大阪高等裁判所 昭和44年(ネ)575号 判決 1972年6月26日
控訴人
日本ピッター株式会社
生駒織物株式会社
訴訟代理人
荻野益三郎
蝶野喜代松
馬瀬文夫
山上和則
小長谷国男
被控訴人
ベルクロ・ソシエテ・アノニム
代理人
佐生英吉
復代理人
横山勝彦
稲葉隆
高橋三郎
野村昌彦
主文
原判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
第一 控訴人らは主文同旨の判決を、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。
第二 当事者双方の事実上、法律上の主張は、次に付加するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
(控訴人らの主張、答弁)
一 (イ)号は左の点においても本件特許の権利範囲外である。
1 本件特許明細書の全文および図面の記載と、当時一般にメリヤス生地(編物)の織物生地に比し伸縮性が大で腰が弱く、ファスナー支持体のような工業的資材の生地に用いることができないと考えるのが常識であつたことを総合すれば、本件特許発明における両支持体は織物に限られる。しかるに(イ)号の支持体の一方はメリヤス生地である。
2 本件特許発明における一方支持体のループは、織物の補助経糸に用いたマルチフィラメントによつて構成され、異なる方向、水準を有する一束型のループであるのに対し、(イ)号においてはメリヤス生地のマルチフィラメントの模様編面を収縮させ裏面から樹脂コーティングを施し、支持体の面に対してほぼ垂直に立たせておくことができるようにした密のジグザグの桝型の橋渡し繊維層である。
二 (イ)号の製造販売は控訴人生駒織物株式会社(以下生駒織物という)の仮保護の権利の行使である。
特許庁は、生駒織物がかねてから特許出願をしていたファスナーの発明について昭和四六年二月一〇日左のとおり特許出願公告をした。
発明の名称 ファスナー
出願 昭和四二年六月一九日
発明者 生駒弥三郎、藪伊久太
特許出願公告番号 昭四六―五四一九
特許請求の範囲の記載
「一方の布片面に、各両脚を離隔して上向き彎曲された円孤橋状係合条片の多数を並設し、かつ該係合条片の各列をそれぞれジグザグに配列すると共に、他方の布片面に平面ほぼ円形の頭を有するきのこ形係合突片を多数並設し、上記係合条片群と係合突片群を係合させて両布片を付着するようにしたことを特徴とするファスナー」
(イ)号は右発明の特許出願公告に示された実施例および図面そのままであり、右発明の実施品である。そして控訴人生駒織物は右発明の特許出願人であるから、特許法第五二条第一項に基き右発明の出願公告により業として特許出願に係る右発明の実施をする権利を専有している。したがつて控訴人生駒織物の(イ)号の生産販売は、右出願公告に基く権利の行使であり、控訴人日本ピッター株式会社は生駒織物が権利の行使により生産したものを同社から譲り受けて販売展示しているのであつて、この行為もまた正当の権限に基くものである。
三 本件特許発明にいう鉤と(イ)号のキノコ型小片は均等物ではない。
係合ループとの離脱に際し、本件特許発明の鉤は先端のわん曲部が外力が加わるにつれて次第に変形し、ほとんど一直線となつてループから離脱し、この場合わん曲部の変形に伴い、わん曲部の内側をループがスリップするのであるが、(イ)号のキノコ型小片は離脱力が強化されてもキノコ頭部は変形せず、茎部が引張り方向にに曲げられ、これに伴つてループがキノコ頭部周縁をスリップして係合を解く。また、本件特許の最も優れた同種の実施品にあつては、その鉤が一方口であるためループと係合する割合が比較的少いに反し、(イ)号のキノコ型小片はキノコ頭部に方向性がないから、あらゆる方向に係合の機会があり、ループと係合する割合が大きく、(イ)号の係合力は、実験の結果本件特許の最も優れた同種の実施に比較して六倍強の強さを示し、格段にまさつている。このように両者は作用効果において著しい相違があるのみならず、本件特許出願優先日当時において当業者が両者の置換可能性を推知することは不可能であつた。
(被控訴人の主張、答弁)
1 本件特許発明の支持体に関する控訴人らの主張は争う。本件特許の特許請求の範囲には支持体についてなんの限定もしていないだけでなく、その詳細なる説明の項には「支持体は如何なる材料でつくつてもよく」と記載し、合成材料の織物およぶプラスチック材料のバンドまたはプレートを支持体とする例を掲げている。本件特許発明の支持体の材質はそのファスナーの用途にしたがつて自由に選択しうるものである。明細書および図面に織物支持体の例をもつて詳細に説明したのは本件特許発明の典型的な一実施例について述べたにすぎず、これによつて支持体を織物に限定される道理はない。
2 本件特許の特許請求の範囲には、ループについてなんらの限定をしていない。本件特許発明の技術思想からして、ループは支持体の表面に無方向性、連続性の係合面を形成するようなものであればよく、特定の形状、配置支持体に対する角度などをとらねばならない技術的必然性はない。明細書の記載および図面はその一実施例を示したにすぎず、本件特許発明のループがそこに示されている方法により形成されるループ(控訴人らのいわゆる一束型ループ)に限定されるものでないことは当然である。
