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大阪高等裁判所 昭和44年(う)1642号 判決 1970年5月28日

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人福井秀夫作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨第一点、事実誤認ひいては法令適用の誤りの主張について。

論旨は、被告人正忠は、原判示第一の(1)および(2)の事実につき、甲野花子他二名の婦女を、自己経営の旅館長谷川または別棟バー山小屋のホステスとして雇傭した事実はあるが、それは公衆衛生または公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で募集したものではなく、また被告人政子ならびに正忠は、原判示第二の(1)の事実について、従業婦乙山雪子、他六名を、原判示の日時、場所において寝泊りさせた事はあるが、同女等に売春をさせた事実はない。そして右事実誤認は、原判決が、検察官ならびに司法警察職員の供述調書を基本として公訴事実を認定していることに基くものであるがこれらの供述調書は、その任意性ならびに信用性に乏しく、これらに基いた事実認定には誤りがあり、その結果法令の適用も誤っている、というのである。

一、よって先づ、これらの供述調書の任意性、信用性について考察するのに、原審第一一回公判期日においては、被告人らは、司法警察職員に対する供述、検察官に対する供述の任意性、信用性を争っており、また被告人らならびに被告人方従業婦らの原審公判準備ならびに公判廷における供述と、右同人らの司法警察職員に対する供述、検察官に対する供述とは、それぞれ可成りの点において喰い違いが認められること所論のとおりであるが、右同人らの司法警察職員ならびに検察官に対する供述は、それぞれ他の者の供述内容に照らすと、重要な点において共通しており、筋道も一貫していて相互にその真実性を担保し合っているものと考えられ、同人らの捜査段階での供述は、公判における供述よりもむしろ信用性が高いものと思料される。論旨は、それは誘導された結果であるというが、その証左はない。さらに白原繁代の第五回公判廷における供述によれば、警察ならびに検察庁における供述は、真実を申し述べたものであることを積極的に肯定しており、森田敏子の司法警察職員に対する供述は、その公判準備における供述よりも内容的にはむしろ被告人らに有利でさえある。

以上の諸事実を綜合勘案すれば、論旨はまったく独自の見解であって、当審としてはこれを採用することができない。

二、原判示第二の(1)に関する事実誤認ならびに法令適用の誤りについて。

論旨は被告人政子は、自己の雇用する従業婦に売春を強要したことはなく、同女等は勤務時間外は自由であるので、客達と、何処で一夜を明かそうと何の拘束もない。同女等はそれをよいことにして勝手に売春をしていたのであって、政子はそれを知っていたが干渉すべきことでないとして放任したまでである。ただ右従業婦達が客と被告人らの経営する長谷川旅館で宿泊したときには、宿泊料金を、また他の旅館からの申込みにより同所へ派遣されて、そこで宿泊したときには、旅館組合の規則に基いて料金を貰うが、いわゆる売春対償のピンハネなどはしていない。さらに被告人正忠にいたっては、旅館ならびにバーの経営に全然関与せず、従業婦らの売春をしていたことも知らなかったのであるから、本件には全然関係がない、というのである。したがって、その意味するところは、被告人政子は、原判決別紙一覧表記載のとおり、従業婦乙山雪子外六名が、売春をしていた事実は認めるが、同女らの売春により得た対償については全然これを自己に取得していないから、売春防止法一二条にいう「売春をさせることを業とした者」に当らないので無罪であり、被告人正忠は全然関係がないから当然無罪である、というに帰する。

そこで考察するのに、自己の支配下にある婦女に売春をさせてその対償の全部または一部を、何らかの形において、直接自己に取得することを営業としているばあいが、右の「売春をさせることを業とした者」であることは言うまでもないが、このようなばあいに限らず、別に一定の営業を行う者が、その使用する婦女らに売春をさせることによって、間接的ないし実質的に経済的利益を取得し、このため売春をさせることが、その営業の一部として重要な意義を有していると認められるばあい、たとえば、バー、料亭等の経営者が住込みの従業婦等に継続的に売春をさせ、この売春をバー等の営業の客寄せ等に利用して収益を増加せしめたり、さらに売春の対償はその全部を売春をしたものに取得せしめる約束の下に従業婦としての給料を低額に取りきめたりして、その実態においてバー等の営業と、従業婦に売春をさせることが、一体となって行われているような場合には、たとえ、その婦女らからは売春の対償を全然自己に取得していなくとも、売春防止法一二条の「売春をさせることを業とした者」であることに変りはないと解すべきである。けだし、いわゆる管理売春を処罰する趣旨は、婦女子を自己の支配下におき、これに売春させて経済的利益を追及するという個人の尊厳を無視した利益追及から婦女子を保護するというところにあるのであるから、本条の処罰の対象としては、その利益追及が婦女子の売春の対償より直接に搾取すると、売春を手段として売春の対償以外に利益を求めようと、それが売春と密接不可分の関係にある限り、問うところではないからである。さらに本条の管理売春罪の成立には、犯人の占有し、もしくは管理する場所、または指定する場所に売春婦が居住して売春することにつき、犯人のこれに対する支配関係を必要とするものであるが、右説示の本条の趣旨よりすれば、この支配関係の意味するところも、必ずしも当該婦女に対し、積極的に売春するよう働きかけること、あるいは直接に売春を強要することを必要とするものではなく、遊客を紹介したり、あるいは前借金等の拘束によって、自ら売春をせざるを得ないような雰囲気を醸成することを以て足ると解するを相当とする。

