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大阪高等裁判所 昭和44年(ネ)1126号 判決 1971年10月21日

控訴人

広岡義男

他一名

代理人

田中藤作

他一名

被控訴人

上野山虎雄

代理人

谷五佐夫

主文

一、原判決主文第一項をつぎのとおりに変更する。

(一)  各控訴人は被控訴人に対し金七九万三、一七六円宛およびみぎ各金員に対する昭和四二年一二月二五日以降完済に至るまで年五分の割合の金員を支払え。

(二)  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二、訴訟費用は第一、二審を通じて三分し、その二を控訴人らの負担とし、その一を被控訴人の負担とする。

三、本判決は一(一)項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一、当事者間に争いのない事実

被控訴人は、昭和三九年一月二一日、控訴人らから、控訴人らが昭和三八年一〇月二一日以来所有者訴外鈴木鶴秋から共同賃借していた本件建物部分についての賃借権を、代金一七〇万円で譲り受け、昭和三九年一月二一日金二〇万円、同年四月四日残金一五〇万円を支払つたこと、ところが、本件建物には、昭和三二年二月二五日根抵当権者を大阪信用保証協会、債務者を株式会社銀木ゴム製作所として債権極度額金二二〇万円の根抵当権が設定され、同月二六日その旨の根抵当権設定登記がされていたこと、その後、みぎ信用保証協会は根抵当権に基づいて本件建物の競売を申し立て、昭和三八年五月四日競売開始決定の登記がなされ、その競売手続において、訴外梁南腹が本件建物を競落し、昭和四二年二月二日その所有権を取得し、同月二二日所有権取得登記を受けたこと、その後、みぎ競落人梁の被控訴人を相手方とする大阪地方裁判所昭和四二年(ヲ)第七二号不動産引渡命令申立事件において、同年六月六日引渡命令申立事件において、同年六月六日引渡命令が発せられ、同年六月一六日被控訴人に対してみぎ命令の執行があり、同日被控訴人は訴外梁に本件建物部分を明け渡し、以来、被控訴人は本件建物部分の使用収益ができなかつたこと、そこで被控訴人は、同年一一月一五日到達した書面をもつて控訴人らに対し、控訴人らと被控訴人間の前記賃借権譲渡契約を解除する旨の意思表示をしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、争いのある事実関係(担保責任の範囲、金額を除く)についての判断

先づ本件譲渡の目的である建物賃借権の期間について判断するに、成立に争いのない甲第二号証(本件譲渡契約書)には、「本契約は居住の日より向う無期限」と記載されているから、文理上、賃貸借期間の定めのない賃借権を譲渡する旨の契約が成立したものと認める。みぎ契約書文面の意味についての当事者双方の主張は、いずれも、独自の見解であるので採用できない。また、本件に顕われた全証拠によつても、控訴人らと被控訴人が、みぎ譲渡の目的である賃借権の期間または控訴人らが被控訴人に対して瑕疵担保責任を負う期間を、三年間と約定したことは認められない。さらにまた、本件賃貸借期間が法律上当然に三年または一二年となる旨の控訴人らの主張は、いずれも独自の見解であるので採用しない。

次に、被控訴人が本件賃借権をもつて競落人梁に対抗できない関係にあつたかどうか、および、被控訴人が本件建物部分の占有使用を失つたのは本件建物について抵当権の実行があつた結果であつたかどうかについて判断するに、前述のように、本件建物について前記根抵当権の設定登記手続のあつたのは昭和三二年二月二六日であつたのに対して、控訴人らの主張自体によつても、本件建物部分の前賃借人訴外井上某が当時の建物所有者訴外鈴木からみぎ建物部分を賃借してその占有を始めたのは昭和三六年一二月であり、控訴人らが訴外井上からみぎ賃借権の譲渡を受け、これを被控訴人に再譲渡したのは控訴人ら主張のように競売開始決定登記後であつたから、被控訴人は、みぎ根抵当権実行の結果本件建物を競落してその所有権を取得した訴外梁に対し、みぎ賃借権をもつて対抗することができない関係にあつたわけである。もつとも、本件賃貸借契約は、前認定のように、賃貸借期間の定めのないものであるから、民法三九五条の短期賃貸借に該当するものと解すべきであつて(最高裁昭和三九年六月一九日判決参照)、本件建物の競落人である訴外梁の申請により、執行裁判所が引渡命令を発し得るか否かは問題の存するところであるけれども、引渡命令が発せられその執行により、被控訴人は本件建物部分の占有を失つたのであるから、被控訴人は自発的に賃借権を放棄したのではないと云うことができる。

