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大阪高等裁判所 昭和44年(ネ)1844号 判決 1973年12月06日

原告(被控訴人)

岡三郎

右訴訟代理人

中原保

中原康雄

被告(控訴人)

大和証券株式会社

右訴訟代理人

阿部幸作

村田哲夫

主文

原判決を取消す。

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一争いのない事実

被告が、株式売買の仲介およびこれに関連する証券取扱業務を営む株式会社であり、原告がおそくとも三六年七月頃から石井和子、朝日昇二、朝井一郎の各架空名義を使用し、被告神戸支店を通じ株式の売買をなし、被告から右各名義の売買等を記録した通帳を交付されていたこと、被告会社員伊勢義人が当時神戸支店長代理であつた事実は、当事者間に争いがない。

二二、一〇〇万円の返済契約の成否について

(一)  <証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  原告は、三六年五月二日頃から加山一、伊藤一夫、安藤一等の架空名義を使用して、被告神戸支店において、株式の売買、証券投資信託の購入等の大口取引を行つていた。同年一〇月ないし一一月頃、支店長代理伊勢義人が原告の係となつて、原告と被告との間で、株式等有価証券の売買取引について、原告の委託により、被告が売買の別、銘柄、数量および価格の決定等を一任されて、原告の計算において取引を行なう、いわゆる売買一任勘定取引契約を結び、前掲石井、朝日、朝井の各架空名義を使用して取引をすることになつた。

(2)  原告は、三六年一二月中頃公認会計士坂田秀治に、被告から通知される株式売買報告書の受領、締切日における損益状況、資産の棚卸し集計等の計算事務を委託し、おおよそ一週間おき位に同人から報告を受けることになつたが、その頃から一任取引に関する被告からの報告は、坂田になされるようになつた。

(3)  右取引における原告の損益状況は、三六年一二月一八日現在では、元入金一、〇四四万四、五九三円に対し三〇一万八、三三〇円の損失となつていたが、翌三七年一月一六日現在では元入金二、六四〇万三、〇二〇円に対し八一〇万六五一七円の大幅な利益となつていた。

(4)  しかし株式市況が下降しつつあつたので、同年一月中旬原告と坂田との間で、資産残高合計の二三〇〇万円台を注意信号とし二、一〇〇万円ラインを取引の停止線とすることを取り決め、その四、五日後に原告と坂田が被告神戸支店を訪れ、その旨を申入れた。また原告は、同月下旬坂田、伊勢の両名を神戸市内料亭の宴席に招待した際、慎重取引を要望した。

(5)  しかし、同年二月中の取引損益は、七〇三万六八三四円の大幅な損失となつたのみでなく、同月二一日、原告が、石井和子名義口座から一〇〇〇万円を引出したため、自ら前記取り決めを破り、資産残高合計は二一〇〇万円ラインを割るに至つたが、原告は手仕舞の申入れをせず、そのまま打ち過ぎ、同月二八日になつて、新たに六〇〇万円を入金し、損失の一部を埋めたが、それでも資産残高は、二三〇〇万円台にも達しなかつた。

(6)  三七年三月一三日頃原告の資産合計が、手数料等を差引き、坂田の計算では、二一〇〇万円台を下廻わる水準となつたので、同人は原告と相談し、被告に手仕舞を申入れる方針を決め翌一四日頃同人から被告に対し電話をもつて手仕舞方を伝えた。

(7)  同月一六日原告と坂田が清算手続の模様をみるべく被告神戸支店に赴いたところ、被告の方では坂田の右電話を勧告的なもので明確な手仕舞の指示でないと受けとつていて、未だ清算手続に入つて居らず、伊勢は株式市況が上向いているから手仕舞をしないで取引を継続してはどうかと意見を述べた。

