大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)932号 判決 1970年1月27日
控訴人
布江庄三郎
代理人
吉田鉄次郎
被控訴人
株式会社 大運
代理人
穂積荘蔵
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一被控訴会社が海上運送その他を業とする株式会社であり、その発行済株式総数が六〇〇万株であること、控訴人が昭和三八年九月当時自己又は家族名義で二〇万六五〇〇株(右発行済株式総数の一〇〇分の三をこえることは計数上明らかである。)の株式を保有する被控訴会社の株主であつたこと、被控訴会社が同年九月決算期において株主に配当すべき利益金を計上し得ない経理状況にあつたこと及び控訴人と被控訴会社との間に被控訴会社は控訴人に対し同年一一月一日以降一箇月金八万円、毎年二回中元及び歳末に各金五万円の支払義務を負う旨の本件契約が締結されたことはいずれも当事者間に争いがない。
右事実と<証拠>並びに弁論の全趣旨によると、次の事実を認定することができる。
(1) 被控訴会社は昭和三八年三月決算期までは利益金の配当を行ない右決算期の配当は一割二分であつたが、同年九月決算期には政府の金融引締政策、輸出を中心とする出貨取扱いの伸び悩み、人件費その他諸経費の膨脹などの理由から大幅減益となり、経理上株主に配当すべき利益金を算出計上することができない結果となり、同年一一月八日開催の決算案承認及び定時株主総会開催を議案とする取締役会の決議により、株主に対する配当による利益金処分案を含まない計算書類、すなわち無配決算議案を同月三〇日開催予定の定時株主総会に付議する旨決定した。
(2) 右総会において右議案の承認決議を求めるにつき、事前に大株主との間で了解をとりつけるため、同月中旬頃会社の内規に従つてもと監査役西十郎を控訴人のもとに派遣したところ、控訴人以外の大株主が不満ながらもほぼ右議案の承認をする意向であつたのとは異なり、ひとり控訴人のみはその承認を大いに不満とし、無配による損失を補つて欲しい旨主張し、さらには自己を被控訴会社の顧問にしてくれと要求し、またその後控訴人方に右総会での議決権行使の委任状の交付を求めに赴いた被控訴会社常務取締役総務部長野田光夫らに対し控訴人は委任状を交付しなかつた。そして控訴人は自己及びその家族の持株数が少数株主権を行使することのできる被控訴会社発行済株式総数の一〇〇分の三以上であることを強調し、毎月金一〇万円毎年中元及び歳末に各金五万円の金員の支払を求めた。そのため被控訴会社社長代表取締役伊藤輝太郎、右野田らは右総会において右議案の承認が反対意見などにより難航して承認が得られないような事態が発生すれば、被控訴会社は、得意先が主として信用を重視する輸出関係商社であるため、対外的信用を一時に失い、事業の運営及び金融機関からの融資関係に重大な支障をきたすことを極度におそれ、定款によつて取締役会の決議を要する顧問就任は認められないが、金員支払要求のみはやむを得ずこれに応じなければならないと考えた。
(3) 被控訴会社は右金員支払要求に応ずるとしても、その額は高きに過ぎるとして、右総会前である同月二〇日頃控訴人の友人である被控訴会社取締役神戸文店長高木国治にその減額の交渉をさせた結果、これを月額金八万円、中元及び歳末に各金五万円とし、同月一日にさかのぼつて支払をするとの合意に達し、ここに本件契約がその大綱においてまとまり、控訴人は右総会には出席しなかつた。
(4) 本件契約について取交わす文書の形式、文言については、右総会終了後も昭和三九年一月末頃にかけて右高木控訴人の間で交渉が重ねられたが、控訴人は被控訴会社が控訴人の厚意、協力に酬いるために進んで本件金員を贈与する趣旨を表わすため、自己の考案にかかる呈辞と題する書面を差入れることを要求してその草案(乙第一号証の一)を示し、被控訴会社としても最終的には右草案に従つてその文言について多少の修正を施しただけで控訴人の了解のもとに同年二月初旬頃呈辞と題し「当社は個人大株主たる貴殿に対し爾今月額金八万円也報酬として贈呈致し度く、猶毎中元、歳末には若干(金五万円相当)の微意を表することを附加します。」との記載があり、社印及び社長記名印のある控訴人宛の書面(甲第二号証)を作成してこれを控訴人に郵送し、本件契約が完全に成立した。