二 控訴人らの主張する特公昭四六―五四一九の発明の内容が(イ)号に類似するものであることは争わないが、控訴人らの主張根拠とする特許法第五二条第一項は、特許出願公告があつたときは出願人は常にその発明を実施することが正当化されるという趣旨の規定ではなく、第三者からその特許権を侵害されることを排除しうるという意味にすぎない。ある行為が他人の特許権を侵害するか否かの問題と、その行為が自己の特許発明を実施するものであるか否かとは全く無関係であつて、前記出願公告がなされたことは本事件に何ら影響を及ぼすものではない。
三 本件特許発明にいう鉤と(イ)号のキノコ型小片とは同一の機能を有しその作用効果を同じくし、出願当時の当業者において容易に置換可能を類推できたから、キノコ型小片は本件特許発明の鉤と均等物である。
控訴人らは、(イ)号は離脱に際しキノコ頭部が変形しないというが事実に反する。ループとの離脱に際し、ループ係止点と支持点との間の部分の弾性変形によりループとの係合を解くことにおいて、本件特許発明の鉤も(イ)号のキノコ型小片も同一の原理にしたがうものである。また控訴人は(イ)号と本件特許発明の一実施品とを比較して作用効果の差を強調するが、本件特許発明の鉤は比較に供された右実施品に限られないし、鉤の形状、材質、配置、太さなどを変えることによつて、いくらでも係合力の強いものを作ることができるから、控訴人らの右主張は全く意味がない。
(新たな証拠)<略>
理由
第一被控訴人が本件特許権の権利者であり、その特許請求の範囲の記載が「互に引懸けられる様になつている鉤止部材を備えた二個の支持体にて形成された二個の可撓性部分を連結するファスナーに於て、該支持体の一方はその表面上に多数の鉤を備え、他の支持体はその表面上に多数のループを備えた事を特徴とするファスナ」であること、控訴人生駒織物が原判決別紙(二)に表示の(イ)号を製造し、これを控訴人日本ピッター株式会社(以下日本ピッターという)に販売していること、控訴人日本ピッターが(イ)号を販売し、かつ販売のため展示広告の行為をしていることは、いずれも当事者間に争いがない。
第二右特許請求の範囲の記載に基き、本件特許公報の詳細なる説明ならびに図面をしんしやくして考えると、本件特許発明は「(1)支持体の一方はその表面上に多数の鉤を備えること(2)他の支持体はその表面上に多数のループを備えること」の二要件からなる「互に引懸けられる様になつている鉤止部材を備えた二個の支持体にて形成された二個の可撓性部分を連結するファスナー」であると認められる。
被控訴人は、右「互に引懸けられる様になつている鉤止部材を備えた二個の支持体で形成されたファスナー」であることも、本件特許発明の構成に欠くことのできない要件である旨主張し、右事項が特許請求の範囲の冒頭に記載されているのであるが、右部分は本件特許出願時における先行技術ないし技術分野を示すにすぎないと解するのが相当である。
第三本件特許発明の技術思想
スイス特許第二九五六三八号の明細書、米国特許第二七一七四三七号の明細書、米国特許第二四九九八九八号の明細書によると、本件特許の優先権主張日以前においても面と面とを結合するファスナーとして、同じ形をした膨頭あるいはわん曲鉤の鉤止部材を二個の支持体に対向的に多数備え、この支持体を押しつけることによつて膨頭同志がはまりこんだり、わん曲鉤同志が引つかけられて結合する発明が公知であつたことが認められる。しかしながら、これらの面ファスナーにあつては鉤止点が位置点に限定され、したがつて各鉤止部材はその位置に対応する相手方とのみ係合し、係合しようとする方向、部位によつて係合力の差の生ずる難点があつたことは容易に推察できる。
本件特許発明は、支持体の一方の表面に多数の鉤を備え、他方の支持体の表面に多数のループを備えることによつて係合の機会を増大させ、前記難点ないし課題を技術的に解決したものと解せられる。このことは本件特許公報に、「上記の如く鉤止されたベルベット型の織物の層及び上記にテリーヌはアンカットベルベットとして述べたループ型の織物の層を使用する時に、織物の二層の鉤止装置又は連結装置からの分離に対する抵抗が改良される事が分つた。実際上、層の一つの各鉤部は他の層のループ内に係合し、此等の二層の分離は、鉤部がテリーヌはアンカット織物の層のループから逃出し得る様に鉤部全部の一時的な匡正を生ずるに充分な力が加えられた時にのみ生ずる。
又、実験によれば、例えば平方cm当り一二〇個の鉤を備えた鉤付層は、同じ鉤付層に対して、鉤止点のない比較的大なる表面を示す事が示された。従つて鉤の約三〇%のみがこの型式の二層と係合することとなる。
これに反し、同じ鉤をもつ同じ層で、前記の如く形成したループをもつ層を使用する時には、平方cm当り約一〇〇〇個のループをもつ層は上記の鉤を鉤止せしめる可能性を非常に増大する。」と記載されていることによつて明らかである。
