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大阪高等裁判所 昭和44年(ラ)154号 決定 1969年7月11日

抗告人

大阪証券取引所

代理人

松本正一

外二名

主文

原決定を取り消す。

抗告人を処罰しない。

抗告手続の費用及び原審において抗告人の負担に帰した費用は国庫の負担とする。

理由

原決定による抗告人の本件緊急命令違反事由の要旨は、抗告人は、昭和四二年五月四日大阪府地方労働委員会より、同委員会昭和四一年(ホ)第三八条事件につき、不当労働行為に対する救済命令として、「嶋吉一郎に対する昭和四一年一月二〇日づけ解雇を取消し、原職に復帰させることとともに、解雇の翌日から原職復帰の日までの間に同人が受けるはずであつた賃金相当額を支払わなければならない。」旨を命ぜられ、さらに同年八月二日大阪地方裁判所より労働組合法二七条七項に基づく緊急命令として、「同裁判所昭和四二年行(ウ)第七二号不当労働行為救済命令取消請求事件の判決確定に至るまで大阪府地方労働委員会でなした前記不当労働行為救済命令に従わなければならない。」旨の決定を受け、同決定は同月五日抗告人に送達されたが、抗告人はこれに対し緊急命令において命ぜられた義務を一部履行したのみで、なおその命ぜられた義務の内容となる

(1)  嶋吉一郎の妻直子が昭和四一年一月三一日従来勤務していた上二病院を退職したことにともない、嶋吉一郎が同年二月以降受けるはずであつた家族手当(配偶者分)。

(2)  嶋吉一郎が同年二月以降昭和四二年七月までの間に受けるはずであつた昼食費補助金(月額金一、〇〇〇円を限度とし、解雇当時の合理的方法により算定した同人の平均出勤日数に応じた一日金四〇円の割合による金員)。

(3)  嶋吉一郎が昭和四一年四月から昭和四二年七月までの間に受けるはずであつた通勤手当の一部(鉄道運賃の値上りによる従来の運賃との差額分)。

に相当する金員の支払いをしないで、その義務の一部を履行せず、前記緊急命令に違反した、というにあり、

これに対する本件抗告の趣旨および理由は、別紙に記載したとおりである。

そこで、右の各違反事実の有無につき検討する。

(1) 家族手当について

記録によると、抗告人においてはその従業員をもつて組織する総評全国一般大阪証券労働組合取引所分会との間の賃金に関する協定によつて昭和四〇年七月三一日以降従業員に対する家族手当として、妻については月額金八、〇〇〇円以上の定収のない場合に限り、月額金三、〇〇〇円(昭和四三年四月からは月額金四、〇〇〇円となる。)を支給することとし、別に、これが受給手続について右の家族手当の支給を受けようとする者は「家族給(変更)申請書」に所要事項を記入し、従業員所属課長を経て労務課給与係に申請すること、労務課は、右の支給基準により支給の可否を決定するが、この場合その受給資格の判定のため扶養の事実を証明する書類及び他の所得者の収入を証明する書類の提出を求めることがある旨を定めたこと、嶋吉一郎は、昭和四二年八月二五日付で妻直子が昭和四一年一月三一日従来勤務していた上二病院を退職したことを事由として家族手当(配偶者分)の増額申請書を昭和四二年八月二九日抗告人に提出したので、抗告人より嶋吉に右申請の事由である退職の事実を証する書面の提出を求めたが同人はこれを提出せず、昭和四四年四月一一日になつてようやく上二病院長の作成にかかる右退職証明書を提出したので、抗告人は同年五月一〇日嶋吉に対し昭和四一年二月から昭和四四年四月までの妻にかかる家族手当の差額支給分として金一五万五、四〇〇円を支払つたことが認められる。

ところで、家族手当は賃金の一部として、前記緊急命令において抗告人に支払を命ぜられた賃金相当額に含まれることはもちろんであるが、これが支給については上述の如き手続が定められているのであるから、抗告人において嶋吉からの妻退職による家族手当の増額申請に対しその証明書の提出を求めるのは当然の措置であり、これに対し嶋吉は容易に右の事由を証明する書類を提出することができたにもかかわらず、その要求を全く無視して来たものであつて、その間抗告人には右家族手当の支払につき何らの義務違反もなかつたものというべきである。なお、記録によると、右嶋吉が所属する総評全国一般大阪証券労働組合は大阪府地方労働委員会に対し抗告人の本件緊急命令違反事件につき同委員会より裁判所に対する違反通知を要請するにあたり、嶋吉一郎の妻の退職証明書を同委員会に提出しており、抗告人が昭和四三年八月頃地労委における調査の席上右証明書を示されていることが認められるが、かかる事実はいまだもつて家族手当支給者たる抗告人に対する前記証明書の提出とはみられないから、その時から直ちに抗告人に右手当の支給を義務づけることにはならない。

(2)  昼食費補助金について

記録によると、抗告人は昭和三二年三月より所員専用食堂を設け、従業員に対する現物給与として職務のため出勤した者であつて同食堂を利用した者に限り一人一日金二〇円あて補助給付することとし、昭和三六年三月八日からは、その補助額も一人一箇月金一、〇〇〇円の範囲で、米食については一人一食金四〇円、麺類食のうち、うどん又はそばについては一人一食金二〇円(二食まで)、玉子うどん又は玉子そばについては一人一食金三五円に改められ、さらに、昭和四一年一二月二四日限り同食堂を閉鎖して四二年一月五日から別の場所に新食堂を開設し、引きつづき一箇月金一、〇〇〇円を限度として食券の支給による昼食費補助を行なうことになつたが、右の昼食費補助として従業員に支給される現物給与はすべての従業員に対し一率に支給されるものではなく、従業員のうち職務のため出勤しかつ所定の食堂を利用して昼食をとつた場合に限り支給されるものであること、ならびに、嶋吉は昭和四一年一月二〇日抗告人から解雇通知をうけた以後昭和四二年八月の原職復帰に至るまでの間抗告人の業務のために現実に出勤し、かつ前記食堂を利用して昼食を採つた事実のないことが認められる。

