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大阪高等裁判所 昭和44年(ネ)485号 判決 1973年3月29日

控訴人

関西電力株式会社

右代表者

芦原義重

右訴訟代理人

山本登

外四名

被控訴人

伊藤忠輝

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一、被控訴人が控訴人会社の株主である事実および控訴人会社が昭和三九年五月二八日第二六回定時株主総会を開催し、同総会において、「取締役会長太田垣士郎氏逝去につき弔慰金贈呈並びに退任役員に対し慰労金贈呈の件」の議案につき、右取締役会長太田垣士郎に対する弔慰金および退任監査役豊田栄一に対する慰労金贈呈の金額、その支払の時期、方法等を取締役会に一任する旨の決議をした事実ならびに控訴人会社の定款に右贈呈金額の定めがなかつた事実はいずれも当事者間に争いがない。

二、<証拠>を総合すると、太田垣に対する右弔慰金、豊田に対する慰労金はいずれもいわゆる退職慰労金であつて、右退職慰労金には、当該退職役員の在職中の職務執行の対価として支給される報酬の後払い的な部分と、その在職中の功労に報いる趣旨で加算される功労加算的な部分とがあるが、右両部分が在職中の職務の執行を基盤として支給され、その在職中における職務執行の対価として支給される趣旨を含んでいることが認められるので、右退職慰労金には商法二六九条(第二八〇条において準用される場合を含む)が適用され、定款にその額の定めがない以上、株主総会の決議をもつてその額を定めなければならない。

三、控訴人は、当審において、本件退職慰労金が商法二六九条所定の報酬にあたるとしても、現任取締役に対する報酬と異なり、いわゆるお手盛の弊を生ずる虞れがないから、株主総会より取締役会に対し退職慰労金の額の決定を委任するについて、現任取締役に対する報酬の場合とは別異に取扱わるべきものであり、したがつて、株主総会が右額の決定を取締役会に一任しても、それが取締役会に対する無条件な一任であり、取締役会の恣意的な決定を許容するものでない限り、同条に違反しないと主張するので判断する。

(一)、現任取締役に対する報酬額の決定は会社の業務執行にあたるから、その決定は元来取締役会においてなさるべきものであるが、取締役会で右報酬を決定するときはいわゆるお手盛となつて会社に損害を与えるおそれがあるため、これを防止すべく、同法二六九条は株主総会で右報酬額を定むべきことを決定しているものとみるのが相当である。

(二)、そして、退職慰労金はすでに退職している役員に支給され、報酬の後払い的性格と功労報償的性格とをもつもので、純然たる業務執行の対価である報酬とは異なるものであるが、対価として支給される旨を含んでいる限り、同法二六九条が適用さるべきものである。そして、取締役会が株主総会から一任されて退職役員に対する退職慰労金の支給およびその額を決定する場合に、退職役員が取締役会に出席して決議に加わらないとしても、そのことだけで、直ちに前項説示のお手盛の弊を排除しようとした同法二六九条の立法趣旨に反することがないものとは断じがたい。

四、ところで、株主総会が、株式会社役員に対する退職慰労金の支給に関し、その金額、時期、方法を取締役会に一任する旨の決議をした場合でも、その趣旨が無条件一任でなく、会社の業績はもちろん退職役員の勤続年数、担当業務、功績の軽重等を考慮した一定の基準に依拠すべき趣旨であり、右の一定基準に依拠して相当な金額等を決定すべきことを取締役会に明示しまたは黙示するものであるときは、商法二六九条の趣旨に反し無効であるということはできない(最高裁判所昭和三九年一二月一一日言渡判決集一八巻一〇号二一四三頁参照)。