その際坂田が原告の資産残高を被告に問いただして検討してみると、同年一月初旬朝日名義口座から信用取引保証金に当てるべく持出された三一五万円を同人が、別途資産とみなして計算していたのに、被告の説明では、右三一五万円は、既に朝日口座に返戻され、これを含めた計算がしてあつて、坂田の計算と大きな喰い違いがあつた。だが被告の説明した事実は、被告備付の顧客勘定元帳によつて直ちに証明されたが、そうすると、坂田の計算にかかる二一〇〇万円前後は存在するという原告の資産残高は、三一五万円を差引き、実際には、一七八五万円位しか存在しない計算になつた。原告は、事の意外に驚き、清算を求める意欲を喪失したうえ、前記のように伊勢から今後株価が上向く傾向にあるとの説明と、原告の資産残高が二一〇〇万円台を回復するように努力する旨を告げられに取引を継続する腹を固めた。その結果、伊勢において成績目標を二一〇〇万の線におき、その回復に、全力を傾注することになつた。この時、原告が、清算手続に入らなかつた伊勢の行為を責めるとか、あるいは、すぐにでも清算手続に入るよう請求するとかいうようなことは全然なかつた。

(3) 坂田の計算違いは、信用取引保証金三一五万円の戻入れが、朝日口座通帳に記入されていなかつたことに原因があり、右記入漏れは被告の手落ちである。しかも被告は、記入漏れが判明すると、新規記入をせずに、先の持出記載を抹消する措置で辻褄を合わせた。

(9)  原告は、その後における伊勢の受託事務処理成績が捗々しくなく、同年七月七日現在では、資産合計五七六万四四三三円程度まで下落し、二一〇〇万円台(この当時では元入金二〇一七万円と計算されていた)の目標達成が困難となりつつあるのを見て、同人に活を入れ、受託目標の再確認をさせるべく、その頃自宅に呼んだ同人に、「朝井一郎口座へ、朝日昇二、石井和子の残高を移し現在残高約五七〇万余円を元手にし、別金を入入れることなく、三八年七月一〇日現在をもつて当初元本二〇一七万円に致します」旨の念書を作成させ、原告に差入れさせた。始めに同人が二〇一七万円になるように努力する旨記載したところ、原告の指示により断定的な文言に改めさせられたが、同人が大した抵抗もなく右書面をしたためるのを見届けると、この後原告は二一〇〇万円ないし二〇一七万円の返還契約が成立したと主張するようになつた。

(10)  原告の右激励並びに伊勢の尽力をもつてしても、株式市況の下降傾向には逆えず伊勢の業成績も振わなかつたので、三八年三月一日頃担当者を交替して被告神戸支店長前田政行が、従来の三口座を一本にまとめ、前川秀雄という架空名義をもつて、新たに、一任取引を担当することになり、右取引は、同年七月二九日まで継続したが、同人によつても結局二〇一七万円の回復目標は、達成されることなく、右同日をもつて取引を打切り、清算を了した。

右のとおり認定することができ、これに反する証人坂田秀治および原告本人の供述は信用できない。

(二)  右認定事実によれば、原告は、三七年三月一四日頃代理人坂田を介して一旦手仕舞を申入れたのであるが、その方法がやや不明確であつたため、意思伝達が被告に徹底して居らず被告は手仕舞をしていなかつたが、たまたま原告の通帳に、信用取引保証金三一五万円の戻入れの記帳漏れが発見され、予想額より三一五万円下廻つていることが分り、期待を裏切られたため、その時点での手仕舞を諦め、伊勢の勧告に従い、取引を継続するに至つたもので、原告主張の二一〇〇万円の返済契約は成立しなかつたものと認めるのが相当である。

(三)(1)  原告は、「三七年三月一六日原告の通帳残高合計が被告の根拠なき訂正、記入、抹消などによつて二一〇〇万円を三一五万円下回わる一七八五万円となつている事実が判明し、原告において追及したところ、伊勢は同日原告に対し右差額金三一五万円につき被告に支払義務のあることを認め、被告の責任において右残額一七八五万円を運用し、できるだけ早く二一〇〇万円にして返済する旨を約し、更に同年七月七日右返済金を二〇一七万円に減額し該金員を三八年七月一〇日に返済する旨を約した」と主張する。

