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大阪高等裁判所 昭和43年(行コ)34号 判決 1971年12月21日

控訴人

小出正己

代理人

宮武太

被控訴人

右指定代理人

渡辺丸夫

吉田重夫

被控訴人

平尾源蔵

右代理人

村林隆一

他三名

主文

本件控訴および被控訴人国に対する予備的請求をいずれも棄却する。

当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(一)  控訴人

原判決を取消す。

控訴人と被控訴人ら間に於て、原判決添付目録記載の土地に対し控訴人が所有権を有することを確認する。

被控訴人平尾は控訴人に対し前項記載の土地について大阪法務局高槻出張所昭和二五年五月一九日受付第七三六号の所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

前二項の請求が認められないときは、被控訴人国は控訴人に対し金一、八〇六万円およびこれに対する昭和四五年七月二五日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を附加して支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

(二)  被控訴人国

本件控訴および当審における予備的請求を棄却する。

当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

(三)  被控訴人平尾

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二、双方の主張および証拠の関係は左に記載するほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

(一)  控訴人の主張

一、被控訴人平尾には土地の占有の始めに於て過失があつて民法一六二条二項の適用はない。<この項以下省略>

二、被控訴人国に対する予備的請求の原因

(1) 被控訴人国の機関である大阪府知事は、本件買収処分に基き本件土地の所有権を取得したものとして、昭和二二年一二月二二日被控訴人平尾に対し自創法一六条に基く売渡しをし、同二五年五月一九日その所有権移転登記をした。

(2) しかし、本件買収処分は無効であり、従つて被控訴人国は本件土地の所有権を有しないに拘らず、違法に被控訴人平尾に売渡して、同被控訴人をしてこれを取得させ、以て控訴人の本件土地に対する所有権を喪失せしめて控訴人に対し、本件土地の現在の価格金一、八〇六万円相当の損害を蒙らしめた。

(3) よつて、被控訴人国に対し、国家賠償法一条に基き、右損害金一、八〇六万円とこれに対する本請求を記載した準備書面が送達された日の翌日である昭和四五年七月二五日以降支払済まで年五分の遅延損害金の支払を求める。

三、被控訴人国の主張に対する反論

(1) 時効の効果として占有者が取得する権利は原始取得であつて、承継取得でない。被控訴人国は民法一四四条を援用して、占有の始めにおいて前主から後主へ権利が移転すると主張するが間違つている。時効の遡及効は占用期間中の占有状態の全部を占有者の利益に帰せしめるためであり、占有の始めに前主の権利が移転されるからではない。

(2) 占有者(時効援用者)に対して損害賠償請求ができないのは、同人が時効を援用したことによるものであり、同人との間の相対的関係としての効果であり、国に対して、控訴人の所有物を不法に売渡した不法行為を原因とする損害賠償請求権につき何らの影響を及ぼさない。

(3) 控訴人が本件土地が被控訴人平尾に売渡されていたのを知つたのは、昭和四二年に入つてからであり、直ちに本訴を提起した。しかるに被控訴人平尾は同年一〇月三一日時効援用をした。しかして、本件売渡がなければ被控訴人平尾の自主占有の開始もなく取得時効も起らなかつたものであり、被控訴人平尾の時効援用は、違法な売渡によるものであつて、相当因果関係が認められる。

国は、控訴人が被控訴人平尾に対し一〇年間権利を行使しなかつたというが、控訴人の本訴提起は民法一六二条一項の期間内であるから、本件違法の売渡さえなければ控訴人の権利は充分保全されている。大阪府知事の売渡処分は買収令書が送達されず行政庁に保管されていた点において明らかに故意又は過失による違法な処分であり、これに基因して生ずる損害は当然に予想されていたものである。被控訴人平尾の時効援用によつて相当因果関係が中断されるものではない。

(4) 民法七二四条後段による国の主張は争う。本件損害の生じた時は、時効援用時(昭和四二年一〇月三一日)か、本件口頭弁論終結の日である。

(5) 民法一四四条は時効による権利の得喪から生ずる諸問題を遡及的に一挙に簡明に処理しようとする趣旨であり、損害賠償の基準日が時効起算日まで遡るという趣旨ではない。損害の額は、時効援用によつて控訴人の所有権喪失が確定した時の本件土地の時価である。従つて本件では被控訴人平尾の時効援用時または本訴口頭弁論終結時が損実額の基準日である。因みに履行不能による損害賠償においては債務者が目的物の価格が騰貴しつつあつたという事情を知り又は知り得た場合には口頭弁論終結時の価格を基準とし損実賠償の算定をなし得る(最判昭和三七年一一月一六日二小)。