また、控訴人らは、被控訴人らに支払つた金一七〇万円は本件建物部分の賃貸借契約の権利金で、賃借権の譲渡代金ではなかつた旨、および、被控訴人に対して本件建物部分の改造、改装工事を承諾したのは控訴人らであつたから、被控訴人は賃貸人鈴木の承諾を受けないで賃借建物に改造、改装工事をしたことになると主張するが、控訴人らは、この点に関する控訴人らの主張自体をもつて、本件建物所有者であつた訴外鈴木が控訴人らに対し金一五〇万円の立替金債務の支払いに代えて本件建物部分の賃借権を有償で他に譲渡する権利を付与し、控訴人らはみぎ立替金債権額に金二〇万円の利潤を附加した金一七〇万円の価額で賃借権を被控訴人に譲渡したことを自認しているのであるから、みぎ自認の事実関係と前記当事者間に争いのない事実を総合すると、被控訴人の控訴人に対する金一七〇万円の支払いは、賃権借の譲渡代金として控訴人らに支払われたのであつて、賃貸借契約締結の権利金として当時の建物所有者であつた鈴木に対して支払われたものではなかつたことが明らかである。また、みぎ証拠によると、控訴人らは訴外鈴木からみぎ貸借権譲渡の権限と共に、訴外鈴木を代理して賃借権の譲受人に対して本件建物部分の改造、改装工事を承諾する権限も付与されていたので、控訴人らは、みぎ権限に基づいて、本件賃借権を被控訴人に譲渡した際に、訴外鈴木を代理して被控訴人に対し本件建物部分の改造、改装工事を承諾したこと、および、みぎ承諾に基づいて、被控訴人は数回に亘つて本件建物部分に改造、改装工事を施したものであることを認めることができる。これらの点に関する控訴人らの主張は採用しない。

三、控訴人らが被控訴人に対して担保責任を負うかどうか、および、どのような担保責任を負うかについて

(一)、一般に、債権譲渡契約は、原因行為である債権の売買、贈与等と結果行為に当る債権譲渡を一箇の契約に結合したものであるのが通常で、売買、贈与等の面と債権譲渡の面に分かれ、譲渡人と譲受人との間には、主として売買、贈与等の観点から考察すべき法律関係が生じ、譲渡契約の当事者の一方または双方と債務者ないし第三者との間には、主として債権譲渡の観点から考察すべき法律関係が生ずる。しかるに、担保責任の問題は、追奪担保の場合も瑕疵担保の場合も、もつぱら原因行為である売買、贈与等の面に発生するものであつて、この面に関する限りでは債権譲渡と物の売買、贈与等との間に基本的な点における差異がないのであるから、債権譲渡の場合にも、当然に、民法五六〇条ないし五六七条および五七〇条ないし五七二条が可能な限り適用または準用されると解するのが相当である。まして、建物賃借権は物権に近似する不動産上の権利であるから、通常の金銭債権の譲渡の場合より以上に、その譲渡に関しみぎ各法条の適用または準用される理由があると云わねばならない。

(二)、有償で建物賃借権を譲り受けた者がみぎ譲り受け前に賃借建物上に設定されていた抵当権の実行によつてその賃借権を喪失した場合における譲渡人の譲受人に対する担保責任については、民法五六七条は準用されないと解するのが相当である。その理由はつぎのとおりである。

(1)、民法五六七条は売買の目的が不動産所有権である場合に限らず、地上権、永小作権、動産所有権、債権等である場合にも準用されるが、しかし、いずれの場合においても、当該地上権、永小作権、動産所有権、債権等自体を担保権の目的とする抵当権、質権等の行使によつて、一旦買主に帰属したこれらの権利が法律上当然に失われる場合であることが、同条適用、準用の必須の要件であつて、不動産所有権上に設定された抵当権の実行により売買の目的であつた地上権、永小作権等が失われる場合のように、担保権の目的と売買の目的が異つている場合には、たとえ担保権の実行により買主が売買の目的たる権利を喪失しても、同条の適用、準用はないと解するのが相当である。すなわち、

(イ)、買主の権利に優先する担保権の目的と売買の目的が同一である場合には、売主は通常目的物件の所有者であると同時に担保提供者(その多くは被担保債権の債務者でもある。)または担保権の目的である権利を取得することによつて当該担保提供者の義務を承継した者であつて、本来被担保債権を決済すべき義務を負う者であるから、みぎ被担保債権未決済のために買主に損害を生じた以上、買主の善意、悪意にかかわりなく売主に担保責任を負わせても、売主に対して苛酷に失するところは少しもないが、これに反し、担保権の目的と売買の目的とが異つている場合には、売主は通常被担保債権の債務者でも担保提供者としての義務を負うものでもなく、したがつて被担保債権を決済すべき義務を負つていないのであるから、このような場合に、買主の悪意にもかかわらず、被担保債権不履行の全責任を売主に負わせるのは、売主に対し苛酷に失し、公平に反することになる。

(ロ)、担保権の目的と売買の目的が異なる場合に民法五六七条二項が準用されることにすると、買主が出捐して担保権の目的となつていた権利を保全したことによつて利益を受けるのは担保権の目的となつている権利の権利者(担保提供者)または被担保債権の債務者であつて、売主ではないにもかかわらず、売主が故なく買主に対して買主の出捐のの返還義務を負うことになり、条理に反する結果を招く。

(2)、以上の理由により、本件の場合には、前記根抵当権の目的は本件建物の所有権であるのに対して、譲渡契約の目的は建物賃借権であるから、たとえみぎ抵当権の実行によつて譲受人である被控訴人が建物貸借権を失つても、売主に対し、他の法条によつて担保責任を負わせるのは別として、民法五六七条を準用して担保責任を負わせるのは相当でない。