しかしながら、<証拠>を総合すると問題の三一五万円というのは、朝日口座から三七年一月六日一五〇万円、同月八日一六五万円合計三一五万円が、原告の信用取引保証金として信用保証金口勘定に移されたのに、原告の通帳の所定欄に記入されていなく、坂田の指摘により同年一月二〇日頃改めて右通帳に記入されたものであるが、坂田は同金額が通帳の金銭口勘定(売買の清算勘定)外にあるものとして、前示二一〇〇万円ラインの計算をしていたものであるところ、事実は、同金額が再び金銭口勘定に戻入れされていたのに、原告の通帳に記入もれとなつていたため、坂田において気付かず同年三月一六日被告神戸支店に赴いた際始めて発見され、坂田から指摘されるや、被告が戻入れの記入をせずに、当初の支出欄を抹消して合計金額を一致させたことを指すものである。

そして、右のように、三一五万円の戻入れの記入を欠いだのが被告の手落ちであつたとしても、当時計算の根基となつた同年三月一日現在の差引残高二五三五万二一五八円の数字は、原告の通帳にも被告の元帳にも、正当にかつ双方一致して記入されていたのであるから、坂田が右記入漏れにより計算を間違えた点は、さておき、原告が、これにより不当に損失を蒙つたものではないのである。原告の前記主張は、右の点において全く事実に反するものといわなければならない。

(2)  もつとも、右の記入もれが、坂田が計算間違いをする原因を与えた点において、ひいては手仕舞の時期を遅らせたという意味で、被告の責任を感じさせたのではないかとの疑いもないではない。しかし、会計の専門家である坂田がいま少し注意深く通帳記載金額の検算を行えば、比較的容易に発見できたと思われるのみならず、原告自身すら、すでに二月二一日の段階で、二一〇〇万円ライン維持に執着していなかつたと思われる前叙状況下において、右記入もれが、被告に事務上のミス以上の責任を感じさせたと認められない。

(3)  右三一五万円の戻入れ記入もれの事実は、前記認定のように、通帳と元帳との突合わせにより即日明らかにされ訂正されたのであるから、この記入もれの一事で、被告において、現存資産額(と思料された)一七八五万円に三一五万円を合わせた二一〇〇万円を原告に返済せなければならなくなる理由がなく、その時点で原告が強く清算を迫れば、一七八五万円を支払えば足りたので、これにより被告が、二一〇〇万円の返済を約定するというのは不自然である。

(4)  二一〇〇万円台の資産が残存し、元入額に対する損失はないと判断していた矢先、その予想が見事に覆えされ、却つて三一五万円の純損失となつていたと思料される事実が判明した状況下において、伊勢が、今後の努力により二一〇〇万ラインの回復に尽力しようと申出たことを以つて、二一〇〇万円の返済を約したものと認めるのは相当ではない。けだし、被告側にその理由のないことは前叙詳述したとおりであるのみならず、株式売買というものは元本の保証がなく、日々の株価の変動により損益の予見も容易でなく、非常な危険を伴う取引であり、前記事情の下において、被告のような証券会社が株式売買の危険性、投機性を止揚し、あまつさえ確定金額を保証する以上の取引契約を受容れる道理がなく、大口取引の経験者である原告がそのような期待をした筈もないからである。

(5)  甲一号証には、三七年七月七日現在において原告の資産残高が五七〇万余円であることを承認するとともに、「これを元手として、三八年七月一〇日までに二〇一七万円に致します」との記載があることは前示のとおりである。右記載は、証券取引法が断定的判断の提供による勧誘等(同法五〇条一、二号)を禁止した趣旨に反するようにみえるが、原審並びに当審における証人伊勢義人の証言によれば、同人は二〇一七万円になるように努力する旨記載していたところ、原告の要望により「致します」との断定的表現に変更させられたというのであるから、本件においては、同法条に違反すするとは断じ難く、これがあるからとて、株式売買一任勘定取引における受託目標を確認した以上に、委任契約である本質を変更して、被告が原告に二〇一七万円の利殖を約した請負契約を締結したものとは考えられない。いわんや、二〇一七万円の返還債務を承認して、返済契約(弁済契約)を締結したと認めるべき根拠のないことは、二一〇〇万円の返済契約の成否について述べたと同断である。甲一号証には被告会社の肩書等を付してない伊勢義人個人の署名押印のみがなされている事実と前記認定の事実を合せて考えると、伊勢は被告の係員として原告に対し右目標の達成に努力することを約したに過ぎないものと認めるのが相当である。

