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大阪高等裁判所 昭和44年(ネ)37号 判決 1970年12月23日

理由

一、手形金請求(第一次請求)について

1  甲第一号証の本件約束手形が被控訴人から提出されていることおよび弁論の全趣旨によれば、被控訴人が現に本件約束手形を所持していることが認められる。

2  控訴人は本件約束手形振出の事実を争うので、この点について考えるのに、《証拠》によれば、次の事実が認められる。

訴外手島寛は、金属会社を経営していたが、昭和四一年一一月のある日、訴外丸久産業株式会社の柴垣久五郎から「京都相互銀行に約六、〇〇〇万円の手形割引の枠を持つているが、控訴会社振出の約束手形であれば七〇〇万円位なら割引いてやるから、手形を持つてこい。今日午前一〇時までに持つてきたらすぐ銀行へ行つて明日か遅くとも明後日には割引いてきてやる。」といわれた。そこで会社経営の資金を得るため、当時末弟の手島久が代表取締役をなし、末から二番目の弟の手島敏夫が取締役をしていた控訴会社振出の約束手形を偽造して右柴垣に交付し、京都相互銀行の割引を得ようと考え、前同日の朝、大阪市東区内久宝寺町四丁目六二番地の控訴会社事務所に赴いたところ、末弟の手島久はまだ出勤しておらず、女子事務員が掃除をしていたので、早速無断で勝手を知つた社長室に入り、机の脇にあるキャビネットの引出から、控訴会社が株式会社三和銀行上町支店から交付を受けた約束手形用紙および控訴会社代表取締役の印章等の入つた印箱をとり出し、手形用紙七枚に前記柴垣が指示した金額をチェックライターで記入し、振出人欄に控訴会社名と代表取締役手島久なるゴム印を、その名下に代表取締役印を各押捺する等して本件約束手形(甲第一号証)を含む七通の約束手形を偽造し、これを右柴垣に交付したこと。

以上の事実が認められ、《証拠》中、右認定に反する部分はたやすく信用できない。

3  尤も、被控訴会社において信用調査、集金、不良貸付の整備を担当している原審証人中村春枝は「昭和四一年一二月二日、森又一が被控訴会社の事務所へきて、甲第一号証の本件約束手形を差出し、これを割つてほしいと云つたので、早速滋賀銀行膳所支店を通じ、三和銀行上町支店へ振出人となつている控訴会社の信用調査をなし、さらに、手形振出を確認すべく、三和銀行上町支店当座係に手島久方の電話番号を教えてもらい、そこへ電話すると、ここは自宅だから事務所へかけて下さいと云われ、その電話番号を教えてくれたので、さらにその事務所へ電話したところ、工場へかけて下さいと云い、工場の電話番号を教えてくれた。そこで右工場へ電話をし、応待に出た人に手島久を呼出してもらい、同人に対し、本件約束手形を振出したかどうかを確認すると、発行した、それは工事代金の一部で間違いのない手形であるとの返事であつたので確実な手形であると思つて割引をした。本件約束手形が不渡になつてから手島久に電話すると、係の者が東京へ出張しているが、三月九日には帰つてくるから、その時には必ず払うと云つた。また、同年四月一〇日、手島久の兄の手島馨がきて額面金二五万円の手形を提示し、これを本件約束手形と差し替えてくれと云つたが、断わつた。」と供述し、被控訴人代表者中村清二も、当審において「中村春枝が前記のような電話をかけているのをそばで聞いていた。」と述べ、原審証人森又一も「本件約束手形を訴外柴垣久五郎から受取り、割引いてもらうため被控訴会社へ持参したところ、中村春枝が控訴会社へ電話をかけ、本件約束手形を振出したことを確かめてもらつた」、と供述している。