(三)、本件の場合には、控訴人らは被控訴人に対して民法五七〇条により準用される同法五六六条所定の瑕疵担保責任を負わねばならないと解するのが相当である。その理由はつぎのとおりである。

すなわち、賃貸借の目的たる建物の所有権上に、その賃貸借契約に基づいて賃借人が建物の占有を開始する以前に登記手続を経由した抵当権の設定がある場合には、同抵当権に基づく競売手続で第三者がその建物を競落して所有権を取得すると、賃借権者は賃借権る喪失するおそれがあるけれども、みぎのような抵当権の設定があるからと云つて、必ずしも賃借建物が競売に付されたり、更に進んで第三者によつて競落されたりするとは限らず、また、仮に第三者によつて競落されても、賃借人が賃借権喪失等による実損害を受けるとは限らないので、建物の賃借人が目的建物上にみぎのような抵当権の設定があるのにもかかわらずその賃借権を有償で譲渡したからと云つて、ただそれだけでは、みぎ賃借権について、譲受人が譲渡人に対して瑕疵担保責任を問うことができるような瑕疵があると云うことはできない。しかしながら、このような抵当権の設定がある場合には、ひとたび抵当権の実行により賃借建物が第三者に競落されると、賃借人はたちまちにして賃借権を失なう危険にさらされるのであるから、賃借権譲渡契約締結当時に抵当権が実行される危険が濃厚であるとき(例えば被担保債権の債務者および担保提供者が債務弁済の能力がないことが顕著なときや既に抵当権に基づく競売申立がされているとき)はもちろん、みぎ譲渡契約後程なくみぎ危険が著しく濃厚となつた場合(例えば債務者も担保提供者も破産した場合や抵当権に基づく競売手続が開始された場合)には、その賃借権にはみぎ譲渡契約締結当時から譲渡人に瑕疵担保責任を負わせるに足りる瑕疵があつたと云うことができ、譲渡契約締結当時譲受人がみぎ瑕疵の存在を知らなかつたときには、民法五七〇条に該当し、同法五六六条が準用されると解するのが相当である。

本件の場合について判断すると、前認定のように、本件建物についての前記根抵当権の設定日は控訴人ら主張の本件建物部分についての本件賃貸借関係の開始日より前であつたばかりでなく、みぎ根抵当権に基づく本件建物についての競売開始決定のあつた日は本件譲渡契約成立日より前であつたから、既にみぎ譲渡契約締結当時には、本件建物賃借権について、みぎ根抵当権に基づく競売手続により第三者が本件建物を競落取得し、その結果賃借権の譲受人である被控訴人が賃借権を喪失する極めて確率の高い危険が存在していたわけである。そして、前認定のように、被控訴人がみぎ賃借権の譲渡代金として金一七〇万円を控訴人らに支払い、みぎ譲り受け後本件建物部分を自費で改造した事実に徴すると、被控訴人が当時抵当権の実行によりみぎ賃借権を喪失するおそれがあることを知らないでその譲渡を受けたものであることを認めることができるので、本件の場合は、民法五七〇条に該当し、同法五六六条の準用がある場合に当るわけである。

(四)、また、本件については民法五七〇条の適用があるから、仮に控訴人らが被控訴人に対して前記根抵当権の被担保債権の債務者または担保提供者の資力を担保する旨の契約を締結しなかつたとしても、控訴人らは被控訴人に対して同法条の瑕疵担保責任を免れることはできない。

(五)、つぎに、本件の場合に、賃借権譲渡契約の解除が許されるかどうかについて判断するに、前認定のように、被控訴人は本件建物に対する根抵当権の実行によつて、本件建物部分についての賃貸借期間のない賃借権を、その譲渡後僅か三年間使用収益しただけで喪失し、同時にその占有も失つたのであるから、本件賃借権に譲渡契約成立当時から存在した瑕疵のために、契約をした実目的を達成することができなかつた場合に該当し、民法五七〇条によつて準用される同法五六六条により、控訴人らに対し、みぎ譲渡契約を解除し原状回復および損害賠償を請求することができる。

控訴人らは、被控訴人は、本件建物部分の占有使用を開始してからその占有使用を失なうまで約三年間、みぎ建物部分の使用収益をしたから、これによつて本件賃借権譲渡契約を締結した目的を達成したわけであつて、同契約を解除することはできないと主張するが、前認定のように、本件建物部分の賃貸借契約は賃貸借期間の定めのないものであつて、本件譲渡契約はみぎ賃借部分の長期間に亘る使用収益を目的として締結されたのであるから、被控訴人が本件建物部分の賃借権およびその現実の占有を喪失する以前に、同部分を約三年間使用収益しても、なお、みぎ喪失によつて本件譲渡契約を締結した目的を達成することができなかつたと云うことができる。控訴人らのみぎ主張は採用できない。