これを本件についてみるに、原判決挙示の各証拠を綜合すれば、被告人らは、前記乙山雪子他六名を、自己の占有にかかる長谷川旅館に住込ませ、原判示罪となるべき事実第二の(1)の行為を行ったことは明白であり、その際売春の対償については、被告人らは直接には関与せず、同女らよりただ預っただけで、自己に取得したわけではなく、単に遊客の正当な宿泊料と、前借金の一部だけを天引したにすぎなかったとしても、被告人らの経営するバー「山小屋」は、被告人らの前科からもわかるように売春旅館としての悪評判のため、真面目な婦女は寄りつかず、従業婦が居なければ、経営がなり立たないため、客寄せの目的から売春婦を雇用し、売春せしめたものであることは、被告人らの司法警察職員ならびに検察官に対する供述に照らして明らかであり、また従業婦の雇用条件としては、固定給月一万三千円を約束していたにもかかわらず、実際には固定給は一切支払われず、同女等の収入は、いわゆるチップ、サービス料のみであり、食費、部屋代は被告人らの負担としても、日用品代、化粧代等を考慮すると、小遣銭にも困る程度であり、各自数万円の前借金をかかえているほか、バーの従業婦としての必要な衣裳等はすべて同女等の自己負担とされていたため、これらを整えるためには、被告人らから借金するほかなく、借金をすればたやすく返済できる状態ではないこと明らかであって、次々と前借がかさみ、借金をすれば働いて返済しなければならず、働くためには借金しなければならないという悪循環を断ち切るために、右婦女らは売春をせざるを得ない状態にあり、また被告人らは少くとも客寄せと貸付金の回収を計る目的から、強要はしないまでも、勤務時間内に遊客と外出して売春することを黙認したり、自ら遊客を紹介する等の方法をもって、自由意思による売春の勧誘または援助をなし、同女らの売春に介入していた事実は、優にこれを認定することができるのである。被告人らの右所為は、婦女を自己の占有する場所に居住させ、少くとも同女らに売春させることを手段として、それと表裏一体の関係において、バー「山小屋」の経営から収益をあげていたものであって、同女らに売春をさせることは被告人の営業の重要な一部であったと考えられるから、すでに説示したところから明らかなように、たとえ被告人らにおいて売春対償の直接の収得はなかったとしても、売春防止法一二条にいう「売春をさせることを業とした者」に該当すること、言をまたない。論旨は理由がない。

次に被告人正忠に対する論旨について考察するのに、たしかに≪証拠省略≫によると、正忠は料理をしたり、電話番をしたりするのみで旅館長谷川、バー「山小屋」の経営はすべて政子にまかされていたようであるが、同女らの観察はただ表面的なものにすぎず信憑性に乏しい。しかも≪証拠省略≫によれば、正忠は右旅館バーの経営においては総括的な采配をなし、政子は正忠の方針に基いて直接個々の営業面を担当していたものにすぎず、経営の主力はむしろ正忠にあった事が認められる。ただ、バー「山小屋」の飲食店営業の名義人は政子となっているが、これは正忠が昭和三九年三月一三日に奈良地方裁判所五条支部において言渡された職業安定法違反、売春防止法違反被告事件の刑の執行猶予中の身であったため、正忠を名義人としたばあいには、飲食店営業の申請が不許可になるおそれがあったからにすぎず、後述のように本件罪となるべき事実第一の(1)(2)にかかる管理売春にとってもっとも重要な売春婦の雇用等は正忠自ら単独でこれを行ったものである。したがって、正忠は、旅館、バーの経営にはまったく関与せず、売春の事実も知らなかったという論旨も採用の限りではない。

三、原判示第一の(1)および(2)に関する事実誤認ならびに法令適用の誤りについて。

論旨は、正忠が、原判示甲野花子他二名を募集し雇傭したのは売春をさせる目的ではなかった、と主張する。しかし乍ら、すでに二において説示したところから明らかなように、本件管理売春に関し、正忠は政子よりもより主導的な立場において采配を振っていたものであることが認定されるところ、右従業婦らを雇傭するに当り、売春をさせる目的が無かったとの主張は、容易に措信しがたく、しかも正忠の昭和四一年五月二二日の検察官に対する供述においては、その目的の下に雇傭した事実を明らかに自供しており、これと、原判決挙示のその他の各証拠とを綜合して勘案すれば、正忠が公衆衛生または公衆道徳上有害な業務に就かせる目的を持っていた事実は、優にこれを認定することができるのである。この論旨も理由がない。

以上説示したところから明らかなように原判決には所論の事実誤認はなく、したがって法令適用の誤りもない。

論旨第二点量刑不当の主張について。

論旨は被告人らにつき、いずれもその罰金刑が重きに過ぎるという。そこで記録を精査して考察するのに、本件はいわゆる管理売春および許可を受けずに風俗営業を行った罪を含む犯行であって、いずれも営利目的のためになされたものであり、被告人等は、これらの犯行により、不当な金銭的利得をしたものである。元来罰金刑には、かかる不当な利得を否定する意味も含まれているのであるから(改正刑法準備草案五二条参照)、本件の罪状に徴すれば、所論の諸事情を参酌しても、原判決の罰金刑は重過ぎるとは考えられない。

以上論旨は、いずれも理由がないから、刑事訴訟法三九六条により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 児島謙二 裁判官 木本繁 中武靖夫)

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