(6)  原審証人坂田秀治の証言により同人の作成した計算書と認められる甲二三号証の記載は、当審証人香川政夫の証言および前掲乙七、八号証の各一、二によれば、三七年三月一三日現在の株価等を正確に摘示せずに計算したものであるから以上の認定を左右する資料とはなり得ないし、また原審(第一、二回)並びに当審における原告本人の供述中右認定に反し原告の主張に沿う趣旨の部分は二の(一)冒頭摘示のその他の証拠と比較してたやすく措信し難く、更に原審(第一二回)並びに当審における原告本人尋問の結果により成立を認めうる甲五ないし八号証によつても、前段各認定を覆えし、原告の主張を認めるに足りない。以上のほかに、原告の主張を支持するような証拠は存しない。

なお、原告が坂田を通じて手仕舞を申入れた日時について、当初原告は、三八年九月六日付の訴状をはじめ三九年四月一一日付準備書面等において、三七年三月一四日であると主張し四一年一〇月二五日施行の原審証人坂田秀治の証言も同旨供述をしていたのであるが、四二年五月一一日付準備書面において、何ゆえか前言を翻えし、三月一三日であると主張するに至つたものであるところ、右主張の変遷に見るべき理由がなく、むしろ、株売買取引が四日目決済の慣行である点と、清算を求めるため訪れたという時日との不一致に着目して右変更をしたと推測されることに思い至るならば、本件における手仕舞申入れは、原告の当初の主張どおり三七年三月一四日と認めるのが相当である。

三してみると、原告の純元入金額が幾何であるか等の検討をなすまでもなく、二一〇〇万円および二〇一七万円の返済契約の成立に関する原告の主張は理由がなく、したがつて、これを前提とする伊勢の代理権に関する表見代理の主張も採用できない。

四次に原告は、三八年三月二五日被告神戸支店長前田政行が原告に対し二六四二万一六六六円の債務を負つていることを承認し、原告と伊勢間の契約を追認したと主張するが、その事実のないことは、原審並びに当審証人前田政行の証言に照らして明らかであり、成立に争いのない甲一〇号証は、ただの計算メモに過ぎないから原告の右主張を支持する資料とはならない。その他にこれを認めるに足る証拠は何もない。したがつて原告の右主張も採用できない。

五原告は更に、以上の主張が認められないとしても、伊勢は被告の業務に関し、二〇一七万円にして返済する旨申し向けて、原告を欺罔し、原告に同額の損害を与えたから使用者として損害賠償を求めると主張する。

しかし、前段認定のように、原告は株式の大口取引を好み、相当の経験を有する者であつて、株式の売買が、極めて投機性の強い、利潤の獲得はもちろん元本の維持すら保し難い危険な取引であることは十分に熟知していたと認められ、原告より若年の伊勢が、たとい二〇一七万円に致しますと述べたところで、その言を単純に信じ込むようなことは考えられないから、同人に欺罔されたと認めることはできない。原告の主張に沿う趣旨の原審(第一、二回)並びに当審における原告本人の供述の一部は、原審並びに当審証人伊勢義人の証言と比較してたやすく措信し難く、その他原告の全立証に徴しても、伊勢において右のほか、受託者としての注意義務を怠り原告に損害を与えたと認めるような証拠は存しないので右主張も採用できない。

六そうすると、原告の本訴請求は理由がないので、棄却することとし、これに反する原判決を取消し、第一、二審の訴訟費用の負担につき民訴法八九条九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(前田覚郎 菊地博 仲江利政)

【参考・第一審判決】―――――――――

(神戸地裁昭和三八年(ワ)第八一六号、契約履行請求事件、同四四年一二月二二日第五民事部判決)

