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大阪高等裁判所 昭和44年(ネ)651号 判決 1970年2月12日

控訴人 三英織物株式会社

被控訴人 東洋敷物株式会社

主文

一、原判決を取り消す。

二、被控訴人は控訴人に対し金一一四万九五〇〇円、およびこれに対する昭和四〇年八月一六日から支払ずみに至るまで年六分の割合による金員、を支払え。

三、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四、この判決は、控訴人において金三〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠関係は、左記に付加するほか原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

一、被控訴人主張の本件手形金債権の存在は認めるが、本件相殺は許されないものである。すなわち、本件譲渡担保契約における剰余金返還債務は、担保権者において換価処分してみて始めて明らかとなるのであつて、剰余金が生じなければその返還債務を生ずる余地がないから、結局、右返還債務は契約締結時に停止条件付で成立したのではなくて、被控訴人が本件担保物件を換価処分した昭和四〇年八月一五日に成立したものである。そして、右換価処分の時は控訴人の会社整理開始決定(昭和四〇年七月七日)の後であるから、右開始決定前に被控訴人が有していた本件手形金債権と、右開始決定後にあらたに負担した本件剰余金返還債務とは、相殺が禁止されていて許されないものである(商法四〇三条一項、破産法一〇四条一号)。

二、処分清算型の譲渡担保において、債務者の債務不履行により物件が債権者に引き渡された場合に、債務者が残債務を提供して物件受戻しの意思表示をしないときは、債権者は物件を換価処分しその代金から優先的に弁済をうけ、なお剰余金があればこれを担保提供者に返還しなければならないのであるが、右剰余金返還債務の発生時期は被担保債務が消滅した時であり、剰余金返還債務の認められる根拠は不当利得の法理にもとづくのである。本件においても、債権者である被控訴人が担保物件を換価処分してその代金を受領し、これを保持するという事実により、はじめて不当利得として剰余金返還債務が発生するのである。このことは、たとえ譲渡担保契約の締結当時に剰余金があれば、清算する旨の合意があつた場合であつても異なるものでなく、この合意は当事者間において不当利得の法理、したがつて民法七〇三条の適用を確認したにすぎず、右合意によつて剰余金返還債務が発生するものではない。本件剰余金返還債務は、契約締結時に停止条件付で成立するものではなくて、被控訴人が本件担保物件を換価処分した昭和四〇年八月一五日に発生したものである。

三、ところで、破産法一〇四条一号の適用について、譲渡担保契約は契約成立と同時に所有権が移転する形式をとるが、これは債権者に優先弁済権を与える一種の担保形式であるにすぎず、譲渡担保権者は所有権者であることを理由として当然に換価処分できるのではない。本件において、被控訴人は昭和四〇年八月一五日の換価処分までの間は、本件譲渡担保物件の所有権者であつてもその所有権が担保目的に制約される結果、物件の価値(処分時で約二四〇万円)のうち、被担保債権(九五万円)とその遅延損害金(一八万余円)の合計額(一一三万余円)に相当する部分に対してだけ、優先弁済権をもつにすぎず、それを超える残余部分については本来の所有権者としてその価値を把握すべき権限をもたない。したがつて、被控訴人の換価処分は本件物件の全価値のうち、被担保債権額および遅延損害金に相当する部分だけ譲渡担保権の行使としてなされたものであつて、残余の部分については、一個物であるために便宜上担保権者によつて処分されるだけであつて、その価値は会社整理手続の開始決定後であつても、会社の一般債権者からみれぱ、会社の責任財産であつて被控訴人はこれについてなんらの権利も有しないのである。かようにして、会社整理手続開始決定後に本件物件について換価処分のため引渡をうけ、換価処分した被控訴人の行為は、本件物件の全価値のうち被担保債権額および遅延損害金等を差し引いた残余の価値に相当する部分については、整理開始後の会社財産あるいは破産財団に属する財産をあらたに購入するのも同然であつて、右の部分の対価として売買代金に相当するものが本件剰余金なのであるから、破産宣告後に取引された売買の代金債務を受働債権とする相殺禁止の場合と同様に、破産法一〇四条一号により本件剰余金債務を受働債権とする相殺は禁止されるのである。