(二)  被控訴人国の主張

一、後記被控訴人平尾の時効取得に関する主張を援用する。

二、控訴人の予備的請求の請求原因の(1)を認め、同(2)(3)は準備書面送達の日を除きこれを争う。

三、控訴人の予備的請求は次の理由により失当である。

(1) 仮に本件買収処分が無効であつても、不法行為は成立せず被控訴人国は損害賠償をなすべき責任がない。

(2) 控訴人の本件土地所有権の喪失は、もつぱら被控訴人平尾に取得時効が完成した結果によるものであり、被控訴人国の買収、売渡との間には因果関係がない。即ち、買収は売渡を経て被売渡人が自主占有をなす縁由を与えたに止り、控訴人の所有権喪失の直接の原因は、買収にあるのではなく、もつぱら被売渡人による時効取得にある。蓋し、真実の権利状態と異つた事実状態の永続をそのまま真実の権利状態と認めてこれに適応するように権利の得喪を生じさせる時効制度の目的に照らして取得時効の効果を考えると、時効取得は占有の始めから所有権を有し、時効によつて所有権を喪失する者は、占有の始めから所有権を有していなかつたものとみなされる。即ち、時効により取得された権利は、占有の始めにおいて適法に前主から後主に移転したものとみなされる。民法一四四条もこの意味に理解すべきであつて、同条は、事実を以て権利とみなし、此の不確定な状態に付き再び法律上の問題を提起することを得ざらしめんとしたものであつて、時効によつて所有権を喪失した者が、右所有権にかかわる損害賠償を請求するがごときは同条の認めないところである。

例えば、悪意占有者でも、二〇年の時効が完成後には、その時効完成前の不法占有による不法行為責任を負わない。本件においても、無効な買収、売渡によつては被売渡人は所有権を取得せず、ただ被売渡人が売渡を契機として自主占有を開始し、これを継続して時効取得をした結果、被売渡人は遡つて所有権を取得していたものとみなされ、右買収、売渡の無効はもはやこれを論ずるを得ないこととなる。このことは、国が買収した土地を他人に売渡さず、国について取得時効が完成した場合、旧地主はもはや買収の違法、無効を主張し得ず、それを理由とする損害賠償の請求もできないことを考えれば、本件の場合これと結論を異にする理由はない。

(3) 本件買収、売渡処分と、控訴人の本件土地喪失の間には相当因果関係がない。

即ち、本件土地が被売渡人によつて時効取得され、その結果控訴人が所有権を喪失するがごときことは、無効な買収、売渡により通常生ずべき損害ではない。蓋し、被売渡人が時効取得するためには、一〇年の期間中控訴人において時効中断の措置をとらないことを必要とするが、土地のように重要な財産について、真実の権利者が一〇年にもわたつてその権利を行使しないことは通常考えられない。国は買収、売渡について計画を公告し、被売渡人は自己のものとして公然と占有を継続するのであるから、若し買収、売渡が違法なら権利者から何らかの権利行使があるだろうと考えるのが普通であり、権利者が権利の存在を知らず、また権利行使に出られない事情があるかどうかは問うところではない。またこの点において被控訴人国に、その結果を予見し得べかりし特別事情もなかつたというべきである。

(4) 仮に不法行為が成立するとしても、売渡は昭和二二年一二月二日であり、本件請求は、それから二〇年を経過した後である昭和四五年七月二四日になされている。従つて民法七二四条最後段の除斥期間にかかり失当である。仮にこれを消滅時効の規定と解しても、右二〇年を経過した昭和四二年一二月二日の終了によつて消滅時効が完成しているから、これを援用する。

