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大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)890号 判決 1968年9月10日

控訴人(反訴被告、以下控訴人と略称) 佐々木光子

右訴訟代理人弁護士 清木尚芳

被控訴人(反訴原告、以下被控訴人と略称) 石本

右訴訟代理人弁護士 田中唯文

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の控訴人に対する神戸地方裁判所昭和三五年(ワ)第七三七号事件の和解調書の執行力ある正本に基づく原判決添付目録記載建物明渡の執行はこれを許さない。

本件反訴請求を棄却する。

第一・二審の訴訟費用及び反訴費用はいずれも被控訴人の負担とする。

本件につき当裁判所が昭和四一年七月一六日にした強制執行停止決定はこれを認可する。

前項に限り仮に執行できる。

事実

≪省略≫

理由

別紙添付の本件和解条項(但し原告とあるのは訴外神崎竹子、被告とあるのは本件被控訴人、利害関係人とあるのは本件控訴人を指す)より成る控訴人主張の和解調書が昭和三六年六月一九日に作成され、これに基づき被控訴人が昭和三九年七月三一日明渡の強制執行に着手したことは当事者間に争がない。

右和解条項中、第一ないし第三項の文言と、原審及び当審における被控訴人本人の供述から考えると、右和解条項は単なる明渡猶予の約定であることが明白であるかのごとき感がある。

しかしながら同和解条項第四、五項には、控訴人が被控訴人に対し負担する損害金五二万五、〇〇〇円を従来差入れていた保証金その他によって完済した上、新しく保証金四〇万円の支払を約し、これを二回に分割して支払うとの約定がある。しかし保証金の差入れということは普通或る程度の長期間の賃貸中に賃料の延滞を生ずる場合に備えるものであって、若しこの和解が単なる明渡猶予の約定であるとすれば、第九項所定の損害金の二箇月分の延滞或いは無断改造その他の特約違反の場合には、同項により直ちに期限の利益喪失に基づく明渡の強制執行をすれば足り、特に多額の保証金を徴する必要もなく、また明渡を前提として和解においてかような保証金を授受することは実例にも乏しい。このように考えると、本件和解条項自体の中にも、果してこの和解がその文言のとおりに単なる明渡猶予の約定にすぎないと断定してよいか否かを疑わしめる節があるので、本件和解契約の趣旨を解釈するためにはその文言だけでなく、控訴人がこの店舗の使用を開始した当初以来この和解成立に至るまでの経緯はもとより、その成立以後の諸般の状況をも考慮に入れて検討しなければならない。

ところで、≪証拠省略≫を綜合し、本件和解条項と比較考察すると、次のとおりの認定及び判断をすることができ、被控訴人の全立証によってもこれを覆えすに足りないので、本件については右に述べた疑問を益々強めるような問題点が余りに多いと謂わなければならない。

(1)  控訴人が最初この店舗を被控訴人から借りたのは昭和三一年九月頃であって、賃料月額二万二、〇〇〇円敷金三〇万円、期間一年二月の約定の下に和解調書作成の手続をとり、次いで昭和三三年三月二五日更に灘簡易裁判所において和解調書作成を受けたのであって、その約定は賃料月額を二万五、〇〇〇円敷金を三〇万円としたほか、期間の定めは第一回同様一年二月であり、賃料の支払を二ヶ月分以上怠ったとき或は無断改造等の場合は直ちに店舗を明渡す旨の約定も付せられていた。控訴人はこの店舗においてカフエー営業をしていたもので、最初は訴外神崎竹子との共同であって、営業許可は同人の名義で受けていた。

被控訴人本人は右各契約は特別の事情によりいずれも一時使用のための賃貸借契約をしたものであると供述するが、これは措信できないのであって、右第一・二回の和解における期間の定めは単なる賃料改訂期間を定めたものにすぎず、共に期間の定めのない賃貸借契約として借家法の適用を受けるものと解すべきである。尤も本件和解条項の第五項によると控訴人はその以前において相当多額の損害金を延滞していたことが明らかであるから、第二回和解における前記の特約に基づき被控訴人において明渡を請求できる状況にあったことはその主張のとおりである。しかし被控訴人はこの強硬手段をとらなかったばかりでなく、本件和解契約においては、多額の延滞損害金を前記のごとく従来の保証金その他により全額の弁済をした上で、新しく保証金四〇万円が支払われたのであるから、第二回和解条項に基づく多額の延滞があったことも、本件和解条項の趣旨を解釈する上において、被控訴人に特に有利な判断をする根拠と見るには当らない。