主文

被告は原告に対し二、〇一七万円およびこれに対する昭和三八年七月一一日以降支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告が六〇〇万円の担保をたてたときは、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一、原告が遅くとも昭和三六年七月頃から石井和子、朝日昇二、朝井一郎の各名義で株式売買の仲介およびこれに関連する業務を営む被告神戸支店を通じて株式の売買をなし、被告から右各名義の「お預り通帳」の交付を受けていたこと伊勢が当時神戸支店長代理であつたことおよび原告主張の日時における右各名義の通帳の残額合計が二、一〇〇万円を三一五万円下廻る一、七八五万円となつていたことは当事者間に争いがない。

二、<証拠>をそう合すると、

(一) 原告の取引額が多額であつたため、昭和三六年一一月二一日以降神戸支店長代理伊勢義人が原告の取引を担当することとなり、専ら伊勢の一存で原告の計算において株式の売買をなし、その結果を被告が原告に報告するといつた一任取引が原被告間に結ばれた。原告は多忙のため同年一二月一八日右株式売買の損益計算を公認会計士である坂田秀治(以下、坂田という。)に依頼し、以後右売買の報告は被告から坂田に対してなされ、坂田において株式売買による損益を算出し、原告に報告していた。

(二) 原告が坂田に株式売買の損益計算を依頼した当時は三〇一万八、三三〇円の損失があつたが、翌昭和三七年一月に入ると株価が上昇し、同月一六日当時八一〇万六、五一七円の利益がでていたものの、株価は値下がりの兆を示していて何時また損をすることになるかも知れないと予測されたので、原告は坂田と前記各名義のお預り通帳(但し朝井一郎名義の口座が開かれたのは右同日である。)の残高合計(以下、残高合計という。)が二、三〇〇万円まで下がつた時は危険であり、二、一〇〇万円まで下がつた時には手仕舞をしようと示し合わせ、同月二〇日頃神戸支店を訪れ、伊勢に対し「残高合計が二、三〇〇万円になつたら危険であるから注意してもらいたい。二、一〇〇万円を割るような時は手仕舞をしてもらいたい」旨を依頼し、伊勢においてこれを了承し、「一日で手仕舞できる株しか扱つていないから安心して下さい」と答えた。その際坂田が朝日昇二のお預り通帳の差引残高欄に三一五万円の喰い違いがあること(甲第一五号証六枚目差引残高欄上から四行目)を発見し伊勢にその説明を求めたところ、同人から三一五万円は信用取引の保証金として払い出されている旨の説明を受け、その訂正のため被告に一五〇円万円と一六五万円合計三一五万円を右通帳の払出金額欄(同号証七枚目払出金額欄上から一二一三行目)に記入してもらつた。同月二四日頃、原告は神戸市内の新開地にあるふぐ料理屋「明石屋」に伊勢および坂田を招待し、再度伊勢に対し「もう五、六百万円下がつている(同年一月一六日に比べての意味)から慎重にやつてくれるよう」依頼し、これに対し、伊勢は「大丈夫まかしておいて下さい」と答えた。

(三) しかし、その後株価は値下がりを続け、同年二月末日の残高合計が二、三〇〇万円を割るに至つたので、坂田は、同年三月六日原告に対し、同月九日原告と共に神戸支店を訪れて伊勢に対し、それぞれその旨を報告して警告し(なお原告は、同日伊勢に対し信用取引を中止するよう依頼した。)、同月一三日原告に対し「二、一〇〇万円になつたが今手仕舞をすれば手数料等を差引き二、一〇〇万円より二、三〇万円下廻るかもしれないがよいか」と問い質し、原告より手仕舞についての了解を得たうえ、同日原告を代理して電話で伊勢に対し、手仕舞を申入れたところ、伊勢はこれを承諾した。

(四) よつて、原告は同月一六日右手仕舞による清算金を受けとるべく坂田を伴つて神戸支店に赴いたところ、手仕舞はなされておらず、あまつさえ、伊勢から、先に信用取引の保証金に払い出されているとして朝日昇二名義のお預り通帳に訂正の記入をして貰つた前記三一五万円は神戸支店管理課員の計算処理上の手落ちから存在しない旨を告げられたが、納得できなかつた。