本件特許発明において、一方支持体の鉤止部材に連続した係合面を形成する多数のループを採用したことはすぐれた着想というべきである。しかしながら、他方の支持体の鉤止部材である鉤そのものは、本件特許発明者ジョルジュ・ド・メストラル自身がかつて発明(前記スイス特許第二九五六三八号、鉤と鉤を対向的に備える面ファスナーの発明)して公知となつた鉤と異るところはない。そして、本件特許公報における特許請求の範囲の記載、明細書および図面の記載ならびに本件特許発明に至る前記経過などを考え合わせると、本件特許発明においてループに対応する他方支持体の鉤止部材として発明者が意図したものは多数の「鉤」に限られ、その技術思想が上位概念である多数の「ループを引つかけるもの」にまで及んでいたものとは解しがたい。
そうすると、本件特許発明の技術思想は従来公知の「鉤」対「鉤」の組み合わせを「多数の鉤」と「多数のループ」の組み合わせにかえ、これによつて二個の支持体の係合の機会を増大し、面ファスナーの実用性を高めることにあるということができる。
第四控訴人生駒織物の製品(検証物)、<書証>原審における控訴人生駒織物代表者本人尋問の結果によると、(イ)号は一方の支持体が織物生地であり、その表面に備えられた鉤止部材はポリプロピレン材料のモノフィラメントを、その両端が表面に突出するように織込み、その突出部の先端にキノコの傘形の膨頭部を形成するキノコ型小片であり、他方の支持体はメリヤス生地であつて、その表面に備える鉤止部材はナイロンのマルチフィラメント模様糸でジグザグの模様編とし、編立後ブラッシングおよび収縮処理を施した密なジグザグのわん曲橋状ループ層であることが認められる。
第五(イ)号と本件特許発明の構成上の対比
1支持体
本件特許公報の明細書の説明および図面には、テリーヌはアンカットベルベット型の織物を支持体として、その製造方法、その装置まで詳細に説明しており、控訴人らは右記載をもつて本件特許発明における支持体は織物に限る旨主張するが、右明細書の他の部分には「プラスチック材料の如き合成材料のバンド又はプレートにより構成せられる滑かな均一の支持体」の例が記載されまた「支持体はいかなる材料でつくつてもよく」と明記されていることからして、本件特許発明の支持体の材質にはなんらの制限がなく、明細書には典型的な一実施例として織物支持体をあげて詳細に説明したにすぎないものと解すべきである。
したがつて、(イ)号の支持体の一方が織物でなくメリヤス生地であることを理由に、本件特許発明の構成要件にあたらないとする控訴人らの主張は理由がない。
2ループ
控訴人らは、前記明細書に詳細に記載されたループの製造方法および図面からみて、本件特許発明のループは脚を閉じた環状のループ(いわゆる一束型ループ)に限られ、かつその支持体上における配列のしかたにも制限があると主張する。しかしながら、本件特許請求の範囲はループについてなんらの限定をしていないし、前述の本件特許発明の技術思想に照してもループが特定の形状、配置をとらなければならない必然性は認められない。また<書証>によると、ループという言葉は完全な円形のものばかりでなく半円形のものを含むものとして用いられていることが認められる。そうすると、(イ)号に備えられたわん曲橋状のループは本件特許発明のループに該当するといわなければならない。右認定に反する意見書または鑑定書、原審における控訴人生駒織物代表者本人尋問の結果の一部は採用できない。
3 本件特許発明における「鉤」と(イ)号のキノコ型小片
被控訴人は、本件特許発明にいう「鉤」は、多数のループに引つかかることによつて二個の支持体を結合し、弾性変形によりループとの係合から離脱することによつて両支持体を分離するという機能を有するものであれば足り、(イ)号のキノコ型小片は右機能を有するから本件特許発明の「鉤」にあたると主張し、控訴人らは本件特許発明にいう「鉤」は、特許公報に記載されている先端部が曲つた形状のものに限定されると抗争するので次に判断する。
本件特許公報の特許請求の範囲の記載によると、「鉤」はループを引つかける機能を有するものとして鉤止部材に採用されていることが明らかであるが、特許公報の図面は「鉤」としての先端がわん曲した形状のものが示されているだけで、明細書中には「鉤」の形状等について特別の説明がなく、「鉤」の用語について特別の定義はなされていない。そうすると、本件特許にいう「鉤」の意味は、形状等については普通当業者が理解するところにより定めるべきである。
<書証>(いずれも辞典)によると、「鉤」という用語は通常「先の折れ曲つたもの」とか「先端の屈曲した器具の総称」を意味し、機能、用途として「物を引つかけたり、とめたりするのに用いるもの」などとされている。被控訴人は、もつぱら「鉤」のもつ機能面をとらえてループを引つかけるものは「鉤」であるというが、通常「鉤」の用語から観念される「先の折れ曲つたもの」というその形状を全く無視することはできない。キノコ型小片は後述するようにループを引つかける機能を有してはいるが、その形状、外観からみて一般にこれを「鉤」と称することはできない。
