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大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)851号 判決 1969年9月30日

控訴人

有限会社松宮封筒社

被控訴人

川村産業株式会社

代理人

宇佐美幹雄

ほか三名

主文

一、原判決を次のとおり変更する。

二、被控訴人は、控訴人に対し、金六万六、二〇六円とこれに対する昭和四二年一二月二日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三、控訴人のその余の請求を棄却する。

四、控訴人は、被控訴に対し、金一万一、〇一六円とこれに対する昭和四二年八月一二日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

五、被控訴人のその余の反訴請求を棄却する。

六、訴訟費用は第一、二審を通じ、本訴、反訴ともこれを一〇分し、その四を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

七、この判決の第二、第四項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の申立

一、控訴人は「(一)原判決中控訴人敗訴部分を取消す。(二)被控訴人は、控訴人に対し、金二〇万六、二九〇円とこれに対する昭和四二年一二月二日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。(三)被控訴人の反訴請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、

二、被控訴代理人は「(一)本件控訴を棄却する。控訴費用は、控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

第二、当事者の主張

当事者双方の主張は、左記のとおり附加するほか、すべて原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一、控訴人の主張

(一)  被控訴人は、訴外野口には、道交法三六条二、三項所定の注意義務を怠つた過失がある旨主張し、原判決も訴外野口の右過失を認定する。

しかしながら、

1 まず右条項所定の徐行及び優先通行権車の進行妨害禁止の各義務は、いずれも同時進入の場合におけるそれであつて、異時進入の場合にまで、その適用をみるものではないと解すべきところ、本件は、訴外野口の運転する控訴人車が本件交差点に進入した時には、訴外谷田の運転する被控訴人車は、まだ右交差点の手前一〇数メートルの地点を西進していたのであるから、明らかに異時進入の場合であり、訴外野口に被控訴人主張の如き過失はない。

2 また道交法三六条二項にいう「明らかに広い」とは、交差する道路幅員の差が、一見して何人にも明らかにわかるような場合、少くとも広い道路の幅員が、狭い道路のそれの二倍以上ある場合を指すものと解すべきところ、本件の場合、被控訴人車が通行していた東西道路の幅員は7.8メートルであるのに対して、控訴人車が通行した南北の道路のそれは六メートルであり、事実また本件交差点の進入地点から交差する双方の道路を一見しても、その広狭は、識別できないから、控訴人車の通行道路より被控訴人車の通行道路の方が「明らかに広い」とは到底いい得ず、この点からも、訴外野口に被控訴人主張のような過失はない。被控訴人は、道交法三六条三項の場合は、その主張の如き事由で、単に「幅員が広い」道路であればよく、「明らかに広い」場合であることを要しないと主張するが、右条項の「前項の場合において」とは「車両等が、交通整理の行なわれていない交差点で、第二項に規定するような道路に入ろうとする場合において」の意に解すべきであるから、右条項の場合も、当然二項と同様「明らかに広い」場合であることを要するものといわなければならない。

(二)  被控訴人は、また道交法三五条三項によつても、被控訴人車に優先通行権がある旨主張するが、同条項も、同時進入の場合の規定であるから、既述のように異時進入であることの明らかな本件には、右条項の適用はない。

(三)  またもし仮に、何らかの理由で、訴外野口に徐行義務があつたとしても、控訴人車の本件交差点進入時の速度は時速二〇キロメートル程度であり、この速度自体徐行であるから、訴外野口には徐行義務け怠の過失はない。

二、被控訴人の主張

(一)  控訴人車が本件交差点の先入車であつた旨の控訴人の主張は、全く独断ないしは根拠のない主張であつて、むしろ被控訴人車が先入車であつた。

仮に、そうでないとしても、ほとんど同時に本件交差点に進入したものであることは間違いない。

(二)  被控訴人車が通行していた東西道路の幅員は、控訴人車が通行していた南北道路のそれより約二メートル余り広く、交差点進入の直前には、被控訴人車通行の道路の方が明らかに広いことは一見して明白である。

