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大阪高等裁判所 昭和44年(行コ)52号 判決 1972年5月18日

控訴人 大阪府労働部職業管理局長

訴訟代理人 岡本拓 ほか九名

被控訴人 辻泰弘

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中被控訴人に関する部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、左記のほかは、原判決の事実摘示中控訴人との関係部分と同一であるからこれを引用する。

控訴人の主張

公共職業安定所の業務は職業の指導、紹介等すべて人を対象とするものであり、その信頼を基盤として成りたつものであることは既に原審で主張したとおりであつて、この安定所に対する信頼の下に各人が広くこれを利用することによつて、始めて求人求職者それぞれが適材適所を得ることができ、その需給をはかる安定所の使命も達成できるのである。そして前記適職の選定、斡旋等の業務は、年令、経歴、生活程度等多種多様の求人求職者との面接の場において、その都度上司の決裁を得ることなく職員各自の判断と責任で処理していくのであり、又右求職者の中には経済的に不遇で劣等感をもつているような人も多いのであるから、安定所の職員にはこれら対人的業務の特殊性からして、懇切、公正、迅速の奉仕精神に徹することが要求され、利用者に不信感や疎外感を与えるような者はその職員としての適格性を根本的に欠くものといわねばならない。ところが被控訴人は普段研修の態度も不真面目で、よい安定所職員になろうとする意欲が認められず、富士工務店の本件離職証明書用紙交付請求の時の言動に至つては、自らに用紙交付の権限があるとの縄張り根性や恩恵を施す意識に満ちた頑迷且つ横柄極まるもので、安定所職員としてはもちろん、一般公務員の上司に対する暴言反抗としても、単なる若気や事務不慣れを理由に見過しえない重大なものがある。更に被控訴人が本来協調性に欠け感情に激し易い性格で再び同種の行動に出る危険が大きい等安定所職員にふさわしくない型の人間であり、又正式職員に採用するか否かの選考過程である条件付採用期間中であつたことを考えると、叙上被控訴人に対する本採用が相当でないとしてなした本件免職処分はまさに当然の措置であつて、何ら違法はない。

被控訴人の主張

一般職の国家公務員である公共職業安定所の職員の採用について、法律上特別な能力や資質が要件とされていることはなく採用後かかる部面での研修指導が行われていることもない。更に最近一〇年余の安定所の職員数は僅かしか増えていないのにその仕事量は二倍以上に増加し、それも失業対策事業の打切や失業保険給付のしめつけ等の非情た政策による窓口での負担や紛争が多いことからみて、控訴人のいうような奉仕精神を抽象的徳目的な指標とすることは兎も角、これを殊更強調して本件免職事由にすることは、責任を第一線職員に転嫁し問題の本質をすりかえるものといわねばならない。

証拠<省略>

理由

当裁判所は被控訴人の本訴請求を正当として認容すべきものと判断するものであつて、その理由は、左記のほか原判決の理由中被控訴人関係部分の説示と同一であるから、これを引用する。<証拠省略>によつても不当労働行為の成否に関する前認定を動かすことはできない。

(一)、原判決六四枚目表八行目の「そして」から同表末行の「ただし、」までを削り、同裏一〇行目の「相当である。」の次に「本件免職処分は自由裁量であると控訴人は主張するけれども、本件免職処分の違法性の有無の判定に当たつては、これが自由裁量と法規裁量のいずれに属するかを判断する必要はないものといわねばならない。」を加える。

(二)、<証拠省略>をあわせると被控訴人は昭和三七年三月新制高等学校を卒業し、昭和三八年八月一日選考により労働省労働事務官に採用されて、大阪府労働部堂島公共職業安定所失業保険業務課資格得喪係に配属され事業主がその雇用労働者について失業保険法所定の被保険者資格の得喪に関する届出をするため及び被保険者である労働者の離職を証明するために必要な各種用紙の配付、特に離職証明書用紙につき、その請求の都度請求書記載の離職者数等を確認し離職記明書用紙配付簿に事業主名、配付の枚数、ナンバー等を記帳してその受領印を徴し、更にその後事業所台帳毎にこれを記録整理するなどの業務に従事していたこと、右離職証明書用紙の請求の受付、配付、及び配付簿への記帳等は被控訴人が一人で担当していたが、一日平均の請求者は一〇〇人位、配付枚数は一五〇枚ないし二三〇枚位で相当多忙であり、本件富士工務店との問題の時も午後一時過で来所者が前記資格得喪係にたてこみ、被控訴人のところも一〇人位が順番を待つていて、係長以下それぞれその仕事の処理に追われていたこと、来所者と職員との間の窓口での多少のいい争いはそれまでも別に例のないことではなく、既述のとおり被控訴人はすぐその非を認めて原田係長に謝罪し、同係長も被控訴人に大声をあげたことを反省して、業務を支障なく続けられ、その後本件免職処分になるまでこれが職員間で特に問題にされたようなこともなかつたこと、被控訴人は無口で無愛想ととられる一面があつたが、普段職場で折合いが悪かつたわけではなく、仕事振りも普通で、前記富士工務店関係及び既述の年休事由記載の件を除いては、その勤務状態その他の行状等について被控訴人が直接注意をうけたことは勿論、その直属の上司である斉藤課長や原田係長に対しても他の先輩、同僚、或は研修担当官等から注意や苦情が持込まれたことはなく、右直属課長や係長の被控訴人の人物、勤務成績等に対する評価も「良」、又はこれと同意見であつたことが認められ、原審での証人花岡八郎、野村晃次、馬場貞弘、松本文男の各証言も右認定を左右するに足らない。そして被控訴人が前記富士工務店の件で同工務店や原田係長に対してとつた態度は、国民全体の奉仕者であり、その職務遂行について法令および上司の命令に従い信用保持に努むべき国家公務員として特に対人的な仕事が多くその接遇には一段と工夫努力しなければならない公共職業安定所の職員としてたやすく放置できず、戒められるべきものがあるが、だからといつてこれが被控訴人の素質や能力の上で簡単に矯正できないような重大な欠陥によるものとまではいい難く、その他従前認定の諸事実を総合考察しても、いまだ被控訴人が前記職員に必要な適格性を欠くものと断定するには足りない。前示認定の被控訴人の性格、戒められるべき行為等をもつて、右職員として「引き続き任用しておくことが適当でないと認め」(人事院規則一一-四第九条)た控訴人の本件免職処分における裁量は、裁量権の範囲を逸脱した違法があるというべきである。

よつて原判決は相当で本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条八九条により主分のとおり判決する。

(裁判官 山内敏彦 黒川正昭 金田育三)

