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大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)726号 判決 1969年6月24日

控訴人 甲野花子(仮名)

被控訴人 乙野里子(仮名)

主文

被告(控訴人、付帯被控訴人)の本件控訴を棄却する。

原告(被控訴人、付帯控訴人)の付帯控訴により、原判決主文第二、三項を次のとおり変更する。

被告は原告に対し金一二万円及びこれに対する昭和四一年一一月二八日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ、これを五分し、その四を原告の負担とし、その一を被告の負担とする。

事実

被告は、自らの控訴につき、「原判決中被告敗訴の部分を取り消す。その部分についての原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも原告の負担とする。」との判決を求め、原告は、付帯控訴につき、「原判決中、原告敗訴の部分を取り消す。被告は、原告に対し金九二万円及びこれに対する昭和四一年一一月二八日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被告の負担とする。」との判決を求め、当事者双方は、各相手方の控訴、付帯控訴についてはそれら各控訴を棄却する。控訴費用は各控訴人の負担とする、との判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠関係は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、それをここに引用する。

(原告の主張)

原審が被告の不法行為とそれにより原告に与えた精神的苦痛を認めつつ、その慰藉料を八万円としたのは現今の貨幣価値に照し低きに過ぎる。即ち原告は、妻として夫、二児とともに幸福な家庭生活を送り得たのに、被告の本件不法行為のため生涯忘れることができず、一生継続する精神的苦痛を与えられたに拘らず、その慰藉料を八万円と評価されたことは納得できない。交通事故による慰藉料が通例傷害の場合通院一ヵ月につき五万円、入院一ヵ月につき一〇万円、死亡の場合は一〇〇万円と評価されているのと均衡を失する。交通事故は過失であり、当今の交通事情からして不可避の面もあるが、本件は故意による不法行為であり、原判決は婦人の妻たる地位と家庭の幸福を希う気持を不当に低く評価している。精神的苦痛を金銭に評価するのは難しいが、被告は、太郎に妻子のあることを知りつつ、故意に同人と一年余にわたり不貞行為を続け、非嫡出子を生んだのであり、非嫡出子の存在は、原告の二児の就職、結婚等に有形無形の損害を与え、それが又原告に精神的苦痛を与え、夫に愛人があつたという以上の苦痛を与える。原告は、二児のことを思い離婚を思止まつたが、今日でもその苦痛に毎日悩まされている。又原告の夫に対する認知訴訟の期間中は財産上、精神上多くの損害を被り、扶養料の支払が夫が給料生活者である原告らに損失を与えている。

被告のいう自分や子供の苦しみは妻子ある男性と密通した自らの不倫行為によるものであり、被告自身が作つたものである。密通により出生した子供の扶養料は、かかることを敢てした被告が太郎に対し扶養料の請求を放棄したものというべく、太郎に扶養を求め得る原告は被告にその抗弁権を代位して主張し得るものである。

(被告の主張)

原告は、過去を顧られたい。原告は、夫太郎に対する良き妻であり満足を与える家庭であつたかどうか。その結婚も原告の両親が強く反対したときくが、理由は太郎の素行と家庭状況によるものと推察される。結婚後も原告はしばしば実家の富裕さを鼻にかけ、夫の実家とも交際せず、すぐ逆上する気味で困つていると、被告は太郎からきいている。本件の一審の最終弁論が終つた時、原告が傍聴席で立上り、今にも被告に掴みかからんばかりにして、あらぬことを口走つたときに被告は原告の感情の起伏の劇しいことを確認した。そうした原告の思い上つた態度が自然と夫を家庭から離れさす原因となつたのでないか。妻の権利を主張する前に、妻として当然あるべき優しい心遣いを夫の身内に致すべきである。被告は、一度妊娠中絶の後自責の念から太郎と別れる決意をなし、同人と阪急航空ビルの屋上で話合つたが同人が承服せず、被告の意思の弱さも手伝い、ずるずる関係を続けた。原告は、太郎には被告以外に女性関係がないと述べているが、太郎には被告以外にまだ二、三の女性があり、○組○○支店在勤当時の女性とのことその他の女性のことを凡て被告は太郎からきいて知つていたが、被告は、その昔将来を約した人に面影が似ていたという理由だけで心ならずも同人と関係してしまつた。太郎は、このことを知つていて僕は君の昔の婚約者の代用かといつていた。そのため同人は、被告が妊娠を告げた時、私の心を初めて身近に感じた、いつもは壁を隔てたもどかしさを感じていたと告白した。被告は、昭和二八年一〇月挙式を予定していた婚約者のふとした過ちを許せず、婚約を破棄して悶々としていた時太郎と交際したが、当時被告は、男性不信の時であつたから何時とはなしに別れ、仕事に情熱をもやし○○事務官として幹部コースを歩んでいた。しかるに、昭和三五年一月太郎からの電話で同人と面会してから崩れ去り自分を見失うこととなつた。太郎の弁によれば、被告の身上話に同情して一度関係をもつたとあるが、当時の被告は、人の同情がなければ生きて行けない状態にはなく、公務員の中級コースを歩み、本俸一万八、〇〇〇円を受け、公団住宅に一人暮しで親の勧める縁談にも乗気でなく、好きなことをして暮していた。

