に移転補償費として金二〇〇万円を支払うことを定めたのみで、控訴人への立退料の支払については何らの定めがなされなかつたが、この点については、上野と控訴人との間の協議によつて右二〇〇万円の一部が上野から控訴人に分配されることを予定したものであつたこと、しかるに、控訴人は、予期に反して上野が右分配に応じないため、花田らに対して前記請求異議訴訟を提起し、自己に直接立退料を支払うよう要求して再三交渉を重ね、さらに本件訴訟の被控訴人の代理人も加えて協議した結果、まず被控訴人に立退料を与えて本件店舗を明け渡させ、よつて控訴人の立退先を確保することにより、控訴人の花田らに対する明渡を可能にすべく、花田ヨシエから被控訴人に直接立退料一五〇万円を支払うこととし、控訴人と被控訴人との間の本件訴訟において前記条項による和解の成立をみるに至つたのであるが、控訴人自身も花田ヨシエが右の趣旨で被控訴人への立退料を負担するものであることを諒承して本件和解に応じたものであること、しかるに、前記認定のとおり、その後も自己に立退料が与えられないことを不満とする控訴人がさらに立退料の支払を要求したので、花田ヨシエは被控訴人への立退料の支払をしないこととしたこと、以上の事実が認められる。また、原審および当審における被控訴本人尋問の結果によれば、被控訴人は本件和解成立の後、一応移転先の店舗を見付け、花田ヨシエから右一五〇万円の支払を受ければこれを資金として移転できる状態にあつたが、結局右支払がないため移転しえなかつたことが認められる。

右事実によれば、本件和解成立後控訴人が花田らに対し立退料を要求したため、いつたん和解で約した本件店舗の明渡が実現されない結果となつたもので、控訴人において右の結果を予見していなかつたとしても、花田ヨシエが右のような趣旨で被控訴人への立退料を負担するものであることを知りながら、重ねて高額の立退料の支払を要求し事態の紛糾を招いたことは、きわめて軽率な行為であつて、和解が履行されなかつたことによる不利益を自ら甘受することも、やむをえない立場にあるものといわなければならない。

(二)  被控訴人が染物商を営んでいることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、被控訴人は、本件店舗において受注や製品の販売を行ない、印染は一部を他へ発注するほか、兄の三木貞雄の工場を借りて行なつていたが、次第に顧客も増え、安定した収益を得るに至つており、とくに、のれん類の受注等について繁華街にある本件店舗の位置が有利なものとなつていることが認められる。この事実によれば、本件店舗賃借に際し、半永久的に借りる旨の明示の合意があつたかどうか(この点については争いがある)にかかわりなく、被控訴人が引き続き本件店舗を営業の拠点としたいとする希望はとうてい無視しえないものである。もつとも、被控訴人が昭和四八年一月和歌山市中之島に工場兼居宅を新築し、現在その階下を印染の作業場として使用し、二階を被控訴人とその家族の住居に使用していることは当事者間に争いがないが、当審における控訴本人尋問の結果によれば、その所在地は本件店舗に比較し取引の場所として甚だしく不便なものと認められるから、右新築のためにせよ、被控訴人が本件店舗を明け渡すことによる信用の低下を恐れることは無理からぬところというべきであり、被控訴人の業種が通常の卸、小売商とやや異なることも右の必要性を否定するには足りないものというべきである。

また、このような事情のもとにおいては、被控訴人が本件店舗の明渡を得られない場合に、前記の裏側居宅を利用しえないことも、やむをえないところである。

(三)  控訴人はさらに信頼関係の破壊の事実を主張するところ、被控訴人が事実欄第二、二、(六)(1)記載の修繕等をしたことは、自ら認めるところである。しかし、

(1) <証拠>によれば、壁の修繕は雨水のために壁が落ちたことによるものであつて、賃借家屋の保管上必要な修繕に属することが明らかである。

(2) 当審における被控訴本人尋問の結果によれば、表の出入口にシャッターを取り付けたのは、従来あつた板戸が破損したこと、商店街に設置されるアーケードを支持するのに耐えられるような構造にする必要があつたこと、また、近隣店舗との美観上の釣合をも考えたことなどによるものと認められ、相当の理由があつてしたことといえないことはなく、また、その規模が建物の構造自体に著しい変更を加えるほどのものとは認められない。

(3) 本件店舗の西側の土間部分を板張りにした点については、当審における証人西谷英子および被控訴本人の各供述によれば、右部分は賃借当初は板張りであつたが、約三年後に裏側住居への控訴人の通行の便宜のために双方合意の上で土間にしたものであることが認められ、被控訴人がした板張りが賃借当初の状況と著しく異なりあるいは撤去の困難なものであると認めるべき資料はない。

(4) 前記のとおり、控訴人が本件店舗裏側の居宅を使用しなくなつてから、すでに長期間を経過しているのであるから、被控訴人が控訴人の通行を妨げるような意図で右(2)および(3)の工事をしたものではなく、また、現実に控訴人に迷惑を及ぼしているものでもないことが明らかである。

(5) したがつて、被控訴人が控訴人に対する信頼関係を破壊するような無断改造工事をしたものと認めることはできない。

四以上の諸事情を考慮すれば、前記解約申入れの当時ないしはその後現在に至るまでにおいて、控訴人が本件賃貸借の解約につき正当の事由を具備するに至つたものと認めるに足りないというほかはない。

第三よつて、本件賃貸借の終了を前提とする控訴人の本訴請求を排斥した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(沢井種雄 野田宏 和田功)

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