大阪高等裁判所 昭和44年(ネ)1544号 判決 1970年12月18日
理由
当裁判所は、被控訴人の予備的請求を正当として認容すべきものとするが、その理由は次のとおり付加するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。
一 控訴人は、本件損害の発生につき被控訴人に故意または重大な過失があると主張するが、右主張は、手形所持人が手形偽造による損害賠償を請求するには、まず前者に対する遡求権を行使したうえでなければならないとの前提に立つものであつて、右見解の不当なことは原判決理由説示のとおりであるから(なお最高裁判所昭和四五年二月二六日判決参照)、該当部分(原判決一〇枚目裏一行目から一一枚目表六行目まで)を引用する。よつて右主張は採用できない。
二 次に控訴人が民法七一五条一項但書の免責事由として付加主張する事実について考えるに
(イ) 本件のごとく印影転写という方法によつて手形振出人の印影を顕出することは、たしかに稀な例であろう。しかし、偽造された手形、小切手の多くは終局的には取引銀行を通じて決済され、当座預金残高に変動を及ぼすのであるから、控訴人において常時右残高の動きや諸帳簿の記載、会社の営業状態等に留意し、これらを比較検討しておれば、異常な出入金を覚知することは比較的容易であり、これによつて手形、小切手の偽造を探知できたはずであるから、単に偽造の手段方法が稀であるため偽造を知りえなかつたというのでは、到底前条但書の免責事由ありとすることはできない。
(ロ) 次に銀行残高と控訴人の帳簿記載が符合していたとの主張事実は、当審における控訴人代表者本人尋問の結果を除いて他に的確な証拠がなく、右本人尋問の結果によつても、本件偽造が行われた一年余の間、河田の上司においてかような符合確認を適切に行つていたかどうか明らかでない。かえつて《証拠》によると、毎月末に行われる取引銀行との当座預金残高の照合はすべて河田があたり、同人は社長ら上司から残高照合等について尋ねられた場合適当に受け答えしてその場を逃れていたこと、控訴人の社長や経理担当取締役は、取引銀行から送付されてくる当座取引残高証明書や決済表に時折目を通す程度で、こと経理に関しては河田を全面的に信用し、監査をおろそかにしていたことが認められる。したがつて控訴人の右主張事実は甚だ疑わしいというべきであるが、かりに右のような事実があつたとしても、控訴人において手形用紙を調べるとか(前掲《証拠》によると、かような調査は全くなされていなかつたことが認められる)、他の関係帳簿と照合する等なお相当の注意を払えば、その粉飾、不正を見破ることができ、ひいては本件手形偽造を防止できたものと認められるから、いずれにしろ前条の免責事由とすることはできない。
よつて、本控訴は理由がないから棄却