〔参考〕第一審判決理由

一、原告らがいずれも昭和三八年八月一日付任命権者である被告(ただし大阪府労働部職業管理課新設前の同部職業安定課長吉本実)によつて労働省労働事務官として採用され、以来大阪府労働部堂島公共職業安定所の職員として勤務していたものであり、かつ、労働省関係の職員をもつて組織する全労働の大阪職安支部堂島分会に所属する組合員であつたこと、原告らは条件付採用期間中の昭和三九年一五日付で被告から人事院規則一一-四第九条に基づきその職に必要な適格性を欠くとの理由で本件各免職処分に付されたことは当事者間に争いがない。

二、原告らは、先ず本件免職処分はいずれも被告ら当局が専ら大職安の組織および運営に対し支配、介入するために行なつた不当労働行為であり、また、原告辻に対する本件免職処分は、同原告が組合における正当な行為をしたことを理由にたされた不当労働行為であるから、違法として取消さるべきであると主張するので、この点について考察することとする。

(一) 任命権者ら当局が国公法所定の職員団体に対し支配、介入する行為が、憲法第二八条および国公法第一〇八条の二の各規定に照らし不当労働行為を構成し、また、職員が職員団体における正当な行為をしたことなどのためにその職員を不利益に取扱うことが同法第一〇八条の七の規定に違反する不当労働行為に該当し、いずれも違法であると解すべきことは原告ら主張のとおりである。

(二) そこで、本件各免職処分は、被告ら当局が専ら大職安の組織および運営に対し支配、介入するために行なつた不当労働行為であるかどうかについて検討することとする。<証拠省略>ならびに弁論の全趣旨を総合すると、原告ら主張の本件免職処分の背景について次の事実を認めることができる。すなわち、

昭和三八年に職業安定法および緊急失業対策法の各一部改正が行なわれた際、全労働は右の改正が失業対策事業の打切りを意図するものであるとして、全日自労などとともにその前年から全国的な反対闘争を行なつたが、そのとき大阪においても大職安が地域闘争を展開し、堂島分会がその活動の一拠点であつたこと、当時大阪府下の各公共職業安定所長と大職安の各分会との間に、(1) 職員の人事異動はできる限り本人の意思を尊重して行なうこと。組合役員の人事異動は原則として行なわない。もしその必要があるときは組合と事前に協議すること。(2) 年休の請求書には休暇の事由を記載する必要がないこと。(3) 勤務時間中の組合活動も業務に支障がない限り広く認めること。などの慣行が行なわれている例があつたこと。ところで、被告は管内の各公共職業安定所における職員の士気が沈滞し、職場規律が弛緩しているため、職業安定行政が必ずしも適正かつ能率的に遂行されていない状態にあるが、かかる状態を招来するにいたつた主要な原因は、当時管内の各公共職業安定所と大職安の各分会との間に前述の慣行をはじめそのほかにも多数の慣行が存在し、そのなかには違法または不適当なものが存することにあると判断し、それを改善、整理して職業安定行政の適正かつ能率的な遂行をはかるべく決意し、先づ大職安との間で右慣行の整理に関する話合いを行なうこととしたこと、被告ら当局と大職安との間の右の話合いは昭和三七年一一月五日ごろから同月二〇日ごろまで数回にわたり行なわれて一時中断し、翌三八年二月一五日ごろから再開されたが、双方の意見が一致せず、平行線をたどるのみであつたため、被告は同年三月二〇日過ぎ大職安に対し右の話合いを打切る旨通告するとともに同年同月二七日付で各公共職業安定所長名義による「職員の皆さんへ」と題する文書を全職員に配布して右慣行の整理を通告したこと、右文書の内容は(1) 出勤時間については大阪府下の交通事情や出勤簿の整理などのため三〇分間の猶予を認めるが、猶予時間に遅れた場合には遅刻時間は正規の出勤時間にさかのぼつて計算されること、(2) 組合活動は原則として勤務時間外に行なうこと。ただし、(イ)全職員につきメーデーへの参加、大職安支部大会への出席(ロ)大職安支部委員につき全労働全国大会、大職安支部執行委員会、府労連の召集する会議へ各出席をする場合であつて所長が認めたものに限り特別休暇が与えられることなどの七項目にわたる慣行は承認するが、それ以外の慣行は一切認めない旨の慣行の整理を指示し、同年四月一日からそれを実施することを表明するものであつたこと。被告は右の慣行の整理のなかで人事異動に関する事前協議制の慣行を承認しないこととしたうえで、人事の刷新をはかるため同年七月合計三五七名にのぼる大規模の配置転換を行なつたこと。その際被告は原則として同一の職場に五年以上いるものを異動させる方針であつたが、現実には右のような方針を下まわり七年以上のものが異動させられたにすぎなかつたこと、異動した職員のなかには大職安や分会の役員も多数含まれており、かつ、すべての者が事前の協議がなく異動させられたこと、他方被告は人事、労務管理体制の充実をはかるため、労働省が実施した全国的な研修に引き続き、昭和三七年八月ごろから管内の各公共職業安定所の職員に対する研修に力を入れ、所長から被告ら当局の指名する一般職員にいたるまでの広範囲の者を対象に順次研修を行なつたこと、右の研修は職業安定法などの改正法規や職業安定行政の推移などに関する解説と同時に人事、労務管理に関する講義が行なわれ、現在および将来における管理者としての職責遂行に万全を期するためのものであつたこと。その後研修をうけた一般職員の多くが係長や専門官に昇任したこと、大阪府労働部においては従来安定課が職業安定業務と人事経理などの管理業務とをあわせて行なつていたが、昭和三八年八月一五日同課の事務のうち、管理業務を集中管理させるため職業管理課が新設され、それまで職業安定課長であつた吉本実が職業管理課長に就任したこと、そのほか労働大臣官房長が昭和三七年一二月一五日都道府県職業安定課長などに対し「出勤簿および休暇等の取扱いについて」と題する通達を発し、右通達において職員は休暇については休暇承認簿により休暇の事由を明らかにすべき旨指示し、被告はこれに基いて同年同月二六日管内の各公共職業安定所長などに対し「昭和四三年二月四日付職安内第二五三号およびその後の通知により休暇についてはその事由を明らかにすべきことなどを指示してきたが、昭和三八年一月一日以降は出勤簿および休暇などの取扱いについては右の通達によるべきである。」旨の指示をなしたこと、これに対し大職安などは年休の請求書に休暇の事由を記載させることは労働者の生命と健康とを守るための最低の保障たる年休請求権の行使を不当に制限するものであるから、休暇の事由を記載する必要はないという方向で取組んでいたこと。なお同年一〇月二八日ごろ大阪港分会から大職安の執行部に対し「官側を敵視し、政治闘争を中心とする運動方針から、法令の範囲内で経済的闘争、文化厚生活動を推進する運動方針に変更するよう執行部に要望する。」との内容の要望書が提出されたこと、それが契機となつて同年一二月西成分会有志や堂島分会有志からそれぞれ声明書が出されて前記要望書に同調する行動があらわれたが、それらの活動の中心は主として課長、係長などの職制(もつともこれらの者も大職安の組合員である。)によつて占められていたこと、大職安の執行部はそれらの行為を当局の支援による分派的活動であると攻撃し、昭和三九年一月はじめごろから各職場にオルグを入れ右の行動に同調しないように各組合員に説得していたこと、ところが同年四月に実施された大職安の役員選挙の結果旧執行部の役員がほとんど落選して、旧執行部の運動方針に批判的な意見をもつた者が多数選出されたこと、その間被告が前記声明書を入手し、組合活動の動向を知るための執務上の参考資料としてその写しを何回かにわたり管内の各公共職業安定所長に対し配布したことなどが認められる。

