大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)908号 判決 1970年7月13日
控訴人(被申請人)
大昭和精版株式会社
代理人
阪口春男
他二名
被控訴人(申請人)
山本治三郎
他三名
代理人
宇賀神直
他二名
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
第一主たる解雇について。
一、会社が印刷業を営む株式会社であり、被控訴人らは同会社に雇用される印刷工であつたこと及び会社が昭和四〇年一一月二四日被控訴人らに対し、同人らが業務命令を拒否したことを理由に解雇の意思表示をした(本件主たる解雇)ことは当事者間に争いがない。
二、そこで、本件主たる解雇の効力について判断するに、原判決理由第二項冒頭掲記の各事実については当事者間に争いのないこと原判決説示のとおりである(但し、原判決三〇枚目裏五行目の「製造管理堪班長」を「製造管理課班長」と、同一二行目の「同上田の」を「同上田は」といずれも訂正する。)からこれを引用するが、被控訴人らは、第一に会社の配転命令それ自体が不当労働行為を構成し無効であるから、右命令を拒否したことを理由とする本件主たる解雇も無効である旨主張するのに対し、控訴人は、これを否認し、右配転命令は会社の業務上の必要に基づく配転命令であり、その拒否は、業務命令に違反し、職場の秩序を乱すものであるから、本件主たる解雇は正当である旨抗弁するので、以下右各主張の当否について検討する。
(一) 本件配転の必要性について。
<疎明略>を総合すれば、
(イ) 原判決理由二、(一)、(1)認定の各事実(原判決一部訂正<省略>)並びに、
(ロ) 控訴人は、被控訴人らの本件配転は会社の浮沈にかかわる喫緊事だといいながら、被控訴人らが本件配転を拒否した後は、これに代わる営業部門強化のための人事配転を行つていないこと、
が疎明され、本件弁論の全趣旨によつてその成立が認められる甲第一四号証並びに原審における被控訴人上田武生の供述中右認定に抵触する部分は、前掲の各疎明に対比してたやすく信用することができない。
そして、右疎明の事実関係によれば、近年印刷業界における販売競争がとみに激化し、殊に従前から専属的に受注をえ、会社の売上総額の六割までを依存していたサクラクレパスが、その購買方針を従来の専属受注制から一般公開入礼による自由競争制に変更したため、会社としてもいわゆるエンジニア・セールスを基調とした営業方式を強力に推進し、これにそつて早急に従来の営業部門の強化をはかる必要が生じ、そのため被控訴人らに対して前認定の如き配転を命じたものであることが一応は窺えないではない。しかしながら、同時に、前認定のように被控訴人らが右配転を拒否した後は、会社も何らこれに代わる営業部門強化のための人事配転を行つていないところをみると、本件配転が控訴人のいうほど会社にとつて緊急かつ重要事であつたとも認め難い。
(二) 会社の不当労働行為について
(1) 労働組合の結成とその活動
被控訴人ら主張の労働組合の結成とその活動並びに成果については、<原判決の一部訂正・省略>とそれぞれ訂正するほかは、すべて原判決の当該説示部分と同じであるからこれを引用する。
(2) 会社の組合に対する攻撃
被控訴人ら主張の会社の組合ないし被控訴人らに対する攻撃ないし態度等についても、原判決を<省略>と訂正するほかは、すべて原判決の当該説示部分のとおりであるから、これを引用する。
(3) 被控訴人らの組合活動
被控訴人らの組合における役職関係、その組合活動、組合員に対する影響力並びにその信頼関係等も、原判決を<省略>と訂正するほかは、原判決の当該説示部分のとおりであるから、これを引用する。
(4) 本件主たる解雇の経緯
被控訴人らに対する本件配転命令から本件主たる解雇に至る経緯も、原判決を<省略>と訂正するほかは、すべて原判決の当該説示部分と同じであるから、これを引用する。