(5) そして同年二月一八日控訴人は右約旨に従つて昭和三八年一一月分から三箇月分の金二四万円を受領し、その後被控訴会社社長が交代するまで契約金が支払われたが、被控訴会社は右支出を接待費の費目に計上していた。
右認定に反する原審及び当審における控訴人本人尋問の結果は、前掲各証拠に照らし、たやすく信用できない。
控訴人は、右金員が控訴人が被控訴会社に対しその発行済株式総数の一〇〇分の三以上の現在持株数の保有を継続する義務を負担し、右義務を履行することの対価として支払われるものであると主張する。しかし前記呈辞案、呈辞は被控訴会社が控訴人に対し大株主であることを条件として金員を支払う旨約したことが記載されているが、控訴人が右義務を負うことについてなんら記載はない。もつとも前記呈辞(甲第二号証)追書に「弊社が復配に至つた場合は(貴下及び同一姓の持株の対資本率百分の参を超ゆる持続において)双方協議するものとする。」との記載があるが、右括弧内の字句は本文の「個人大株主」の字句を言い換えたもので、右株式所有を持続する義務をうたつたものでなく、右株式所有を条件に復配に至つた場合復配により受けるべき配当金額が本件金員(合計金一〇六万円)に満たない場合でもその額に達するまで保障する趣旨で双方協議することを定めたにすぎず、なんら叙上認定の妨げとなるものではない。また<証拠>によるも、右義務については控訴人と被控訴会社との本件契約においての交渉に際し話題にものぼらなかつたことが認められる。右主張は採用できない。かえつて以上認定の事実と<証拠>によつて認められる次の事実、すなわち、控訴人が当初要求していた月額金一〇万円が、同年三月の決算期(被控訴会社において無配決算となる直前の有配の決算期)における控訴人及びその家族保有の株式二〇万六五〇〇株についての、利益配当率一割二分、一株につき金六円の割合で計算した配当金年額金一二三万九〇〇〇円の一箇月分金一〇万三、二五〇円に見合うものであるとの事実並びに弁論の全趣旨によると、本件贈与契約は無配による投資上の損失の填補を意味するものであることを認めるに充分である。
二ところで、団体においては衡平の理念よりして平等の原則が行われ、団体員は団体に対する寄与に応じて平等の待遇が与えられるが、特に物的会社の典型である株式会社においては多数の社員が株式という数量をもつて表示される財産的出資によつてのみ結合されているので、右平等の原則は強く会社の法律関係を支配し、右株式の数量に応じた平等待遇は共益権については議決権(商法二四一条一項)、自益権については利益又は利益の配当(同法二九三条本文)残余財産の分配(同法四二五条本文)において明文をもつて規定され、右規定が強行法規であること勿論である。そしてこの平等待遇の原則は、会社経営のため規定された例外(少数株主権、異種類の株式の発行、異種類によることの待遇の相違等)を除いては、定款をもつてしても奪うことのできないもので、これに違反した株主の待遇は無効である。(もつとも不利益を受けた株主においてその不利益を承認したときはその瑕疵は治癒される。)
本件贈与契約は前記のように控訴人のみ株主として特別に有利な待遇を受けるものであるから、前記平等待遇の原則に違反し、前記商法二九三条本文の趣旨に徴しても、無効であるといわねばならない。
三そうすると、控訴人の本訴請求は爾余の点について判断するまでもなく理由がなく、これを棄却した原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。(村瀬泰三 尾鼻輝次 田坂友男)