(六)、つぎに、控訴人らは、被控訴人は遅くとも昭和四〇年七月頃には本件賃借権に瑕疵のあることを知つたから、その時から一年以内に契約解除または損害賠償の請求をすべきである(民法五六六条三項)にもかかわらず、また、控訴人らおよび被控訴人はいずれも商人で本件賃借権譲渡は商行為に当るから、被控訴人は本件賃借権の瑕疵があることを知つたときには直ちに控訴人らに対してその旨を通知しなければ、契約解除も代金の減額請求もすることができない(商法五二条)にもかかわらず、被控訴人はみぎ瑕疵の存在を知つた時から二年以上を経過した昭和四二年一一月一四日に至つて、はじめて、控訴人らにみぎ瑕疵の存在を告知し、本件契約を解除し、原状回復および損害賠償の請求をしたのであるから、被控訴人のみぎ各請求はすべて許されないと主張するが、本件の場合には、前に判示したところから明らかなように、被控訴人が控訴人らに対して瑕疵担保責任を問うには、本件建物に根抵当権の設定があると云うだけでは足らず、みぎ根抵当権の実行により被控訴人が賃借権を失なう危険が極めて濃厚であることを要するから、被控訴人が本件賃借権に瑕疵があることを知つたと云うことができるのは、みぎ根抵当権の存在を知つただけでは足らず、根抵当権の実行により賃借権を既に失つたことまたはこれを失う現実の危険が切迫していることを知ることを要するものと解するのが相当であるところ、控訴人らの主張自体によつても、被控訴人は昭和四〇年七月頃訴外鈴木から本件建物につき競売手続が進行中である旨を知らされた際に、訴外鈴木から、鈴木において抵当権者との間の示談により本件建物が競売されるのを防止する旨を告げられ、鈴木のみぎ言明を信じ、みぎ示談をする資金の一部とすべく、鈴木に対して本件建物部分の賃料の値上げを承諾し、且つ、金五万円を鈴木に貸与したと云うのであるから、当時、被控訴人は本件賃借権を喪失する現実の危険が切迫していたのを知らなかつたと認めるのが相当であつて、そのほかには、控訴人ら提出、援用に係る全証拠によつても、本件建物の競落人である訴外梁が被控訴人を被申請人として本件建物部分の引渡命令の申請をする以前に被控訴人が本件賃借権を喪失する現実の危険が切迫していることを知つたことの証明はない。そうすると、被控訴人が本件契約解除の日(昭和四二年一一月一五日)ないし本件訴状送達の日(同月二四日)の一年以上前から本件賃借権に瑕疵があることを知つていたことを前提とする控訴人らの前記各主張は、その前提要件事実を欠くものとして、その余の点について判断するまでもなく、いずれも失当である。

四、控訴人らの瑕疵担保責任の範囲および金額

(一)、原状回復義務について

(1)、前記契約解除による契約当事者双方の原状回復義務の履行として、控訴人らは被控訴人に対して本件賃借権譲渡代金一七〇万円を返還する義務を負い、一方被控訴人は控訴人らに対して、被控訴人が本件建物部分を約三年間使用収益したことによる利益(前顕甲第二号証によると、本件建物部分は控訴人らから被控訴人に対して昭和三九年四月四日に引き渡されたものと認めることができるから、前記引渡命令の執行により被控訴人がみぎ建物部分の占有を喪失した昭和四二年六月一六日まで三年二月余の期間中、被控訴人は本件建物部分を占有していたのであるが、被控訴人がみぎ建物を使用、収益した期間が約三年であることについては当事者間に争いがない。)を金銭に評価した額を返還しなければならない筋合いとなる。そして、控訴人らは、その予備的抗弁として、みぎ相互の債権の相殺を主張しているところ、以上認定の事実関係に徴し、みぎ両債権はいずれも相殺を許す性質の債権であつて、且つ、被控訴人が本件建物の賃貸借契約を解除した時に遡つて相殺適状にあつたことが認められるから、被控訴人が本訴請求においてみぎ返還請求権の元金およびこれに対する本件訴状送達の日以降の遅延損害金(これを利息の請求と認めない理由は後記のとおりである)の支払いを請求している本件の場合には、みぎ両債権の相殺の計算において、両債権の元金のみについて計算すれば足りることになるわけである。

(2)  そこで、被控訴人が控訴人らに返還しなければならない前記使用、収益による利益の評価額について判断する。

被控訴人は本件建物所有者兼賃貸人である訴外鈴木に対し本件建物部分の賃料を支払つたことは、弁論の全趣旨により明らかであるから、被控訴人が本件建物部分の使用収益によつて利得したのは、その使用価値が賃料額を超過する部分であるところ、一般に、賃借権の譲渡代金とは、譲受人の観点から云えば、賃借物件の使用価値が賃料額を超過する場合に、みぎ超過状態の存続する全期間に亘る超過利益の評価額を、譲渡契約成立の時点において一時に支払うべく見積つた金額にほかならないので、みぎ超過状態の存続する想定期間を確定することができれば、みぎ超過部分の年間評価額、すなわち賃借物件の使用、収益による年間純利益(賃料額を除外した利益)の評価額を譲渡代金額から逆算することができる筋合である。そして、みぎ状態の想定存続期間は、賃貸借関係の事実上の想定存続期間を超ゆることはできないが、両者は必ずしも一致するものではなく、賃貸借関係の想定存続期間が長期に亘る場合には、賃借物件の使用価値が賃料額を超過する期間は賃貸借関係の存続期間より短いのが通常である。けだし、賃料額は年月の経過に従つて次第に増額されて賃借物件の使用価値に接近する傾向にあり、たとえ賃貸借関係成立の当初において権利金または保証金の授受等によつて比較的割安な賃料額が定められていても、このような状態は賃貸借関係の終了まで継続しないことが多いからである。したがつて、このような状態の想定存続期間は各賃貸借関係固有の諸般の事情により各事案毎に異つていて、あらゆる賃貸借関係に共通する法則はないものであるから、みぎ存続期間の判断は、本来ならば、当該事案についての専門家の鑑定をまつて判定するのが相当であるが、当事者双方が費用等の関係から鑑定の申出をしないときには、裁判所が事案に即して諸般の事情に基づいて、これを判定することができないわけではない。