(三) ところで、使用者が企業経営上の必要性を理由に労働者に配置転換を命じた場合、右の必要性が充分でなく、それは主として名目上の理由にすぎず、右配転の主たる動機、要因が使用者の反組合的意思にあつたと認められる如き場合もまた右配転命令は不当労働行為を構成するものと解して妨げないものというべきところ、これを本件の場合についてみるに、以上(一)、(二)の説示ないし認定の事実関係、なかでも被控訴人らが中心となつて、当時の劣悪な労働条件を改善するため組合を結成し、以後それぞれ前示の如き組合の重要な役職にあり、たえず組合の中心となつて活発な組合活動を展開し、前示認定のように着々労働条件の改善に成果を上げ、これに伴つて組合員の信頼も集め、組合員に対して強い影響力を有していたこと、そのため会社はかねてからこのような被控訴人ら並びに同人らが中心をなしている組合を極度に嫌悪し、前示認定のように、被控訴人上田に対しては会社を休職して組合の上部団体に専従することを勧め、同篠崎には退社、独立営業を勧誘し、同山本に対しては社外に放逐するべく威圧を加える傍ら、機会あるごとに一部組合員らを通じ被控訴人らの排除を策し、遂に昭和四〇年六月二六日の組合大会においては、被控訴人らを組合の中枢的役職から排除することに成功したこと、本件配転は控訴人のいうほど会社にとつて緊急かつ重要事であつたとも認め難いのに、会社は、被配転者の了解をえて後配転を行うという従来の慣行を無視し、被控訴人らに対してはただエンジニア・セールスを基調として営業部門を強化したいというだけで、本件配転の必要性や同人らを被配転者として選んだ理由の説明等、その協力を求め、これを説得するための努力は少しもせず、ただいたずらに会社の人事権を主張して配転を強行し、被控訴人中井を除くその余の被控訴人らが印刷技術者として働きたいことを理由に配転辞令の受理を拒否すると直ちにこれを郵送し、被控訴人らがこれに応じないとみるや直ちに本件解雇を通告したこと、会社は本件配転は会社の浮沈にかかわる喫緊事だといいながら、被控訴人らが本件配転を拒否した後は、何らこれに代わる営業部門強化のための人事配転を行つていないこと、さらには印刷の外交は保険の外交とともに、この種職域の中でも最も困難なものの双壁であるうえ、原審証人佐野正度の証言によつて疎明されるように、被控訴人らが所属していた製造課は約三〇名の従業員がいたのに、本件配転職場の各営業部ないし製造管理課は少い所は二名、多くて七名位の従業員しかいないこと等を総合勘案すれば、本件配転は、一応印刷業界における販売競争の激化、特にサクラクレパスの購買方針の変更に対処し、エンジニア・セールスを基調とした営業部門の強化をはかる必要があることを理由にしているが、その主たる動機、要因は、会社が活発な組合活動家の被控訴人らを嫌悪し、右の如き企業経営上の必要性を理由に、被控訴人らと一般組合員を引離すとともに同人ら相互の関係も分離し、合せてその監督を密にすることによつて、被控訴人らの結束を弱め、組合活動を減殺し、組合員に対する影響力の弱化をはかろうとする控訴人の反組合的意思にあつたものと認めるのが相当である。
(四) してみれば、被控訴人らに対する本件配転命令は労働組合法第七条第一号所定の不当労働行為に該当し、法律上無効のものというべく、したがつて被控訴人らの右配転命令の拒否を理由になされた本件主たる解雇もまた右法条該当の不当労働行為として法律上その効力を生じないものというべきである。
第二予備的解雇について。
一、会社が印刷業を営む株式会社であり、被控訴人らは右会社に雇用される印刷工であつたことは前記のように当事者間に争いがないし、組合が昭和四一年一月二四日被控訴人らを除名したため、会社が被控訴人ら主張のユニオン・ショップ協定に基づいて同年同月二六日被控訴人らに対し解雇の意思表示をした(本件予備的解雇)ことも当事者間に争いがなく、<疎明略>によれば、右のユニオン・ショップ協定は、組合を脱退しもしくは除名された従業員に対する会社の解雇義務を協定したいわゆる完全なるユニオン・ショップ協定であることが疎明される。
二、そこで、本件予備的解雇の効力について検討する。
(一) 被控訴人らの統制違反事実の存否について。
まず控訴人主張の統制違反行為の存否について考えてみるに、<疎明略>を総合すれば、原判決理由三、(1)ないし(3)記載の各事実が疎明され、原、当審における被控訴人上田武生本人尋問の結果中、右認定に抵触する部分は、たやすく信用することができないし、他に認定を左右するに足る疎明はない。