四、会社整理手続開始後においては、会社財産はもはや会社だけの利害によつて自由に処分できるものではなくなり一般債権者に対する責任財産であるから、担保権等の優先権をもたない債権者は、会社財産から平等の割合をもつて弁済をうけることができるにすぎず、他の債権者に優先して有利な弁済をうけることができないことは、破産や会社更生の手続におけると同様である。したがつて、被控訴人は本件譲渡担保によつて担保された昭和三九年二月二六日付貸金債権だけが、他の一般債権者に優先して弁済をうけることができるだけであつて、たまたま担保物件の処分代金に剰余が生じたという偶然の事実によつて一方的に相殺し、本来優先権のない約束手形金債権について、他の一般債権者に優先して弁済をうける結果になるというのは、公平に進められるべき会社整理手続の秩序をみだすものであつて許されない。そして、被控訴人のなす相殺が禁止される結果、被控訴人が不利益をこうむるとしても、それは本件譲渡担保契約が、いわゆる根担保契約ではないからであり、また会社整理手続において一般債権者を平等に取り扱わなければならないという法制度の建前上、当然のことである。

(被控訴人の主張)

一、本件譲渡担保契約は、処分清算型の譲波担保契約であるが、本件剰余金返還債務は本件譲渡担保契約に内包される清算義務の履行であつて、すでに譲渡担保契約締結の時に剰余金が出ることを停止条件として発生しているとみられるものであり、剰余金の発生という事実によつて突如として発生するものではない。所有権の移転という形式による担保において、清算して剰余金が生じた場合にこれを返還する義務の根拠は、不当利得の法理に求める説が多いが、本件の場合は譲渡担保契約に内包される契約上の義務に基づくものであるから、あえて不当利得の法理を持ち込む必要はなく、本件剰余金返還債務の根拠は、控訴人主張のような不当利得の法理の適用を当事者間で確認したものではなくて、あくまで停止条件付の債務発生を内容とする約定にもとづくものである。

二、破産ないし会社整理手続は、債権者の平等的比例的満足を原則とするものであり債権者間の公平という制度目的から、相殺についても例外として商法四〇三条一項によつて準用される破産法一〇四条一号により一定の制限をうける。同条は、破産宣告の前後を問わず相殺適状がことさらに作為された疑いのある場合には絶対に相殺を禁止し、このような疑いを容れる余地のない場合には、これを許す趣旨(大判昭和九年一月二六日)である。ところが、本件相殺における受働債権としての本件剰余金返還債務は、被控訴人が清算的譲渡担保契約に基づいて負担するところの、あくまでも当初の契約上の債務であつて、控訴人のいうような破産財団に属する財産の購入における売買代金債務のような債務と同視できるものではなく、かつ本件剰余金債務は譲渡担保契約の時に後日剰余金が発生することを停止条件として、すでに発生しているものであつて、会社整理の手続開始決定後にあらたに債務を負担したものではない。したがつて、本件相殺がたとえ結果的には会社整理手続における一般債権者の平等の原則に対する例外となつても、破産法一〇四条一号に該当せず、このような解釈は受働債権たる破産者の債権が期限付、条件付や将来の請求権である場合にも相殺を認めた破産法(九九条)の趣旨にもそうと解せられる。

理由

一、控訴人主張の請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。

二、被控訴人は、控訴人主張の本件剰余金債権は被控訴人の控訴人に対して有する本件手形金債権と対当額で相殺した旨抗弁するので判断する。

民法上の不当利得に関する一般規定は、弁済充当後の剰余金返還債務の根拠を当事者間の契約にかからせることを排斥するものではなく、処分清算型の譲渡担保契約において、債務者が履行期に貸金債務の履行をしないときは、債権者が目的物たる担保物件を換価処分し、その代金から優先的に弁済をうけ、なお剰余金があればこれを担保提供者に返還する旨約定されたような場合には、その契約の締結により停止条件付権利を内容とする法律行為が成立するが、その効力は制約をうけて停止条件の成否未定の間は確定的には発生せず、条件の成就により確定的に発生するのであつて、条件成就の効力は原則として遡及しないから、右貸金債権者はその剰余金が生じたときにはじめて契約によつて剰余金債務を負担するのであり、このような場合には法律上の原因のない場合に関する不当利得の一般規定は適用の余地がなく、剰余金債権者は契約にもとづいて剰余金の返還を請求することができると解すべきである。ところで、