しかしながら、前記認定の事実のうち、被告ら当局がとつた慣行の整理が違法であつたこと、人事異動について組合役員に対し特に差別的取扱いが行なわれたこと、職員の研修が反組合的教育を目的としたものであつたこと、年休の請求書に休暇の事由の記載を命じたことが組合活動の抑圧を目的としたものであつたことなどを認めるべき証拠はない。さらに、課長、係長などの職制が中心となつて旧執行部の運動方針を批判する活動をすすめ、最後には大職安の執行部の席のほとんどをそれらの者が占めるにいたつたことについても、それらの職制はすべて大職安の組合員であるから、被告ら当局がそれらの者と結託して一緒に右の批判的活動を行なつたとか、また、それらの者の活動を利用ないし支援したなどの特別の事情を肯定すべき的確なる証拠のない本件においては、右の批判的活動に関連して被告ら当局が大職安の組織および運営に対し支配、介入するための不当労働行為をなしたものと即断することができない。なお、被告ら当局が大職安の組合員を威嚇ないし懐柔して組合の運営に対し支配、介入したなどの原告ら主張のその他の不当労働行為に関する事実についてはこれを肯定すべき的確なる証拠がない。なるほど、被告が大職安の組織および運営に対し支配、介入するための不当労働行為をなした旨の原告らの主張にそうところの<証拠省略>が存在するが、それらは単たる意見や推測の域を出ないものであつたり、伝聞事項に属するので、にわかに措信することができない。

また<証拠省略>は、<証拠省略>によると昭和三九年度の大職安の職場大会に提出するため旧執行部の役員によつて作成された一九六三年度経過報告書であるが、同大会において可決されるにいたらなかつたことが明らかであり、これを旧執行部の役員によつて真正に作成された文書として証拠能力を認めるとしても、その記載内容は前同様の理由によりたやすく措信することができない。

そして、原告らは、被告ら当局が従来から大職安に対し一連の不当労働行為を行なつてきたことを前提として、その一環として、大職安が職制の分派的行動によつて重大なる危機に直面し、一般組合員に対し組織固めの行動を開始したときに、その機先を制して被告ら当局が旧執行部から一般組合員を隔離させるためのみせしめとして原告らをあえて本件各免職処分に付したものであるから、本件各免職処分は大職安の組織および運営に対し支配、介入するために行なわれた不当労働行為であると主張する。しかしながら、その前提事実を認めることができないことは先に述べたとおりであり、<証拠省略>および弁論の全趣旨によると、原告らは職場大会などに出席したり、原告鍬田において堂島分会青年部発行の機関紙に新入職員としての言葉を投稿したりしたことがあるほか、格別の組合活動をしていなかつたことが認められる。なお、原告らは、条件付採用期間中の職員であつて、本件各免職処分当時は正式採用すべきかどうかを判断すべき時期にさしかかつていたことや、原告鍬田には免職処分事由が、同辻には免職処分事由とされた外形的事実がそれぞれ存在していたことは後述するとおりであつて、これらの諸事情に徴すると、本件各免職処分が原告らの主張のような大職安の組織および運営に対する支配、介入にわたる不当労働行為であつたとはにわかに認めることができない。

(三) なお、原告辻は、同原告が全労働の方針に従い年休の請求書に休暇の事由を記載しなかつたことをもつて本件免職処分の事由としたのは国公法第一〇八条の七にいう職員団体における正当な行為をしたことのためになされた不利益な取扱いであると主張するが、同原告に対する本件免職処分は年休の請求書に休暇の事由を記載しなかつたという事実のみを処分事由としたものでないのみならず、被告としては右の事実を休暇の手続として命ぜられた事項につき職員として上司の命令に対し忠実でなかつたことを問題視していたものであることは後述するとおりであるから、同原告のこの点に関する主張も採用することができない。

三、次に、原告らは、本件各免職処分はいずれも被告主張の免職処分事由を欠いていると主張するので、本件各免職処分事由の有無についての判断に入ることとするが、その前に条件付採用制度の意義および条件付採用期間中の職員の身分保障などについて争いがあるので、先づこの点につき検討することとする。

(一) 条件付採用制度の意義

原告らは条件付採用制度の真の意義を把握するためには、単に国公法第五九条第一項の規定のみならず、関連する諸法規およびそれらの規定の適用下において形成されてきた公務員の労働関係の実態や慣行などの諸要素をも総合して判断しなければならないと主張するところの、一般に法規の解釈態度が原告らの主張のようでなければならないことはそのとおりである。

しかし、被告指摘のような公務員の労働関係における特殊性、すなわち、公務員の労働関係における使用者は国または公共団体であるが、本来公務員を選定したり、また罷免したりすることは国民固有の権利であり(憲法第一五条第一項)、国または公共団体は国民に代つてそれらの権利を行使しているものであつて、国民の意思のあらわれである法律によつて定められた公務員の労働関係については、任命権者といえどもその内容を変更することはできない制約がある。従つて、国公法などが定める条件付採用制度の意義を考えるにあたつても、その意義を探究するため原告ら主張のような諸要素を考慮すべきことはもとよりであるが、その内容を改変するような解釈態度をとり得ないこともまた当然であるといわねばならない。このことに留意しながら条件付採用制度の意義について考えることとする。

条件付採用制度について、国公法第五九条第一項は「一般職に属するすべての官職に対する職員の採用又は昇任は、すべて条件付のものとし、その職員が、その官職において六月を下らない期間を勤務し、その間その職務を良好な成績で遂行したときに、正式のものとなるものとする。」第二項は「条件附採用に関し必要な事項又は条件附採用期間であつて六月をこえる期間を要するものについては、人事院規則でこれを定める。」と規定している。

