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大阪高等裁判所 昭和44年(う)457号 判決 1969年8月22日

被告人 沖潮秀世

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人米田軍平作成の控訴趣意書記載とおりであるから、これを引用する。

所論の要旨は、本件の場合被告人は交差点手前で停止若しくは徐行をし、中島の進行に注意するという義務はなく、また中島が停車して自車の通過を待つてくれるものと被告人が判断しても、被告人には業務上の注意義務の欠缺はなかつたのであるから、原判決は刑法二一一条の解釈適用を誤つたものである、というのである。

よつて記録を精査して考えると、原判決挙示の証拠によれば、本件現場の状況及び事故の態様は、次のとおりであると認められる。

即ち、本件交差点は東西に通ずる県道尼崎―甲子園線(以下東西道路という)が西宮市古川町一―一二番地先において南北に通ずる市道(以下南北道路という)とほぼ直角に交わるもので、東西道路は車道の総幅員一六・二メートル、車道南側に幅員六メートルの歩道、北側に幅員二・八メートルの歩道、車道中央に分離帯(幅員一メートル)があり、その南北両側の東行、西行各車道は二車線で、速度制限毎時五〇キロメートルであり、南北道路は車道幅員九メートル、その両側に各幅員三・五メートルの歩道があり、この交差点では交通整理が行なわれておらず、南北道路の交差点手前の位置に横断歩道及び停止線の道路標示が設けられていた。被告人は東西道路を時速約五〇キロメートルで外側車線中央寄りを西進し、交差点中央から約二一メートル手前(交差点手前約一七メートル)の地点(実況見分調書現場見取図(略)<A>点)まで進行した際、左前方の南北道路の<A>′地点(交差点の南手前約一五メートル)辺りに被害者中島運転の車の前照灯の光を見たので、すぐブレーキを少し踏み、<B>地点(<A>地点の西方三・三メートル)まで進んだ時、<B>′地点(<A>′地点の北方一メートル)に中島の車体前部が交差点に向ってくるのを発見したので、ブレーキを強く踏んだが、当時降雨のためスリツプして、<×>地点(<B>地点の西方約一八メートル、<B>′地点の北方約一七メートル)で被告人の車体左側後部ドア附近に中島の車体前部右角附近が衝突した。事故前中島は、時速約五〇キロメートルで南北道路の中央から稍左寄りを北進して交差点に差しかかつたが、そこが交差点であること及び前記停止線の道路標示にも気付かず、交差点の手前約二メートルの地点(前記見取図<1>地点)まで進行した時被告人の車が<B>地点の西方約九メートルの<A>″地点(<1>の右前方約一一メートル)に来ているのを発見し急制動したが、<×>地点で被告人の車と衝突したものである。

ところで、被告人は、原審において、南北道路から交差点に進入しようとする車は、交差点の手前で一時停止することになっているから、中島の車は当然停車するものと思つたし、東西道路の幅員が南北道路のそれよりも広いので自分は少しブレーキを踏んで行き過ぎようとしたら、相手の中島は停らずにそのまま出てきたので、自分は急ブレーキをかけたが間に合わず衝突したと弁解しているのである。

