大阪高等裁判所 昭和44年(う)1641号 判決 1970年4月08日
主文
原判決中被告人に関する部分を破棄する。
被告人を懲役五年に処する。
原審における未決勾留日数中四五〇日を各本刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は弁護人白井源喜作成の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。
控訴趣意第一点について
論旨は原判示第二事実につき、被告人は被害者を池の中に投げ込んだのではなく、ただ被害者を抱いていた手が下がったため過って落してしまったところ偶々そこが池の中であったというだけで固より殺意はなく、また被害者の顔面を水中に押えつけたことも全くない。しかるに原判決が被告人に殺意を認定したのは事実誤認であるというのである。
よって記録を精査し、原判決挙示の証拠を総合すると原判示第二の事実は殺意の点を含めて十分これを認めることができる。すなわち右証拠によれば被告人は原判示第一のとおり被害者の頭部等を強打して失神させたうえ、強いて姦淫しようとしてこれを遂げなかったところ、さらにその犯行場所からなお失神した侭の被害者を自動車のトランクに入れて原判示第二の通称為川池まで運んで来たのは被害者を池の中に沈めて殺害すれば右犯行も発覚することはないとの考えに基づくものであり、しかもその途中において被告人は池に沈めるよりは被害者を鉄道線路に寝かせておき、自殺と見せかけて殺害しようとも考えたが電車が来るまでに被害者が意識を恢復するかも知れないことを考えてそれを思いとどまり、最初の計画どおり池まで運んで来たばかりか、池の傍らに運んで来てからもなお失神した侭の状態にある被害者をその事実を認識しながら敢えてトランクから抱え出し水深約一・二〇メートルないし一・四〇メートルの池の中に投げ込み、さらに池の中にある被害者の顔を水中に押しつけたことが認められる。そしてこれらの事実に徴すると被告人に殺意のあったことは明らかであって、所論のように過って被害者を池の中に落したもので全く殺意はなかったとはとうてい認められない。被告人の原審及び当審の公判廷における各供述中所論に沿う部分はその供述自体不自然、不合理であり、他の関係証拠とも対比してたやすく信用することができない。さすれば原判決が原判示第二事実につき被告人の殺意を認定したのは固より正当であって、縷述の所論にかんがみ記録を精査しても原判決の右認定には所論のような事実誤認はない。論旨は理由がない。
控訴趣意第二点について
論旨は仮に被告人に殺意があったとしても被害者を池に投げ込んだのち、その手を引張って救い出したのであるから被告人の所為は中止犯である。しかるに原判決が弁護人の右主張を認めなかったのは事実を誤認し、その結果法令の適用を誤った違法があるというのである。
よって記録を精査するに、なるほど被告人は、被害者を池に投げ込んだのち、被害者の手を引張って救い出していることは所論のとおりである。しかしながらそれまでの経過を見ると、被害者は被告人に池に投げ込まれる直前頃より漸く意識を恢復しつつあったところ、池に投げ込まれたことにより完全に意識を恢復するとともに泳ぎの心得もあったところから被告人から再び水中に押し込まれることを恐れて被告人の手の届かぬ沖の方に泳いで行き、そこにあった竹に掴まり立泳ぎしながら被告人の様子をうかがい害意のないことを確かめたのちはじめて被告人の差し伸べた手の助けを借りて池の中から上ったことが認められるのである。そうすると、たとえ、被告人が被害者を助けたとしてもそれは右の経過からも明らかなように被害者が意識を恢復し、自ら泳いで付近の竹に掴まり水没を免れたのちのことであるから原判決も説示するように被告人の右所為を以て中止犯ということはできない。原判決が弁護人の中止犯の主張を認めなかったのは正当であって、原判決には所論のような事実誤認ないし法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。
控訴趣意第三点について
論旨は原判決の量刑不当を主張するものであって、所論にかんがみ記録を精査するに本件は被告人が被害者を言葉巧みに誘い出して暴行を加えて失神させたうえ強いて姦淫しようとしたばかりかその犯行の発覚することをおそれて被害者を池に投げ込み殺害しようとしたものでその犯行の動機、罪質、態様ことにそれが極めて計画的に行われており犯情まことに悪質であること、被告人には本件と同種の犯行に因る累犯前科のあることその日頃の行状を考えると原判決の被告人に対する量刑も首肯できないわけではない。しかしながら被告人は一応中学の課程を終了し理非善悪の弁別力を備えており、責任能力に欠けるところはないとはいいながらその智能の程度は極めて低く、医学的にいわゆる境界知にあって、弁別力は減退しており、本件もそのような状態において行われた犯行であって、それが被告人の発意にもとずくものとはいえ、原審相被告人A子の影響力も無視し難いものがあること、幸い強姦行為は未遂に終ったものと考えられるほか殺害も未遂に終り大事に至らなかったこと、右A子が本件犯行において果した役割に比べてその科刑に権衡を失するものがあると考えられること、その他諸般の事情に徴すると被告人に対する原判決の量刑はその刑期の点において稍々重きに失するものがある。論旨は理由がある。
よって刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決中被告人に関する部分を破棄したうえ、同法四〇〇条但書にしたがい、さらに次のとおり自判する。
原判決が被告人に関し認定した事実に原判決挙示の各法条(但し刑法一〇条の次になお一四条適用)を適用して主文二、三項のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡田退一 裁判官 瓦谷末雄 藪田康雄)