本件の場合について判断するに、弁論の全趣旨によれば、本件建物部分の所有者兼賃貸人である訴外鈴木は、控訴人らに対し金一五〇万円の立替金債権を負担していたので、控訴人らにみぎ債権の回収を得させるために、控訴人らとの間に、控訴人らがみぎ建物部分の賃借権を権利金を取得して他に譲渡することを許し、控訴人がみぎ譲渡をしたときはそれによつて控訴人らの訴外鈴木に対する一五〇万円の債権は弁済されたものとみなす旨の契約を締結したのであつて、控訴人らから金一五〇万円の権利金の差入れを受けて同人らに譲渡性のある本件建物部分の賃借権を取得させたと同様の関係にあつたこと、控訴人らはみぎ契約に基づいて賃借権を代金一七〇万円で被控訴人に譲渡したこと、被控訴人はみぎ建物部分をクリーニング店の店舗兼作業場とする目的で賃借権の譲渡を受け、同建物部分をみぎ営業目的に適するように改装、改造工事を施したこと、ならびに、訴外鈴木は当時みぎ賃貸物件の使用目的および改造、改装工事を承諾していたことが認められ、被控訴人が本件建物部分に施した改造、改装工事の種類、規模、費用およびみぎ工事の結果の耐用年数は後記認定のとおりであり、前顕甲第一号証によると、本件建物に対する根抵当権の被担保債権の極度額は金二二〇万円であつたことが認められ、原審証人西寿美の証言によると、本件賃貸借関係創始の権利金として金一五〇万円が相当であることが認められ、更に原審における被控訴人本人尋問の結果によると、本件賃貸借の当初の賃料額は一ケ月金一万円であつたが、昭和四〇年八月から一ケ月金二万円に増額されたことが認められるので、これらの諸事情に基づいて、後記営業資産の減価償却に適用される耐用年数令の規定を参考にして判断すると、本件賃貸借関係にあつては、、賃貸借関係そのものの事実上の想定存続期間は二〇年以上であつて、被控訴人が金一七〇万円の代価を支払うことによつて取得した本件賃貸借関係上の利益は、通常の場合、賃貸借成立の時から一五年間継続するものと認めるのが相当である。

そこで、みぎ利益が年間に回収される金額をx、控除すべき年間中間利息を年六分、利益の回収される時期を毎年末、金一七〇万円全額の回収される期間を一五年とすれば、次の数式および解答を得ることができる。

15x+0.06x+(0,06×2)+x+

(0.06×3)x………

(0.06×14)x=170万円×(1+0.06×15)

21.3x=323万円 x≒15万1,643円

被控訴人が本件建物を三年間使用、収益したことは当事者間に争いがないので、本件譲渡契約の解除により、被控訴人は控訴人らに対し、みぎ使用、収益による年間利益相当額金一五万一、六四三円の三倍に当る金四五万四、九二九円を返還する義務を負い、これと被控訴人の控訴人らに対する一七〇万円の返還請求権を前記契約解除日(昭和四二年一一月一四日)現在における対当額について相殺すると、結局、控訴人らは被控訴人に対し金一二四万五、〇七一円を返還する義務がある計算となる。

(二)、損害賠償請求権について

(1)、先づ被控訴人が本件建物部分の改造、改装工事費として支給した金額について判断するに、<証拠略>によると、被控訴人は本件賃借権を譲り受けて本件建物部分に入居した後これから退去するまでの間に、同所における居住およびクリーニング業経営のために本件建物部分の改造、改装等の工事を行ない、建築請負業大南組こと南条吉太郎に対し、昭和三九年五月二日から同年八月三日ごろまでの間に分割払により店舗改造等工事費として合計四八万八、六〇〇円、新城電気商会に対し、昭和四〇年九月一五日に電灯と動力の増設工事費として金一五万五、〇〇〇円、および坂本顕正に対し、昭和四一年五月六日から同年一二月三〇日までの間に分割払いにより二階床の間の改造等の工事費として合計金七万一、四四〇円を、それぞれ支払つたこと、みぎ工事費は、いずれも、被控訴人が、本件賃借権を譲り受けた当時はもちろん、本件建物の競落人から引渡命令の申請がされるまで、前記根抵当権の存在を知らないで、本件賃借権に基づいて本件建物部分に長期に亘つて居住、営業することができるものと信じて、みぎ改造、改装での工事を施した結果生じたものであることが認められ、これに反する証拠はない。甲第八号証のフスマ代金四、五〇〇円は本件建物部分の改造、改装工事代金に該当することの証明がない。

