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大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)818号 判決 1973年9月26日

控訴人・原告 井上福蔵

訴訟代理人 駒杵素之 外一人

被控訴人・被告 国 外一二人

訴訟代理人 井上郁夫 外九人

主文

原判決を取り消す。

控訴人に対し、別紙目録(一)記載の土地につき、

1  被控訴人国は大阪法務局昭和二四年一一月一五日受付第一八二六二号所有権取得登記

2  被控訴人新南都交通株式会社は同局昭和三七年六月七日受付第一三九六三号所有権移転登記

3  被控訴人菅野二郎は同局昭和三六年一〇月六日受付第二八〇三二号所有権移転登記

4  被控訴人辻本秀雄は同局昭和二九年一一月三〇日受付第二六一二六号所有権移転登記

5  被控訴人辻本秀雄、同辻本シマ、同金丸ハギヱ、同辻本佐之助、同中田実、同中田昭雄、同中田敬、同中田健一、同中田芳雄および同中田寿美子は亡辻本浅太郎のための同局昭和二五年四月四日受付第四三二五号所有権取得登記

の各抹消登記手続をせよ。

被控訴人新南都交通株式会社は控訴人に対し別紙目録(二)記載の建物を収去して同(一)記載の土地を明け渡し、かつ、昭和三七年六月八日から右明渡ずみに至るまで一カ月金三、二六〇円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、控訴人

主文同旨の判決。

二、被控訴人ら

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二、当事者の主張および証拠関係は、当審における主張、立証につき次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決事実摘示中同判決別紙物件目録第一および第二の土地に関する部分を削除し、請求原因(四)二行目に「辻ら五名」とあるのを「辻本ら五名」と訂正する)。

一、控訴人の主張

1  第一審被告中田寿子は昭和三九年一一月一三日死亡し、被控訴人中田実、同中田昭雄、同中田敬、同中田健一、同中田芳雄、同中田寿美子がこれを相続した。

2  行政処分取消の判決は、処分の違法性一般を確定するものであるから、訴願棄却裁決取消訴訟における判決が、原処分の違法を理由に裁決を取り消すものであつた場合には、これにより、原処分の違法性が確定されるものと解すべきである。したがつて、本件に関し、原判決摘示のとおり、買収計画の違法を理由に裁決を取り消す判決が確定した以上、買収計画の効力は遡及的に消滅し、これを前提とする買収処分および売渡処分も無効に帰したものである。

3  被控訴人らの時効取得の主張について。

(一)(1)  辻本浅太郎が昭和二四年四月二三日売渡通知書を受領した事実は認める。

(2)  辻本浅太郎が当時善意無過失であつたことは否認する。同人は、前記裁決取消訴訟の判決において確定されたごとく、本件土地の適法な小作人ではなかつたのであり、したがつてこれを買い受ける資格を有しなかつたにかかわらず、適法な小作人のごとく装い売渡を受けたもので、悪意または重大な過失による占有取得者である。したがつて、仮りに行政処分による占有の取得について民法の時効の規定の類推適用があるとしても、本件における時効期間は二〇年である。

(二) 買収農地の売渡しを受けた者の取得時効は、被買収者において権利保護の救済を求めるための訴を提起したとき、すなわち、適法に買収処分取消請求もしくは訴願棄却裁決取消請求の訴を提起することにより、中断されるものと解すべきである。本件においては、被控訴人ら主張の時効起算日の当時、すでに裁決取消訴訟が係属していたので、時効は進行しない。

(三)(1)  控訴人は、裁決取消訴訟と併行して、昭和三三年四月七日、辻本浅太郎および被控訴人辻本秀雄を相手どつて訴(大阪地方裁判所同三三年(行)第二一の二号事件。以下、旧訴という。)を提起し、同被控訴人のなした主文記載の所有権移転登記の抹消を求めた。したがつて、浅太郎の承継人である被控訴人秀雄に対しては、右旧訴の提起の日に時効中断の効果を生じた。

(2)  旧訴提起当時浅太郎は死亡していたので、控訴人は、あらためて本件訴訟を提起してその承継人らに対し順次登記抹消を求めることとなつたが、その際、被控訴人秀雄に対しても、旧訴と同一の登記抹消請求につき重複して訴(以下、新訴という。)を提起した。そして、原審において、旧訴が本件に併合審理されることとなつた結果、訴の重複が判明したが、この場合には新訴を取り下げるべきところ、旧訴はすでに被控訴人秀雄に対する請求部分のみを残す状態にあつたので、手続の簡便な処理のため、昭和四三年二月二三日同被控訴人に対する旧訴の取下をした。

