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大阪高等裁判所 昭和44年(ネ)1339号 判決 1970年11月19日

控訴人附帯被控訴人

株式会社中央タクシー

被控訴人附帯控訴人

木村義忠

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し、五、五七六、九七七円および

内、四、九七六、九七七円に対する昭和四二年一二月二九日

以降右支払済みに至るまで年五分の割合による金員

を支払え。

被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その一を被控訴人(附帯控訴人)、その余を控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

この判決は被控訴人(附帯控訴人)勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、

「原判決を取消す。被控訴人の請求および附帯控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」

との判決を求め、

被控訴代理人は、

「本件控訴を棄却する。原判決を次のとおり変更する。控訴人は被控訴人に対し、七、〇七六、九七七円および内、五、九七六、九七七円に対する昭和四二年一二月二九日以降、内、五〇〇、〇〇〇円に対する昭和四五年八月一六日以降、各右支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」

との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の主張は左記以外は原判決事実摘示のとおりであるのでこれを引用する(控訴人兼附帯被控訴人を単に控訴人と、被控訴人兼附帯控訴人を単に被控訴人と略称する)。

(控訴人の主張)

本件事故の原因の大部分は被控訴人と第三者の過失に起因するものである。

一、原判決は、数台の西行車が通過した後に、続いて同車道を西行する普通乗用自動車が交差点に入つたところで一時停止し、運転者が被控訴人車に対し進行する様合図したという事実を認定しているが、数台の車が前後に列をなして進行しているとき、その中間の一台が突如停止または最徐行に速度を変更することは後続車との衝突を招き、または衝突の不安感を与えるものであるから緊急やむをえない場合を除いては期待できないことである。殊に被控訴人の車が西行する車両の優先通過を待避している場合、西行車両列の車が右の様な危険を冒して急に停止し、または減速最徐行し、待避している被控訴人車を優先進行させるということは机上の作文でありえても、事実としては全く期待できることではない。被控訴人車に優先進行を合図したという事実は被控訴人と被控訴人車の荷台に同乗していた鈴木の供述があるだけで、これを裏付ける証拠がなく、これを肯認させる客観的状況もない。

しかし、もしそれが事実とすれば被控訴人の車に進路を譲つて交差点通通過を指示した車は、同車道上の後続車が自車にならつて停車することは当然予測したであろうけれども、西行軌道上を西行する控訴人車に対し、何らの顧慮をなさずして被控訴人車を交差点に進入させ、それがため本件事故を発生させたのであるから、右指示車両運転者の被控訴人車に対する進入指示は重大な過失と言うべく、本件事故につき過失責任を負うものと言わねばならない。

二、本件事故前、数台の車が一列に西行車道上を進行して本件交差点を通過したが、控訴人車は西行車道上を先行する車両の列を避けて市電軌道上を進行した。当時控訴人の車の時速は四〇キロであつたから、秒速一一メートル余であるので、交差点まで二二メートルあつても二秒で進行する。二、三秒で交差点に進入する地点に近づいた場合には交差点に入ろうとしていたと解すべきであり、被控訴人車としては、その進行を妨害するが如き、交差点進入行為は許されない(道路交通法三六条三項)。

三、 優先道路の西行車道上を進行する自動車の列が交差点を通過しつつある場合に、その車両の列の前をさえぎつたり、中をかきわけたりして横断する車両があることは通常の場合予測できないことであるから、控訴人車が交差点の手前で減速しなかつたことは不注意とは言えない。

四、控訴人車が被控訴人車を発見したのは既に八メートル余の至近距離であつた。この場合控訴人車としては左へ転進することは西行車道上を進行する車列の存在により不可能であつたし、右への転進は東行の市電、東行車両の存否に関係あることで、その能否は俄に決し難い。

五、被控訴人車は西行車道上の車列の中の一車両から進入の合図により進入したとしても、西行車道上の車列の停止と東行車両の不存在だけを確認し、西行軌道上を西行する控訴人の車の進行に注意しなかつたため、控訴人の車を確認できず、漫然進入した点で被控訴人の過失は明らかである。また仮に西行軌道上を西進する控訴人車が西行車道上の車列の陰になり、被控訴人車から認識できなかつたとしても、それにもかかわらず進入した点で同様被控訴人に過失がある。

(被控訴人の主張―附帯控訴の理由)

被控訴人は原判決認容の金員のほかに附帯控訴により左の金員を追加請求する。

慰謝料 五〇〇、〇〇〇円

弁護士費用 二〇〇、〇〇〇円

本件事故は昭和四一年四月二七日発生したもので、原判決は昭和四四年八月九日言渡があつたが、控訴人は被控訴人に対し、損害賠償金の支払をしようとしない。裁判の長期化するに伴い、被控訴人は自動車損害賠償責任保険の請求もできず、生活の維持ならびに入院に伴う諸費用のための借入金の返済もできないまま不安定な立場に立たされており、物価騰貴の折柄低額な慰謝料を後日受領しても、その苦痛を慰謝するに足らないものとなる。右五〇〇、〇〇〇円については、これを記載した準備書面を陳述した日の翌日である昭和四五年八月一六日以降右支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(証拠関係)〔略〕