さらに、道交法三六条三項の「前項の場合」とは、同条二項の「交通整理の行われていない交差点」を指すものであつて、条文上も単に「幅員が広い道路」といい「明らかに広い」とは規定されていないから、道交法三六条三項の場合は「明らかに広い」場合であることを要せず、また右条項には、同法三五条二、三項の「同時に」という文言を欠いているから、同時進入の場合は勿論、接近した異時進入の場合も含むものと解すべきである。

よつて、被控訴人車に優先通行権のあることは明らかであり、控訴人車は、徐行もしくは被控訴人車の進行を妨げてはならない義務があるものといわなければならない。

(三)  仮に、そうでないとしても、前記のように、被控訴人車と控訴人車は、ほとんど同時に本件交差点に進入したものであるから、道交法三五条三項により、左方の道路から交差点に入ろうとしていた被控訴人車に優先通行権のあることは明らかである。

(四)  当審における控訴人の(三)の主張事実は争う。控訴人車の時速は三〇キロメートルである。

第三  証拠関係<略>

理由

一昭和四〇年九月二〇日正午頃、大阪市東住吉区桑津町三丁目一四一番地先の交通整理の行われていない左右の見通しの悪い、東西と南北道路の交差点において、いずれも業務執行中の控訴人の従業員訴外野口久美男が運転南進中の控訴人車と被控訴人の従業員訴外谷田新太郎が運転西進中の被控訴人車が衝突し、そのため訴外野口が受傷し、両車体が破損したことは、当事者間に争いがない。

二そこでまず双方の過失並びに賠償責任について検討する。

(一)  <証拠>を総合すれば、

本件交差点は、四囲に人家の立並ぶ市街地で、両交差道路とも、交差点の手前一メートル近くまで接近しなければ左右の見通しが利かず、東西道路は幅員約7.5メートル、南北道路のそれは約5.6メートルで、いずれも歩車道の区別のない舗装道路であるが、右両道路の広狭は、右各道路の交差点進入地点から交差道路を見通しても、にわかに識別し難いこと。

訴外谷田は、時速約四〇キロメートルで被控訴人車を運転し、東西道路左側やや中央寄りを西進して本件交差点にさしかかつたが、その時には既に訴外野口の運転する控訴人車が南北道路の北側から少くとも三メートルは右交差点に進入南進していたのに、一時停止も徐行もせず、そのままの速度で漫然同交差点に進入したため、その直後前方至近距離に右控訴人車を発見し、急ブレーキを踏み、ハンドルを左に切つたが及ばず、交差点の、東西道路南端線から約1.4メートル北寄りの線と南北道路の中央線の交点附近(交差点の中央南端附近)において、被控訴人車の前部を、控訴人車の左側ドア後部附近に激突、同車を横転させたこと。

他方訴外野口は、時速約三〇キロメートルで控訴人車を運転、南北道路のほぼ中央を南進し、本件交差点に進入したものであるが、右進入時に東西道路を東側から交差点に接近中の被控訴人車を左斜め前方約六メートルの地点に認めたけれど、同車が一時停止をしてくれるものと考え、アクセルから足を離しただけで、一時停止も徐行もせず、そのまま進行したところ、被控訴人車も前記のように進入してきたため、危険を感じ、アクセルを踏んで加速し、衝突を避けようとしたが、既に遅く、前記のように被控訴人車と衝突、横転したものであること。

を認めることができ、<証拠判断省略>

(二)  そして、上記の争いなき事実並びに右認定事実によれば、本件交差点は、交通整理も行われておらず、左右の見通しも悪い場所であるから、このような交差点を通過しようとする運転者は、その進入前に、一時停止をするか、少くとも道交法四二条所定の徐行をして、自車の進行道路と交差する道路の交通状況を見定め、交通の安全を確認して交差点に進入し、もつて交通事故の発生を未然に防止すべき義務があるにもかかわらず、訴外谷田及び同野口は、いずれも右義務を尽さず、前認定のように訴外谷田は時速約四〇キロメートル、訴外野口は同三〇キロメートルで、漫然本件交差点に進入し、これを通過しようとしたのであるから、右両名には既にこの点において過失があり、さらに訴外谷田は、前認定のように、自車が本件交差点に達した時には、訴外野口の運転する控訴人車は既に交差点に進入していたのであるから、道交法第三五条一項により、控訴人車の進行を妨げないようにしなければならないのに、これを怠り、前記過失と相まつて事件事故をじやつ起した過失があるものといわなければならない。