五、そこで、控訴人会社に退職慰労金の支給基準が存在していたか否かについて検討する。

(一)、<証拠>を総合すると、

(1)、控訴人会社の前身である訴外関西配電株式会社は昭和二六年四月一六日開催された取締役会において、株主総会より取締役会に対し退職役員の退職慰労金の金額等の決定を一任する旨の決議がなされた場合には、昭和二五年一〇月二三日控訴人会社を含む全国配電会社の経営者会議の定めた役員退職功労金内規に基づいて退職慰労金の金額等を算定する旨の決議をし、その頃取締役会の決議に基づき経営者会議の定めた内規どおりに実施されていたこと、なお、右内規による退職慰労金の金額算定方法は、死亡または退任時の当該役員の報酬月額の九〇パーセントを計算の基礎額とし、これに歴任した各役職期間の月数および右役職ごとに定まる各比率(社長については一〇〇パーセント、副社長については九〇パーセント、常務取締役については八〇パーセント、その他常勤の取締役、監査役はいずれも七〇パーセント、非常勤の取締役、監査役はいずれも六〇パーセント)を乗じた金額の合計額とするのであつて、功労加算金の算定方法については、右内規でなんらの定めをしていなかつたこと、

(2)、控訴人会社は昭和二六年五月一日創立されたものであるが、昭和二七年一〇月二三日取締役会秘書部において関西配電株式会社の前記内規に基づき役員退職慰労金内規を立案し、同日開催の常務会(会長、社長ら六名出席)がこれを承認したうえ、会長、社長においてこれを決裁し、ついで同年一一月六日開催の取締役会に付議承認されたものであること、

(3)、右のとおり控訴人会社の取締役会に付議承認された内規は関西配電株式会社当時の内規に依拠作成されたものであつてこれとほぼ同一内容であるが(ただし計算の基礎額は報酬月額の九〇パーセントでなく、その全額とする)、退職役員の在任中の功績の軽重、会社の業績に応じて支給される功労加算金についてはなんらの定めのなかつたこと

がそれぞれ認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

(二)、<証拠>を総合すると、控訴人会社では、

(1)、昭和二七年五月二八日開催の第二回定時株主総会において、(イ)、退職役員である訴外五嶋祐(昭和二六年五月一日より同年一二月二二日までの間代表取締役副社長、同月二三日より昭和二七年五月二八日までの間非常勤取締役)、(ロ)、同水岡平一郎(昭和二六年五月一日より同年八月七日までの間常任監査役、同月八日より昭和二七年五月二八日までの間監査役)、(ハ)、同人見牧太(昭和二六年五月一日より昭和二七年五月二八日までの間常任監査役)、(ニ)、同坂内義雄(昭和二六年五月一日より昭和二七年五月二八日までの間非常勤取締役)につき、

(2)、昭和二八年五月二八日開催の第四回定時株主総会において、(イ)、退職役員である訴外太田喬(昭和二七年五月二八日より昭和二八年五月二八日までの間常任監査役)、(ロ)、同堀朋近(昭和二六年五月一日より昭和二八年一月二四日死亡するまでの間非常勤取締役)につき、

(3)、昭和三〇年五月二七日開催の第八回定時株主総会において退職役員である訴外岡市要太郎(昭和二八年五月二八日より昭和三〇年五月二七日までの間常任監査役)につき、

(4)、昭和三一年五月三〇日開催の第一〇回定時株主総会において退職役員である訴外中江二三雄(昭和二六年五月二三日より昭和三一年五月三〇日までの間取締役)、(ロ)、同板野道夫(昭和二七年一一月二六日より昭和三一年五月三〇日までの間取締役)につき、

(5)、昭和三二年五月二八日開催の第一二回定時株主総会において退職役員である訴外安生要人(昭和三〇年五月二七日より昭和三二年五月二八日までの間常任監査役)につき、

(6)、昭和三三年五月二九日開催の第一四回定時株主総会において、(イ)、退職役員である訴外中村鼎(昭和二六年五月一日より昭和三三年五月二九日までの間代表取締役副社長)、(ロ)、同武田益祐(昭和二六年五月二三日より昭和三一年五月二九日までの間取締役、同月三〇日より昭和三三年五月二九日までの間常務取締役)、(ハ)、同丹波孝三(昭和二九年一一月二七日より昭和三三年五月二九日までの間取締役)につき、

(7)、昭和三三年一一月二八日開催の第一五回定時株主総会において退職役員である訴外牛尾健治(昭和二六年五月一日より昭和三三年八月二〇日死亡するまでの間非常勤取締役)につき、

(8)、昭和三五年五月二七日開催の第一八回定時株主総会において退職役員である訴外堀新(昭和二六年五月一日より昭和三四年一一月二六日までの間代表取締役会長、同月二七日より昭和三五年五月二七日までの間非常勤取締役)につき、