理由

一、原判決事実摘示、請求原因一の(一)ないし(五)の事実は当事者間に争いがない。〔証拠略〕を総合すると前記請求原因一の(六)、(七)の事実が認められる。

二、控訴人が前記控訴人車を保有し、自己のため運行の用に供していたものであることは当事者間に争いがない。

三、右自動車を運転していた椿浩治が自動車の運行に関し、注意を怠らなかつたこと、被害者である被控訴人または第三者に過失があつたことは、共にこれらを認めるに足る証拠がない。

四、〔証拠略〕を総合すると次の事実が認められる。

神戸市生田区下山手通六丁目六五番地の一前の交差点は東西に走る市電軌道部分五・九メートルを中央にして、その両側に各五・四メートルの車道部分、更にその両側に約三メートルの歩道部分のある道路と南北に通ずる一二メートルの車道部分とその両側に約三メートルの歩道部分のある道路とが直角に交わつているところで、右交差点のすぐ東側には西行市電の「下山手五丁目」停留所が、右交差点のすぐ西側には東行市電の同停留所があり、軌道に沿つて安全地帯が設けられている。被控訴人は前記日時に軽二輪自動車に乗り、後部に勤務先の上司鈴木純吉を乗せて、交通整理の行なわれていない右交差点を南から北に向つて入つたところ、西行車道上を数台の自動車が通過しつゝあつたので、交差点内の西行車道の少し手前で一旦停止して通り過ぎるのを待つた。右一団の車が通り過ぎてやゝ途切れ、次にまた四、五台の車が西行車道上をやつて来たが、その先頭の車が交差点に入つた処で停り、その車の運転者が被控訴人に向つて手で、先に行けと合図した。被控訴人は東行車道の方をみたところ東行の車はなかつたので右交差点を渡るべく発進した。右発進地点からは西行軌道上を車が来つゝあつたかどうかは、西行車道上に停車した数台の車の陰でみえなかつたが、被控訴人としては、仮に東から軌道上を西行する車が来たとしても、西行車道上で、被控訴人の車を先に渡らせるべく停車しているのであるから、それを見て停車してくれるものと考え、軌道にかゝる直前で停止ないし徐行して西行軌道上の東方を確認することなく進行したところ、西行軌道上を約四〇キロの速度で東方から進行して来た椿浩治運転の乗用車が西行軌道上で被控訴人運転の軽二輪自動車の右側面に衝突した。一方椿浩治は西行車道上には西進する数台の自動車が続いていたので、西行軌道上を東方より本件交差点に向け時速四〇キロで西進して来た。本件交差点のすぐ手前の「下山手五丁目」市電停留所の安全地帯の横を通り過ぎ、交差点に入つてから、西行車道上の車の前方を被控訴人の軽二輪自動車が交差点を左から右へ通過しようとしているのを認めたが、右軽二輪自動車の方が先に渡るものと考えて、僅かにブレーキを踏んで速度を落した程度で進行を続けたため右軽二輪自動車に前記のとおり衝突した。

以上の事実が認められる。当審証人椿浩治の証言中には「西行車道を進んでいた車の列が停止したことはない」旨の部分があるが、前記証拠に照らし採用できない。もし同証人が、西行車道を進んでいた車が停止したことはないと真にそう考えていたとすれば、それは同人が前方をよく注視していなかつたことを物語るものである。