被控訴人は、訴外野口には、道交法三六条二、三項所定の注意義務を怠つた過失があり、したがつてまた同法三五条一項の先入車の優先権を主張することもできない旨主張するが、道交法三六条二項の「明らかに広い」とは、交差点の中央に停立し双方の道路をじつくり見比べてみて、はじめてその広狭が判る程度では足りず、車両等の運転者が、当該交差点にさしかかつた場合、一見して交差道路相互の広狭を判断できる程度にその幅員に顕著な差異のある場合をいうものと解すべきところ、本件交差道路の前記幅員の差異は、右両道路の幅員が約五ないし七メートル余もある点を考慮すれば、いまだもつて、右の如き顕著な差異があるものとは考えられないのみならず、現に当審の検証の結果によつても、各道路の交差点の進入地点からでは、右両道路の広狭はにわかに識別し難いこと前認定のとおりであるから、訴外野口に道交法三六条二項所定の徐行義務違反の過失は認められないし、また同条三項の「幅員が広い道路」というのも、同項が同条二項の場合を受けて規定されていることは、その法文上明らかであるから、やはり同条二項の「幅員が明らかに広い」道路を意味しているものと解すべきであり、したがつて、右二項の場合同様、訴外野口には同条三項所定の進行妨害禁止義務違反の過失も認められない。

さらに、被控訴人は、被控訴人車には道交法三五条三項前段の優先通行権がある旨主張するけれども、右条項の進行妨害禁止の義務は、左方の道路から同時に当該交差点に進入しようとしている車両に対するものであるところ、本件の場合は、被控訴人車が本件交差点に入ろうとしたときには、既に控訴人車が三メートルも先に交差点に進入してしまつていたこと前認定のとおりであるから、右の如き被控訴人車を目して、同時に交差点に進入しようとしている車両とは解し難く、被控訴人の右主張もまたたやすくこれを採用することができない。

なお控訴人は、控訴人車の本件交差点進入時の速度は時速二〇キロメートル程度であり、この速度自体徐行であるから、訴外野口に徐行義務け怠の過失はない旨主張するが、控訴人車の本件交差点進入時の時速は約三〇キロメートルであつたものと認むべきこと前認定のとおりであるから、控訴人の右主張もまた採用の限りでない。

(三)  してみれば、本件事故は、訴外谷田と同野口の前記各過失の競合によつてじやつ起されたものというべきところ、本件事故に対する右両者の過失の割合は、前認定の事実関係から考えて、おおよそ訴外谷田の七割に対し、訴外野口は三割程度と認めるのが相当であるから、控訴人は、訴外人野口の、被控訴人は、訴外谷田の各使用者として、それぞれ本件事故によつて生じた相手方の損害を右各割合で賠償すべき義務があるものといわなければならない。

三よつて次に、双方の損害について判断するに、本件事故によつて、控訴人、被控訴人双方の被つた損害は、原判決と同様、控訴人については合計金九万四、五八〇円、被控訴人については合計金三万六、七二〇円と認めるのを相当とし、その理由はすべて原判決説示理由(原判決八枚目表一〇行目から同一〇枚目表五行目まで。但し、八枚目裏二行目の「二五〇、〇〇〇円を」二五七、〇〇〇円」と訂正する。)のとおりであるから、これを引用する。

四果して以上説示の次第であつてみれば、被控訴人は、控訴人に対し、同人の損害合計金九万四、五八〇円の七割金六万六、二〇六円とこれに対する本件事故後の昭和四二年一二月二日から右完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を、また控訴人は、被控訴人に対し、同人の損害合計金三万六、七二〇円の三割金一万一、〇一六円とこれに対する本反訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四二年八月一二日から右完済に至るまで右同率の遅延損害金をそれぞれ支払う義務があり、控訴人及び被控訴人の本訴及び反訴各請求は、右各限度においてはいずれも正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却を免れない。

よつて、右判断と一部抵触する原判決は、これを変更することとし、訴訟費用の負担並びに仮執行の宣言につき民事訴訟法第九六条、第九二条本文、第一九六条第一項を各適用して、主文のとおり判決する。(岡垣久晃 島崎三郎 藪田康雄)

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