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大阪高等裁判所 昭和44年(ネ)565号 判決 1970年10月26日

理由

一  《証拠》によると、被控訴人がその主張のような記載のある本件手形を所持していることが認められ、被控訴人が本件手形を満期日に支払場所に支払のため呈示したがその支払を拒絶されたことは、控訴人において明らかに争わないので、これを自白したものと看做す。

二  本件手形上の振出人が「錦産業株式会社代表取締役高井勉」と記載されていることは当事者間に争いがないところ、被控訴人は、振出人が右のように表示されていても控訴会社が本件手形の支払義務を負うべき旨主張する。

(一)  株式会社の手形振出の方式として、公薄上の名称たる商号によつて会社名を表示するのが通常であるが、会社名の表示は必ずしも商号によることを要せず、通称でもよいのであつて(最高裁判所昭和三九年四月一七日判決参照)、要はその表示によつて具体的にいかなる会社が振出人であるかを識別できれば足ると解すべきである。

1  ところで、《証拠》によると、本件手形の振出人と表示されている錦産業株式会社(以下錦産業(株)という)は、昭和四〇年一二月一五日その商号を橘産業株式会社(現在の控訴会社の商号。以下橘産業(株)ともいう)に変更し、錦産業(株)の代表取締役であつた訴外高井勉が代表取締役を辞任(ただし、取締役は留任)し、新たに高井シゲ子が代表取締役に就任し、いずれも同年一二月二一日その旨の登記がなされている事実が認められ、また《証拠》によると、本件手形は昭和四〇年一二月二七日に振出されたことが認められる。

そうすると、本件手形は右商号変更登記後六日目に控訴会社の旧商号を表示して振出されたことが明らかであり、法律上存在しない会社を振出人とする約束手形であるとの控訴人の主張は、この限りでは肯けないではない。

2  しかしながら、《証拠》に弁論の全趣旨を加えると、昭和三九年頃錦産業(株)は訴外土橋工務店(代表者土橋彰)にホテル改造工事を請負わせたが、本件手形は錦産業(株)当時に施行させた右ホテル改造の追加工事代金支払のために振出されたものであること、錦産業(株)はいわゆる個人会社であつて、代表取締役高井勉が名実ともにその実権を握つていたが、不渡り小切手を出したために資金調達面に支障を生じ、これが打開策としてその商号を橘産業(株)に変更するとともに代表取締役を辞任し、妻の高井シゲ子を代表取締役に就任させたこと、しかし勉自らは取締役に留任し、右商号変更後も依然として控訴会社の経営全般を事実上支配し、妻シゲ子は単なる名義上の代表取締役にすぎなかつたこと、商号変更登記の前後を通じて控訴会社の営業内容は変らず、営業活動は中断することなく継続し、資本金の額や本店所在地も同じである等、営業の実態には何らの変動がなかつたこと、高井勉は控訴会社のためにする意思で本件手形を振出し(振出人に旧商号を表示した理由は、本件手形振出の目的が旧商号使用当時に生じた債務の支払にあつたがゆえと推認される)、一方、土橋は控訴会社の商号変更の事実を知らないで本件手形を受取つたこと、がそれぞれ認められるのであつて、右認定に反する《証拠》は前掲証拠と対比して信用しがたく、その他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

以上の事実に、本件手形が商号変更登記後僅か六日目に振出されている事実とを併せ考えると、錦産業(株)は本件手形振出当時実在していた控訴会社と同一性を有し、錦産業(株)の名称は、その当時控訴会社と同一性を示すものとして社会的に通用していたものということができる。

3  そうだとすると、本件手形の振出人として表示された錦産業(株)とは、すなわち控訴会社を指すものといわねばならない。

(二)  手形振出人が控訴会社とするならば、次にその代表者の資格が問題となる。けだし前認定のとおり、本件手形上代表取締役と表示されている高井勉は、本件手形振出当時すでに控訴会社の代表取締役を辞任して代表資格を失い、単なる取締役にすぎなかつたからである。

この点につき被控訴人は、高井勉は控訴会社の表見代表取締役であるから、商法二六二条により控訴会社は本件手形振出について責を負うべき旨主張するので考えるに、控訴会社の取締役高井勉が代表取締役の名称を使用して本件手形を振出したことは明らかであるが、控訴会社にその責を負わせるためには、高井勉が代表取締役の名称を使用するについて控訴会社が明示または黙示にこれを承認する等何らかの帰責事由の存することが必要と解される。前認定のごとく、控訴会社は高井勉が実権を掌握するいわゆる個人会社であつて、同人は錦産業(株)を商号とする当時はその代表取締役であり、橘産業(株)と商号を変更したときに代表取締役を辞任して妻シゲ子を形式的に代表取締役に就任させたが、自らは取締役の地位にとどまつて依然として控訴会社を事実上支配していたものである。かかる事実関係のもとにあつては、株式会社の形態をとつているものの、控訴会社の意思決定は高井勉に委ねられ、高井勉の意思はすなわち控訴会社の意思とみても差支えない。そうだとすると、高井勉が自ら代表取締役の名称を使用して本件手形を振出したのであるから、控訴会社は取締役高井勉に右名称の使用を許容したものということができる。

しかして、《証拠》および弁論の全趣旨を併せると、土橋彰は高井勉を代表取締役であると信じ、またかく信ずるにつき過失なくして本件手形を受領したことが認められるから(右に反する当審証人高井勉の証言は信用できない)、同人は商法二六二条にいわゆる善意の第三者にあたるものである。

しからば、控訴会社は商法二六二条により、控訴会社の取締役高井勉が代表取締役として振出した本件手形について、振出人としての責を免れることができない。

三  控訴人は、本件手形は土橋彰に欺罔されて振出したものであると主張するが、《証拠》によつても未だ右事実を認めるに十分でなく、その他にこれを認めるに足る証拠はないから、右主張は採用できない。

四  次に控訴人は、本件手形の第二裏書人である訴外張原成との間に昭和四一年一〇月二七日大阪簡易裁判所で調停が成立し、その際本件手形債務の免除を受けまたはその不存在の確認をうけた旨主張するが、《証拠》によると、右調停は本件手形債務とは別個の債務について成立し、本件手形債務は右調停の内容となつていない事実が認められる。もつとも、右調停条項には「本件当事者間には右各項以外に債権債務のないことを双方確認する」旨記載されているが、前掲《証拠》によると、張は同年三月頃本件手形を訴外大杉秀信に裏書譲渡し、右調停時には本件手形を所持していなかつたことが認められるから、本件手形債務は右確認の対象になつていないというべきである。以上の認定にそわない《証拠》は前掲証拠に照して信用できず、その他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。よつて右抗弁も理由がない。

五  さらに控訴人は、被控訴人が本件手形債務の消滅を知りながら控訴人を害する目的をもつて本件手形の裏書譲渡を受けた旨主張するが、右主張にそう《証拠》は、《証拠》に照して信用しがたくその他に右主張を肯認できる証拠はない。よつて右主張もまた採用できない。

六  以上の次第であるから、控訴人は被控訴人に対し、本件手形金三〇〇万円およびこれに対する満期日の昭和四一年一二月二五日以降完済に至るまで手形法所定年六分の割合による法定利息を支払う義務があり、被控訴人の右請求を認容した手形判決を認可した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから棄却すべきものである。

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