スイス特許第二九五六三八号の明細書、特許公報昭三八―一〇七八号の明細書によると、本件特許発明者ジョルジュ・ド・メストラル自身は先に折れ曲つた鉤止部材を「鉤」といい、同じくループに引つかけるための鉤止部材であつても先端の曲つていないものは「鉤」とよんでいない。
また米国特許第二八二〇二七七号の明細書による、本件特許発明者でない者の発明にかかる鉤パイル織物の製造方法等の特許において、先端の折れ曲つた鉤止部材を「鉤」とよんでいる。特許公報昭三九―四四三一号の明細書によると、被控訴人出願にかかる右特許においても先の曲つた鉤止部材は「鉤」とんでいるが、先の曲つていないものは別個の名称を付していることが認められる。以上の事実に<書証>を併せると、ファスナーの技術分野においても先の折れ曲つたものでなければ概ね「鉤」とよばれていないことが認められる。
してみると、先端の折れ曲つていない(イ)号のキノコ型小片は本件特許発明における「鉤」にあたらないというべきであり、右認定に反する<書証>いずれも鑑定書は採用できない。
第六そうだとすると、(イ)号は本件特許発明の「支持体の一方はその表面上に多数の鉤を備え」という構成要件を欠いているから、(イ)号は本件特許発明の技術的範囲に属しないといわざるをえない。
第七被控訴人は、(イ)号におけるキノコ型小片は本件特許発明における鉤と均等手段を用いるものであると主張するので次に判断する。
一般に均等物、均等方法であるというためには、当該物または方法が他の特許発明の構成要素と機能を同じくし、これを取換えてみても作用効果が同一であり、かつ特許出願当時の当該技術分野における平均的水準の専門家にとつて右置換可能を容易に類推できる場合でなければならない。
そこでこれを本件について考察する。
一ループに対するキノコ型小片と本件特許発明の鉤の係合、離脱の原理
<証証>(イ)号のキノコ型小片の顕微鏡写真、モデルによつて鉤とループの分離状態を示した写真、モデルによつてキノコ型小片とループの分離状態を示した写真を綜合すると、本件特許発明の実施品(ループに対応する鉤止部材は先端が下方に向つてわん曲した繊条の多数の鉤である。商品名ベルクロ・マジック・ファスナー)においても、また(イ)号においても、両支持体を重ねて押圧すると鉤((イ)号においてはキノコ型小片)はループの中に没入し、両支持体を分離しようとする力が働くと鉤(キノコ型小片)とループとが引つかかりあい、分離に対し抵抗を示すこと、分離力がさらに強くなると鉤(キノコ型小片)はループ係止点(ループが引つかかりあつている点)と支持点(鉤止部材が支持体に支持されている点)との間の部分において変形し、ループと鉤(キノコ型小片)とのなす角度が開き、これが一定の角度(低脱限界角度)以上になるとループは鉤の曲折部(キノコ型小片にあつては頭部周縁)をスリップして引つかかりあいを解き、両支持体が分離されること、鉤(キノコ型小片)とループの係合が解かれると、変形していた鉤(キノコ型小片)はその弾性により原形に復することが認められる。そうすると、本件特許発明の実施品である鉤も(イ)号のキノコ型小片も、ループとの係合、離脱のメカニズムにおいて同一の原理にしたがうものということができる。
控訴人らはキノコ型小片と鉤においてはスリップの回数が違うとか、分離に際して必要な力のダイヤグラムが異るとか種々主張するが、いずれも前記認定を左右するに足る本質的な差異とは認めがたい。
以上の認定に反する意見者または鑑定書および原審における控訴人生駒織物代表者本人尋問の結果の一部は採用できない。
二キノコ型小片と本件特許発明の鉤の作用効果
(イ)号のキノコ型小片と本件特許発明の前記実施品の鉤は、前述のとおりともに他方支持体のループと引つかかりあう目的、作用を有するが、本件特許の実施品における鉤は先端が下方に向つてわん曲した繊条であるから、ループと係合する方向はその先端のわん曲した方向に限られ、その背面方向についてはなんらの作用を営みえないに対し、キノコ型小片はその頭部が半球形状の笠形をなし、その直径が鉤部より大きいから、あらゆる方向のループと係合しうる可能性があるといえよう。したがつてキノコ型小片は本件特許実施品の鉤に比して係合の割合が多く、スライドさせようとする外力に対して示す抵抗力も右鉤の場合に比して増大するものということができる。大阪府立繊維工業指導所のテスト結果によると、(イ)号のキノコ型小片は本件特許の前記実施品(鉤止部材の材質、太さ、数において(イ)号と大差はなく、同じ用途に用いられる鉤)に比し、平均して一本につき三倍強の係合力を有し、これらを各鉤止部材とする同面積の布製ファスナー(他方支持体の鉤止部材は(イ)号はわん曲橋状ループ、実施品はいわゆる一束状ループ)の剥離力において、(イ)号は右実施品の六倍強の強さを有することが認められる。
