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大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)217号 判決 1971年7月08日

理由

一、《証拠》によると、控訴人は昭和三九年一月項から数回にわたつて被控訴人に金員を貸付け、同年一二月上旬には右貸金が合計一四二万円に達していたこと、その頃被控訴人は控訴人に対して右債務の存在することを承認し、これを(イ)元金七七万円および(ロ)元金六五万円の二口の借受債務にあらため、いずれも弁済期を一カ月後、利息損害金を日歩一四銭と定めて弁済することを約し、ついで合意により弁済期を(イ)については昭和四〇年二月二一日、(ロ)については同年同月二八日に延期するとともに、右借受金の支払方法として、被控訴人はその主張の約束手形二通(以下金額七七万円の約束手形を本件(イ)手形、金額六五万円のそれを本件(ロ)手形、両者を本件各手形という)をいずれも振出日、受取人欄空白のまま振出して控訴人に交付したこと(本件各手形の振出、交付は当事者間に争いがない)が認められ、左記措信しない証拠を除いて右認定を動かすに足る証拠はない。

被控訴人は、本件各手形は手形割引のために控訴人に交付した旨主張するが、右主張にそう《証拠》は前掲各証拠と対比して信用しがたく、右主張はとうてい採用できない。

そして、被控訴人が控訴人に対し前記借受金七七万円および六五万円を各弁済期に弁済したと認めるに足りる証拠は何ら存しない。

二、被控訴人は、本件各手形を取得した第三者より適法な呈示がなされ、これに手形金額を支払つたので、右支払により本件借受債務は消滅したと主張し、控訴人はこれを争うので次に判断する。

《証拠》を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  控訴人は本件各手形を所持していたところ、昭和四〇年二月一三日かねて不仲にあつた妻首藤きよのがこれを窃取して家出した。控訴人は同月一六日所轄警察署に本件各手形の盗難被害届および妻きよのに対する告訴状を提出するとともに、被控訴人に出会つて右事実を告げ、本件各手形の支払受託銀行に対して事故届を提出するよう依頼し、同月一八日被控訴人の長男江口国義に警察署発行の盗難届出受理証明書を交付した。同月一九日頃右受理証明書は本件各手形の支払受託銀行である近畿相互銀行九条支店に提出され、また同月二二日付で盗難を事由とする手形支払差止依頼書が被控訴人より右銀行に提出された。

2  本件(イ)手形はその満期の翌日である同年二月二二日手形交換により支払場所に呈示されたが、近畿相互銀行九条支店は「盗難」の理由により右手形の支払を拒絶した。右呈示の当時、振出日、受取人欄は白地、第一裏書人首藤キヨノ、第一被裏書人白地、第二裏書人大栄興業株式会社、第二被裏書人白地、第三裏書人共和信用組合西宮支店の各記載がなされていた。本件(ロ)手形は呈示期間内に支払場所に呈示されなかつた。

3  被控訴人は、右銀行から本件(イ)手形の呈示があつた旨即日通知を受けて訴外大栄興業株式会社(以下大栄と略称する)が所持人となつていることを知り、同日訴外村上某を介して大栄と交渉した。その結果、大栄が支払銀行に本件(イ)手形につき「依頼返却」の手続をとつて手形不渡処分を回避するかわりに、被控訴人は、本件(イ)手形および大栄が所持している満期未到来の本件(ロ)手形の各手形金合計一四二万円に損害金を付加した総計二〇〇万円を、一〇回に分割して大栄に支払うこととし、被控訴人の長男江口国義振出名義の金額二〇万円の約束手形一〇通(支払期日を一カ月ずつ遅らせて)を振出して同日大栄に交付し、本件各手形の返却を受けた。そのとき本件(ロ)手形も振出日、受取人欄は白地で裏書記載は本件(イ)手形の場合と同じ(ただし第三裏書人の記載はない)であつた。しかし被控訴人は結局手形不渡処分を受け、また被控訴人は大栄に対し合計一二〇万円の支払をしたにすぎない。

《証拠》は、前掲各証拠と対比してたやすく信用しがたい。

以上の事実によると、本件各手形の振出人である被控訴人は、所持人となつた訴外大栄より手形金の支払を求められ、各手形が本来の手形権利者たる控訴人のもとより盗まれた手形であることを知りつつも、支払を拒絶しがたいとして、手形金のうち結局一二〇万円を大栄に支払つたものということができる。

そこで被控訴人の免責の有無について考えるに、手形法四〇条三項による免責は完成手形による呈示支払を前提とすると解すべきところ、前記認定事実によると本件(イ)手形は振出日および受取人の記載を補充されないままに呈示されており、したがつて右手形が手形要件の記載を欠き、呈示としての効力を有しないことは明らかである(最高裁昭和四一年六月一六日判決集二〇巻五号一〇四六頁、同年一〇月一三日判決集二〇巻八号一六三二頁、同四三年一〇月八日判決、金融法務事情五三一号三七頁参照)。さすれば本件(イ)手形について同条を適用すべきでないことはもちろんであるが、さらにすすんで、右無効の呈示に対してなされた被控訴人の支払は、そもそも効力を有しないというべきである。もつとも、一般に約束手形の振出人は手形の最終支払義務者であるから、所持人から手形要件の記載を欠く手形の呈示を受けた場合においても自からの判断と責任において手形金を支払つているのが実情であり、右支払によつて手形関係が円満且つ終局的に決済される限り、結果的にこれを有効視してもあえて妨げないものということができる。しかしながら、右支払によつて手形上の権利を害されたと主張する者があるときは、要件欠缺の手形の呈示に基き手形金を支払つた振出人は、右権利主張者に対し、その支払の有効を主張できないものと解するのが相当である。

しからば、前記認定の事実関係のもとにあつては、被控訴人は控訴人に対し訴外大栄に対する本件各手形金の支払をもつて有効な支払と主張することができないことは明らかであつて(本件(ロ)手形は満期に呈示すらなされていないが、手形要件の記載を欠き、したがつて右手形に対する支払が無効であることは本件(イ)手形の場合と同様である)、控訴人のこの点に関する再抗弁は理由があり、訴外大栄に対し本件各手形金を支払つたことにより控訴人に対する本件借受債務が消滅したとする被控訴人の抗弁は、とうてい採用することができない。

三、そうすると、被控訴人は控訴人に対し借受金合計一四二万円およびこれに対する弁済期後の昭和四〇年三月一日から完済に至るまで、約定利率を利息制限法所定範囲に引き直した年一割五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がありその支払を求める控訴人の本訴請求は正当として認容すべきであり、これと異る原判決は不当であるから取消しを免れず、本件控訴は理由がある。なお仮執行の宣言は不相当と認めてこれを付さない。

(裁判長裁判官 加藤孝之 裁判官 今富滋 藤野岩雄)

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