国家公務員の任用制度について国公法は任免の根本基準として職員の任用は能力の実証に基づいて行なう成績主義の原則を掲げ(第三三条)、これをうけて職員の採用は競争試験または選考の方法によるべきことを規定している(第三六条)。しかしながら、現在の段階においては、競争試験または、選考の方法によつて職員として必要な適格性の有無を判断するための全要素を捕捉することができるとの保障や、それらの方法によつて判定されたとおり実際の勤務において職務遂行能力が発揮されるとの保障が完全に存在するとはいえないので、国公法第五九条第一項は前述のとおり職員の採用はすべて条件付のものとし、その職員が一定の期間勤務し、その間その職務を良好な成績で遂行したときに、はじめて正式採用になるものとしたのである。すなわち、条件付採用期間中は未だ職員として正式採用されるまでの選択過程であつて、任命権者は条件付採用期間中に競争試験または選考の方法により捕捉することができたかつた要素が存しないかどうか。あるいはそれらの方法により判定されたとおり実際の勤務において職務遂行能力が発揮されるかどうかについて考慮する機会を与えられることにより不適格者を排除し、成績主義の原則の完璧を期そうとするのが、条件付採用制度の意義であつて、条件付採用期間中の職員の労働関係はその期間における勤務を良好な成績で遂行することを正式採用の停止条件とする特殊な労働関係であるというべきである。これは私企業におけるいわゆる試用契約制度と同様の機能を営むものである。

ところで原告らは、先ず条件付採用制度について国公法は適格性の判断に関する客観的、合理的な基準を定めず、かえつて人事院規則一一-四第九条が不適格事由を具体的に定めていること、また条件採用期間終了時点において適格者である旨の判定の表示や取扱上の差異がないことからして、ここにいう条件とは停止条件ではなく、条件付採用期間中は不適格事由による解雇権が留保されていることを意味するものであると主張する。しかしながら、国公法第五九条第一項が適格者を正式採用する側面から前述のように職員が一定の期間その職務を良好な成績で遂行することを条件として正式採用となる旨規定したのに対し、人事院規則一一-四第九条が不適格者を排除する側面から、「条件附採用期間中の職員は、法(国公法)第七十八条第四号に掲げる事由に該当する場合又は勤務実績の不良なこと、心身に故障があること、その他の事実に基いてその官職に引き続き任用しておくことが適当でないと認める場合には、何時でも降任させ、又は免職することができる。」と規定し、やや具体的に不適格事由を定めているが、これらはいずれも条件付採用期間が正式採用前の選択過程であることを両面からそれぞれとらえただけのことであつて、人事院規則の前記規定が存することをもつて、前述した条件付採用制度の意義を変更すべきものとは解されない。

また、人事院八-一二第二六条第二項は「条件附任用期間の終了前に任命権者が別段の措置をしない限り、その期間が終了した日の翌日において、職員の任用は、正式のものとなる。」と規定し、条件付採用期間の終了時点において適格者であると判断したことの表示を特に行なわない建前になつていることや、正式採用になる前後を通じて給与のどの面において取扱上の差異を設けるべき旨の規定が存しないことは原告ら主張のとおりであるが、停止条件成就の有無は、適格者であると判断したことを直接的に表示することによつても、また、不適格者であると判断した者に対しその旨を表示することにより、それ以外の者に対し間接的に適格者であると判断したことを明らかにすることによつてもそれを明確化することが可能であつて、いずれをとるかは立法技術の問題であるにすぎない。従つて人事院規則が不適格者であると判断した者に対してのみその旨を告知することにとどめ、正式採用となる者に対しては適格者であると判断したことを表示しない取扱い方法をとつたことから、取扱いのうえでは条件付採用期間中に前述の人事院規則一一-四第九条に基づく措置をうけないことを停止条件として正式採用になるというだけのことであつて、右の取扱い方法をもつて原告らの主張するように条件付採用期間中は不適格事由による解雇権が留保されていることを意味し、右期間中の職員といえども正式採用された職員であるかのように解することは失当である。

また正式採用となる前後を通じて給与などの面において取扱上の差異がないことをもつて、直ちに原告らの右主張を裏付けるものと解することもできない。

次に、原告らは、国公法第五九条第一項の定める条件付任用制度は職員の採用の場合のみならず、昇任の場合をも対象としているが、昇任については条件付任用期間中に不適格者として排除された実例は皆無であつて、決して停止条件付のものとしては運用されていないから、この一事をもつて国公法上の条件付任用制度が形骸化していることが明らかであると主張する。しかしながら、原告らの主張が正式任用すべきでない者が正式任用されて国公法上の条件付任用制度が形骸化しているという意味であれば、それは国公法を無視する不法の事態として是正せられるべきことになるだけのことであつて、いささかも条件付任用制度それ自体の内容を変更すべき理由とならないことは前述の公務員の労働関係における特殊性に照らしても明らかであるから、原告らの右主張は採用することができない。

なお、原告らは、条件付採用期間の六カ月以上というのは驚くべき長期間であり、国公法立法当時は右期間が試験期間としての実質を有していたが、その後の労働事情の変化により六カ月以上という条件付採用期間中不安定な身分に甘んずる求職者がなくなり、他方受入れ側においても要員配置が窮屈になつてきたため、実際には当初の数日間の勤務のみが条件付採用制度の趣旨どおりの試験のための勤務であり、その後の勤務は労働の質、量ともに正に労務の給付が主眼とされるにいたつているので、条件付採用制度の意義も右の事態にそくして変更せらるべきであると主張する。しかしながら、条件付採用期間中はその職員に対し正式採用された職員とは異なつた試験のための特別の職務を与えなければならない旨の規定は存しない。むしろその官職に必要な適格性の有無は正式採用された職員と同様の職務をしているときに最もよく判断されるものであると考慮に基づいて、右のような規定を設けなかつたものと解されるのである。そうだとすると、条件付採用期間中の職員の内容が正式採用された職員と同様のものであることは条件付採用制度の趣旨に反するものということができない。また、原告ら主張のように労働事情の変化により六カ月以上という条件付採用期間中不安定な身分に甘んずる求職者がなくなり、他方受入れ側においても要員配置が窮屈になつてきた事情があるとしても、それをもつて条件付採用制度の意義や条件付採用期間の長さが変更されたものと解すべき根拠とすることはできない。従つて原告らの主張も採用することができない。

(二) 条件付採用期間中の職員の身分保障などについて

原告らは条件付採用期間中の職員についても十分に合理的な身分保障が与えられなげればならない。もしそうでなければ国公法がそれらの職員からも正式採用された職員と同様に団体交渉権および争議権を剥奪していることに対する十分な代償措置を欠いていることになり、ひいては憲法第二八条の規定に違反することにもなるからである旨主張する。