会社の整理について商法四〇三条一項によつて準用される破産法一〇四条一号によれば、会社の整理開始前の原因にもとづく会社に対する債権者は、会社の整理開始の後会社に対して債務を負担したときは、その債権をもつて相殺することができないが、その法意は破産の場合と同様、会社の整理においても会社の債権者が会社に対しその危機時に債務を負担し、これと自己の有する債権とを相殺することにより、会社の債権者間における平等的比例弁済の原則に反する結果をもたらす弊害を防止しようとするものであるから、このような法意から考えると、その場合の整理開始後債務を負担したときは、その負担の原因または原因の発生時期のどうかに関係なく、債務負担の時期が整理開始後である場合を意味し、たとえ条件付債務を内容とする契約が整理開始前に締結された場合であつても、整理開始後に債務を負担したものであるときは相殺が禁止されるものと解すべきである。かように解することは、破産法一〇四条二号には負担の原因またはその原因の発生時期による区別を設けて、相殺の制限を除外する場合を但書規定に明示しているのに対し、同条一号にはこのような明文を設けていないことからも類推することができよう。

本件についてこれをみるに、控訴人が昭和四〇年七月七日大阪地方裁判所において会社整理開始決定をうけたこと、被控訴人が同年八月一六日ごろその主張の本件手形金債権(最終弁済期同年三月五日)を自働債権とし本件剰余金債務を受働債権として相殺する旨の意思表示をしたこと、および当時右手形金債権が存在したことは、いずれも当事者間に争いがなく、これと前示事実、成立に争いのない甲第二、第三号証、原審証人伊藤正男の証言および弁論の全趣旨を綜合すれば、控訴人は毛織物類の製造販売等を業とする会社であるが、昭和三九年一一月ごろその経営状態が悪化したため一般に支払を停止したこと、およびこれより前の同年二月二六日当事者間に成立した譲渡担保契約に際して、債務者たる控訴人が貸金債務の履行を遅滞したときは担保権者たる被控訴人が担保物件を換価処分してその代金より優先的に右債務の弁済に充当し、さらに剰余金が生じたときはこれを担保物件の提供者である控訴人に返還する旨合意されたが、その後控訴人が履行期たる同年七月三一日右貸金債務の履行を遅滞し、よつて被控訴人が会社整理開始決定後の昭和四〇年八月一五日右約定による換価処分をして清算した結果、同日現在本件剰余金一一四万九五〇〇円の返還債務が発生したことが認められ、右認定を妨げる証拠はない。以上の事実によれば、本件剰余金返還債務は貸金債務の不履行にもとづく譲渡担保物件の換価処分清算による剰余金の発生を停止条件とする契約に基因するものであり、右契約は会社整理開始決定前に成立したけれども、右条件の成否確定前には剰余金返還債務はまだ存在せず、整理開始決定後に条件が成就し、右成就により被控訴人が控訴人に対し本件剰余金返還債務を負担するに至つたのであるから、債権者が会社の整理開始後債務を負担したときに該当するものであつて、被控訴人の本件相殺は許されないものというべきである。

したがつて、被控訴人の右相殺の抗弁は失当であつて排斥をまぬがれない。

三、よつて、控訴人が被控訴人に対し本件剰余金一一四万九五〇〇円と、これに対する返還債権発生の日の翌日である昭和四〇年八月一六日から支払ずみに至るまで、商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は理由があり、これを棄却した原判決は不当であるから取り消し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条および八九条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 亀井左取 松浦豊久 村上博巳)

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