(2)  本件和解調書作成の後間もなく控訴人は約七〇万円を投じて店舗のカウンター、入口、壁、床などの改装をしたのであるが、この点につき原審における被控訴人本人の供述によると、真夜中にたたく音がして寝られないので、起きて初めてこの改造のことが判ったのであって、これに対し承諾を与えたことはないと謂う。しかしこの場合は、先きに引用した本件和解条項第九項の特約に基づいて明渡の強制執行ができる筈であるに拘わらず、そのこともなく三年の期間を経過したのであるから、被控訴人は右の改造を少くとも黙認したと見るほかはない。このことから考えても、本件和解条項そのものがその強硬な文言の示すごとく、控訴人に何らの権利をも認めない約旨のものであったことを疑うに足るものがある。

(3)  本件和解調書作成の当時被控訴人の代理人であった弁護士志水熊治名義で、同じく控訴人の代理人であった前田力弁護士宛に昭和三六年六月三〇日付家賃二万七、〇〇〇円及び金五万円(前記金四〇万円の保証金の一部入金と見られる)の領収証と同年九月三〇日付敷金三五万円の領収証、控訴人本人宛に昭和三七年一二月一〇日付家賃金二万七、〇〇〇円の領収証が夫々差入れられたほか、最初の四ヶ月分については「家賃金領収之通」に志水弁護士の捺印があり、被控訴人は右家賃金敷金等の記載は志水弁護士の事務員の誤まりであると主張する。しかし本件が色々な問題点を含んでいるだけに、このように一年半にわたり、時を異にして幾度も弁護士事務所で作られた領収証或は通帳の記載をすべて単なる誤まりと見てよいか否かにも大きな疑問がある。

以上に列挙した諸般の状況には、極めて特異なものが多いが、第一に、若し被控訴人が真に本件店舗の明渡を欲するのであれば、第二回の和解契約に基づく賃料の多額の延滞を生じたとき、及び本件和解成立後の無断改造のとき、特に後者の場合強行手段をとることは極めて容易であった筈である。然るにこの二回ともその挙に出なかったのであるから、被控訴人には真に明渡を求める意思があったと見ることができない反面、本件和解条項の期間満了後も引続き更新できる話であったとの控訴人本人の供述には首肯できるものがある。しかも(1)に認定したごとく、被控訴人は当初から短期間毎に賃料の増額を繰返すことを目的とした和解調書を二度まで作成しているのであり、現に第一、二回の和解における賃料敷金の額と、本件和解に定められた損害金保証金の額を比較すると、順次増額され、また期間の定めにおいては、本件和解の期間の方がむしろ第一、二回のそれより長期である。もちろん本件和解条項中にはその文言の上においては、最初に述べたとおり単なる明渡猶予の約定であること明白であるかのごとき条項が含まれており、これを正反対の趣旨に解することは例外中の例外でなければならないけれども、右に認定したとおり、この和解条項自体にも第四、五項の約定があるほか、最初の賃貸の時以来、本件和解成立後の前掲(2)(3)の各事実に至るまでの諸般の状況を検討すると、本件和解契約の趣旨がその文言の示すような強硬なものであったことを否定する根拠が余りに多すぎると考えざるを得ないのである。したがって当裁判所は第一、二回の和解条項と本件のそれとの文言の上での大きな相違に拘わらず、これを文字どおり解釈することはできず、本件和解契約の実質は前二回と異なるところはなく、店舗使用の対価を月額二万七、〇〇〇円保証金を四〇万円に各増額することによって向う三年間使用を許容したものであって、単なる明渡猶予の約定ではなく、契約の性質としては依然賃貸借に該当するものと解する。してみるとこの賃貸借契約における期間の定めも、前二回の和解と同様単なる賃料改訂期間を定めたものと見られるので、これ亦一時使用のための賃貸借ではなく、期間の定めのないものとして、借家法の適用を受けるため、三年の期間を経過した現在も、引続き存続中であると、解釈するのが相当であって、これに反する被控訴人の主張は採用できない。

なお被控訴人は当審における控訴人の主張に対し、時機に遅れた攻撃方法であると主張するが、当裁判所の右の判断は控訴人が原審において三、の(二)として主張し、当審においても維持するところを採用したものであるから、被控訴人の右主張については判断を加えない。

以上の次第であるから、本件和解調書の執行力の排除を求める控訴人の本訴請求はその余の争点につき考察するまでもなく、正当として認容すべく、したがって原判決は取消を免れないとともに、被控訴人の反訴請求は第二回和解調書に基づく賃貸借契約がすでに終了し、これに基づいて本件和解調書が単に明渡猶予の約定のため作成されたことを前提とする損害金の請求であるから、失当として棄却すべきである。

よって民訴法三八六条九六条八九条五四八条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 沢井種雄 裁判官 田坂友男 裁判官村瀬泰三は病気につき署名捺印できない。裁判長裁判官 沢井種雄)

<以下省略>

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