被告の母は、和歌山の大きな旅館の娘で裕福に育ち、仲人に欺されて結婚した夫に虐待されて逃げ帰り、父と知合い再婚しようとしたが、前夫が籍を戻さなかつたため被告は戸籍上庶子である。実際は正しい夫婦間の子供なのに両親の都合でこうなつたが別に困つた記憶はなく、就職に差別も受けず順調に歩んだから、身上話で太郎の同情をひこうとは思わなかつたし、子供を生み原告の妻の座を奪おうとも思わなかつたから、結婚を要求したこともない。妾関係でもなく、金銭を貰つたこともない。被告は、自分の分身を闇に放るのが悲しく一郎を分娩したが、太郎を患わさず、自分で生みたいと退職金や貯金で生活し子供の扶養料も請求しなかつた。しかし自分の力の限界を知り、母子寮入居後市役所のケースワーカーの勧めで、生活保護と内職で暮しつつ、太郎に認知と扶養料を要求したのであつて、当然の行為であつたと後悔していない。太郎も当時は被告に真実を持ち、日常のこと、中絶時のいたわり、その後のこといろいろの思い当ることが数多くある。

原告は、非嫡子云々といつているが、同じ父をもちながら非嫡子なるが故に日常の愛育を受け得ず、社会へ出てからも苦難が待ち受けているわが子を思う時、母親はどんな想をするか考えられない。母の被告は、どんな迫害にも耐え抜く積りであるが子供にどのようにして詫びればよいか頭を痛めている。被告は、三年前から漸く一人立ちして生活して来ているが、ボーダーラインの生活にあり、太郎が過去の扶養料を払つてくれない現在一〇〇万円の請求に応じがたいのは勿論、原判決にも不服なのは当然である。交通事故は、そのため家旅を路頭に迷わせるが、原告は、このため離婚したわけでなく、自家用車に乗り廻すという恵まれた生活をなし何ら原告の生活に支障を与えていない。

(追加された証拠)<略>

理由

本件に対する原判決による原審の事実認定と判断は、原審で援用された証拠に、当審における∧証拠略>を加えて行つた当審の事実認定、判断と一致するので、原判決七枚目裏四行目と五行目の「八万円」を「二〇万円」に各変更してその理由全部を引用し、次の説明を付加する。

原告の夫乙野太郎と被告との深い関係は、当裁判所の引用する原判決が説明しているように、昭和三五年一月九日に再会したときから始まり当初は太郎が被告に妻子のあることを打明けなかつたが、その次頃からはこれを知つたのであり、当時既に年齢三十一歳を超えていた太郎と肉体上の交渉をもつには同人が既に妻子のある身かどうかをよく確かめ、いやしくも妻子ある男性と不倫な関係をもつたら、それが相手の家庭に及ぼす影響、特に妻に与える精神上の苦痛がどのようなものであるかは太郎と全く同年齢(被告の方が五日早い出生である)であり、当時公務員として○○局に勤め、社会的経験常識からいつて十分これを認識していた被告が敢てかかる関係を深め、而も被告自ら主張するように、ひとり子供の生涯に暗い悲痛な苦難を与えるに止まらず、太郎の妻子に影響を及ぼさずには措かない非嫡出子の一郎を分娩したことは、男性の太郎の不当なことはいうに及ばず、同人が妻たる原告に対して負つている守操義務、健全な家庭生活の育成に努むべき義務の違反に加担した権利侵害であり、これが原告に与えた精神上の苦痛に対し被告が慰藉料を支払うべき義務のあることは当然といわねばならない。本訴における原告の請求原因は、被告が太郎と情交関係にあつたことと一郎を生んで認知を求めたことにあり、前者は問題ないが後者は、既に生れた子供が認知を求めるのは法律上当然であり、子供を生むことも人間の自由であるから、これが直ちに原告に対する不法行為となるかどうか些か疑問の余地はある。女性が一旦懐妊せば正当な事由なき以上堕胎することは法の許さざるところであるが妊娠するかどうかは母親の責任において支配できるところであるから、これを以て不法行為の原因となすことは差支えなきものと解する。

そこで、慰藉料の金額であるが、慰藉料は、本件当事者双方の一切の事情を斟酌して算定すべきものであり、原告のいう交通事故による慰藉料の金額と比較するのは事案の性質が異るから相当でない。本件当事者双方の言分を見るに、原告は、それが自分と一番関係のある夫が犯したことであり、非嫡出子に対する扶養料は、同人の責任であつて原告直接の負担でないのにこれを強調する等自分のことのみを強調する憾があり、被告の主張は、如何なるものにも三分の理の喩えのごとく、自らの慾望に負けて理性を忘れた不倫な行為がそもそもの原因であり、それによる結果は当初から予期できたことを他人の責任のごとく主張し、被告のかかる行為、主張が女性の地位を低くし軽視されるものであることを知らない憾みがある。しかしながら、昨今の貸幣価値を考慮するとき八万円は低額に過ぎるので、被告が原告に支払うべき慰藉料は金二〇万円を以て相当と認める。

よつて、被告の本件控訴は理由がないが、原告の付帯控訴は、一部理由があるので、原判決中原告敗訴の部分を変更し、被告に二〇万円から八万円をひいた金一二万円とそれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録によつて明らかな昭和四一年一一月二八日より完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を命じて他はこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条九六条九五条九二条を適用して主文のとおり判決する。尚仮執行の宣言は必要なしと認めこれを付さない。

(裁判長裁判官 岡野幸之助 裁判官 宮本勝美 菊地博)

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