右の経過において、控訴人は、形式的には旧訴を取り下げても、実質的にはその請求権についての公的判断を求める機会を放棄したものではないのであるから、民法一四九条の法意に照らしても、旧訴の提起による時効中断の効力はなお保持されていると解すべきである。

二、被控訴人らの主張

1  被控訴人国

他の被控訴人らの時効の抗弁を援用する。したがつて、控訴人の本件土地所有を前提とする請求は失当である。

2  被控訴人新南都交通株式会社

(一) 辻本浅太郎は、昭和二四年四月二三日、国から本件土地の売渡を受け、善意無過失に自己の所有に帰したと信じて、占有を開始し、以後その占有は、被控訴人辻本秀雄、同菅野二郎、同新南都交通と順次移転され、右被控訴人らはいずれも所有の意思をもつて平穏公然に占有を継続した。したがつて、右の日から一〇年の経過をもつて取得時効が完成し、本件土地は被控訴人新南都交通の所有に属する。

(二) 控訴人主張の旧訴は、昭和三三年から同三九年まで、さしたる進行をみないまま放置され、控訴人は旧訴の係属を忘却していて、いわば旧訴はどうでもよい存在となつており、そのため旧訴を取り下げたものと推定される。このような放置、忘却こそ消滅時効を進行させるための根本的要素であり、責められるべきは旧訴の存在を忘却した新訴の提起にあつて、新訴により旧訴の効力を維持しうるとする主張はとることができない。

3  被控訴人菅野を除く、その余の被控訴人一〇名

(一) 原判決の判断は正当であつて、控訴人の主張は理由がない。

(1)  控訴人は、控訴人より大阪府知事に対する大阪府農地委員会の昭和二三年六月三〇日付訴願棄却の裁決取消の訴が勝訴確定し右判決は、本件土地が小作地でないとする請求原因を認めたものであり、その結果買収計画が取消されたのと同様の法律効果が発生するものというべきであるから、本件土地買収処分は遡及的に無効に帰したものであると主張する。

(2)  しかし、控訴人の主張する確定判決は、大阪府農地委員会に対する訴願棄却の裁決が取り消されたにとどまり、買収計画が取り消されたものではない。訴願棄却の裁決の取消の結果控訴人の訴願は大阪府農地委員会に係属していることとなり大阪府農地委員会は、これに対し何等かの判断を示すことを要求されるが、右確定判決にそれ以上の効果をもたせることはできない。

何故なら、一般に抗告訴訟は、行政行為の違法を確定し、その限りで行政行為(本件の場合は訴願棄却の裁決)の効力を失わしめる意味を有するにすぎず、裁判所の積極的な意欲実現の作用をもつものではないからである。もし前記判決を控訴人主張の如く解するならば、判決をなした裁判所は、大阪府農地委員会の専権に属する行政行為をなしたことになるとともに、請求のない事項である買収計画取消の判決をなしたことになる。裁判所は、東住吉区農地委員会の買収計画の取消がなされておらず、又その請求がないのに拘らず大阪府農地委員会が行うべき訴願の裁決を前提として裁判することはできないものというべきである。

(3)  控訴人には、救済手段として大阪府農地委員会が、いまだ裁決をなしていないことを理由にして、行政事件訴訟法第三七条による不作為の違法確認の訴を提起する途がある。にも拘らず、控訴人がその方法をとらないのは、前記確定判決の利益を放棄したものと解されてもやむを得ない。

(二)(1)  辻本浅太郎は、昭和二三年七月二日、自創法一六条により国から本件土地の売渡を受け、同二四年四月二三日売渡通知書を受領し、同二五年四月四日その旨の登記を経た。

(2)  浅太郎は、右売渡通知書受領の日から、本件土地が自己の所有に帰したものと信じ、以後所有の意思をもつて平穏公然にその占有を続けた。同人は、右売渡以前より、本件土地を控訴人から一年に麦一斗の賃料の定めで賃借小作していたもので、占有の始めにおいて、売渡により本件土地が自己の所有と信じたことにつき過失はなかつた。

(3)  被控訴人秀雄は、昭和二九年六月三日、浅太郎から本件土地の贈与を受けて、その占有を承継した。

(4)  したがつて、同被控訴人は、昭和三四年四月二三日の経過によつて、本件土地の所有権を時効取得した。

(三)(1)  控訴人の主張3(二)について。裁決取消訴訟は、占有者を相手方とするものではないから、右訟訴の提起をもつて、裁判上の請求ないし催告として時効中断の事由とすることはできない。