右各供述によれば、控訴会社の当時の代表取締役手島久は、本件約束手形を振出したかの如くであるが、他方、当審証人手島寛、同手島久の各証言、当審における控訴人代表者手島敏夫本人尋問の結果によると、手島寛の経営する金属会社は、大阪市東淀川区野中南通一丁目八五番地に工場を有していたが、控訴会社には工場はなく、大阪市東区内久宝寺町四丁目六二番地の久宝寺ビルの一、二階に製品置場と事務所を設けていたに過ぎないことが認められ、(原審証人手島久の証言中、右認定に反するかの如き供述部分は信用しない。)これらの事実ならびに原審および当審証人手島久の各証言、当審における控訴人代表者手島敏夫本人尋問の結果に対比すると、前記の、中村春枝が手島久に本件約束手形振出しの事実を確かめたとの供述部分はたやすく信用できず、他に前記2記載の認定に反する証拠はない。

4  そうだとすれば、本件約束手形は偽造手形であるから、被控訴人の手形金請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

二、損害賠償請求(第二次請求)について

1  本件約束手形は、手島寛により叙上認定のような方法で偽造されたものであるので、控訴会社に代表取締役手島久の過失に基づく損害賠償責任があるかどうかについて考えるのに、《証拠》によると、次の事実が認められる。

控訴会社は、前記久宝寺ビル二階に事務所を有し、その奥に社長室があること、控訴会社が振出す手形の用紙、控訴会社の社名印および代表取締役印等の入つた印箱は、社長室の机の脇にあるキャビネットの引出しにしまつてあり、事実上の代表取締役である手島敏夫が保管していたのであるが、右引出には鍵のかかる装置はあつたけれど、いつもかけていなかつたこと、手島寛は、度々控訴会社の事務所に出入し、社長室の様子、手形用紙および印箱の有り場所を知つていたこと、控訴会社にあつては、毎日午前八時三〇分項に女子事務員が事務所の戸を開けて掃除をし、代表取締役の手島久や取締役の手島敏夫は、午前九時一〇分ないし一五分頃に出社すること、本件約束手形偽造の日の朝、控訴会社の女子事務員は、手島寛が社長室に入つているのを見たが、同女は手島寛が手島久の兄であることを知り、度々事務所に出入りしていたので、別段怪しまず、とがめなかつたこと。

以上の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

2  ところで、およそ会社の代表取締役は、権限のない者が、たやすく手形用紙や会社印、代表取締役印等を盗用して手形を偽造したりすることができないような方法で、手形用紙や右会社印等を厳重に保管すべき注意義務のあることはいうまでもない。けだし、そうでなければ、偽造手形が乱発され、安心して手形取引をすることができないからである。

3  本件の場合、前記認定の事実によれば、控訴会社にあつては、手形用紙や会社印等は取締役手島敏夫が社長室のキャビネットに保管していたものであり、他方、手島寛は、朝控訴会社の開店後、手島久や手島敏夫が出勤するまでの僅かな時間を利用し、控訴会社の従業員が別段怪しまないのを奇貨として、勝手を知つた社長室に入り、手形用紙や会社印等を盗用したものであることが明らかであるが、たとえ実弟達が代表取締役や取締役をしている会社ではあつても、同会社とは全く関係のない実兄が、その会社の社長室で開店時間中にその会社振出の手形を偽造するというが如きことは、通常殆ど予測し得ない事柄であるから、手形用紙や会社印等のしまつてある社長室のキャビネットが施錠されていなかつたという一事をもつて、手形用紙や会社印等の保管について、当時の控訴会社代表取締役手島久に過失があつたということはできない。

4  そうだとすれば、手島久に手形用紙や会社印等の保管について過失があることを前提とする損害賠償請求もまたその余の点について判断するまでもなく理由がない。

三、以上のとおりであるから、被控訴人の本訴請求中手形金請求(第一次請求)を理由ありとして認容した原判決は失当であるからこれを取消し、被控訴人の本訴各請求(第一、第二次請求)はいずれも棄却

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