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大阪高等裁判所 昭和44年(行コ)2号 判決 1970年1月29日

控訴人

角本順次

他一〇名

代理人

東中光雄

他五名

被控訴人

大阪市

代理人

平敷亮一

他四名

被控訴人

大阪府

代理人

大野峯弘

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一まず、本件訴の適否について判断するに、大阪府営住宅居住の控訴人らは、訴状記載の請求の趣旨において「被告(被控訴人)大阪府が原告ら(同控訴人ら)に対して(中略)した各割増賃料の徴収処分を取り消す」旨記載しているので、表見上は行政処分取消訴訟のようにも考えられるが、訴状記載の当事者および請求原因ならびに弁論の全趣旨を綜合すると、控訴人らは当初から地方公共団体(公法人)たる大阪府自体を被告としていて当事者に変更がなく、また当初の請求も私法上の債務たる割増賃料債務の不存在確認を求める趣旨に解することができないではないから、本件訴は当事者の変更をともなう訴の変更(行訴法第二一条)でないのはもちろん、行政処分の取消を求める行政上の請求を後に至つて賃料債務の不存在確認を求める民事上の請求に変更したものでもない。そして、そのほかに本件訴を不適法とすべき特段の事情はないから、本件訴は適法であるというべきである。

二次に控訴人らは、被控訴人らの割増賃料徴収の意思は控訴人らの居住権を侵害し、したがつて憲法第二九条第一項に違反する旨主張するので、考えてみる。

(1)  まず、控訴人らがその主張の公営住宅を賃借し、同住宅に三年以上居住していること、および被控訴人大阪市営住宅居住の控訴人らに対し、また被控訴人大阪府が大阪府営住宅居住の控訴人らに対し、それぞれ控訴人ら主張の日にその主張の金額を割増賃料として徴収する旨の意思表示をしたことはいずれも各当事者間に争いがない。

(2)  公営住宅の利用関係。公営住宅は、地方公共団体が国の補助をうけて住宅に困窮する低額所得者に対し低廉な家賃で賃貸することにより、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的として、建設されるものであつて(公営住宅法第一条、第二条参照)、公の営造物であるから公営住宅の管理において、これを特定の個人に使用させるについては、入居者の選考、決定(同法第一八条)という一定の使用許可手続をとることが必要であり、地方公共団体と個人との間の使用関係の設定は、公法的な一面をもつことを否定できないけれども、公権力の行使を本質とするものではなくて、いわゆる公法上の管理関係と解すべきである。しかし、いつたん使用を許されて入居した後の公営住宅の利用については、公営住宅法が賃貸(第一条、第二条)、家賃(第一条、第二条、第一二ないし一四条)敷金(第一三条)というような私法上の賃貸借契約に通常使用される用語を使用しており、公営住宅の利用と家賃の支払との関係が対価関係にあることなどから考えると、その利用関係は私法上の家屋賃貸借関係と性質を異にするものではない。もつとも、公営住宅法は住宅の困窮者に「低廉な家賃で賃貸することにより、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与する」という社会政策的な目標を主目的として、公営住宅を法の目的に添うよう管理運営するために必要な種々の規定を設けているからその限りでは私権の保護を主目的にした民法や借家法と異なるとともに、公営住宅の利用関係についてはそれらの法に優先して適用される特別法の関係に立つものと解すべきである。

(3)  割増賃料の性格。公営住宅法第二一条の二によれば、公営住宅に三年以上入居している間に一定の収入基準を超える収入を有するに至つた入居者に対しては、一方では公営住宅を明け渡すよう努力する義務を課すとともに、他方では事業主体がその明渡のできない者に対して一定の限度内で割増賃料を徴収することができるものとされている。この明渡努力義務と割増賃料の徴収とは、収入基準を超える公営住宅の入居者に対しては、公営住宅利用の恩恵をできるだけ及ぼすべきでないという法意に立脚しており、相互に共通し関連するものがあるけれども、両者は別個独立であるから、たとえ入居者が割増賃料の支払義務を履行したとしても、明渡努力義務が免除されるものではないと解すべきである。しかし、この意味は割増賃料の徴収が明渡努力義務の懈怠に対する間接的強制としての行政罰的性格をもつことを意味しない。割増賃料は、その明渡努力義務違反に対する制裁的性格をもたないからである。また、割増賃料はその金額の算出について、国庫補助はあるが入居者の収入との均衡を全く考慮しない、いわゆる建設費償却主義の家賃体系を採らないで、国庫補助のない建設費償却主義を基礎として収入が多くなれば家賃を引き上げる、いわゆる支払能力主義を加味した家賃体系を採る場合であつても、その割増賃料と賃料の合計額を一体として綜合的に考えてみて、それが住宅使用の対価として相当な範囲を逸脱しないようなときは、なお賃料としての性格をもつものと解すべきである。

