大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)88号 中間判決 1968年12月17日
菊菱食品工業株式会社
破産管財人
控訴人
種谷東洋
被控訴人
寿産業株式会社
代理人
有井茂次
主文
否認権の消滅時効についての被控訴人の抗弁は理由がない。
事実《省略》
理由
本件につき次の事実関係は当事者間に争がない。
(一) 訴外土井産業株式会社及び株式会社藤三商会は共同原告として、被控訴人に対し詐害行為取消の訴を提起し、(京都地方裁判所昭和三七年(ワ)第一号事件、以下単に「旧訴」と略称する。)、債務者菊菱食品工業株式会社が被控訴人との間に、原判決添付別紙目録記載の物件につきなした代物弁済契約を詐害行為としてその取消と右物件の返還、及び予備的に、損害賠償を請求した。
(二) 右債務者は同年二月一六日破産宣告を受け、控訴人がその破産管財人に選任せられ、旧訴を受継した。
(三) 京都地方裁判所は昭和四一年二月一五日旧訴が昭和三八年七月一日の経過により取下げられたものと看做す旨の判決を言渡し、同判決は確定した。
原判決は以上の事実関係に基づいて、訴取下があつた以上、時効中断の効力がなく、また催告の状態も訴取下と看做された日までは継続しているものと見られるが、右取下の有無についての判決があるまでこれが継続したと見るべきでないとして、取下と看做された日の翌日より起算して二年の経過により破産法八五条の消滅時効が完成したから、否認の要件の存否について判断するまでもなく、本訴請求は失当であるとして、これを棄却したものである。
よつて先ず破産法八五条の法意について考える。一般に形成権と消滅時効との関係については、これを単なる除斥時間即ち一定の権利の存続期間と見るべきか否か、またこれを除斥期間と見る場合、その期間内に形成権を行使したことによつて生ずる実体上の権利については、更にその時より別個の消滅時効が進行するものと解すべきか否かにつき講学上考え方が分れている。当裁判所はこれを破産法の右法条を例として考えた場合この規定は形成権そのもの及びその行使の結果生ずる実体法上の権利関係の処理についての一切の権利の存続期間をあわせて規定するものであつて、そのうち形成権の行使そのものは一回限りの出来事であるから、この期間内に行使されない限り、その保存、すなわち存続期間の更新は考えられないに反し、これを行使した場合に生ずる実体法上の権利関係の主張はもとより消滅時効に親しむものであるから、この限度においては右法案は消滅時効を規定するものであると解する。若しこのように解しない場合は、法律が折角諸般の状況を考慮して短期の権利行使期間を定めたに拘わらず、形成権が行使された後の権利関係につきあらためて普通の消滅時効の規定が適用されることとなり、却つて時効の期間が伸長される結果を生ずるからである。特に破産法の否認権のごとく、その手続の性質上格別迅速な処理の要請されるものについては、かように解する必要が切実である。
また本件において否認権の行使が旧訴の受継によりすでに適法になされており、その効果は旧訴の取下げの効果が生じた場合も影響を受けないものと解すべきであるから、右形成権の行使に伴つて生じた実体上の請求権について、その後消滅時効が完成したか否かを考慮しなければならない。
ところで、かような請求権の存否についての訴訟が係属した場合においても、右のごとく訴が取下げられたものと看做されたときは、裁判上の請求としての時効中断の効力を生じないことはもちろんであるが、この場合にも右裁判上の請求は催告の要素を包含するので、右訴訟の係属中は継続して催告がなされていたものと見ることができ、したがつて取下の後六ヵ月以内に民法一五三条所定の補強手段を講ずることにより時効中断の効力を生ずるもの解すべきである。それとともに一旦いわゆる休止満了の処置がとられた場合には、右催告の効力もこれと同時に消滅するものと解せられる。しかしながらこれに対し期日指定の申立がなされた結果、取下と看倣されるか否かについて判決がなされる場合には、その結果如何によつては更に右訴訟が続けられることもあり得るのであるから、取下と看做される旨の判決が言渡されて確定するまでは、依然同一訴訟の延長として催告の状態が続くものと解すべきである。けだし、かように解しなければこの判決において如何なる判断が下されるか不明であるに拘わらず、同事件の原告は、前掲(三)の判決がなされる場合に備えて他の時効中断の処置を講じなければならないこととなり、酷にすぎると謂わなければならないからである。尤も、控訴人は休止満了以前の催告の状態が右判決確定のときまで継続すると主張するが、休止満了の日より起算して二年の時効期間が経過した後期日指定の申立がなされるような場合を考えると、従前の催告とは別個に、右期日指定の申立のときに新しい催告がなされ、それが右判決確定のときまで継続すると解するのが相当である。
以上の見地において、本件の事実関係を見ると、当裁判所が原審についてなした調査の結果によればいわゆる休止満了の処置の後直ちに旧訴の原告(本件控訴人)より期日指定の申立があり、これに基づいて指定された期日が一〇数回延期を重ね、二年半以上を経過した後、始めて前掲(三)記載の判決がなされたことが認められるので、右の法理によりこの判決確定の日まで催告が継続したものと解する。しかしその後昭和四一年八月一三日に本訴が提起されたことは記録上明らかであつて、右判決の確定の日より六ヵ月以内であるから、原判決が本件につき否認権の消滅時効が完成したと判断し、この理由の下に本訴請求を棄却したのは不当であると謂わなければならない。よつて本訴については、進んで控訴人が詐害行為と主張する事実関係について、更に被控訴人に対し、詳細な事実の認否を求めた上、証拠調をも必要とするので、現在の段階において主文のとおりの中間判決をする次第である。(沢井種雄 知識融治 田坂友男)