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大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)1482号 判決 1969年3月28日

控訴人

兼松江商株式会社

代理人

山田作之助

松岡清人

被控訴人

井辰修

代理人

大友要助

山本秀師

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一原判決の理由冒頭から原判決四枚目表末行に至るまでの原審の説示は、当裁判所もこれを正当と判断するものであつて、その理由記載をここに引用する。なお、本件残代金債権の譲渡通知が該通知を発した昭和四二年九月一四日頃控訴人に到達したことは、控訴人の争わないところである。

二控訴人主張の更改の抗弁についてみるに、既存債務の決済のため約束手形が振出された場合において当事者の意思が不明のときは、更改又は代物弁済ではなく、支払確保のためと推定すべきであり、それによつて既存債務は当然に消滅することなく、既存の債権と手形上の権利とがともに併存するものと認むべきである。けだし手形を取得しても必ずしもその支払があるとは限らないから、当事者が通常手形授受のみで既存の債権債務を消滅させる意思を有するものとは考えられないからである。本件についてみるに、当事者双方に更改又は代物弁済の意思があつたことを認むべき何らの証拠もなく、またいわゆる五大商社振出の手形をもつて現金同様に取扱うという取引界の慣行の存在を認むべき証拠もない。この点の抗弁は到底採用できない。

三手形の原因債権を手形債権と分離して譲渡できないとの控訴人の抗弁についてみるに、原因債権と手形債権とがともに併存する場合において原因債権は手形債権とともにこれに随伴して譲渡されるのが通例であるが、債権はその性質が譲渡を許さないものでない限り原則として譲渡しうるものであつて、原因債権は手形債権とは別個に単独で譲渡できないという理はない。控訴人の右主張は理由がない。

四手形債権が優先的に行使されるべきであるとの控訴人の主張についてみるに、原因債権と手形債権とが併存する場合、そのいずれを行使するかは権利者の選択に委ねられているのであり、ただ原因債権を行使する場合に債務者の要求があるときは債権者は手形を返還しなければならないのであつて、債務者からその返還あるまで弁済を拒否されるにとどまる。控訴人の右主張も理由がない。

五控訴人主張の相殺の抗弁についてみるに、訴外会社が昭和四二年九月一四日被控訴人に対し本件残代金二六一万四、〇〇〇円の債権を譲渡し、同日訴外会社から債務者の控訴人に右譲渡通知をなし、該通知がその頃控訴人に到達したことは、冒頭に認定したところであり、控訴人が訴外会社に対し控訴人主張の合計金一七〇万円の手形債権を有し、その弁済期が訴外会社の倒産により昭和四三年一月一三日に到来したこと、控訴人が同年七月二四日の原審第二回口頭弁論期日において、被控訴人に対し、右手形債権をもつて本件残代金債務と対当額において相殺する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。本件残代金債務の弁済期は昭和四二年一二月三日であるところ、控訴人は、この点に関し、被控訴人の右残代金債権の弁済を受ける時期(弁済期)は被控訴人主張の手形の除権判決があつた昭和四三年六月三日以降に変更されたものであると主張するが、控訴人は被控訴人の本件残代金の支払請求に対し、その支払のために振出された手形の返還あるまでその支払を拒絶するとの同時履行的抗弁権の行使によつて、本件残代金債務の弁済期以後右六月三日まではその弁済を拒否しうる関係にあるとはいえ、その弁済期を徒過している以上、被控訴人から右手形の返還を受けなくても履行遅滞の責に任じなければならない。けだし本件残代金の支払請求権と右手形の返還請求次との関係は、民法五三三条に定める対価的関係に立つ双務契約上の対立した債権関係またはこれに類似する関係にあるものとはいえず、単に控訴人に対し、無条件に原因関係である債務の履行をさせるときは控訴人をして二重払の危険に陥らしめる可能性があるため、これを避けるためにとくに右手形の返還あるまでその支払を拒否しうるにすぎないと解されるからである。被控訴人は手形紛失によつて権利行使上の支障を受けるとはいえ、その支障は右の同時履行的抗弁権で対抗されるにとどまり、本件残代金債権の権利の内容ないし態様に影響を受ける筋合いではない。したがつて、本件残代金債権の弁済期は手形の紛失によつてなんらの影響を受けないとわいなければならない。控訴人の右主張は理由がない。

そこで、債務者はいかなる場合に債権譲渡人に対する反対債権をもつて譲受人に相殺を主張しうるかについてみるに、債権譲渡の通知当時、譲受債権と反対債権の両者がすでに相殺適状にある場合は勿論、譲受債権の弁済期が到来していなくても反対債権の弁済期がすでに到来している場合には、債務者は相殺を主張しうることは、すでに判例の確立しているところである。ところで、民法四六八条二項により債権譲渡の通知を受けるまでに譲渡人に対して生じた相殺事由が譲受人に対抗しうるとするのは、相互に債権関係を有する譲渡人と債務者との間において、相殺に関する債務者の期待利益を債権譲渡の一事によつて失わせて債務者に不測の不利益を被らしめないよう両者の衡平を期する立法趣旨に出たものである。かかる立法の趣旨に照すと、債権譲渡の通知当時、すでに相殺をなしうべき原因(反対債権の存在)と債務者の相殺に関する期待利益とが存する以上譲渡通知までに相殺適状にあることや反対債権がすでに弁済期にあることを要しないというべきである。すなわち、譲受債権と反対債権の各弁済期が譲渡通知当時いずれも到来していない場合にあつても、将来反対債権の弁済期が譲受債権のそれよりも前に到来する関係にあるときは、債務者は譲渡通知当時、すでに、将来自己の反対債権をもつて譲受債権と相殺する期待をもつているのであつて、かかる債務者の期待は正当に保護されるべきである。したがつて、この場合には、債務者は右の期待利益、その行使としての相殺をもつて譲受人に対抗しうる。これに反し、反対債権の弁済期が譲受債権のそれよりも後に到来する場合にあつては、債務者は前記の期待利益をもつていないから、相殺をもつて譲受人に対抗しえない。以上のように解するのが相当である。しかも、この後者の理は、本件のごとく、譲渡人が譲受債権の支払のために振出された手形を紛失し、そのため債務者が譲受人に対し「手形の返還あるまで譲受債権の弁済を拒否する」旨の同時履行的抗弁権を行使することによつて影響を受けるものではない。けだし、この場合、手形の紛失によつて譲受債権の弁済期が変更されるものでないこと、上記のとおりであるばかりでなく、債務者は元来譲渡人に対して、相殺に関する期待利益を有しないにかかわらず、譲渡人側の手形紛失という偶然の一事によつて、前記同時履行的抗弁権をこえて相殺の抗弁権までもたせる合理的理由がないからである。したがつて、本件においては、控訴人の訴外会社に対する反対債権の弁済期が本件残代金債権の弁済期よりも後であるから、控訴人の相殺の抗弁は採用できない。

六控訴人の同時履行の抗弁については、控訴人が本件残代金債権の弁済期から手形の除権判決のあつた昭和四三年六月三日までの間はその弁済を拒否しうる関係にあるが、弁済期を徒過している以上、控訴人に遅滞の責があることは、上記説示のとおりである。

七そうすると、控訴人は被控訴人に対し本件残代金二六一万四、〇〇〇円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和四二年一二月四日からその支払ずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。よつて被控訴人の本訴請求は正当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。(木下忠良 村瀬泰三 田坂友男)

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