憲法第二八条は同法第二五条の生存権保障の理念に基づき、勤労者の団結権、団体交渉権、争議権等の労働基本権を保障しているところ、国家公務員は国から労働の対価の支給をうけて勤務するものであるから、同法二八条にいう勤労者に国家公務員も含まれるものと解すべきである。そして国家公務員が従事する職務が公共性を有しているところから、右の労働基本権が国民生活全体の利益を保障することとの比較考量の見地などからやむなく制限されることがあるのも当然である。

その場合にも労働基本権の制限に見合う代償措置が講ぜられなければならないことは原告ら主張のとおりである。そこで公共職業安定所の職員についてみるに、それらの者は憲法第二八条にいう勤労者であることはもち論であるが、職業紹介、職業指導、失業保険その他の事項を行なうために無料で公共に奉仕する行政機関の業務に従事する者であつて 国民生活全体との関連性がきわめて強く、その業務の停廃が国民生活に重大なる障害をもたらすおそれがあるなどの理由で、国公法により労働基本権が制限されているのであつて、条件付採用期間中の職員といえどもその例外ではない。

そこで、条件付採用期間中の職員に対する代償措置についてみるに、それらの者につき給与を含む勤務条件が法律または人事院規則によつて定められ、特にこれを保障するため政府から独立した人事院が設置されていることなどは正式採用された職員の場合と同様であるが、条件付採用期間中の職員は国公法第八一条の規定により身分保障に関する同法第七五条、第七八条ないし第八〇条の適用が排除され、その分限については人事院規則で必要な事項を定めることとされ、これを受けて同規則一一-四第九条は前述のとおり規定している点において正式採用された職員の場合と異なつた特例が設けられている。さらに条件付採用期間中の職員は、国公法第八一条の規定により、正式採用された職員につき認められた(1) 勤務条件に関する行政措置の請求権(同法第八六条)、(2) 不利益処分に関する審査請求権(同法第九〇条)、(3) 公務傷病の補償に関する審査請求権(国家公務員災害補償法第二四条)のうち、(2) の不利益処分に関する審査請求権を認めた規定の適用が排除されている。ところで国家公務員について労働基本権を制限することに見合う代償措置を講じなければならないということは、条件付採用期間中の職員と正式採用された職員との間に存する差異に基づき合理的な区別を設けることを必ずしも否定するものではない。そして、条件付採用期間中の職員と正式採用された職員とについて前述のとおりほとんど同様の代償措置が認められながら、身分保障および不利益処分に関する審査請求権について区別を設けたのは、後者がその職に必要な適格性を有するものであるとの任命権者による最終的判定をうけたものであつて、身分の安定を期待するのが当然であるのに対し、前者はその職に必要な適格性を有するかどうかを検討すべき選択過程にあるものであるから正式採用された職員と同様に身分保障することは条件付採用制度に親しまないものであることによる。従つて前述の区別は条件付採用期間中の職員と正式採用された職員との間に存する差異に基づく合理的なものというべきであり、右のような区別があることをもつて条件付採用期間中の職員に対する代償措置が十分でないと解することはできない。もつともそれらの者も人事院規則一一-四第九条の定める事由のない限り免職などの分限処分をうけないのであるから、その意味において右の条項はそれらの者の身分保障を定めたものと解するのが相当である。そうだとすると、条件付採用期間中の職員に対する代償措置が不十分であるとして、人事院規則一一-四第九条の規定が違憲無効であるということはできないわけであつて、原告らもその点を争う意思があるものとは受取れない。

そこで右の人事院規則一一-四第九条の適用について、原告らは条件付採用期間中の職員に対する身分保障の見地から同条にいう不適格事由は客観的、合理的に認定されなければならない旨主張し、被告はその認定は任命権者の自由裁量であつて、全く事実上の根拠を欠いていた場合であるとか、もしくはその裁量が恣意にわたるなど裁量権の範囲を著しく逸脱した場合であるとかを除き違法性がないと争うので、この点について考察することとする。一般的にいつて使用者が何人を雇用するかは本来自由に決しうるところであつて、条件付採用期間中の職員は未だ選択過程の途上にあり、正式採用されたものでないから、右自由の射程内に属する要素をもつていることは否定できないところである。しかしながら、国家公務員の採用については単に競争試験または選考の段階においても国公法第三三条が職員の採用はあくまでその者の受験成績などの能力の実証に基づいて行なわれるべき旨の成績主義の原則を掲げて、縁故、情実などを排除すべきことを定め、さらに同法第四六条が採用試験の公開平等を定めていることなどに照らし、私企業における場合と異なつて人事の公正が特に要請される点において一般的にいわれる使用者の採用の自由がすでに修正されているとみられるのみならず、その段階を経て次の選択過程に進んだ以上、それに相当する身分保障をなすことは条件付採用制度の本質に必ずしも反するものではない。むしろ、条件付採用制度が不適格者を排除して成績主義の原則の完璧を期そうとするものであるから、その目的を達するための客観的、合理的な必要性を超えて条件付採用期間中の職員が分限されてはならないとの制度上の制約が存在するのであつて、人事院規則一一-四第九条はその当然の事理を明文化したものと解する。そして、それらの者が正式採用されることに対する期待権を有するとともに現に給与をうける権利などを有することを考えると、これらの権利に直接影響を与えるところの人事院規則の前記条項に基づく分限処分は法規裁量に属するものと解すべきである。ただし、正式採用された職員に対する国公法第七八条に基づく分限処分の場合と、条件付採用期間中の職員に対する人事院規則の前記条項に基づく分限処分の場合とでは、同じ不適格者などの排除を目的とするものであつても、後者の場合は前述のように選択過程の途上にあるものであることに照らし、不適格事由の裁量について前者の場合より弾力性を認めつつ、しかも条件付採用期間中の職員に対する身分保障という見地から条件付採用制度にそくした一定の客観的、合理的基準に適合するものでなければならないものと解するのが相当である。