被控訴人は、本件特許発明の一実施品と(イ)号とを比較するのは無意味であり、本件特許発明のファスナーの係合力は鉤やループの材質、形状をかえることによりいくらでも強力にすることができるというが、実施品を離れて作用効果を比較することは困難であり、同種の用途に用いるほぼ同等の材質、数量の鉤止部材を備えた実施品と比較対照するのが相当である。被控訴人は、前記実施品のほかに本件特許に対応する米国特許の実施品として検甲第一一、一二号証の各一、二のファスナーがあるというが、その各鉤止部材の形状からして本件特許発明の「鉤」といえるかどうか疑いなきをえず、作用効果の比較の対象として採ることができない。
そうすると、本件特許発明の鉤と(イ)号のキノコ型小片とは作用効果において著しい相違があり、これを置換しても同効とはいいがたい。
三容易類推可能性
<書証>によると、本件特許発明の発明者ジョルジュ・ド・メトラエルが「鉤」と「鉤」を引つかけあう面ファスナーを発明する以前に、「拡大部分を有する尖頭」同志をはめこんで係合する面ファスナーが公知であり、メストラエル自身も甲第八号証(スイス特許第二九五六三八号の明細書、特許出願日一九五一年一〇月二二日)において、「鉤」と「鉤」を引つかけあう方式のほか「球又はその他のふくらみ」同志をはまりこませる方式の面ファスナーの発明を開示していることが認められる。しかるにその後六年を経て出願された本件特許発明(優先権主張一九五七年一〇月二日)においては、ループと係合すべき鉤止部材に「鉤」をあげているだけで、「球又はその他のふくらみ」を鉤止部材とする意図はその明細書によつては全くうかがうことができない。このことは、発明者においてはめこみ方式の鉤止部材がループとの係合に適しないと考えていたことを推知させるものである。キノコ型小片はその形状からして前記の「拡大部分を有する尖頭」「球又はその他のふくらみ」の系列に属すると考えるのが通常というべく、米国特許第三一九二五八九号の明細書によると、このキノコ型小片同志をはめこませる方式の面ファスナーがその後特許されていることが認められる。そして、米国特許第三一三八八四一号の明細書によると、本件特許出願後五年を経た一九六二年一〇月の出願にかかる面ファスナーの発明において、初めてキノコ型小片がループに対応する鉤止部材として採用されたことが認められる。以上の事実に、同じ面ファスナーの分野であつても、はめこみ方式と引つかけ方式とでは係合、分離の原理を異にすることを考え合わせると、本件特許出願優先日当時において、本件特許発明の鉤とキノコ型小片との置換可能性を当業者が容易に推考しえたとはたやすく断じがたい。
以上の次第であるから、(イ)号におけるキノコ型小片が本件特許発明における鉤と均等であるとの被控訴人の主張は採用できない。
第八次に被控訴人は、(イ)号は本件特許発明の利用発明であると主張するので考えるに、利用発明が成立するためには、後の発明の実施にあたり先行発明の権利範囲に属する特許要旨の全部を利用、実施する場合でなければならない。
(イ)号は既述のように本件特許発明の構成要件である一方支持体の鉤止部材の「鉤」を欠くとともに、鉤のもつ係合の方向性の欠陥を無方向性のキノコ型小片を備えることによつて解決し、係合力を強化したものであるから、(イ)号の実施は本件特許発明の要旨をそのまま利用したものということはできない。よつて右主張も採用できない。
第九以上に認定したところによれば、(イ)号は本件特許権の権利範囲に属せず、(イ)号を製造、販売等する控訴人らの行為は被控訴人の本件特許権を侵害するものとはいえないから、控訴人らのその余の主張について判断するまでもなく、控訴人らに対し侵害行為の差止および(イ)号の廃棄を求める被控訴人の本訴請求は理由がなく、棄却すべきものである。これと異る原判決は失当として取消を免れず、本件控訴は理由がある。
よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、 第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(加藤孝之 今富滋 藤野岩雄)
<参考・原審判決理由>
(大阪地裁昭和四二年(ワ)第六四四四号、同四四年四月二日第二一民事部判決)
【判決要旨】「ファスナー」に関する特許権に基づく差止請求について、対象物件におけるキノコ型小片は、本件特許発明における「鉤」の均等手段であるとして権利侵害が成立するとした事例
【参照条文】特許法七〇条
原告
ベルクロ・ソシエテ・アノニム
代理人
佐生英吉
外四名
被告
日本ピッター株式会社
生駒織物株式会社
代理人
鮫島武次
輔佐人弁理士
藤島忠治
主文
被告生駒織物株式会社は、別紙(二)(目録および同添付図面第一ないし第三図)記載のファスナーを、製造し、または譲渡してはならない。
被告日本ピッター株式会社は、別紙(二)(右同)記載のファスナーを、譲渡し、または譲渡のために展示もしくは広告してはならない。
被告らは、別紙(二)(右同)記載のファスナーを廃棄せよ。
訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
<前略>一、原告は分離自在のファスナーについての特許第二六二、〇二三号の権利者である。右特許は、昭和三三年六月一六日出願(特願昭三三―一六九二二号)、昭和三二年一〇月二日優先権主張(スイス国)、昭和三五年一月二八日公告(昭和三五―五二二)を経て昭和三五年五月三一日登録された。