(五) しかし、それは兎も角として、原告は清算のできていない株券および金員をそのまま持ち帰ることを申出でたが、伊勢は清算ができていないことを理由にこれを断り、相場も上向きなので、被告の責任において同月末日までに右株券を利用して二、一〇〇万円にして清算金を返済する旨を約した。

(六) ところが、伊勢は、その後右金員を返済すべく前記各名義の口座を利用して株式売買を試みたものの意のままにならず、ために原告の再三、再四にわたる返済要求に応ずることができず、昭和三七年七月七日に至り、原告に対し、返済金額を二、〇一七万円に減額し、該金員を昭和三八年七月一〇日に返済する旨を約した。

ことが認められ、以上認定の妨げとなる証人前田政行(第一、第二回)および同伊勢義人の各証言部分は信用できず、甲第一四号証(前川秀雄名義のお預り通帳)および乙第三号証の一ないし五(約諾書)については、原告本人尋問の結果(第一、第二回)によると、前者は前田支店長が昭和三八年三月二五日原告と伊勢間の前記約定を引き継ぐと称して同支店長の要請により前川秀雄名義の口座が設けられたことによるもので、一任取引のために作成されたものではないこと、後者は母店監査の形式上の必要性から作成されたにすぎないものであることがそれぞれ認められるから前記認定の妨げとならないし、その他右認定を左右するに足りる証拠はない。

三、ところが、被告は、乙第一、第二号証の各一(約諾書)を根拠に、前記一任取引の解除がその効力を生じていない旨および右金員返済の約束が法的拘束力を有する契約でない旨を主張するので判断するに、乙第一、第二号証の各一によると、原被告間の一任取引においては、(1)その解除の申入れは書面を以て行うものとする旨および(2)被告の預つた金銭又は有価証券の運用および処分その他の行為によつて万一原告に損害が発生しても被告は責任を負わない旨約されていることが認められるが、原告本人尋問の結果(第二回)によれば、朝井一郎名義の口座を設けるに当つて被告が原告から約諾書を微していない等その取扱が必ずしも厳格になされていないことが認められることおよび前記認定のような経過を辿つて本件一任取引の合意解除がなされるに至つたことを合せ考えると、右(1)約定は本件の如き合意解除を無効とするまでの趣旨ではないと解するのが相当であり、また、(2)の約定は、原告の預託した金銭又は有価証券の運用およびそれに準ずべき被告の行為によつて原告に損害を与えた時にのみ被告を免責せしめる趣旨に解すべきところ、前記三一五万円については、前記認定の原告と被告間の取引の経緯から判断するに、被告の使用人の計算処理上の不手際から生じた喰い違いであつて、原告よりの手仕舞通告当時における実残高には含まれないものである旨の前記証人伊勢、前田(第一回)の各証言部分は信用できないし、他に、それが原告の実損であることを認めうる資料がない限り、実残高の一部として清算金に含まれるものと認めざるをえない。したがつて原告と伊勢との間に、昭和三七年三月一六日なされた「同月末までに二、一〇〇万円にして清算金を返済する」旨の約束および同年七月七日になされた「返済金額を二、〇一七万円に減額し、該金員を昭和三八年七月一〇日に返済する。」旨の約束は、右(2)の約定に違反する損害賠償の契約ではなくして、前記手仕舞に基づき被告が原告に支払うべき清算金の弁済延期契約に他ならず、通常の取引の範囲に属するものであるから、特段の事情の認められない本件においては、被告に対しその効力を生じているものといわなければならない。

四、してみると、原告と被告との間の前記各名義による一任取引は昭和三七年三月一三日合意解除によつて消滅したものというべくそして同年七月七日清算金減額および弁済延期契約が成立したことは前叙のとおりであるから被告は原告に対し清算金二、〇一七万円およびこれに対する昭和三八年七月一一日以降支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、原告の請求は正当であるから認容し、民訴法八九条一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(谷口照雄 仲西二郎 井深泰夫)

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