以上の見地に立つて本件各免職処分事由の有無についての考察に入ることとする。

(三) 原告鍬田に対する本件免職処分事由の有無について

<証拠省略>を総合すれば次の事実を認定することができる。

すなわち、

(1)  原告鍬田は昭和三八年八月一日から堂島公共職業安定所の調査課統計係に配属されていたものであるが、当時奈良県磯城郡田原本町八田五二二番地の自宅から、近畿日本鉄道天理線の二階堂駅で乗車し、西大寺駅で同奈良線に乗りかえ、さらに鶴橋駅で国鉄環状線に乗りかえて大阪駅で下車し、その後徒歩で勤務先に通勤していたこと、同原告は当初は出勤時間である午前八時三〇分までに勤務先に出勤していたが、同年九月近畿大学夜間部に通学するようになつてから出勤がだんだん遅くなり、同年同月二三日午前九時一〇分に出勤して四〇分遅刻したのをはじめとして、一〇月中に三回、一一月中には公民権行使のためのものを除き七回、一二月中には七回、翌年一月中には一五日付で本件免職処分に付されるまでの間に四回、以上合計二二回にわたり延べ二日と一時間二〇分に及び遅刻を繰り返したこと、右の遅刻はいずれも電車の遅延によるものであつたからその都度やむを得ない事情がある場合に該当するとして特別休暇の取扱いをうけていたこと、堂島公共職業安定所における職員の出勤時間は、政府職員の勤務時間に関する総理庁令(昭和二四年総理庁令第一号)により午前八時三〇分と定められているが、交通事情が悪いため午前八時三〇分の直前に大勢の者が出勤して出勤簿に押印するのに行列をつくることがあつたので、大阪府下の各公共職業安定所では大職安の各分会からの要請もあつて、出勤時間を遅らせたり、また猶予時間を設けたりなど、区々の取扱いがなされていたが、被告は昭和三八年三月二七日付の各公共職業安定所長名義による「職員の皆さんへ」と題する前出の文書をもつて、前述の慣行整理の一環として、同年四月一日以降は大阪府職員の例に従い管内の全公共職業安定所を通じて、出勤時間は午前八時三〇分であるが、交通事情や出勤簿整理に要する時間をも考慮して三〇分間だけ猶予し、午前九時までに出勤すれば遅刻扱いはしない。ただし午前九時を過ぎて出勤すれば午前八時三〇分からの遅刻扱いとすることに統一する旨を全職員に対し周知徹底させ、同原告も堂島公共職業安定所の馬場貞弘次長から採用当初の研修の際出勤に関する右の取扱いついての説明をうけていたこと、同原告は前述のように出勤が遅くなつてからは自宅を大体午前七時一五分ごろ出発して二階堂駅で午前七時三四分発の電車に乗り、順調に行つたときは大体午前八時五〇分から五五分ごろ勤務先に到着し、前記猶予時間内に出勤することができたが、当時通勤時間に混雑などのため一〇分ないし三〇分程度が遅延する例が多かつたので、前述のように遅刻を繰り返していたこと、電車の遅延による遅刻として特別休暇扱いをうけていたものではあるが、その回数が余りに多かつたため、主として上司の石井課長が時に藤田統計係長が一電車早く来るなりして遅れないようにすべき旨の注意をたびたび与えていたこと、同原告はかかる注意をうけると、はじめのころは「今下宿を探している。」などと善処するような返事をしていたが、昭和三八年一一月ごろからはただ不満そうな顔をするだけで、依然遅刻を繰り返し反省的な態度がみられなかつたこと。

(2)  昭和三八年一〇月一五日までに大阪府労働部に提出すべき同年度日雇求職者の就労状況等に関する実態調査の集計を、同原告所属の調査課全員が同年同月一二日午後一時から同五時までの超過勤務と翌一三日の午前八時三〇分(ただし前記出勤猶予時間あり)から午後五時までの休日勤務とをして行なつた際、堂島公共職業安定所長花岡八郎の承認を得て同年同月一一日藤田統計係長が調査課の全員に対し右の超過勤務と休日勤務とを命じたところ、同原告のみがこれに応じない態度であつたので、石井調査課長が翌一二日の朝同原告に対し重ねて仕事の緊急性を説明して右の命令を伝えたが、同原告はさしたる理由を示さないでその命令に応じなかつたこと、超過勤務および休日勤務は超過勤務等命令簿にその命令が発せられたことを記載すべきことに人事院細則九-七-二第一条で定められているにもかかわらず、前述の超過勤務と休日勤務については超過勤務等命令簿にその旨の記載がなされていないが、これは右の勤務に対する手当が超過勤務のための予算から支出されないで、アルバイトのための予算から便宜支出された事情に基づくものであること、(超過勤務等命令簿に超過勤務などが命ぜられたことを記載すべき旨の前記人事院細則はそのような命令が発せられたことを前提として勤務時間管理の必要上作成されるものであつて、超過勤務などの命令自体は要式行為ではないから、本件において前述の超過勤務と休日勤務とについて超過勤務等命令簿にそれを命じた旨の記載がなされていないことをもつて前記命令の効力を左右することはできない。)

(3)  そのほか、普段の勤務においても、他人の話に耳を傾けたりまたため息をついたりなど、しばしば仕事に打込んでいない様子の場合があり、仕事の速度も他の者に比べ見劣りがしていたこと、

以上の諸事実が認められ、原告鍬田和男の本人尋問の結果中これに反する供述部分は措信することができない。

そうだとすると、原告鍬田が上司の注意がたびたびあつたにもかかわらず、多数回にわたり遅刻を繰り返したこと(前記(1) の事実)は職務に対する奉仕観念や上司の命令に対する忠実さに著しく欠けていたものとの非難を免れることができないし、これを放置するにおいては職場規律を弛緩させ、職員全体の士気に悪影響を与えるおそれがあるものである。また、同原告が超過勤務と休日勤務とを命ぜられながら理由なくこれに応じなかつたこと(同(2) の事実)についても前同様のことがいえるのである。

従つて被告が、同原告が条件付採用期間中の職員であることを考えたうえ、前記(1) ないし(2) の事実に基づいて同原告が公共職業安定所の職員として必要な適格性を欠いていると判断して同原告を本件免職処分に付したことは首肯できるところであつて、免職処分事由に関する裁量を誤つたとか、処分権を濫用したとかの違法があるとはとうてい言うことができない。

ところで<証拠省略>によると、花岡所長が昭和三八年一二月二六日付で被告に提出した原告鍬田に関する勤務報告書において、第一次評定者たる石井調査課長が「責任感、知識、奉仕観念、表現、応対、研究心、上司の命令に対する忠実さ、仕事の速さ、協調性」の九項目についていずれも良、「勤勉さ」について可と評定し、総合的評価として良と記載していることが明らかであるが、前記の(1) ないし(2) の事実に徴すると、右の記載内容をもつて当裁判所の前記判断を左右することはできない。

原告鍬田は遅刻時間を不当に算定していると主張するが、前記認定の事実に照らしその理由がないことは明らかである。

さらに、同原告は前記(1) の遅刻は電車の遅延によるものであり、かつ、特別休暇の取扱いをうけていたものであるから、これをもつて免職処分事由とすることは信義則にも違反すると主張する。遅刻をやむを得ない事情によるものとして特別休暇扱いとした場合に後日それを免職処分事由とすることが一般的に道理に反するものであることは同原告主張のとおりである。