理由
第一、原告が本件特許権の権利者であり、その特許請求の範囲の記載が、「互に引懸けられる様になつている鉤止部材を備えた二個の支持体にて形成された二個の可撓性部分を連結するファスナに於て、該支持体の一方はその表面上に多数の鉤を備え、他の支持体はその表面上に多数のループを備えた事を特徴とするファスナ」であること、被告Ⅰ織物株式会社が別紙(二)に表示の(イ)号を製造し、これを被告日本P株式会社に販売していること、被告日本P株式会社が(イ)号を販売し、かつ販売のため展示広告の行為をしていることは、いずれも当事者間に争いがない。
第二、右特許請求の範囲の記載に基づき、本件特許公報の詳細なる説明ならびに図面をしんしやくして考えると、本件特許発明は、「(1)支持体の一方はその表面上に多数の鉤を備えること、(2)他の支持体はその表面上に多数のループを備えること」の二要件からなる「互に引懸けられる様になつている鉤止部材を備えた二個の支持体にて形成された二個の可撓性部分を連結するファスナー」であると認められる。
原告は右「互に引懸けられる様になつている鉤止部材を備えた二個の支持体で形成されたファスナー」であることも、本件特許発明の構成に欠くことのできない要件である旨主張し、右の事項が特許請求の範囲の冒頭に記載されているけれども、右は、むしろ本件特許発明が属すべき技術部門を表示したものと解するのが相当である。
第三、本件特許発明の技術思想
昭和二九年五月一一日特許庁資料館受入のスイス特許第二九五六三八号によると、本件特許優先権主張日前に、互に引懸けられる様になつている鉤止部材を備えた二個の支持体にて形成された二個の可撓性部分を連結するファスナーの鉤止部材として、鉤と鉤を二個の支持体にそれぞれ対向的に備えたもの、あるいはまつすぐに立つた各糸の端に引つ掛り装置を構成する球又はその他の膨み部分を形造つたものを二個の支持体にそれぞれ対向的に少しずらして備えつけたものが公知であつたことが認められる。この事実ならびに本件特許公報の「上記の如く鉤止されたベルベット型の織物の層及び上記にテリー又はアンカットベルベットとして述べたループ型の織物の層を使用する時に、織物の二層の鉤止装置又は連結装置からの分離に対する抵抗が改良されることが分つた。実際上、層の一つの各鉤部は他の層のループ内に係合し、此等の二層の分離は、鉤部がテリー又はアンカット織物の層のループから逃出し得る様に鉤部全部の一時的な匡正を生ずるに充分な力が加えられた時にのみ生ずる。又実験によれば、例えば平方CM当一二〇個の鉤を備えた鉤付層は同じ鉤付層に対して鉤止点のない比較的大なる表面を示す事が示された。従つて鉤の約三〇%のみがこの型式の二層と係合することとなる。これに反し、同じ鉤をもつ同じ層で、前記の如く形成したループをもつ層を使用する時には、CM2当約一〇〇〇個のループをもつ層は上記の鉤を鉤止せしめる可能性を非常に増大する」との記載に照らし、本件特許請求の範囲の記載に基づき考察すると、本件特許発明は、鉤止部材をもつ二つの織物支持体によつて形成されたファスナーにおいて、鉤止部材として、一方支持体の表面には多数のループを備え、他方支持体の表面には右ループを引つかけるものを多数備えるときは、鉤止部材間の係合のチャンスが多くなりかつファスナーの分離に対する抵抗が改良されるとの着想に基くものであると推認することができる。
そして、この種のファスナーにおける鉤止部材として一方支持体にループを使用した先行技術については、これを認むべき証拠は本件にない。
そうすると、本件特許発明は、一方支持体の鉤止部材にループを採用したところに発明の中核が存するというべく、一方支持体に多数のループを、他方支持体にこれを引つかけるものを備えて係合離脱を可能ならしめるという技術思想のもとに、これを特許請求の範囲の記載のとおりの構成に具体化したものと解せられるのである。
第四、(イ)号と本件特許発明との対比
(イ)号は、一方の布製支持体の表面に備えられた鉤止部材は合成樹脂材料のモノフィラメントをその両端が表面に突出するように織込み、その突出部の先端にキノコの傘形の膨頭部を形成してなるキノコ型小片であり、他方支持体表面に備えられる鉤止部材は合成樹脂材料のマルチフィラメントからなるジグザグ状に配列して形成した多数のループを分離し支持体表面に群生するようになした細い繊維からなるループである。
(1)、被告は、(イ)号はキノコ型小片がループの中に嵌り込み、絡み合うことによつて両支持体を結合するものであつて、互に引懸けあうことによつて結合するものではないと主張するので考察する。
<書証>および被告生駒織物株式会社代表者本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)を総合すると、つぎの事実が認められる。