(9)、昭和三六年五月二九日開催の第二〇回定時株主総会において退職役員である訴外平井寛一郎(昭和二七年一一月二六日より昭和三三年五月二九日までの間取締役、同月三〇日より昭和三四年一一月二六日までの間常務取締役、同月二七日より昭和三五年一一月二七日までの間代表取締役副社長)につき、

(10)、昭和三七年五月二八日開催の第二二回定時株主総会において、(イ)、退職役員である訴外森寿五郎(昭和二六年五月一日より昭和三四年一一月二六日までの間代表取締役副社長、同月二七日より昭和三七年五月二八日までの間非常勤取締役)、(ロ)、同藤田友次郎(昭和三一年五月三〇日より昭和三三年五月二九日までの間取締役、同月三〇日より昭和三六年八月二八日までの間常務取締役、同月二九日より昭和三七年五月二八日までの間非常勤取締役)、(ハ)、同浜崎章二郎(昭和三六年五月二九日より昭和三七年五月二八日までの間取締役)、(ニ)、同古川雄三(昭和三二年五月二八日より昭和三六年五月二九日までの間常任監査役、同月三〇日より昭和三七年五月二八日までの間監査役)につき、

(11)、昭和三八年一一月二七日開催の第二五回定時株主総会において退職役員である訴外中橋武一(昭和二八年五月二八日より昭和三八年七月八日死亡するまでの間非常勤取締役)につき、

それぞれ退職慰労金の金額、時期、方法を株主総会で自ら決定しないで、その都度取締役に一任する旨の決議をなし、取締役会において右金額等を決定してきたことが認められる。

(三)、また<証拠>を総合すると、控訴人会社の取締役会は昭和二七年五月二八日より昭和三八年一一月二七日までの間前記のとおり株主総会からの一任決議に基づき二一名の退職役員に対する退職慰労金の金額等を決定してきたのであるが、そのうち前記中村鼎に対しては控訴人会社において昭和二七年一一月六日定めた内規により算出した金額そのままを支給し、前記人見牧太、坂内義雄、堀朋近、岡市要太郎、中江二三雄、板野道夫、安生要人、武田益祐、丹波孝三の九名に対しては右内規により算出した金額の端数処理の計算上金一〇万円未満の小額(金八、五〇〇円ないし金八万六、〇〇〇円)を加算、前記太田喬に対しては右内規により算出した金額からその端数処理の計算上金二万八、〇〇〇円を減額、前記水岡平一郎に対しては同人が常任監査役在職中病気になつて事実上非常勤であつたためその調整として右内規により算出した金三三万二、〇〇〇円より金一一万二、〇〇〇円を減額する旨それぞれ決定したこと、そして、以上の一二名を除くその余の九名に対しては内規により算出した金額に、退職役員の在任中の特別の功績に対する謝意もしくは在職中の死亡に対する特別の弔慰等の念を表わすための措置としてつぎのとおり特別功労金を加算し決定していること、すなわち、

(1)、前記五嶋祐に対しては、同人は控訴人会社の設立時に発起人となり続いて副社長に就任したものであるが、その草創期の多大の功労に報いるため前記内規により算出した金八二万八、〇〇〇円に、これに対する27.2パーセントの功労金二二万五、〇〇〇円を加算した合計金一〇五万三、〇〇〇円、

(2)、前記牛尾健治に対しては、同人が非常勤取締役在職中死亡したことに対する弔慰の念を表わすため、前記内規により算出した金二六四万円に、これに対する約6.1パーセントの弔慰金一六万円を加算した合計金二八〇万円、

(3)、前記堀新に対しては、同人が控訴人会社の初代会長としてその経営基盤を磐石ならしめた功労に報い、かつ会長退任後非常勤取締役として在職したためその調整として前記内規により算出した三、一〇八万円に、これに対する約六パーセントの功労金等金一九二万円を加算した合計金三、三〇〇万円、

(4)、前記平井寛一郎に対しては、同人が黒部川第四発電所の初代建設事務所長として墜道工事その他の困難な諸工事を完遂した功労に報いるため、前記内規により算出した金二、一六九万円に、これに対する15.3パーセントの功労金三三一万円を加算した合計金二、五〇〇万円