五、道路交通法三八条二項は「車両等は交通整理の行われていない横断歩道の直前で停止している車両等がある場合において、当該停止している車両等の側方を通過してその前方に出ようとするときは、当該横断歩道の直前で一時停止しなければならない」と規定している。本件交差点に横断歩道が設けられているかどうか、証拠上明らかでないが、右の様な規定が設けられたのは、横断歩道の直前で停止している車がある場合はその車の前を横断し、または横断せんとする歩行者があるために停止していることが多く、後から来た車が、その車の横を通り抜けて追抜こうとして、右横断者をはねる事故の多いことから、この様な事故を防ぐために右の様な規定が設けられたのであるが、右の理は横断歩道の直前のみならず、交通整理の行われていない交差点の直前において停止している車がある場合も同様で、車が停止しているのは右交差点を横切る車の進行を妨げないために停止していることが多く(幅員の広い道と狭い道の交わる交差点であつても、狭い道から来た車が先に交差点に入つたときは広い道の車もこれに進路を譲らねばならない。道路交通法三五条一項、いわゆる先入車優先の原則)、後から来た車は先に停止している車があるのをみた時は、右車の前方を横切る優先通行権のある先入車があるのであろうことを当然予想すべきであり、右停止している車の横を通過してその前方に出ようとする場合には徐行して右横切ろうとする車の有無を確かめ、事故を未然に防ぐべき注意義務があるものというべきである。前記認定の事実によれば本件事故は椿浩治がこの注意義務を怠つたために起きたものというべく、被控訴人が西行車道を進行して来て停止した車の運転者の合図により発進して右交差点を通過するに当り、西行軌道の直前で右軌道の東方を確認することをしなかつたのは西行軌道上を進行して来た車があつたとしても、西行車道上の車が停止しているのをみれば、まさか徐行、停止することなく、右停止している車の横を通過して交差点に進入して来る様な無謀な運転をする者はないであろうと考えたためであつて、被控訴人がそう考えたのはもつともなことであり、被控訴人に過失があつたとは言えない(原審証人椿浩治は「車が南から入つて来るだろうことは予期しませんが交差点であるから多少の注意はしました。減速しました。一々注意して徐行していたら仕事にならないし、そういうことは現在やつていません」と証言しているが、この様な運転態度こそ本件事故を惹き起した最大の原因である。仮に被控訴人に過失ありとしても、その程度は椿浩治の過失と比較すれば極めて軽微で民法七二二条にいわゆる「損害賠償の額を定めるにつき斟酌する」に及ばない程度のものというべきである。)

六、控訴人は西行車道上を進行して来た車の運転者が被控訴人に先に交差点を通過する様指示したのは過失であると主張するが、前記認定の事実によれば、右指示した車より、被控訴人の車の方が先に交差点に入つていたのであるから、被控訴人の方に優先通行権があり、被控訴人に先に交差点を渡る様指示した右運転者に何ら過失はない。

七、本件事故により被控訴人は左記上段記載の損害を受けたことが左記下段記載の証拠により認められる。

(1) 入院治療費一、七〇八、九八三円(原判決事実摘示、請求原因三の(一)の事実)

〔証拠略〕

(2) 附添人看護料三四三、六一〇円(同請求原因三の(二)の事実)

〔証拠略〕

(3) 附添人食事料三七、〇八〇円(同請求原因三の(三)の事実)

〔証拠略〕

(4) 入院期間中の被控訴人の補食費三〇、三二四円(同請求原因三の(四)の事実)

〔証拠略〕

(5) 欠勤により得べかりし利益の喪失七五六、九八〇円(同請求原因三の(五)の事実)

〔証拠略〕

(6) 慰謝料二、〇〇〇、〇〇〇円

前記の如き傷害の部位、程度、治療期間、原審ならびに当審における被控訴本人の供述により認められる如く、右足を負傷したため、六五キロの体重が主に左足にかゝるため、左足のアキレス腱が非常に疲れること、重い物は持てないこと、右足の関節を骨折したため足首が曲らず腰が疲れること、用便は足を延ばしたまゝしなければならないこと、右足の傷跡はケロイド状になつていること等の後遺症の存在等を考慮すると慰謝料は上記金額を相当とする。前記(1)ない前記(1)ないし(6)の合計は四、八七六、九七七円であること、本件事案の内容その他諸般の事情を考慮すると弁護士費用として着手金一〇万円および成功報酬四〇万円合計五〇万円は右不法行為と相当因果関係に立つ損害と認める。〔証拠略〕によると着手金として一〇万円支払つていることが認められる。

(7) 弁護士費用五〇〇、〇〇〇円

八、被控訴人は当審における附帯控訴において慰謝料、弁護士費用としてそれぞれ五〇〇、〇〇〇円、二〇〇、〇〇〇円を追加拡張請求している。その理由として主張するところは慰謝料については請求拡張の理由にならない。裁判の確定が遅れることにより蒙むる不利益は仮執行の宣言の制度を利用し、また民法所定五分の割合の遅延損害金の支払を受けることで満足するよりほかない。弁護士費用については当審における費用として、その請求する二〇〇、〇〇〇円は本件不法行為と相当因果関係に立つ損害と認める。

九、以上の理由により控訴人は前記七の(1)ないし(7)の各金額および八の二〇〇、〇〇〇円の合計五、五七六、九七七円および右金額より弁護士費用中一審の成功報酬四〇〇、〇〇〇円と当審における分二〇〇、〇〇〇円との合計六〇〇、〇〇〇円を差引いた四、九七六、九七七円に対する、本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四二年一二月二九日以降右支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よつて被控訴人の本訴請求は右金員の支払を求める限度において正当として認容すべきであるが、これを超える部分は失当として棄却すべきであるので、本件控訴ならびに附帯控訴に基づき原判決を右の限度に変更し訴訟費用の負担、仮執行の宣言につき、それぞれ民訴法九六条、八九条、九二条、一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 入江菊之助 中村三郎 道下徹)

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