本件特許発明のファスナーにおいて、両支持体を重ねあわせて押圧すると、鉤はループの中に没入し、両支持体を分離しようとする力が働くと、鉤とループとが引懸かりあい、分離に対する抵抗を示す。右分離力がさらに強くなると、鉤は、ループとの係止点(鉤とループとが引懸かりあつている点)と支持点(鉤が支持体に支持されている点)との間の部分において変形させられ、右変形によつて、ループの鉤に対してなす角度が係脱限界に達すると、ループは鉤の曲折部をスリップして、鉤との引懸かりあいを解き、両支持体は、分離される。鉤とループの係合が解かれると、変形していた鉤は、その弾性により、原形状に復する。
(イ)号において、両支持体を重ねあわせて押圧すると、キノコ型小片はループのに没入する。両支持体を分離しようとする力が働くと、キノコ型小片とループとは、係脱限界を超え、もしくは超えない角度で相互に接触する。そして、係脱限界を超えたループは、キノコ型小片の頭部をスリップして、キノコ型小片からはずれ、分離に対する抵抗を示さない。係脱限界に達していないループは、キノコ型小片に引懸かり、分離に対する抵抗を示すが、分離力がさらに強くなり、キノコ型小片が変形されて、ループとの角度が係脱限界に達すると、ループはキノコ型小片の頭部をスリップして、これとの引懸かりあいを解き、両支持体は分離される。キノコ型小片とループの係合が解かれると、変形していたキノコ型小片は、その弾性により、原形状に復する。右キノコ型小片の変形は、ループとの係止点と支持点の間の部分で行われ、主として、茎部の変形が現われるが、茎部と頭部底面のなす角度も、多少は変えられるものである。
右認定事実によると、本件特許発明の鉤も、(イ)号のキノコ型小片も、ループに引懸かることによつて両支持体を結合させ、ループ係止点と支持点との間の部分の弾性変形により、ループとの引懸りあいを解くことによつて両支持体を分離させるとの機能の点において、同一のものといわなければならない。
被告らは、なお、右両者の機能上に差異ありとして種々主張するが、そのいずれの点も、前記認定を覆えすべき両者間の本質的な差異とは認めることができないから、被告らの右主張は採用することができない。
<書証>および被告I社代表者本人尋問の結果中、右各認定に反する部分は、前記各証拠に照らして採用できず、他に右各認定を左右する証拠はない。
そうすると、(イ)号は互に引懸けられるようになつている鉤止部材を備えた二個の支持体で形成された二個の可撓性部分を連結するファスナーであると認めるべきである。
(2)、被告らは、本件特許発明のループは、脚を閉じた環状のループであることを要し、かつ、その支持体上における配列のしかたにも制限があると主張する。
しかし、本件特許公報において、鉤に対応して設けられるべき鉤止部材は、「ループ」ということばをもつて特定されているにすぎず、それ以外に、その形状を制限するような記載はなされていないことが認められるところ、<書証>によれば、「ループ」ということばは、完全な円形のもののみならず、半円形に形成されたものをも含むことばとして、用いられていることが認められる。
そして、ループが円形に形成されているか、半円形に形成されているかによつて、本件特許発明のファスナーの作用効果に何らかの消長を生ずると認め得るような事情も存在しない。
そうすると、本件特許発明のループは、完全な円形のものであることを要せず、半円形のものでも足りるというべきである。
また、本件特許公報中には、支持体上におけるループの配置状態について特に制限を設けるような記載はなされておらず、かえつて、ループの形状、配置を異にする実施例があり得ることを前提として、特許請求範囲の付記の記載がなされていることを認めることができる。
従つて、本件特許発明のループは、その配置について、被告ら主張のような制限を受けるものとは認められない。
<書証>および被告I会社代表者本人尋問の結果中、右認定に反する部分は採用できない。
そうすると、(イ)号に備えられた彎曲橋状のループは、本件特許発明のループに該当するといわなければならない。
(3)、本件特発許明における鉤と(イ)号のキノコ型小片
原告は本件特許発明の鉤は、ループと引懸りあうことによつて二個の支持体を結合し、弾性変形によりループとの係合から離脱することによつて両支持体を分離するという機能を有するものであれば足り、その形状、材質、製造方法等についてなんの制限もなされていないから、鉤は(イ)号のキノコ型小片を含むと主張するに対し、被告らは、鉤は本件特許公報に記載された先端部が曲折し形状のものに限定されると抗争するので判断する。
本件特許の特許請求の範囲の記載によつても、「鉤」はループを引つ懸ける機能を有するものとして鉤止部材に採用されたものであることは、容易に推認することができるところであるが、本件特許公報(甲第二号証)の図面に、鉤として先端が彎曲した形状のものが示されてあるほか、発明の詳細な説明中にも鉤の形状あるいは部材につき特別の説明がいなから、特許請求の範囲に記載の「鉤」の意味ないしその形態については、普通当業者が理解する範囲内において定めるべきである。