(2)、そこで、被控訴人が控訴人らに対し、控訴人らから譲渡を受けた建物賃借権に瑕疵があつて契約の目的を達成することができないことを理由として、譲渡契約を解除して損害賠償を請求する際に、前記工事費の各項についてその請求をすることができるかどうかについて各項毎に判断するに、瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求の場合にも、民法四一七条の場合との釣合上、買主は売主に対し、売買目的物の当該瑕疵によつて通常生ずべき損害については無条件で賠償を請求することができるけれども、特別事情によつて生じた損害については、売主が契約成立時にその損害の発生を予見し、または予見することができたものに限り、その賠償を請求することができると解するのが相当であるところ、本件の場合には、建物賃借権の譲受人である被控訴人が賃借建物に施した改造、改装工事のために要した費用は、建物賃借権譲受けに必然的に伴なう支出ではないので、賃借権の喪失によつてこのような費用の支出が無益に帰しても、賃借権の喪失によつて譲受人に通常生ずる損害には該当せず、本件特有の特別事情による損害に当ると云わねばならない。

したがつて、被控訴人に控訴人らに対して、本件譲渡契約締結当時控訴人らが予見したまたは予見し得べかりし事情によつて生じた損害に限り、賠償を請求することができ、そうでない損害については賠償を請求することができない筋合である。

しかるに、成立に争いのない甲第二号証と原審証人西寿美の証言、原審における原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨を綜合すると、被控訴人は本件賃借権が長期間持続するものと信じて、本件建物部分に居住しながらクリーニング店を経営するために控訴人らから本件賃借権を譲り受けたのであつて、譲渡契約を締結するに際し、控訴人らに対し、本件建物部分にクリーニング店経営に必要な改造、改装工事を施して差支えがないかどうかを尋ねたところ、控訴人らが建物所有者である訴外鈴木に代わつて改造、改装工事を承諾したので、被控訴人はみぎ譲渡を受ける気になつたことが認められるし、また、先に認定したように、譲渡契約の締結されたのは、前記根抵当権の実行として本件建物について競売開始決定の登記のあつた昭和三八年五月四日より後の昭和三九年一月二一日のことであつて、みぎ競売開始決定当時控訴人らは本件建物部分を賃借占有していたのであるから、これら事実関係に徴し、控訴人らは、みぎ競売手続の利害関係人として競売裁判所から競売開始決定の通知を受け、本件譲渡契約締結当時本件建物について競売手続が進行中であつたことを知つていたことを認めることができる。そうすると、控訴人らは、本件譲渡契約締結当時、被控訴人がみぎ契約締結直後被控訴人の自費で本件建物部分にクリーニング店経営に必要な改造、改装工事を施すこと、および、将来、本件建物が競売されると、被控訴人が本件賃借権を喪失し、その結果前記改造、改装工事による利益を喪失して損害を被ることのあることを予見したか、または予見し得べかりし関係にあつたと云うことができる。

以上の観点から、被控訴人主張の各工事費(但し、先に除外したフスマ張替費を除く)について、前掲の各証拠に基づいて工事内容を検討すると、訴外南条に支払つた店舗改良工事費等合計金四八万八、六〇〇円および、新城電気商会に支払つた電灯と動力の増設工事費一五万五、〇〇〇円、以上合計金六四万三、六〇〇円は本件建物部分でクリーニング店を開店、経営するに必要な工事であると認められるところ、先に判示したように、控訴人らは、これら出費が被控訴人の損失に帰するかも知れないことを、予見したかまたは予見し得べかりし関係にあつたので、被控訴人は控訴人らに対してみぎ喪失利益相当額の損害賠償を請求することができるが、坂本顕正に支払つた二階床の間の改造工事費合計七万一、四四〇円はクリーニング店の開店経営のために必要な工事の費用であつたと認め難いので、被控訴人が本件建物部分について将来このような工事を施すようなことがあるかも知れないと、控訴人らにおいて譲渡契約締結当時に予見していたと認め難く、また、そのように予見し得べかりし関係にあつたと云うこともできないし、そのほか、被控訴人の全立証によつても、特別事情による損害賠償請求の要件の具備することの証明がないので、被控訴人は控訴人らに対してみぎ床の間の改造等の工事費に相当する損害賠償を請求することはできない。

(3)、つぎに、控訴人らは、被控訴人は本件建物部分を約三年間使用、収益したことによつて、前記改造、改装工事費用として支出した投下資本を全額または大部分回収し、被控訴人が本件建物の占有を失つた時点では、みぎ工事による利益は既に皆無となつていたか、または、殆んど残つていなかつたので、被控訴人が本件賃借権を失つたことによつて被つた損害は、皆無または僅少であつた旨を主張するので、以下、前顕各証拠に基づいて、前項判示の訴外南条および新城電気に支払つた本件建物部分の改造、改装工事費等の支出を、いずれも営業上の投下資本とみなし、減価償却資産の耐用年数等に関する大蔵省令(昭和四〇年三月三一日大蔵省令第一五号)に従つて、各工事の結果の耐用年数を判定し、これに基づいて定額償却の方法により各工事結果の年間償却額および被控訴人が本件建物部分を使用、収益した全期間における償却額を判断すると、つぎのとおりとなる。

