大阪高等裁判所 昭和43年(行コ)23号 判決 1972年7月26日
西宮市名次町一三番地二七号
控訴人
平林真一
西宮市池田町九五番地
被控訴人
西宮税務署長
佐藤興三
右指定代理人検事
上野至
同法務事務官
国見清太
同大蔵事務官
立川正敏
同
畑中英男
同
安岡喜三
右当事者間の行政処分取消請求控訴事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人が昭和三七年一月一三日付で控訴人に対してなした昭和三四年度分所得税に関する更正処分を取消す。訴訟費用は第一、二番とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上・法律上の主張ならびに証拠関係は次に附加するほか原判決事実摘示のとおり(ただし原判決九枚目表一一行目に「営業所得」とあるのを「事業所得」と訂正する)であるから、これを引用する。
第一、控訴人の主張
一、控訴人が社団法人神戸レガツタ・エンド・アソレテイク・クラブ(以下クラブという)から受領した収入は一時所得であつて事業所得ではない。
控訴人は原番以来、控訴人がクラブから受領した収入は控訴人の多年にわたる労苦に報い、かつ支出した諸費用にあてるためクラブが控訴人に贈与したものである旨主張してきたが、次のとおり主張を附加する。
かりに右が贈与でないとしても、控訴人とクラブ間の本件処理に関する契約はいわゆるノーキユアー・ノーペイ契約(結果なければ報酬なし)であつて、控訴人が日本政府からクラブのために補償金の取得に成功したときは報酬が支払われるが、成功しなかつたときは支払われないとするものである。さらに加えて成功しなかつたときは控訴人が支出した諸経費もすべて控訴人の負担となるものである。このように、本件処理に関する契約は投機的・睹博的なものであつて弁護士業務の公的性格からして右は弁護士法上無効であり、控訴人の本件事務処理は弁護士業務とは無関係のものである。控訴人が弁護士なるが故に他人の依頼で処理した事務につき受領した収入はすべて弁護士業務の対価とすることは失当であり、本件収入は弁護士業務とは無関係の原因から生じた一時所得である。
二、被控訴人提出の書証は証拠適格を欠く違法なものである。
民事訴訟・行政訴訟における当事者の地位は平等であり、訴訟の遂行は訴訟法の規定に従つてみなさるべきである。
殊に訴訟当事者が第三者の手中にある資料によつて立証しようとする場合には、証人尋問・文書提出命令などの手続によるべきであり、これによつてこそ当事者の平等、当事者ないし第三者の秘密が保護されるのである。然るに被控訴人は本件訴訟の係属後に前記の適正手続によることなく、権力を用い、クラブの蒙眛に乗じて本件書証を入手したものであつて本件書証は憲法二一条、三一条、人権に関する世果宣言一二条、民事訴訟法上の証拠に関する規定に違反し違法な方法で収集したものであり証拠適格を有しない。
第二、被控訴人の主張
一、控訴人の当審における主張は争う。
二、控訴人は本件事務の処理は弁護士業務とは無関係であると主張するが、クラブが本件事務の処理を控訴人に依頼したのは控訴人が国際的事件に堪能な法律の専門家であつたからであり、控訴人も弁護士としての知識と経験にもとづいて本件事務の処理をしたものであつて、その報酬は営利性と有償性を有し本件収入は正に弁護士業務から生じた事業所得というべきである。
控訴人は成功の危険性、可能性の見地から弁護士としての業務性を否認しているが、両者は直接の関係はない事柄であり、また弁護士業務においても「着手金なしの成功報酬のみ」という契約はまま行われているところであるから本件契約も何ら異とするに足りない。
第三、新たな証拠
控訴人は甲第二〇号証の一、二、二一号証の一、二、二二号証の一、二、二三号の一、二、二四号証、二五号証の一、二、二六号証、二七号証、二八号証、二九号証の一、二、三〇号証の一、二、三一号証を提出し、被控訴人は右甲号証の成立はすべて認めると述べた。
理由
当裁判所も原判決と同じく控訴人の本訴請求は失当であると認定判断するものであつて(控訴人の全立証をもつてするも原判決の認定判断を覆すに足りない)、その理由は次に附加するほか原判決理由欄に説示するところと同一であるからこれを引用する。
一、原判決の理由一の末項として次の一項を加える。
控訴人は、訴訟当事者が第三者の手中にある資料によつて立証しようとする場合には、証人尋問・文書提出命令などの手続によるべきであり、これによらずに入手した書証は違法である旨主張するが、第三者が訴訟当事者の調査に応じて任意に供述し、また所持する文書を提供するかぎり、あえて控訴人主張の如き手続による必要はなく、原審証人尾畑孝枝、同小林徳治郎、同堀尾三郎、同ジヤツク・レイナルド・ケールの各証言によればクラブでは税務職員の調査に応じ任意に供述し、また所持する文書を提供したものであることが認められるので控訴人の主張は失当である。
二、原判決の理由三の(一)に次の一項を加える(原判決理由欄六枚目裏一二行目の次に挿入する)。
控訴人は、控訴人とクラブ間の本件契約はノーキユア・ノーペイ契約(結果なければ報酬なし)であつて投機的・賭博的なものであるから控訴人が受領した収入は弁護士業務とは無関係の原因から生じた一時所得である旨主張する。
弁論の全趣旨によつて成立の真正を認め得る甲第一〇号証、第一一号証の一、二、原審証人ジヤツク・レイナルド・ケールの証言、原審における控訴人本人尋問の結果によれば控訴人クラブ間の本件契約は控訴人主張のとおり控訴人が補償金の取得に成功したときは報酬が支払われるが、成功しなかつたときは支払われない趣旨のものであつたことが認められる。
しかしながら、契約の趣旨がそうであつたとしても、これをもつて直ちに本件事務の処理が弁護士の業務外のものとはいえず、原審証人小林徳治郎、同ジヤツク・レイナルド・ケールの各証言ならびに原審における控訴人本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、クラブが控訴人に日本政府に対する補償金請求の事務処理を依頼したのは控訴人が国際的事件に堪能な弁護士であつたからであり、控訴人も弁護士としての知識と経験にもとづきこれが処理をなしたものであることが認められる。そうすると控訴人がクラブから受領した収入は正に弁護士業務から生じた事業所得というべく、控訴人とクラブ間の契約が弁護士法上有効であるかどうかは、その受領した収入が控訴人の事業所得であるかどうかの判断とは直接の関係はなく、控訴人の主張は到底採用できない。
よつて原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 加藤孝之 裁判官 今富滋 裁判官 上野国夫)