大阪高等裁判所 昭和44年(ラ)169号 決定 1970年11月26日
抗告人 大和茂(仮名) 外一名
相手方 大和豊(仮名) 外一名
主文
本件抗告を棄却する。
理由
抗告人らは原審判の取消を求め、その抗告理由の要旨とこれに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
(一) 抗告人らは、原審判が生活費の算定にあたり大阪府企画部統計課作成の統計表を採用したことを不当とし、右統計表は単に抽象的な標準世帯の平均的消費支出を示すのみで世帯内の個人別費用がわからないため、扶養関係における具体的な生活費算定の基準となり得ないのに反し、労働科学研究所が算出した消費単位または消費単位あたりの最低生活費を利用して生活費を算定する、いわゆる労研生活費方式は性、年令、職業などの別に消費支出の割合を細かく指数化しているため、扶養関係当事者の最低生活費を直接的具体的に算定できるので、本件でもこの方式によるべきであると主張する。
民法は、八七九条において「扶養の程度又は方法について、……扶養権利者の需要、扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して、家庭裁判所が、これを定める。」と規定するのみで、家事審判法、同規則を通じて扶養料算定の客観的基準を定めていないため、生活費に関する専門的機関が行なった一般世帯調査の結果得られた数値とその算定方法を採用して扶養料を算出する試みがなされているが、これらの統計資料ないし算定方式は、本来扶養関係事件における生活費の算定を目的としたものではないから、いずれの方式によるも完全なものとはいえず、総理府または各地方公共団体が実施する家計調査結果(標準家計費方式、原審判はこの方式による)に抗告人ら指摘の弱点があるように、厚生大臣が定める生活保護基準(生活保護基準方式)はその絶対額が低く、労研生活費方式も消費単位ないし最低生活費が算出されたのが昭和二七年であつて基礎となる資料が古いために、当時と消費構造そのものがかなり違つている今日、物価指数などによる考慮のみでは、もはや完全な修正はできないともされているのである。またすべての扶養関係に利用できる統計資料ないし算定方式もないのであつて、これを要するに、統計資料ないし算定方式は扶養事件における生活費算定の合理化をはかる有力な資料ではあつても絶対的なものでなく、事件当事者の扶養法律関係の内容に応じこれに適合する統計資料等によつて得られる結果に、民法八七九条所定の一切の事情を総合考慮して定めるほかはない。原審判は双方の生活費算出にあたり大阪府企画部統計課作成の統計表府民の家計(昭和四三年一一月分)を選び、相手方らについては、勤労者世帯の収入の低いもののうちから最も低い消費支出の月額一万二、三四三円(一人あたり)を求めてこれを最低生活費として要扶養状態にあると認定する一方、抗告人らについては、本件における扶養法律関係がいわゆる生活扶助であることにかんがみ、右統計表にある勤労者世帯の世帯人員別平均消費支出月額にもとづき、抗告人茂(三人家族)につき月額五万六、五六一円、抗告人保(五人家族)につき月額八万一、一六七円を要するものとし、その収入との比較からいずれも扶養能力があると認めているところ、相手方らの右生活費は、第二四次昭和四三年一一月一日改訂の生活保護基準により算出した相手方豊の生活費月額一万〇、二五六円、相手方弘子のそれの七、六五一円と比較し約一・二倍または約一・六倍にすぎず、原審判が認定した抗告人らの収入等との関係からみても、相手方らの生活費を前記程度に認定したのは相当であると認められ、抗告人らの主張は理由がない。
(二) 次に、抗告人らは、抗告人らの収入から内助の功による妻の持分を控除して扶養能力の有無を判断すべきであると主張するが、抗告人らの収入に対して妻が協力寄与するものであるとしても、民法七六二条一項は、夫婦の一方が婚姻中自己の名で得た財産はその特有財産とすると定められ、夫婦相互の協力寄与に対しては、別に財産分与請求権、相続権ないし扶養請求権等が認められているのであるから、原審判が扶養能力の有無を調査するにあたり、抗告人らの稼働による収入をそのまま抗告人らの収入額としたのは相当であり、したがつて抗告人茂の妻の両親に対する扶養についても、民法八七七条二項にもとづく抗告人茂による扶養を考慮する等のほかはないものというべく、右扶養義務が生じた場合本件相手方らに対する扶養の程度方法等について変更のありうることは格別、現段階においてはいまだこの点の抗告人らの主張は採用できない。
抗告人らは、抗告人らの収入に関する認定額が著しく不当である旨主張するけれども、一件記録にある資料によれば原審判の認定額は相当であると認められ、これに反する資料はない。また抗告人らの収入から職業上の必要経費を控除しないのは不当であるとの主張については、必要経費の内容等を明らかにしないしこれを認めるに足る資料もないので、採用のかぎりでない。
(三) さらに、抗告人らは、相手方豊の持家は一、二階とも二間であるから、相手方ら二人が居住するほか四人位に間貸できるのであつて、一人月三、〇〇〇円として毎月一万二、〇〇〇円の収入があるはずであり、自己資産の利用義務を果していないのであるから、右部分については扶養請求することはできない旨主張する。原審判は調査資料にもとづき二階を月四、五〇〇円で間貸している事実を認定し、これを相手方豊の要扶養額から控除しているところ、一件記録によるも、相手方らの持家にはなお間貸の余裕があるとか、相手方らのわがままでその持家を充分に利用していないとかの事情を認めることはできない。
なお、抗告人らは、相手方らは抗告人らとの間に自ら敵対関係を招き信頼関係を著しく破壊したものであるから、抗告人らに対する扶養請求は信義則に反して許されないものというべく、かりにそうでないとしても、扶養額の決定について右事情を考慮すべきであると主張する。相手方らとくに相手方豊と抗告人らとの間に容易に融和できない対立があり、これが少なからず相手方豊のやや異常と思える程のかたくなな性格に由来するものであることは一件記録により認められるが、相続の廃除のような規定は存在しないから、それだけで相手方らの扶養請求権を否定することはできず、また原審判が扶養額の決定にあたり相手方らと抗告人らとの関係等を全く無視しているものでないことは原審判の認定事実により明らかであるから、抗告人らの右主張も採用できない。
以上の次第で、本件抗告は理由がないから、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 黒川正昭 裁判官 知識融治 金田育三)