(a) 工事等の種類と工事費の額

(イ) 訴外南条に支払つた分

1、カウンターの位置変更工事

五、九一〇円

2、店舗南側取合ベニヤ張り、入口作り工事 一三、三七五円

3、壁打抜き工事 九〇〇円

4、店舗棚修理、建具、切込み工事

七、七六〇円

5、腰タイル、トタン、ガス、ハシリ台工事三三、九〇〇円

6、炊事場タイル工事一四、九五〇円

7、土間コンクリート工事

三九、三〇〇円

8、水道、排水、給水工事

一九、八六〇円

9、階下三畳の間を板の間にする工事

四、八〇〇円

10、電気工事 三八、〇〇〇円

11、物干台工事 一六四、七五〇円

12、炊事場新建材張り工事追加分

二四、二四〇円

13、炊事場と洗場取合ベニヤ張り工事追力分 七、七八〇円

14、店舗の棚工事追加分三、八七〇円

15、物干追加分、炊事場と洗場の取合、建具、風呂場一九、七二〇円

16、電気工事追加分 四、六八〇円

17、ブリキ工事追加分一二、一九〇円

18、水道工事追加分 二、〇〇〇円

(ロ) 新城電気商会に支払つた工事費

電炊と動力の増設工事費

一五五、〇〇〇円

(b) 工事の各項目に適用される耐用年数令別表の、項目および各耐用年数

(一)、(イ)の1、2、3、4、の各工事の結果(以下「各工事の結果」を省略し、数字のみを記載する。)は別表第一(機械および装置以外の有形減価消費資産の耐用年数)建物附属設備の項、店用簡易装備及び簡易間仕切り工事に該当し、耐用年数三年

(二)、(イ)の5、6、7、8、10、16、18は、同項の電気設備の目、或いは給排水又は衛生設備及びガス設備工事の目に該当し、耐用年数一五年

(三)、(イ)9は、第一表木造建物の造作に該当し耐用年数二四年

(四)、(イ)、11、12、13、15は、第一表、建物附属設備、前掲の区別によらないもの、木造に該当し、耐用年数五年

(五)、(イ)17は、同前掲の区別によらないもの、金属製に該当し、耐用年数一〇年

(六)、(ロ)は、別表第二機械および装置の耐用年数の三五九、クリーニング設備の目に該当し、耐用年数八年

(c) 使用期間とその間における減価償却額および残存部分の評価額

<証拠>によると、前記(イ)の各工事は昭和三九年五月末頃、(ロ)の工事は昭和四〇年七月末頃完成したことが認められるので、被控訴人が本件建物部分の占有を喪失した昭和四二年六月六日までの間に、被控訴人は(イ)の各工事の結果を約三年間、(ロ)の工事の結果を一年一〇月間、それぞれ使用収益したことになり、その間の各工事の結果の減価償却額および残存部分の評価額は次のとおりとなる。

(一)、(イ)の1、2、3、4、14は全部償却残存部分なし。

(二)、(イ)の5、6、7、8、10、16、18は一五分の三償却される。

すなわち、

5は償却六、七八〇円、

残余二万七、一二〇円

6は償却二、九一〇円

残余一万二、〇四〇円

7は償却七、八六〇円

残余三万一、四四〇円

8は償却三、九七一円

残余一万五、八八八円

10は償却七、六六〇円

残余三万〇、六四〇円

16は償却 九三六円

残余三、七四四円

18は償却 四〇〇円

残余一、六〇〇円

(三)、(イ)の9は二四分の三が償却される。すなわち、

償却 六〇〇円

残余四、二〇〇円

(四)、(イ)の11、12、13、15は五分の三が償却される。すなわち

11は償却九万八、八五〇円

残余六万五、九〇〇円

12は償却一万四、五四四円

残余九、六九六円

13は償却 四、六六八円

残余三、一一二円

15は償却一万一、八三二円

残余七、八八八円

(五)、(イ)、17は一〇分の三が償却され償却 三、六五七円

残余八、五三三円

(六)、(ロ)は九六分の二二が償却され、償却三万五、五二〇円

残余一一万九、四八〇円

以上残余合計三四万一、二八一円

(d) 結局、被控訴人は、本件建物部分の賃借権の喪失と同時に、被控訴人が自分の費用で、本件建物部分に施した改造、改装等の工事の結果を使用、収益する利益のうち、金三四万一、二八一円相当を失い、同額の損害を被つたので、みぎ損害発生の原因を与えた控訴人らに対し、同額の損害賠償を請求することができる。

(4)、控訴人らは、被控訴人は本件建物部分に施した工事による利益のうち、右部分についての被控訴人の賃借権が終了した際に残存していた部分に相当する額を、賃貸人鈴木または競落人梁から償還を受けることができるから、被控訴人がみぎ残存利益を喪失しても、その価額に相当する損害を被つたと云うことはできないと主張するので、以下この点について判断する。