しかしながら、前記認定の出勤時間猶予制度の趣旨、ことに電車の遅延をある程度見越したうえでの猶予であることに照らすと、同原告が一〇分ないし三〇分程度の電車の遅延を理由に特別休暇を申請し、当局がそれを承認していたこと自体がすでに問題であるが、本件において被告がその点までを主張していないから論外としても、同原告は上司からの注意をたびたび受けていたにもかかわらず、多数回にわたり遅刻を繰り返していたという特殊な事情が認められるから、前記(2) の事実と相まつて、同原告が職務に対する奉仕観念や上司の命令に対する忠実さに欠けるところがあると判断せられてもやむを得ないのであつて、右遅刻をもつて本件免職処分事由としても何ら信義則に違反するものではない。

なお、同原告は遅刻によつて業務上の支障が現実に生じていないから、それを免職処分事由とすることは違法であると主張する。しかしながらも、人事院規則一一-四第九条にいう不適格性の認定に遅刻によつて業務上の支障が現実に発生したことは必ずしも必要でないから、同原告の右主張は採用することができない。

なお、同原告は、超過勤務などの時間外勤務の拒否は免職処分事由に該当しないと主張する。しかしながら、国公法第一〇六条の規定に基づいて制定された人事院規則一五の一第一〇条第一項によると「各庁の長は、公務のため臨時又は緊急の必要がある場合には、正規の勤務時間以外においても、職員に勤務することを命ずることができる。」と規定しているから、右規定に基づいて時間外勤務を命ぜられた以上、それを拒否することは職務命令違反の評価を免れることができないわけである。従つて、同原告の右主張も採用することができない。

ところで、被告は前記(1) ないし(3) の事実以外に同原告が他の職員と朝のあいさつを交さなかつたことを協調性を欠くものとして本件免職処分事由に掲げているが、同原告が他の職員と朝のおいさつを交さたかつたこと自体は職務遂行上の問題と直接関係がないから、右の事実をもって本件免職処分事由としたことは違法であるというべきである。もつとも任命権者の事実の認定ないし評価に多少の誤りがあつても、その基本的重要部分を占める関係に誤りがない以上、そのような過誤は免職処分そのものを違法ならしめるものではないと解するのが相当である。本件においては右の基本的重要部分を占める関係において誤りがないから、前記違法は本件免職処分の効力に影響しないものといわなければならない。

(四) 原告辻に対する本件免職処分事由の有無について

<証拠省略>を総合すると次の事実を認定することができる。

すなわち、

(1)  原告辻は昭和三八年八月一日から堂島公共職業安定所の失業保険業務課資格得喪係に配属されていたものであるが、同年一一月一一日出勤が一時間遅れたことにつき、事後において年休の請求手続をした際、その請求書に休暇の事由を全然記載したかつたこと、同原告はそのことについて、失業保険業務課長斎藤文平や庶務課長野村晃次から後述するような休暇の事由を記載することの必要性を説明されたうえ、上司の命令には従うべきだと注意されたこと、当時同原告は年休は権利として認められたもので、当局は休暇の事由を記載していないからという理由で承認を拒否することはできないものであると考えており、自己の所属する堂島分会青年部の集会でも一致して同意見であつたので、同原告は上司の右注意に対し自己の考えを述べて最後までその記載をしなかつたこと。数日を経て馬場貞弘次長が同原告に対し同様の厳しい注意を与えたが、同原告はこの場合も「考えておく。」という返事をしただけであつたこと、しかし右の年休の請求はそのままの状態で承認されたこと。

(2)  同原告は同年同月二一日富士工務店の係員から二名分の離職証明書用紙の交付を請求するのに二通の請求書を提出されたが、一通の請求書に離職者一五名まで記載できることになつているので、普通は数名の離職者がある場合でもまとめて一通の請求書を提出してくるものであるのに、同原告ははじめて二名分の離職者証明書用紙を請求するのに二通の請求書で別個に請求をされたので、その手続を間違えているものと思い込み、前記係員に対し一通の請求書に書きかえるよう要求してそれを全く受付けようとしなかつたこと、そこで前記係員が直接斎藤課長に交渉したため、資格得喪係長原田睦男が同原告のところにきてそのまま受付けるよう指示したが、同原告は「一通の請求書に書きかえるまでは受付けられない。お前は関係がないから黙つておれ、」という趣旨の暴言をはいてその指示に従わなかつたこと、他の職員が同原告を所長室に連れて行つたあとで原田係長が前記係員に対し離職証明書用紙を交付したこと、同原告は所長室に連れて行かれたあと自分が間違っていたことを反省し、その場に間もなくきた原田係長に謝罪したこと。

(3)  そのほか、同原告は外来者との応接態度がつつけんどんであつたこと、本件免職処分後のことであるが、これに強い不満を持つた同原告が野々山敏夫次長に対し多少の乱暴を働いたこと。

(4)  被告は、同年一二月二六日付で花岡所長から被告あてに提出された勤務報告書で同所長が総合的評価として不可と評定し、免職処分を勧告したことを契機とし、前記(2) の事実は奉仕観念、上司の命令に対する忠実さに著しく欠けるものであるとして最も重視し、次で同(1) の事実は上司の命令に対する忠実さに欠けるものであるとして重視し、その他の事実(ただし前記(2) のうち同原告が原田係長に対し謝罪したことは本件免職処分当時被告は聞知していなかつたし、同(3) の事実のうち同原告が野々山敏夫次長に対し暴行したことは本件免職処分の後の出来事であるからこれらの事実を除き)を総合して国家公務員として、特に公共職業安定所の職員として必要な奉仕観念、応対、上司の命令に対する忠実さなどに著しく欠けるところがあるから適格性がないと判断し、同原告を本件免職処分に付したこと。

以上の事実を認めることができ、原告辻泰弘の本人尋問の結果中これに反する供述部分は措信することができない。

ところで、原告辻は、被告ら当局が年休の請求書に休暇の事由を記載すべき旨命じたことは違法であるから同原告がこれに応じなかつたことは当然であつて、何ら非難さるべきものではないと主張するので考えるに、労働大臣官房長が昭和三七年一二月一五日都道府県職業安定課長などに対し「出勤簿および休暇等の取扱いについて」と題する通達を発し、右通達において職員は休暇については休暇承認簿により休暇の事由を明らかにすべき旨指示し、被告はこれに基づいて同年同月二六日管内の公共職業安定所長に対し昭和三八年一月一日以降は出勤簿および休暇などの取扱いについては右通達によるべきであると指示したことは前記認定のとおりである。