(5) 仮に国に損害賠償の義務があるとしても、その損害額は、本件土地の昭和二二年一二月二日当時の時価である。

即ち、控訴人の本件土地の所有権喪失は被控訴人平尾の取得時効の援用によるものであり、その効果は時効起算日に遡つて生ずる(前記(2)に詳述)のであるから、控訴人の所有権の喪失もその起算日に生じ、その日における時価を損害額としなければならない。のみならず、土地のような状況の変化や価格の騰貴の甚しいものについて、時効援用時や口頭弁論終結時の高い価格による賠償責任があるとすることは、賠償義務者の考え及ばない損害額を認めることとなり、当事者間の利害を調整する趣旨から損害額を相当因果関係の範囲内に止めようとする法意を無視するものである。

(三)  被控訴人平尾の主張<省略=取得時効に関する補足主張>

(四)  証拠関係<省略>

理由

一、被控訴人平尾の出訴期間経過の本案前の抗弁は、本訴が買収、売渡処分の無効を前提とする所有権確認と登記抹消請求の訴であるため採用できないこと、および、控訴人の本案の請求(被控訴人国に対する予備的請求を除く)については、本件買収および売渡処分は、買収令書の交付とこれに代る公告が共になかつたため無効であるが、被控訴人平尾の時効取得の援用が理由があるのでこれを認めることができないこと、についての当裁判所の判断は左の説示を付加するほか、すべて原判決理由の初めから同六枚目裏二行目までと同一であるからこれを引用する。

<証拠>を綜合すると、被控訴人平尾は当初は植村が地主と思い同人に年貢を支払つて耕作していたが、売渡を受ける少し前に、神戸在住の人の所有権であり、且つ大阪市内にある土地会社がこれを管理していることを聞き、昭和二二年初秋頃、その会社へ赴いて、自分が小作しているが、その年は干ばつがひどく収穫の見込がない旨を告げたところ、別段同人が耕作することについて異議をいわれなかつたこと、次いで本件買収に先立ち、農地委員が来てこの土地を買い取ることができるといわれ、前記植村から借りるとき二〇〇円ほどの借料も支払つているし、本件土地付近では、ただ管理人に届けるだけで耕作権の譲渡が行われている例が多いなどの点から、右農地委員のすすめに応じて本件土地の売渡を受けることに何の疑問を感ぜず、その手続の一切を農地委員会に委せて売渡を受けたことがそれぞれ認められ、当審における控訴本人の供述によつてもこの認定を覆えすに足りない。

そうすると、被控訴人平尾が本件土地の売渡を受けるについて、その所有者である控訴人の住所、氏名をはつきり認識していなかつたとしても、自己に被売渡資格がああつて、農地委員会が適法に買収して売渡すものと信じたことに故意はもとより、過失も存しなかつたというべきである。当審控訴人の主張の一は前認定と異る事実を前提とし、或は独自の見解に基づく主張であつて、これに採用することはできない。

二、進んで控訴人の被控訴人国に対する予備的請求について考察する。控訴人は、右違法な売渡処分によつて本件土地の所有地を喪失したから本件土地の価額相当の損害の賠償を求めると主張する。

たしかに、本件買収、売渡処分がなかつたならば被控訴人平尾における本件土地の占有の開始もなく、従つて同人の時効取得ということもなかつたのであるから、被控訴人平尾の時効取得(従つて控訴人の所有権の喪失)と本件売渡処分とが全く無関係であるということはできないであろう。しかし乍ら、前記の様に買収売渡が無効である以上被買収者は何時でも所有権を主張して、買収された土地そのものを取り戻すことができるこというまでもないのであるから、無効な買収売渡によつて時価相当の損害を生ずることはあり得ない。一方被控訴人がこの土地を時効によつて取得した以上、単に時効完成の一事によつて控訴人の土地所有権の喪失という効果が発生するのであつて、この場合占有取得の原因が何であるかということは全く問題外である。かように考えると本件において買収売渡の無効であることと、控訴人の所有権喪失との間に存する関係は、講学上いわわゆ自然的因果関係(条件)にすぎず、法律的因果関係(相当因果関係)ではないと謂わなければならない。したがつて、控訴人の被控訴人国に対する予備的請求は爾余の点を判断するまでもなく失当として排斥を免れない。

三、よつて控訴人の本訴請求をいずれも棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がなく、予備的請求も棄却すべきものであるので、民訴法三八四条、八九条を適用して主文のとおり判決する。 (沢井種雄 常安政夫 潮久郎)

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