(5)、前記森寿五郎に対しては、同人が控訴人会社の設立当初から副社長としてその経営基盤を磐石ならしめた功労に報い、かつ副社長退任後非常勤取締役として在職したため、その調整として、前記内規により算出した金二、四四三万五、〇〇〇円に、これに対する22.8パーセントの功労金等金五五六万五、〇〇〇円を加算した合計金三、〇〇〇万円、

(6)、前記藤田友次郎に対しては、同人が労働問題につき関西財界の第一人者として労使関係の長期安定をもたらした功労に報い、かつ常務取締役退任後非常勤取締役として在職したため、その調整として、前記内規により算出した金一、二五七万八、〇〇〇円に、これに対する19.3パーセントの功労金等金二四二万二、〇〇〇円を加算した合計金一、五〇〇万円、

(7)、前記浜崎章二郎に対しては、同人が黒部川第四発電所の二代目建設事務所長としての重責を果した功労に報いるため、前記内規により算出した金二二七万五、〇〇〇円に、これに対する5.4パーセントの功労金一二万五、〇〇〇〇円を加算した合計金二四〇万円、

(8)、前記古川雄三に対しては、同人が長期間にわたつて常任監査役に在任し監査業務を体系化した功労に報い、かつ常任監査役退任後非常任監査役として在職したため、その調整として、前記内規により算出した金七三六万四、〇〇〇円に、これに対する15.4パーセントの功労金等金一一三万六、〇〇〇円を加算した合計金八五〇万円、

(9)、前記中橋武一に対しては、同人が非常勤取締役在職中死亡したことに対する弔慰の念を表わすため、前記内規により算出した金五一六万六、〇〇〇円に、これに対する約6.5パーセントの弔慰金三三万四、〇〇〇円を加算した合計金五五〇万円

とそれぞれ決定していることが認められる。

(四)、以上(一)ないし(三)認定の諸事実によると、控訴人会社には、その前身である関西配電株式会社の営業当時から退職慰労金の金額を算出する基準として内規があつたので、控訴人会社の株主総会は昭和二七年五月二八日以降退職慰労金の金額を決定するにあたり、その都度取締役会に右金額の決定を一任する旨の決議をなし、取締役会においては右決議に基づき、内規による基準額に特別功労金を加算してその金額を決定し、また特別功労金を加算しない場合において、内規による算出額に金一〇万円未満の端数を生じた場合には、端数処理の計算上、金一〇万円未満の金額を加算もしくは減額して支給金額を決定してきたことが明らかである。

そして、右内規では、退職役員の退職当時の報酬、その役職ごとに定めた比率および役職期間から退職慰労金の金額を算出すべきことを定めたのみで、退職役員の在職中の功労に報いる趣旨で加算されるいわゆる功労加算金についてはその定めをしていなかつたから、控訴人会社に功労加算金についてなんらかの支給基準が存していたか否かについて検討する。

内規では、退職慰労金を算出する基準として、退職役員の報酬、役職ごとに定めた比率および役職期間から退職慰労金の基本基準額を算出しうるように定めたのみで、功労加算金につき、右のような定めをしていなかつた場合においても、内規で右一定の基本基準額が定められているうえ、右基本基準額に会社の業績、役員の功績を斟酌して功労金を加算する旨の慣行があり、その慣行による功労加算額が右趣旨にそい基本基準額にてらして合理的なもので、これによつて取締役会の恣意的なお手盛による弊害の発生を防止しうる程度のものである限り、全体として取締役会に対する無条件一任ということはできず、このような功労加算額決定についての慣行も退職慰労金の支給基準たりうるものである。

そして、控訴人会社の取締役会においては昭和二七年五月二八日以降昭和三八年一一月二七日までの間前記五、(三)認定のとおりその都度退職役員の在任中の功績等を評議しその功労金額を決定加算してきたものであるところ、このように多数の諸事例が反覆集積している事実と、右諸事例による退職役員各自の功労の軽重、その功労加算額の前記基本基準額に対する各割合とを総合考察すれば、本件決議がなされるより以前にすでに退職役員に対する功労加算額決定のための慣行的基準が定着確立し、かつその内容も会社の業績、役員の功績の軽重に応じたものであり、功労加算額も三〇パーセント位の限度内のものであつて、前記基本金額に対する割合も合理的均衡を失していないものであること、および取締役会において従来右慣行的基準により功労加算額を決定するにあたり、恣意的なお手盛の弊を生じたことがなく、また将来も右お手盛の弊を生ずる虞れがないものと認めるのが相当である。