ところで、本件救済命令によつて抗告人に支払を命ぜられた「嶋吉の原職復帰の日までの間に同人がうけるはずであつた賃金相当額」のうちには、労働者が現実に就労した場合免がれない出費に対する実費弁償の性質を有するものは含まれないと解するのが相当であるところ、本件昼食費補助金はまさに右の実費弁償の性質を有するものというべく、嶋吉が前記期間中現実に就労しなかつたことはすでに述べたとおりであり、またその間嶋吉から抗告人に対して労務の提供を申出で、そのための昼食費の支出を余儀なくされた如き事実を認めるに足る何らの資料もないのであるから、抗告人には右期間の昼食費補助金を支払う義務はなく、これを支払う義務はなく、これを支払わないからといつて緊急命令に違反したことにはならない。

(3)  通勤手当について

記録によると、抗告人においては従業員に対しその自宅から職場までの通勤による費用を通勤手当として支給することとし、その支給の方法としては通勤定期券の発行されている交通機関にあつては抗告人において当該従業員の通勤定期券を購入して従業員に交付していたこと、右の通勤手当の支給については就労の事実のないもの、例えば一箇月以上にわたる長期欠勤、公私傷病休職等の場合、または労働基準法上休業の保障されている出産休暇請求者に対しては、当該期間にかかる通勤定期券を支給せず、この場合にはすでに交付してある通勤定期券を回収し、その利用交通機関との定期乗車券契約を解除し、現実に出勤就労するにいたつた日から再び通勤定期券を購入してこれを当該従業員に交付することとしていたこと、嶋吉一郎は右の解雇通知を受けた当時自宅より抗告人事業所までの通勤手当として通用期限を昭和四一年四月までとする期間六箇月の通勤定期乗車券の交付を受けており、当時の一箇月あたり通勤手当相当額(六箇月間の定期乗車券の六分の一に相当する額)は金一五七五円であつたが、昭和四〇年一二月の運賃改訂により右定期券の通用期限後の金額は右により計算すると一箇月金一、八一八円となること、したがつて、右のように支給を受けた定期乗車券の通用期限後の昭和四一年四月から原職復帰までの昭和四二年七月までの運賃値上りによる差額合計額は金三、八八八円(一箇月金二四三円の一六箇月分)であること、抗告人は本件緊急命令に基づき解雇の翌日から原職復帰までの間の賃金として金七八万六、五六四円を嶋吉一郎に支払つたが、そのうち通勤手当として昭和四一年四月から昭和四二年七月までの分として一箇月金一、五七五円の割合による金員が含まれていたこと、などが認められる。ところで、右の通勤手当は抗告人が従業員に対し支払うべき労働の対償としての賃金に含まれるものではあるが、これが支給を受けるためには、現実に抗告人事業所に就労のために出勤すること要するものであつて、これによつて従業員が支出した通勤費を実費弁償として支払う性質のものであるところ、解雇から原職復帰までの間、嶋吉一郎は抗告人事業所に就労のため出勤し、そのため通勤に要する費用を支出した事実は認められないから、同人にこれによる経済的損失があつたものということはできないし、たとえば救済命令により抗告人が右嶋吉を原職に復帰させ、かつこの間の賃金相当額の支払義務を負つたとしても、右による通勤手当を支払う義務がないのであるから、前記通勤手当の差額金三、八八八円の支払いをしなかつたことをもつて本件緊急命令に違反したものということはできない。

以上説明のとおり、(1)嶋吉の妻にかかる家族手当差額分については、昭和四四年四月一一日嶋吉からの所定の退職証明書の提出に基づき同年五月一〇日その支払がなされているのであつて、その間約一箇月の期間の経過があるが、かかる短期間の遅延は処罰の対象となる程の義務違反に値いせず、また(2)昼食費補助金ならびに(3)通勤手当の不払いは、これをもつて本件緊急命令の違反行為というを得ず、かりに一歩を譲りこれが違反行為に当るとしても、抗告人は昭和四二年一〇月二四日当日現在における本件緊急命令の違反を理由として過料の裁判をうけ、その後該裁判において違反事項として挙げられた点はこれを履行しているのであつて、かかる事情のもとにおいて、右過料裁判のなされる当時すでに存在した昭和四二年八月以前の、しかも金額的にもさして多額でない本件昼食費補助金および通勤手当支払義務の不履行を、後日に至つて再び前記緊急命令違反行為として採り上げ改めて処罰の対象とすることは、その制度本来の趣旨に照して相当とは認められない。

よつて、原決定を取り消し、抗告人を処罰しないこととし、非訟事件手続法二〇七条五項を適用して、主文のように決定する(小石寿夫 宮崎福二 舘忠彦)

抗告の趣旨

原決定を取り消す。

抗告人を処罰しない。

手続費用は、原審抗告審とも国庫の負担とする。

との裁判を求める。

抗告の理由<以下省略>

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