そして、右認定の事実中、(2)の被控訴人らが組合と会社との間に締結された協定書を持帰つたまま組合の返還要求に応じなかつたという事実は、前掲の<疎明略>から疎明されるように、被控訴人らが協定書を借り受けたのに、裁判所に本件地位保全の仮処分を申請する資料に供するためであつたこと、被控訴人らは組合に右理由を告げ、その了承をえてこれを借り受けていること、被控訴人らが協定書を借り出してから本件除名決議までの期間が約五〇日程度にすぎないこと並びにその間右協定書が組合の手許になかつたために組合が特に不便を覚えたり、会社からいやがらせを受けるなどの実害を被つたことの疎明もないことなどを考え合せると、被控訴人らの右行為をもつて、組合員の制裁を規定した組合規約第一〇条第四号の「著しく組合に不利益を与えたとき」に該当するとみるのは早計のそしりを免れないが、右(1)の被控訴人らが、被控訴人山本を中心に組合の財産を独占し、組合の決議に基づく返還請求にも応じなかつた事実並びに右の(3)被控訴人らが、勝手に大昭和精版労働組合の名を冠した闘争本部を設けて、同名義で組合及び同執行部を批判、中傷する記事を掲載したビラを作成配布し、組合の中止要求にも応じなかつた事実は、それぞれ右規約第一〇条第一号の「組合の決議に違反したとき」並びに同条第三号の「組合の名誉を傷つけたとき」に各該当するものとみるのが相当である。
そうすると、右(1)、(3)の各事実が除名に値するほどの重大な統制違反になるか、どうかの点はともかく、被控訴人ら主張のように、同人らには組合規約第一〇条各号に該当する統制違反の事実はないという理由のみでは、本件除名処分を無効とするわけにはいかない。
(二) 除名手続上の瑕疵について。
被控訴人らは、本件除名決議の無効事由として手続上の瑕疵を主張し、その一つとして、組合規約第一二条第二号によれば、制裁の審議並びに処分の決定にあつては、本人の異議申立及び弁護の自由を認め、関係者から事情を聴取し、慎重に審議しなければならないことになつているにもかかわらず、組合は被控訴人らに対して弁護の機会を与えなかつたことは勿論のこと、制裁の請求があつたことすら知らせずに、本件除名決議に及んだのであるから、本件除名決議は無効である旨主張するので、まずこの点について検討する。
(1) もともと除名は、被除名者の組合員としての資格を剥奪するばかりでなく、使用者との間にユニオン・ショップ協定が存在する場合には同時に従業員たる地位をも喪失させ、延いては組合員の生存権にもかかわる極めて重大な制裁であるから、その手続は充分慎重に履践されることを要し、除名決議の対象となつている組合員をして、その防禦、弁明の方法を尽さしめることは、除名事由の存否、その情状等を明らかにして制裁処分の決定を公正ならしめるとともに、当該組合員の権利を擁護するためにも必要なことであり、組合規約に被控訴人ら主張の如き防禦、弁明の権利を担保し、審議の慎重を規定した定めのある場合は、組合は当然その手続を履践することを要し、これに違背してなされた除名決議は無効と解して妨げないものというべきである。
(2) そこで、いまこれを本件の場合についてみるに、被控訴人らの第二の三の(二)の(1)、(ロ)、(C)の主張事実中被控訴人ら主張の如き内容の組合規約が存在すること、組合が被控訴人らに対して本件制裁の請求があつたことを知らせなかつたこと並びに被控訴人らが第二の三の(二)の(1)、(ロ)、(A)において主張するように組合が被控訴人らを除名決議に付した組合大会の議題をその一週間前までに告示しなかつたばかりか、被控訴人らに対しては右組合大会の召集通知さえしていないことはいずれも当事者間に争いがなく、右争なき事実に前掲の<疎明略>を総合すれは、組合は昭和四一年一月二二日の執行委員会において、被控訴人らの前示の如き統制違反行為を理由に同人らを除名処分に付する意向を固め、同月二四日に組合大会を開いてこれを付議することに決定しながら、その通知は、大会当日の二四日午前一〇時頃になつて、組合の掲示板に議題は明示しないまま、ただ正午の昼休みに大会を開催することのみを掲示して、これをなしたため、当日出勤していた組合員の中にさえ大会が始まつて初めて被控訴人らに対する除名問題が大会議題になつていることを知つた者が少なくなかつた位で、まして被控訴人らに至つては、組合からは同月二六日頃内容証明郵便で本件除名処分に付した旨の通知を受けるまで、本件除名の件に関しては、大会の付議事項は勿論のこと、大会の開催通知についてすら全く何らの通知もなかつたため、同月二五日組合員の一人から非公式に知らされるまでは、右大会の開催及び本件除名問題が付議されたこと等は全くこれを知らなかつたものであることが疎明され、原審証人原哲男、原、当審証人武智邦雄の各供述中右認定に抵触する部分はたやすく信を措き難いし、他に右認定を左右するに足る疎明はない。