元来、賃貸借関係の終了を原因として、賃借人が賃貸人または賃借物件の競落人(抵当権設定登記後に設定された賃借権の終了に関して、競落人が賃貸人の必要費、有益費の償還義務や造作買取義務を承継負担することについては最高裁判所昭和三九年六月一九日判決、民集一八巻五号七九五頁参照)に対して必要費、有益費の償還請求権や造作買取請求権を有する場合においても、具体的な金銭債権は、賃借人がこれら請求権を行使したときにはじめて発生するのであつて、その行使がないのに法律上当然に発生することはない。しかも、みぎ請求権を行使するかどうかは原則として賃借人の自由であつて、法律に別段の規定がある等特別な事由がなければ、賃借人がみぎ権利を行使しなかつたために第三者に対する関係で不利益を受けることはない。他方において、みぎ賃借人の請求権や各種の損害賠償、不当利得返還瑕疵担保等の請求権のように、債権者の損害を填補することを目的とする債権の場合には、一つの損害を填補するために数人の債務者に対する数箇の債権の発生原因事実が併存することはしばしばあつて、その場合に、どの債務者に対しどの原因に基づく債権を発生させるか、および、併存する数人の債務者に対する数箇の債権のうちどの債務者に対するものを現実に請求するかは、原則として、債権者の自由である。そして、みぎのように一つの損害を填補するために併存する数箇の債権のうちの一つについて現実の満足が得られると、その限度において他の債権も当然に消滅するけれども、現実の満足が得られないのに、単に他の債権が成立していると云うそれだけの理由で特定の債権が消滅することは、別段の事由がなければ、あり得ないことである。

本件の場合には、控訴人らの主張する償還請求権や買取請求権は、被控訴人の本件損害賠償請求権と同一の損害を填補することを目的とする請求権であるけれども、被控訴人がこのような償還請求権や買取請求権を行使して訴外鈴木や訴外梁に対して具体的な金銭債権を発生させたことや、被控訴人が同訴外人らからみぎのような具体的な金銭債権の現実の満足を得たことについては、控訴人らは主張も立証もしていないので、仮に控訴人らの主張するような償還請求権や買取請求権の原因となる事実関係があつたとしても、それだけでは、被控訴人の損害発生を抑止、軽減する事由にも、また被控訴人の控訴人らに対する本件損害賠償請求権が消滅する理由にもならない。控訴人らの本項の主張は理由がない。

五、過失相殺の抗弁について

前述したように、建物の賃借権の譲渡契約においては、賃貸借の目的建物について賃貸借契約成立前に抵当権の設定登記があつても、ただそれだけではその賃借権に民法五七〇条五六六条所定の瑕疵があると云うことはできないのであつて、本件の場合には、本件譲渡目的である賃借権に存する瑕疵とは、前述したように、賃借権譲渡契約締結前に賃借目的建物について根抵当権に基づく競売開始決定の登記がされていて、しかもみぎ抵当権の設定登記が賃貸借契約成立前にされたものであつたために、みぎ抵当権の実行により被控訴人が賃借権を失なうおそれが極めて濃厚であつた点にあつたところ、原審における被控訴人本人尋問の結果によると、控訴人らに被控訴人に対してみぎ競売開始決定のあつたことを秘して本件譲渡契約を締結したことが認められるから、被控訴人がみぎ譲渡契約の締結のための交渉に関与した頃、既にみぎ競売開始決定の登記があり、賃借権喪失のおそれがあつたにもかかわらず、被控訴人がそのことを知らなかつたとしても、これらを知らないことについて被控訴人に過失があつたと云うことはできない。控訴人らの主張は採用できない。

六、民法一九六条二項所定の償還要件欠缺の抗弁について

控訴人らは、本件の場合には民法一九六条二項の適用があるので、被控訴人が本件建物部分の改良の価格が現存している場合に限り、その改良に費した金額または増加額の償還を請求することができるから、みぎ価格の現存することの証明のない本件の場合には、被控訴人の本訴請求は相当でないと主張するが、被控訴人の本訴請求は民法一九六条二項に基づく請求ではないので、同条項所定の要件の存否は被控訴人の本訴請求の成否および認容すべき金額の多少に関係がない。控訴人らのみぎ主張は理由がない。

七、結論

以上の理由により、控訴人ら両名は被控訴人に対して、本件譲渡代金のうち金一二四万五、〇七一円の返還義務と金三四万一、二八一円の損害賠償義務、合計金一五八万六、三五二円の支払義務を負うに至つたので、各控訴人において平等の割合で被控訴人に対し、それぞれ金七九万三、一七六円宛の債務を負うことになる(原決定主文は各控訴人は被控訴人に対して判示金額の二分の一宛の分割債務を負う趣旨であるところ、被控訴人は原判決に対して控訴を申立てていないし、また、控訴人らが各自被控訴人に対し本件の債務の全額を負担すべき理由を主張もしていない)。よつて、被控訴人の控訴人らに対する本訴請求は、各控訴人が被控訴人に対しそれぞれ金七九万三、一七六円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日に当る昭和四二年一二月二五日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において正当として認容すべく、その余は失当として棄却を免れない(被控訴人は、本訴において、売買代金の返還に関し利息の支払いを請求していないし、また、控訴人らが悪意の不当利得者であることその他利息を請求する理由に当る事実の主張もしていないので、訴状送達の日に当る昭和四二年一二月二四日の一日分の年五分の割合による利息の支払いを請求する部分は失当である)。

よつて、みぎ当裁判所の判断と異る原判決は変更を免れないので、民訴法三八六条、九六条、九二条、一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(三上修 長瀬清澄 岡部重信)

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