そうすると、昭和三九年五月二八日の本件退職慰労金の支給に関する株主総会の決議当時、控訴人会社において内規および慣行により一定の支給基準が確立されていたものというべきである。

六、控訴人会社に退職慰労金の支給基準が確立されていたことは前認定のとおりであるが、本件決議が、退職慰労金の額は右支給基準に従つて決定すべき趣旨を黙示してなされたものであると言いうるためには、これが株主らにも推知しうべきものであることを要するものと解すべきであるから、この点について考察する。

(一)(1)、控訴人会社の支給基準は前記五の(一)、(四)認定のとおり功労加算金の点を除いて成文の内規により定められ、前掲乙第一四号証(昭和二七年一一月六日開催の取締役会議事録)によると、右内規は同取締役会に付議され会長、社長にその取り定めを一任することに決定した旨同議事録に記載されていることが明らかである。したがつて、株主らは商法二六三条一項所定の議事録閲覧請求権を行使し同議事録を閲覧することによつて、控訴人会社で右内規が作成されたであろうことおよびその内容を知りうる状況にあるものというべきである。

(2)、功労加算金については、内規になんらの定めのなかつたことは前認定のとおりである。そして、退職慰労金は、退職役員の報酬額、その在任期間、担当業務を主たる要素として算出されるものであるとはいえ、右要素による算出金額(前記基本基準額)を知りうべき状況にある以上、右金額に、会社の業績、退職役員各自の功労に応じた相当な功労金額が加算されることもまた社会通念上推知されないところでもないから、株主らは控訴人会社においても右功労金を加算支給していることおよび右支給についての慣行的基準を知りうる状況にあるものというべきである。

(二)(1)、株主らは、株主総会において退職慰労金贈呈の議案が提出されたときには、一般に、右贈呈金額等は控訴人会社に従前から存する内規とか慣行とかの支給基準により決定されることを前提に格別の質疑を発しないで取締役会に一任するものというべきであろうが、もし右席上退職慰労金の支給基準の存在およびその内容を具体的に把握認識したいと欲する場合には、会社担当者に質問を発して支給基準の存在およびその内容の説明を求め、これが認識を取得しうるのであるから、前認定のとおりすでに内規および慣行によつて支給基準が確立され、特にこれを秘匿しているような特段の事情の存しない本件においては、この点からみても、株主らは控訴人会社の支給基準の存在およびその内容を知りうる状況にあるものというべきである。

(2)、被控訴人は、控訴人会社の取締役は株主らに対して忠実義務(商法二五四条の二)、善良な管理者の注意義務(民法六四四条)を負担しているから、株主総会の席上自ら株主らに退職慰労金の支給基準の存在およびその内容を開示説明すべきであると主張するので判断する。取締役が被控訴人主張のような義務を負担していることはいうまでもないが、それがため、取締役が株主らより退職慰労金の支給基準の存在およびその内容の開示説明を求められていないのに自発的に右支給基準の存在およびその内容を開示すべきものであるということはできないから、被控訴人の前記主張は採用できない。