(2)  同3(三)(1) について。控訴人主張の被控訴人秀雄に対する旧訴は、昭和四三年二月二三日に訴の取下がなされたので、時効中断の効力を生じない。

三、証拠関係<省略>

理由

一、控訴人主張の請求原因事実中、その所有の本件土地につき大阪市東住吉区農地委員会が農地買収計画をなし、これに対する控訴人の異議および訴願がいずれも却けられたのち、控訴人が昭和二三年に提起した裁決取消の訴訟において、第一、二審ともに右裁決を取り消す旨の判決があつて昭和三八年四月中確定した経過、および、右確定判決は原処分たる買収計画が小作地でない土地についてなされたとの実体的違法を理由に訴願棄却裁決を取り消したものであることは、すべて本件口頭弁論の全趣旨により明らかなところである。

ところで、行政事件訴訟特例法におけるごとく、裁決取消の訴訟において原処分の違法をも主張することのできる法制のもとで訴願棄却の裁決の取消を求める訴訟のみが提起され、裁決の違法の事由として原処分の違法が主張され、裁判所がこれを容れて裁決を取り消す旨の判決をなし、これが確定した場合には、裁決と原処分とに共通する違法が右訴訟における審判の対象とされ、判決によつて確定されたものであつて、原処分を違法とする判断は、単なる判決理由中の判断にとどまらず、既判力の生ずる事項であるというべきである。すなわち、このような原処分およびこれを維持した裁決によつて関係人の被る不利益は一個のもので、右訴訟の原告は、形式上裁決のみの取消を求めていても、このような一連の処分に共通する違法を確定し、これによつて生じた右の不利益を免れることを訴の目的とするのであり、請求を認容する判決における裁決が違法である旨の判断は、原処分が違法である旨の判断と同一であつて、右判決は、原処分および裁決がともに違法で維持すべからざるものであることをその結論として判断し、右違法の確定によつて裁決取消の効果を生じさせるのである。更に、行政訴訟の実質上の当事者は権利主体たる国又は公共団体であるから行政処分取消判決の既判力がこれらに及ぶとともに、行政審判手続において上級に位する行政機関のした裁決を取り消す旨の確定判決は、下級の行政機関たる原処分庁も既判力を及ぼすものと見なければならないのであつて、右判決における裁決および原処分を違法とする旨の判断が、行政事件訴訟特例法一二条(行政事件訴訟法三三条)により、関係行政庁を拘束することもこの意味に理解すべきである。したがつて、右確定判決があつた以上、右のような判決の効力により、原処分は、あらためて別個の手続による取消の処分または判決をまつまでもなく、当然にその効力を失うものと解するのが相当である。これに反し、被控訴人らの主張するように、違法と判断された原処分になお独自の効力の存続を認め、処分により不利益を受けた者は、あらためて原処分庁または裁決庁に対し原処分取消の裁決を求める必要があり、もし裁決庁がこれに応じないときは、不作為の違法確認の訴により救済を求めなければならないと解して違法な行政処分を受けた者に対し複雑迂遠な手続の繰り返しを求めることは酷にすぎるものといわなければならないのであり、かく解したからといつて、被控訴人らの主張するように、裁判所が裁決庁の専権に属する行政行為をしたことになるとか、原告の申し立てていない原処分取消の判決をしたことになるということはできない。したがつて、原判決が、これと異なり、裁決取消判決があつても裁決庁もしくは原処分庁による取消の処分または別訴の判決による取消をまたなくては、原処分取消の効果を生じないとしたのは、失当であつて、控訴人は、本件買収処分により本件土地の所有権を失つたものではないというべきである。

二、次に、被控訴人ら(被控訴人菅野二郎を除く。)主張の取得時効の成否について判断する。

1  辻本浅太郎が自創法に基づき国から本件土地の売渡を受け、昭和二四年四月二三日売渡通知書を受領したこと、同人が右の日から所有の意思をもつて平穏公然に本件土地を占有していたこと、被控訴人辻本秀雄が、昭和二九年六月三日、浅太郎から本件土地の贈与を受け、右と同様の態様で占有を続けていたこと、以上の事実は、控訴人においてこれを認めまたは明らかに争わないところであり、浅太郎が右売渡通知書受領の当時、買収および売渡処分の瑕疵により所有権を取得しえない事情にあることに関して善意であつた事実については、何ら反証がないから、これを推定すべきである。そして自己の耕作地を自創法に基づき国から農地として売渡を受けた者は、特別の事情のないかぎり、その売渡処分に瑕疵のないことまで確かめなくとも、所有者と信ずるにつき過失があるとはいえないものであるところ(最高裁昭和四〇年(オ)第一四五二号同四一年九月三〇日第二小法廷判決)、当審における被控訴本人辻本シマの尋問の結果によれば、浅太郎は、適法な小作権によるものか否かはともかくとして、本件買収・売渡処分の前から本件土地を耕作していた者であることを認めることができ、同人が所有権を取得したと信ずるにつき過失があつたとみるべき前記特別の事情の存在を認めうる証拠はない。