そこで進んで、被告人の過失の有無を検討すると、本件当時の道路交通法三五条三項は、「車輛は、交通整理の行われていない交差点に入ろうとする場合において、左方の道路から同時に当該交差点に入ろうとしている車輛があるときは、当該車輛の進行を妨げてはならない」と規定しているから、前説示の被告人と被害者中島の両者の交差点進入前の関係位置からすると、同時に交差点に入ろうとする場合であるというべく、その限りにおいては、被告人は、原判示のように「左方道路に自動車のヘツドライトを認めたのであるから直ちに徐行もしくは交差点直前で一時停止し、前、側方殊に前記左方道路からの安全を確認したうえで進行し危害の発生を未然に防止するようしなければならない業務上の注意義務がある」といいうるかも知れないが、一方同法三六条は、その一項として、優先道路指定の規定を設けると共に、二項において、「車輛等は、交通整理の行われていない交差点に入ろうとする場合において、その通行している道路(優先道路を除く)と交差する道路が優先道路であるとき、又はその通行している道路(優先道路を除く)の幅員よりもこれと交差する道路の幅員が明らかに広いものであるときは徐行しなければならない」と定め、かつ三項において「前項の場合において、優先道路又は幅員が広い道路から当該交差点に入ろうとする車両等があるときは、車輛等は、優先道路又は幅員が広い道路にある当該車両等の進行を妨げてはならない」と定めると共に、四項において、「前項の場合において、優先道路又は幅員が広い道路を通行する車輛等については、前条第二項及び第三項の規定は、適用しない」と規定しているのである。本件の場合被告人が通行していた東西道路が中島の通行していた南北道路よりも幅員が明らかに広いものであるといい得るから、中島は右三六条二項により交差点手前において徐行しなければならず、かつ同条三項により被告人の進行を妨げてはならない筋合であると共に、交差点手前の前記停止線で一時停止する義務をも負つていたものと考えられ、一方これに対応して被告人は右三六条四項により前記三五条三項の左方車輛優先の規定の適用から免れうる立場に在つたものと解せざるを得ない。

従つて被告人としては、中島が左方道路から交差点に向つてくるのを発見した際、中島が交差点手前で徐行又は一時停止し被告人の交差点通過を妨げないよう待避してくれるものと期待し、中島がこのように交通法規に従つて被告人との衝突を避けるための適切な行動に出ることを信頼して運転すれば足りるものというべく、然るに中島は、交差点の存在及び停止線の道路標示にすら気付かないまま時速約五〇キロメートルで進行し、交差点の約二メートル手前に至つてはじめて被告人の車を発見し急制動したが及ばず交差点内に進入して被告人と衝突(衝突地点<×>は中島が交差点内へ約四メートル北へ進入した地点で交差点北端から約一四メートル、東西の関係でいえば交差点のほぼ中央である)したのであるから、本件事故は中島の一方的過失に起因するもので、前記のような期待信頼を不可とする特別の事情の認められない本件においては、被告人に過失の責を問うことはできないものと解するのが相当である。原判決は、左方車輛優先の規定に捉われた結果、幅員が明らかに広い道路を通行する被告人が左方車輛優先規定の適用を免れうる立場にあると共に、中島が前記三六条二項、三項、及び道路標示に従い交差点手前で徐行乃至一時停止する義務を負い、中島がこの義務に即した行動を採ることを被告人として期待信頼して差支えないということを閑却した判断を下し、業務上過失に関する刑法二一一条の解釈適用を誤つたもので、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。(なお本件起訴状によれば、「被告人が時速約五〇粁で交差点を東から西へ通過の際に、交通整理の行なわれていない、見とおしのきかない交差点であるのに、徐行若しくは一時停止しなかつた」という過失を摘示しているもののように思われるが、右起訴状記載の過失も原判示の過失とその基本的内容を一にし、前者の過失もこれを肯定できないことは同断である。また起訴状においても、原判決においても、本件交差点は見とおしが利かないものであると摘示しているが、原裁判所の検証調書によれば、「東西線の車線区分線上において、交差点の東約三五メートルの位置からは、南北線の中央区分線上の交差点より南一〇メートル附近まで見透すことができ、東約一〇メートルの位置からは同線上南二五メートル附近までが見透し得る」と記載されているから、左右の見とおしは充分とはいいがたいが全く見とおしの利かないものでもなく、東西道路が南北道路よりも幅員が明らかに広く、かつその交通量が約一〇倍であること((原審証人福満安昌の証言参照))等から考えると、被告人が道路交通法四二条により徐行すべきであつたともいえない。)よつて弁護人の論旨は理由があり、原判決は破棄を免れないから、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条によりこれを破棄し、同法四〇〇条但書により自判するのに、本件被告事件は罪とならないものであるから、刑事訴訟法三三六条により、被告人に対し無罪の言渡をする。

よつて主文のとおり判決する。

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