そこで、一般職国家公務員の年休の性格についてみるに、国公法第一〇六条の規定に基づいて制定された人事院規則一五-六第二項は「有給休暇とは、法令の規定に基き、職員がその所属する機関の長の承認を経て正規の勤務時間中に俸給の支給を受けて動務しない期間をいう。」と規定し、同第四項は「休暇は、あらかじめ機関の長の承認を経なければ与えられない。」と規定しているところ、前記の「法令の規定」のなかには、大正一一年閣令第六号(官庁執務時間並休暇ニ関スル件)および労働基準法第三九条が含まれるものと解するのが相当である。その理由は以下のとおりである。すなわち、大正一一年閣令第六号は昭和二二年法律第一二一号(国家公務員法の規定が適用せられるまでの官吏の任免等に関する法律)により昭和二三年一月一日以降もその効力を存続している。他方、昭和二三年一二月三日法律第二二二号(国家公務員法第一次改正法律)が施行され、一般職国家公務員について国公法の附則に第一六条を追加して労働基準法などおよびこれらに基づいて発せられる命令を適用しない旨を規定するとともに、右の第一次改正法律附則第三条において「別に法律が制定実施されるまでの間、国家公務員法の精神にてい触せず、且つ、同法に基く法律又は人事院規則で定められた事項に矛盾しない範囲内において」労働基準法およびこれらに基づく命令の規定を準用する旨を規定するところ、労働基準法第三九条の規定は労働者に対し年休の請求権を認めると同時に請求された時季に年休を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合には、他の時季にこれを与えることができると規定して使用者の立場をも考慮しているわけであるから、同条を一般職国家公務員に準用しても公務の遂行に格別の支障があるものとは思われず、地方公務員の年休については同条の適用が当然には排除されていないことなどに照らすと、同条を一般職国家公務員に準用しても国公法の精神にてい触することはないとして、前記附則によりその準用を肯定するのが相当だからである。

そうだとすると、一般職国家公務員の年休については人事院規則の前記規定により所属する機関の長の承認を要するのであるが他面労働基準法第三九条が準用されることにより年休を請求するのは権利であり、機関の長は年休を請求された時季にその承認を与えなければならないわけであつて、ただその時季に年休を与えることが業務の正常な運営を妨げる場合にのみその承認を拒否することができるということになるのである。

ところで、被告は、前記認定のように休暇の事由を明らかにすべき旨指示したのは、機関の長は業務の繁閑に応じて年休を承認するかどうかを決するのであるが、休暇の事由が重大であり、かつ緊急性を有する場合であれば、通常承認することができないようなときでも承認することがあり得るし、また、年休の請求が競合する業務の繁閑の程度により一部の者に承認を与えることができる場合には、休暇の事由の重大性と緊急性との程度によつて承認を与える必要があるからであると主張する。なるほど機関の長が年休を承認するかどうかの判断を適正、かつ円滑になすために職員に対しあらかじめ休暇の事由の記載を要求することの合理性と必要性とが存在することは肯定できるところである。従つて年休の請求について休暇の事由を明らかにすべき旨を命じた前記労働大臣官房長および被告らの指示が違法であるとはいえない。しかも、右指示の性格が後述するとおりであることに照らし、これが年休の自由な利用を妨げたり、また、職員のプライバシーを侵害するものと解することができない。しかしながら、職員が休暇の事由を記載しなかつたため、その重大性と緊急性とが不明であれば、被告主張の前者の場合には年休の承認を拒否し、後者の場合にはその者の年休を承認しないで、他の者の年休を承認すれば足りるのであつて、そのような結果は休暇の事由を記載しなかつた者の甘受しなければならないところである。従つて年休の請求をする場合に休暇の事由を明らかにすべきことが、機関の長が年休を承認するにあたり絶対不可欠の要素になつているとは解することができない。

そうだとすると、年休の請求書に休暇の事由を記載すべき旨の指示は職務命令の一種ではあるが、年休の請求権を行使するについての手続的要件を定めたものであつて、それに不備がある場合、年休を承認をしないなどの臨機応変の処置をとれば足り、その追完の命令に応じない場合でもそれ以上に免職処分事由などに該当する職務命令違反などの非難を加えるべき性質のものではないと解するのを相当とする。けだし、年休の請求を全然しない場合に何らの非難を加える余地がないのは年休の請求がもともと権利の行使であることに由来するのであつて、ことに同様に、年休の請求が前述の手続的要件を欠き不完全に行なわれたことを理由に免職処分事由に該当するなどの非難を加えることはそれが権利の行使であることの本質に反することになるからである。<証拠省略>によると休暇の事由を記載すべき旨の労働大臣官房長および被告の前記指示は、特別休暇、病気休暇などの休暇全般についてのものであることが明らかであるが、年休の場合は前述の理由により他の休暇の場合とは異なつた意味をもつものと解釈しなければならない。

従つて、被告が、同原告が年休の請求書に休暇の事由を記載しなかつたこと(前記(1) の事実)を上司の命令に対する忠実さに欠けるものとして本件免職処分事由としたことは裁量に違法があるものというべきであつて、結局、同原告のこの点に関する主張は理由がある。

ところで、被告が前記(2) の事実を第一に、同(1) の事実をその次にそれぞれ重視してその他の事情を総合のうえ、同原告を本件免職処分に付したものであるところ、年休の請求書に休暇の事由を記載しなかつたこと(同(1) の事実)をもつて本件免職処分事由としたことが違法であることは前記認定のとおりである。さらに同(2) の事実は奉仕観念に欠け、自己の考えにいたずらに固執して非常識な態度で上司の命令に従わなかつたものとして、かなり重大な事実であるが、他面前掲記の各証拠によると、新制高等学校を卒業して二年目を迎えたばかりで、自制心の十分に備わらない年令であり、若気と事務不慣れのために激発したと見るべき一面をもつており、直後反省して自己の非を悟り原田係長に謝罪していること、その後は再び同じような誤りを犯していないこと(本件免職処分後同原告が上司に対し乱暴した事実があることは前記認定のとおりであるが、これは本件免職処分事由と直接の関係がないし、しかも本件免職処分に対する強い不満の念に駆られた行為であつて、必ずしも悪性の発露とばかり非難できないものがあるので、事後における右の行為をもつて本件免職処分当時における同原告に関する不適格性を推測する資料とすることもできない。)などを考え合わせると、被告が同原告に対しなした本件免職処分は、免職処分事由とされた相当重要な部分が欠けており、その余の事実をもつて同原告が人事院規則一一-四第九条にいう公共職業安定所の職員として必要な適格性を欠いているものと判断することは先に述べた客観的、合理的な裁量基準を逸脱するものであると解釈せざるを得ない。

従つて、被告が同原告に対してなした本件免職処分は人事院規則の前記条項の適用を誤つた違法があるものとしてその取消を免れることができない。

四、以上のとおりであつて、被告が原告辻に対してなした本件免職処分は違法であるからこれを取消すべく、原告鍬田に対してなした本件免職処分には何らの違法が存しないからこれを取消すべきいわれがない。

よつて、原告辻の本訴請求は理由があるからこれを認容し、原告鍬田の本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岩本正彦 高山健三 大内敬夫)

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