2  行政庁を被告として買収計画に対する訴願棄却の裁決の取消を求める訴訟は、土地の占有者を被告とするものではないから、右占有者のための取得時効を中断する効力を有しないものと解すべきであり(最高裁昭和四六年(行ツ)第四六号同四七年一二月一二日第三小法廷判決)、したがつて、右訴訟係属の事実は、同人のための取得時効の進行を妨げるものではない。

3  控訴人が、昭和三三年四月七日その主張のような旧訴を提起し、その係属中の同三九年三月二七日、さらに本件新訴を提起して被控訴人秀雄に対し旧訴と同一の請求をし、原審において両事件が併合されたのち、同四三年二月二三日の口頭弁論期日において旧訴につき訴の取下をしたことは、記録上明らかであつて、右新訴提起の日にはすでに浅太郎の占有開始の日より一〇年以上を経過していたわけである。

かように旧訴が取り下げられた以上、民法一四九条の適用が問題となるが、本件においては、旧訴の係属中に新訴が提起され、同一請求権についての裁判上の請求が二重に係属したのであり、その後に旧訴を取り下げても、これによつて、控訴人が当該請求権についての権利主張をやめて、その存在が判決により確定されることがなくなつたわけではない。しかも、旧訴が取り下げられて後六か月以内に新訴が提起されたとすれば、当然民法一五三条の反対解釈によつて、時効中断の効力を生ずるのであるから、この場合との均衡を考えると、本件のごとく二つの訴の併存した状態における旧訴の取下が右の設例の場合よりも不利な取扱いを受ける理由はありえない。このように旧訴と新訴のいずれを取り下げても、権利行使の実質および判決の対象になんらの相違のないことを考えると、本件において、旧訴を取り下げれば時効が完成し、新訴を取り下げれば時効中断の効力が続くというほどの相違を生ずることを是認する根拠は見出せない(被控訴人新南都交通の主張2(二)のような旧訴の取下の理由如何はこの結論を何ら左右するものではない)。かくして、当裁判所は、本件のごとき二重起訴の場合には、いずれの訴を取り下げても、民法一四九条の適用はなく、旧訴提起の時に生じた時効中断の効力は消滅しないものと解し、したがつて、本件において、浅太郎の本件土地に対する自主占有の開始後一〇年内に、同人の占有の承継人である被控訴人秀雄に対する旧訴が提起されたことにより、同被控訴人のための本件土地の取得時効は中断されたものと解するのである。

三、したがつて、取得時効の抗弁は理由がなく、本件土地は控訴人の所有に属するものである。そして、控訴人の主張する本件土地についての主文記載の各登記の存在、浅太郎の相続関係ならびに被控訴人新南都交通の建物所有土地占有の事実については、関係の各被控訴人との間に争いがない。また、本件土地の所在地等に照らし、その相当賃料額か、昭和三七年六月八日から現在に至るまでを平均すれば控訴人主張の額(月額一坪あたり二〇円)を超えることは、公知の事実というべきであるから、被控訴人新南都交通は右占有による損害として控訴人主張の金額を賠償すべき義務がある。したがつて、控訴人の本訴請求はすべて正当として認容すべきであつて、本件控訴は理由がある。よつて、民訴法三八六条、九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 沢井種雄、裁判官 常安政夫、裁判官 野田宏)

別紙 目録

(一) 大阪市東住吉区平野流町五一七番地の一

一、宅地 五三八・八四平方米(一六三坪)

(二) 同所

家屋番号五二〇番の三

軽量鉄骨造スレート葺平家建車庫 一棟

床面積  二九九・三三平方米(九〇坪五合五勺)

木造瓦葺二階建事務所 一棟

一階床面積 六一・二五平方米(一八坪五合三勺)

二階床面積 四一・三八平方米(一二坪五合二勺)

木造瓦葺二階建洗車場 一棟

一階床面積 四〇・四六平方米(一二坪二合四勺)

二階床面積 三七・一五平方米(一一坪二合四勺)

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