本件において、収入超過基準が第一種住宅については月額四万五〇〇〇円、第二種住宅については月額二万五〇〇〇〇円であること、および控訴人らに対する昭和三九年一二月分割増賃料額が最高八四〇円、最低二八〇円であることは、当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、第一種住宅の家賃については二分の一、第二種のそれについては三分の二の国庫補助があること、割増賃料について収入超過基準額は入居者が給与所得者の場合は総収入から所得税法による給与所得控除をした収入月額より、さらに扶養親族一人につき月額二〇〇〇円を控除した額であり、昭和四二年四月現在における扶養家族三人をもつ標準四人家族では、第一種住宅の収入超過基準に対応する総収入は月額六万八八八九円、第二種住宅の収入超過基準二万五〇〇〇円に対応する総収入は月額四万五四一六円であること、家賃と割増賃料の合計額が大阪市営住宅入居の控訴人らの総収入に対して占める割合は、昭和三九年一二月ごろで最高約八パーセント、最低約六パーセントであり、大阪府営住宅入居の控訴人らのそれについてもほぼこれに近いこと、控訴人ら間の割増賃料額の差異が明渡努力義務違反に対する違反度または制裁の差異によるものでないこと、および控訴人ら各自の負担する家賃と割増賃料の合計額が民間の借家人や公団住宅の入居者の賃料に比べてかなり低いことが認められ、右認定を妨げるべき証拠はない。以上の事実によれば、本件割増賃料もなお公営住宅使用の対価としての範囲を超えない賃料の一部を構成するものというべきである。

(4)  したがつて、右のような賃料の性格をもつ割増賃料を公営住宅制度の社会政策的役割から考えると、公営住宅の入居者としては、この程度の割増賃料の徴収に応ずべき不利益は、社会生活上受忍すべき限度内にあるから、被控訴人らの割増賃料徴収の意思表示によつて、控訴人らの居住権を違法に侵害することとはならず、よつて控訴人らの憲法第二九条第一項違反の主張は失当であつて採用することができない。

三、控訴人らは、割増賃料の徴収は控訴人らの文化的生活権を侵害し憲法第二五条に違反する旨主張するので、判断する。

公営住宅の割増賃料制度は、住宅に困窮している低額所得者に住宅を賃貸することにより社会公共の福祉の増進に寄与することを目的とする制度の一環をなすものであるから、事業主体が家賃のほかに割増賃料を徴収しても、その割増賃料が賃料の性質を有し入居者の社会生活上受忍すべき限度を超えないような場合には、その割増賃料の徴収自体は、当然には公営住宅入居者の生活権を違法に侵害することとならないものと解すべきである。本件の前示認定の事実関係によれば、本件割増賃料が賃料の性質を帯びるものであり、控訴人らが家賃のほかに割増賃料を徴収されても、それらの額が控訴人らと同程度の収入を有する民間の借家人や公団住宅の入居者の賃料と比較してかなり低く、公営住宅の入居によつてなお相当の利益をうけているものというべきであるから、控訴人らに対する割増賃料の徴収は、公営住宅入居者の文化的生活権を違法に侵害するものではない。

したがつて、控訴人らの右主張は失当であつて排斥するのほかない。

四、次に控訴人らは、割増賃料の決定手続には地方税法第二二条違反がある旨主張するので検討することとする。

地方税法第二二条の規定の趣旨は、地方税に関する調査の事務に従事している者がその事務に関して知りえた私人の秘密を私人の意思に反して第三者に知らせることは、地方税の賦課徴収に必要な調査事務の範囲を超えるとともに、私人に課せられた調査受忍義務の限度を不当に拡張することになるから、公益上の理由のような特段の事由のない限り、私人の権利に対する違法侵害としてこれを防止することにあると解すべきであるところ、公営住宅法第二三条の二によれば、公営住宅の事業主体の長は、割増賃料の徴収等の措置に関し必要があるときは公営住宅入居者の収入の状況について、官公署に必要な書類の閲覧を求めることができるものとされている。この規定は、事業主体の長の権限を明示したにとどまらず、官公署に対し事業主体の長の行なう入居者の収入の状況の調査に協力すべき義務を課したものであり、事業主体の長が公営住宅入居者の収入を確定するに必要な限度で地方税の課税台帳を閲覧することは、割増賃料制度の適正な運用のため本来知得すべき事項を確実に知得する方法であり、入居者が割増賃料を徴収される以外に右閲覧によつて特別の不利益をうけることがないような場合は、その閲覧行為は公営住宅法第二三条の二にもとづく適法な行為であり、地方税法第二二条にいわゆる「事務に関して知り得た秘密をもらし、又は窃用した場合」に該当しないものと解すべきである。

これを本件についてみるに、被控訴人らがそれぞれ控訴人ら主張の課税台帳を閲覧したことは、各当事者間に争いがないが、そのほかに被控訴人らが割増賃料の決定手続に地方税法第二二条違反の行為をしたことについては、控訴人らの立証はもちろん本件の全証拠によるもこれを認めるに足る証拠はない。したがつて、控訴人らの右主張も失当であつて採用することができない。

五、よつて、控訴人らが割増賃料支払義務の不存在確認を求める本訴各請求は、いずれも理由がなく、これを棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は失当であるから棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条、第九二条および第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(亀井左取 松浦豊久 村上博已)

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