控訴人は、組合はかねてから被控訴人らの前示統制違反行為に対して再三反省を求め、これを改めなければ除名処分に付することもやむをえない旨伝えており、被控訴人らにおいても、控訴人主張の日に被控訴人らを統制処分に付する組合大会が開催され、同大会において本件除名決議がなされることを十分知悉していたものであるから、被控訴人らがいわゆる弁明の機会を利用しなかつたとしても、それは同人らが自らこれを放棄したものというべきである旨主張し、組合が被控訴人らに対し、再三組合財産及び協定書の返還を求め、また組合や同執行部を批難、中傷するビラの作成配布の中止を求めたことは前認定のとおりであるが、<疎明略>並びにその余の本件に顕われた全疎明によつても、「被控訴人らは組合のことは大体知つていると思われたし、また通知してもどうせ出席しないと思つた。」から、あるいは「本件除名の場合でも組合規約第一二条の弁護の機会を与えるための手続を践む必要はないであろう。」と考えて、被控訴人らに対しては弁明の機会を与えず、大会の開催通知もしなかつたものであることが疎明される程度であつて、控訴人が主張するように、組合が被控訴人らに対し、同人らが控訴人主張の統制違反行為を改めなければ除名処分もやむを得ない旨伝えたこと並びに被控訴人らが控訴人主張の如き組合大会の開催及び同大会において被控訴人らの除名決議がなされることを十分に知悉していたことを認めるに足る疎明はなく、他に組合執行部が被控訴人らに対し、組合大会の開催及びその付議事項を通知すべく配慮し努力したにもかかわらず、被控訴人らが右大会に出席し弁明する機会を自らの責任において失つたとしなければならないような事情も認められないから、控訴人の右主張は採用できない。
なお控訴人は、仮に本件除名決議に被控訴人ら主張の如き弁明権を与えなかつた瑕疵があるとしても、組合規約第一二条第一号によれば、組合の除名決定に不服のあるものは、決定後一カ月以内に再審理を求めて抗告することができることになつているのに、被控訴人らは右期間内に右抗告手続をとらなかつたから、右瑕疵は治癒されたものというべきであるとも主張するが、仮に被控訴人らが右主張の如く本件除名決定に対し不服の申立をしなかつたとしても、それは、被控訴人らが組合の自治手続内において、本件除名手続における瑕疵の存否ないし本件除名決議の効力を明らかにする機会を失つたというにすぎず、その故に本件除名手続上の瑕疵まで治癒されるいわれは少しもないばかりか、<疎明略>によれば、被控訴人らは、昭和四一年二月一日付の「不服及び異議申し立書」と題する内容証明郵便をもつて、組合執行委員長武智邦雄宛に本件除名決議は不服であるから速やかにその取消を求める旨申立て、その頃到達していることが窺い知られるが、これはまさに組合規約所定の抗告の申立と解すべきであるから、いずれにしても控訴人の右主張もまた失当たるを免れない。
(3) 以上説示の次第であつてみれば、組合は何ら首肯するに足る理由もなく、組合規約第一二条第二号に違背し、被控訴人らに対し、同条号所定の防禦、弁明の機会を与えず、同人らの除名問題が付議される組合大会の開催通知さえしないで、原判決もいうようにいわゆる抜打的に本件除名決議に及んだものというほかはないから、前記(1)の説示に照らし、本件除名決議はその余の判断に及ぶまでもなく無効と解すべきである。
(三) そして、被控訴人らに対する本件除名決議が無効であること右のとおりであつてみれば、前示の如き組合とのユニオン・ショップ協定に基づいてなされた本件予備的解雇もまたその効力を生ずるに由なきものといわなければならない。
第三本件仮処分の必要性について。<省略>
第四結論
そうすると、被控訴人らの本件仮処分申請は、原判決認容の限度においてその理由があり、右限度においてこれを認容した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条によつて本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(岡垣久晃 島崎三郎 上田次郎)