大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)1972号 判決 1971年1月29日

第一九八七号事件控訴人

第一九七二号事件被控訴人(以下第一審原告と略称) 古本哲夫

第一九七二号事件控訴人

第一九八七号事件被控訴人(以下第一審被告と略称) 石原二三雄

右訴訟代理人弁護士 竹田準二郎

同復代理人弁護士 滝本文也

右補助参加人 兵庫県

右代表者兵庫県知事 坂井時忠

右訴訟代理人弁護士 林三夫

主文

第一審原告の控訴を棄却する。

原判決中第一審被告敗訴の部分を取消す。

第一審原告の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも全部第一審原告の負担とする。

事実

第一審原告は、

「原判決を次のとおり変更する。

第一審被告は第一審原告に対し五五〇、一六五円およびこれに対する昭和三九年三月一五日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一審、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、

第一審被告代理人は、

主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠関係は左記のとおり、訂正、付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるので、これを引用する。

(一)  第一審原告の主張

(イ)  原判決二枚目表四行目「その治療費として」以下六行目までを

「入院治療費として四四、三一六円を支払い、このうち一九、四三六円は学校安全会より支給を受けたので、差引第一審原告の負担額は二四、八八〇円となったが、ほかに雑費として一三、九〇〇円を支払った」と訂正。

(ロ)  第一審判決は「机が落ちそうになったとき『危い』と叫んで注意した周囲の人の声にも拘らず……』と認定しているが、右の『危い』と叫んだのは家本先生で、この場合第一審被告としては右注意により、とっさに滑り落ちゆく机を何らかの手段で防ぐべきであった。第一審被告は自分一人では無理な作業であったにかかわらず、周囲の友人に何の応援も求めず、この作業を行なったことは明らかに第一審被告の過失である。

本件事故当日(昭和三九年三月一四日)午後六時ごろ、第一審被告の母より第一審原告の父に対して「息子の不注意でとんだ迷惑をかけた、症状はどんな具合か。早速お見舞いに行きたい」旨電話があり、昭和三九年四月七日第一審被告はその母と共に第一審原告宅にお詫びに来たと言って訪問し、更に入院先の西宮北口診療所に第一審原告を訪問した事実があるが、このことは第一審被告の不注意による事故の発生を自ら認めていたことを示すものである。

第一審被告は「第一審原告は作業に従事せず漫然背中を向けて立っていた」と主張するが、一連の作業中のある短い時間作業の手を止めていたとしても、それをもって作業に従事していなかったというは当らない。

(二)  第一審被告の主張

原判決は証人中塩喬の証言および原被告各本人の供述により、「被告が三段に積み重ねてあった机を取ろうとして引張ったとき、最上段にあった机が滑って落ち、原告の頭に当った」と認定しているが、証人中塩は右机が落ちる直前の状況はみていないし、第一審被告本人の供述も裁判官が「誰も側にいなかったのならば君が落したことにならないか」と理づめの質問をされたため、困惑して肯定的な供述をしたもので信用性は極めて乏しい。

本件事故の原因となった机は材質上極めて滑り易いものであったから、机をとろうとした第一審被告の所為以外の他の原因によっても落下という現象は容易に生じうるのであるから、机の落下を生ぜしむべき他の原因は存しなかったことについて相当程度の証明がなければならないが、これらの証拠も全く存しない。

仮に第一審被告の所為により机が落下したのであったとしても、本件の場合一般社会人に対して要求される注意義務をもって第一審被告を律することは相当でない。本件事故は教諭の指導監督のもとに生徒に課した運搬作業という教育の過程で起ったのであるから、このような場合は特に第一審被告は当時一六才一ヶ月という年令を併せ考えると、まず当該指導教諭の右作業における指導監督の具体的内容、その程度が問われなければならず、次に被監督者である第一審被告の右指導の受容、服従の有無、程度等が問われるべきで、これらを離れて抽象的に第一審被告の注意義務およびその違反を論ずることはできない。

原判決は第一審原告に三割弱の過失相殺を認めたが、第一審原告の過失は右の如く軽いものではない。第一審原告が担当教諭の指導に従った作業に従事していたならば、机が落下して来た位置より更に離れた位置にいたであろうこと、従って本件事故を回避しえたであろうことは想像に難くない。しかるに第一審原告は相当教諭の指導に従って作業に従事していなかったばかりでなく、机がいつ落ちて来るかも知れない現場に漫然と背中を向けて立っていたのであって、危険の発生に対して自己の安全を守るべき努力を怠っていたので、その過失は極めて重大である。本件事故は教諭の指示に従わず、傍観していた第一審原告が自ら招いたものというべきである。

第一審原告の傷害の程度は重症のものでなく、後遺症の点もかなり疑わしい。すなわち、第一審原告は後遺症による純痛のため一年二ヶ月通院治療を受けたというのであるが、同人は本件事故前から頭痛の持病があったと言われ、本件事故前の一年次の欠席日数は二七日で、この年令の少年としては甚だ多い。