成立に争いない甲第四号証の二(簡野道明著字源)に、鉤は、かぎ、物を引きかけるに用うるものとある、また成立に争いない甲第五号証の二(貝塚茂樹外二名著漢和大辞典)には、鉤のところに、句の音を表わし、まがるのを意、金属を曲げてひつかかるようにしたものなどと解説されている。鉤がひつかかるようにしたものであることについては異論はないであろうが、反対に、およそひつかかる部分を具えたものをすべて鉤ということができないことは勿論である。キノコ型小片にひつかかる部分が具つているからと言つて、これを一般には鉤とは称しないであろう。
しかしながら、本件特許の優先権主張の日より前である昭和二九年五月十一日特許庁資料受入のスイス特許第二九五六三八号は本件特許の出願人ベルクロ、ソシエテ、アノニムの出願にかかる。結合装置(DIS POSITIF. D'ACCROCHAGE)についての特許であるが、これには結合装置の部材として先端の屈曲した鉤と鉤を対向的に各支持体に備え互に引懸けて結合する装置をその第二図に示すほか、第四図に膨み部分を有する突起(キノコ型小片に類似)を対向的に各支持体に備え、互に嵌合させて結合する装置を図示したうえ、面と面を結合する装置の実施例として後者のような方法も可能であることを開示していることが認められる。そうすると、面と面と結合するファスナーの結合の方法として、互に引懸けるようになつている鉤止部材を用いるものと二つの鉤止部材を嵌合せしめるものとがあり、両者は結合の原理としては異るとしても、ファスナーにおける支持体の結合装置としては、むしろ同種の技術分野に属し判然区別せられているものではないことが推認される。
そして、(イ)号においてキノコ型小片がループを引懸ける機能を有するものとして採用せられていると認むべきことは前に認定したところから明らかである。
以上の事実によると、本件特許の優先権主張日当時、当業者が本件特許公報により、本件特許発明を識るときは、本件特許発明はその鉤をキノコ型小片のものに置換しても同効であることを格別の研究をしなくても容易に推考しるところであると推認することができるから、(イ)号におけるキノコ型小片は本件特許発明における鉤と均等手段を用いるものと認めるのが相当である。
(4)、なお、被告らは、(イ)号の鉤止部材としてポリプロピレン製のキノコ型小片を用いるようにした点およびファスナー用の布地にメリヤス編みを用いジグザグに配設された彎曲橋状のループを作成し得た点において、(イ)号は、本件特許発明とは全く異なる発明を構成すると主張する。
しかし、仮りに右の点に発明性があるとしても、それは、本件特許発明によつて開示された鉤またはループについて新たな製造方法を開発したというに止まり、面と面とを結合するファスナーに関し、本件特許発明のものと異なる技術思想を開発したものと評価し得ないものであることは明らかである。
(5)、また、被告らは、(イ)号が、本件特許発明のファスナーにくらべて、よりすぐれた作用効果を有すると主張するけれども、右主張は、次に述べるとおり、いずれも前記認定を左右するものではない。
(イ)、被告らは、(イ)号のキノコ型小片は、あらゆる方向のループに係合し得るから、両支持体の結合力を大ならしめることができると主張する。
しかし、一方向のループと係合し得るにすぎないが、あらゆる方向のループと係合し得るかの相異は、本件特許発明の鉤と(イ)号のキノコ型小片との間の本質的な差異と認められないことは、前に認定したとおりであるから、右の差異に基づく係合力の相異をもつて、本件特許発明とは異なる(イ)号に特徴的な作用効果と認めることはできない。
(ロ)、被告らは、(イ)号は、キノコ型小片とループとの絡みあいによつて結合するようにされているから、本件特許発明のものより薄いファスナーを得ることができると主張する。
しかし、(イ)号のキノコ型小片とループも、本件特許発明のファスナーにおけると同様、互に引懸かりあうことによつて両支持体を結合するものであることは、前記認定のとおりであるから、右主張は、その前提を欠くものというべきである。
(ハ)、被告らは、(イ)号には、ループが、ジグザグ状に、起毛的に密生しているから、本件特許発明のファスナーよりも係合力が強いと主張する。
しかし、本件特許発明のループは、その配列について何の制限をも受けるものでないことは、前記のとおりであり、「密生」といつても、「多数のループを備える。」という本件特許発明の構成要件と異なるものとはいえないから、右の差異に基く係合力の相異をもつて、(イ)号が本件特許発明とは別個の技術であると認めることはできない。
第五、以上認定したところによれば、(イ)号は、本件特許権の権利範囲に属するものであり、(イ)号を、製造、販売等する被告らの行為は、原告の本件特許権を侵害するものというべきであるから、右侵害行為の差止および右侵害行為を組成した(イ)号の廃棄を求める原告の請求は理由がある。
よつて、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、 九三条一項本文を適用し、仮執行宣言は相当でないと認めるのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。
(大江健次郎 近藤浩武 丸山忠三)