(3)、つぎに被控訴人の当審における五、(二)の反論について考える。

<証拠>を総合すると、控訴人会社においては昭和二六年五月一日創立以来各決算期ごとに商法二九三条の五所定の計算書類付属明細書を作成し、株主の閲覧に供するためこれを本、支店に備え置き、かつ右附属明細書には退職慰労金の支給金額を計上していたこと、もつとも、右附属明細書では、その「取締役および監査役に支払いたる報酬」の項に退職慰労金の額を記載しないで現在役員の定期報酬の額のみを掲げ、右退職慰労金の額は電気事業会計規則三条により会計処理上現任役員の定期報酬と同様「電気事業営業費用の明細」の項の役員給与の欄で整理すべきものとして、現任役員の定期報酬の額と合算のうえ、右役員給与の欄に掲記していたことが認められる。したがつて、株主らは何時でも右附属明細書を閲覧し、またはその謄本等の交付を受け、右附属明細書中役員給与の欄に記載された金額から「取締役および監査役に支払いたる報酬」の項に記載された金額を控除することにより、各決算期に支出された従前の各退職慰労金の額を知りうべき状況にあつたものというべきである。しかし、前掲各証拠によると、株主らの知りうべき退職慰労金の額は、各決算期に退職役員が数名存するときはその支給金額を一括して合計額を記載しているにすぎないことが認められるうえ、株主らが右のような方法で従前の退職慰労金の各金額を認識し右各金額を比較対照したとしても、これによつて控訴人主張のように控訴人会社に存する内規および慣行により確立されている退職慰労金の支給基準の存在およびその内容を具体的に知りうるものということはできない。しかし、右認定の事実をもつて、控訴人が控訴人会社に存する内規、慣行を特に秘匿し、前記(二)、(1)説示の「特段の事情」があるものということはできない。

(三)、そうだとすると、前記(一)、(二)説示のとおり、控訴人会社の株主らは控訴人会社に存する内規および慣行によつて確立されている退職慰労金の支給基準の存在およびその内容を知りうべき状況にあるものということができる。

七、控訴人会社には前記のとおり退職慰労金の支給基準の確立していることが明らかであるから、本件決議が右支給基準に従つて退職慰労金の金額を決定すべことを黙示して取締役会に一任する旨のものであつたか否かについて考える。

(一)、控訴人会社は前記のとおり昭和二七年五月二八日以降昭和三八年一一月二七日までの間退職役員二一名に対して退職慰労金を支給するにあたり、第二回、第四回、第八回、第一〇回、第一二回、第一四回、第一五回、第一八回、第二〇回、第二二回、第二五回の各定時株主総会においていずれもその支給基準を明示しないで金額等の決定を取締役会に一任する旨の決議をしてきたが、取締役会においてはその都度内規および慣行的基準に依拠して金額等を決定するよう一任せられた場合と同様内規および慣行的基準に従い、退職役員各自の在職中の功労等をも考慮して相当な退職慰労金の金額等を算出決定してきたことは前認定のとおりである。

(二)、また、<証拠>を総合すると、前記太田垣士郎に対する退職慰労金の金額は取締役会で金一億円と決定されたものであり、右金額は控訴人会社に存する前記内規により算出された金七、七五〇万円に、これに対する約二九パーセントの功労金等金二、二五〇万円を加算した合計額であること、右功労加算金は、同人が昭和二六年五月一日控訴人会社が創立されて以来昭和三四年一一月二六日までの間社長として、ついで同月二七日より昭和三九年三月一六日死亡するまでの間会長として控訴人会社の経営基盤の維持発展に尽すいした功労に鑑み前記慣行的基準により算出されたものであること、前記豊田栄一に対する退職慰労金の金額は取締役会で金六五〇万円と決定されたものであり、右金額は前記内規により算出された金六四七万五、〇〇〇円の端数処理の計算上金二万五、〇〇〇円を加算した合計額であることが認められ、太田垣、豊田に対する退職慰労金の金額が控訴人会社に存する内規および慣行的基準により算出されていることが明らかである。

(三)、右(一)、(二)認定の事実のほか、控訴人会社には前認定のとおり内規および慣行による支給基準があつて、右支給基準は株主らにも推知さるべき状況にあつた事実に、前掲<証拠略>を総合すると、本件決議は、退職慰労金の支給等につき、内規および慣行による基準に従つて相当な金額等の決定をなすべきことを取締役会に黙示する趣旨のものであると認めるのが相当であり、右認定を覆えすに足る証拠はない。

八、以上のとおり、本件決議は、取締役会長太田垣士郎、監査役豊田栄一に対する退職慰労金の支給につき、取締役会に控訴人会社に存する内規および慣行によつて確立されている支給基準に従い相当な金額等の決定をなすべき旨の制限が黙示的になされたものとみるのが相当であり、商法二六九条(同法二八〇条で準用される場合を含む)違反の決議として無効なものということはできない。

したがつて、本件決議の無効確認を求める被控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきであり、これと結論を異にする原判決を取消すこととする。

よつて、民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(増田幸次郎 西内辰樹 道下徹)

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