(三)  証拠関係≪省略≫

理由

一、原判決事実摘示中請求原因一の事実ならびに二の事実中、第一審原告と同被告は同級生で、第一審被告が机の運搬作業に加わっていたことは当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。

昭和三九年三月一四日第一審原被告は兵庫県立宝塚高等学校一年六組の生徒として翌日から始まる入学試験場準備のための作業として、先生の指導のもとに更衣室の一隅に三段に積み重ねてあった机を運び出す作業をしていた。右机は天板がデコラ張りで、脚は鉄製パイプで作られているもので、第一段目の机と第二段目の机は天板を上に、第三段目の机は天板を下に脚を上にして積み重ねてあった。先生の指示により生徒は部屋の入口より一列縦隊に並んで順番に机を運び出していた。他の生徒は右運搬作業を熱心にしていたのに第一審原告は手伝わず、他の生徒から何度もやれやれと言われていたがしなかった。他の生徒は列をなして順番を待っているのに第一審原告はその辺をうろうろして先生から注意を受け、次に自分の順番になるころになってやっと列に戻るという状態であった。第一審被告が一番上の机を取ろうとしたとき、第三段目の机と第二段目の机が落ちて来かけたので、第二段目の机の足をささえたところ、一番上の机は第二段目の机と天板のデコラ同志が接していたので、滑り易かったため、第一審被告の頭上を通り越して後に落ち、側にいた誰かが「危い」と叫んだが、机のパイプ製の左右の脚をつなぐ横のパイプが第一審原告の頭に当った。側にいた中村教諭が「大丈夫か」と尋ねたところ、第一審原告は「大丈夫」と言ったけれども、二人の生徒を附添わせて保健室に連れて行かせて横に休ませた。その後中村教諭が保健室に行ったとき第一審原告の額にやや横長にいわゆるたんこぶが出来ていたが、大丈夫というので、患部を冷やす程度で医者を呼ぶ程のことはないと考え、医者を呼ぶことはしなかった。第一審原告はその後一人で自宅に帰ったが、同日夕方頭が痛いので、西宮北口診療所で斉藤医師の診察を受け、同所に入院した。同医師が診察した所見は、意識言語明瞭で反射検査には特に病的異常はなく、前頭部生えぎわより少し上の処に紫色になってたんこぶができていたが、裂傷はなかった。レントゲン検査の結果も骨折の症状は見当らなかった。脊髄液検査の結果少し赤血球が混っていたが、これは軽い脳底骨折によるものか、それとも脊髄液を抜きとるとき注射針の先についた血液が混ったものかいずれとも分らない。同医師が作成した診断書中に「脳底骨折症」との記載があるが、これは保険で脳脊髄液の検査をするためには脳底骨折としなければ保険がきかないために、保険の関係でそういう病名にしたのであって、脳底骨折という確定的診断を下したわけではない。

以上の事実が認められる。

三、そこで右認定の事実より第一審原告の負傷につき、第一審被告に過失責任があるかにつき考えるに、本件事故の如く、学校で先生の指導のもとになした机の運搬作業において、第一審被告の作業が特に乱暴であったわけではなく、一番上の机を降ろすに当って、それが滑り落ちて自分の背後の者に当らない様にすべき注意義務があるとするのは酷に失する嫌いがある。

第一審原告は「危い」との叫び声があったとき、何らかの手段で滑り落ちゆく机を防ぐべきであったと主張するが、瞬時のことで、その時点ではもはや滑り落ちるのを防ぐことは不可能である。

第一審原告はまた、一人での作業は無理であったから、周囲の友人に応援を求めるべきであったと主張するが、≪証拠省略≫によると、積んである机を降して運ぶ作業は一人で十分できる作業なので、先生は一人で一つづつ運べと指示していたことが認められ、この点についての第一審被告の過失も認められない。

一方第一審原告は前記認定のとおり、作業を手伝わず、他の生徒から何度もやれやれと言われ、他の生徒は列をなして順番を待っているのに第一審原告はその辺をうろうろして先生からも注意を受けていたのであって、第一審原告が先生の指示どおり一列縦隊に並んで自分の順番の来るのを待ち、運搬作業に熱心に従事していたならば、滑り落ちて来る机をすぐ発見でき額に当るのを避けえた筈であり、結局本件事故は専ら第一審原告自身の不注意の責めに帰すべきものである。

四、よって第一審被告に対し、本件事故による損害賠償を求める第一審原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく失当として棄却すべきであるので、これと見解を異にして第一審原告の請求を一部認容した原判決の右認容部分を取消して第一審原告の請求を棄却し、第一審原告の控訴は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 入江菊之助 裁判官 中村三郎 道下徹)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例