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大阪高等裁判所 昭和45年(う)1208号 判決 1971年5月28日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金二万五、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審および当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人中塚正信、同竹内靖雄共同作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

一、訴訟手続の法令違反について

(一)  まず、控訴趣意中、審判の請求を受けない事件について判決をした違法があるとの所論は、要するに、被害者小林千昭の傷害の部位、程度につき、原判決が訴因変更の手続をとることなく、「全治一年二ケ月を要する頭部打撲挫傷並に挫創、頸椎打撲捻挫」の訴因事実を「全治一年二ケ月を要する頭部打撲傷並に脳損傷等」と変更して認定した違法を主張主張するものである。

よつて、記録を検討してみるのに、被害者小林千昭の傷害の部位、程度については、起訴状(略式命令請求書)記載の当初の訴因によると「全治約二週間を要する頭部外傷第Ⅱ型頭部挫創等」とされていたが、原審第五回公判期日において、検察官の請求により「全治一年二ケ月を要する頭部打挫傷ならびに脳損傷等」と変更され、更に、同第七回公判期日において、再び検察官の請求により「全治一年二ケ月を要する頭部打撲傷並に挫創、頸椎打撲捻挫」と変更されていたところ、原判決はこれを「全治一年二ケ月を要する頭部打撲傷並に胸損傷等」と認定していることは所論の指摘するとおりである。

ところで、右によつて明らかなように、原判決は訴因事実である「頸椎打撲捻挫」を認定しないで、訴因にない「脳損傷」を認定しているのであるが、前者の傷と後者の傷とは医学上全く異るものであつて、後者の傷が前者に比しより重いと解せられるもので、本件の場合に脳損傷を認定することは、被告人の防禦に実質的不利益を生ずる虞れがあるとみるべく、また本件での前記のような訴因変更のけいいに徴しても、訴因変更の手続を経ることなく「頸椎打撲捻挫」を「脳損傷」と変更して認定しえないと解すべきである。所論は、右の違法は刑事訴訟法三七八条三号後段にいう審判の請求を受けない事件について判決をした場合にあたると主張するのであるが、それはむしろ同法三七九条にいう訴訟手続の法令違反と解すべきである。そして右違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は結局において理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。

(二)、次に、職権によつて按するのに、原判決には、被告人の過失の内容につき、右と同様、訴因をこえてこれを認定した違法がある。すなわち、原判決によると、原判決は被告人の過失の内容につき、「……同所は被告人の進路からすれば左方へ曲折する道幅の狭い下り坂の峠道であるから、このような道路では往々自車がセンターラインを右へ越え、又はセンターライン擦々になつて反対車道を対向してくる車輛と接触する危険のあることが予想せられるのであるから、自動車運転者は、その手前から十分に速度を調節し、前方対向車に注意して之と離合する場合急激な制動措置を避け安全な間隔を保つて左側通行を厳守すべき業務上の注意義務があるのに、之を怠り、時速四〇粁のまま、センターライン一杯に、同所の曲線の一番深い部分を左へ曲つたところ、反対車道を対向してくる牧本邦夫運転の大型貨物自動車を認め急制動して時速を一〇粁位に落すと共に急激に左方に転把したが、その瞬間自車右後端がセンターラインを越え反対車道へ突出したため、同所で離合した前記大型貨物自動車の右後部ボデー附近に右自動車右後端部を接触させ、之がため把手をとられて右斜前方へスリップし、車輛もろとも道路下の叢中へ転落し、……」と認定していることが認められる。ところが、起訴状の記載によると、右の点は「……同所附近は進路が左へ曲り、対向してくる牧本邦夫運転の大型貨物自動車を認めたのであるから、直ちに徐行し安全な間隔を保つて離合すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、漫然と同一速度で進行した過失により、同車と離合の際に同車右側と自車右側を衝突させて、自車を進路右の道路下に転落させ……」となつており、その後原判決にそう訴因の変更のなされた形跡はないのである。すなわち、これを要約すると、被告人の過失は、訴因によると、(1)、徐行義務違反、(2)、対向車と離合の際の安全間隔保持義務違反とされていたのに、原判決は、右(1)、(2)の義務違反のほか更に(3)、急激な制動措置の避止義務違反をも認め、具体的な過失行為として、急制動と急激な左方への転把を認定しているのである。

ところで、右(3)の義務違反は(1)、(2)、の義務違反とは全く別個のものであつて、それらに包含されているものとは解しがたく、ことに原判決によると、(3)の義務違反が本件における中心的なものと認定されているのであるから、訴因にない右義務違反を認めることは被告人の防禦に実質的な不利益を生ずると解せられるばかりか、原審公判において右義務違反の存否をも審判の対象として充分な審理のなされた事跡も窺えないので、これを認定するためには訴因変更の手続を要するものといわなければならない。原判決にはこの点において訴訟手続の法令違反があり、、その誤りは判決に明らかに影響を及ぼすものと解せられる。

よつて、原判決はこの点においても破棄を免れない。

二、事実誤認について

(一)、まず、控訴趣意中、原判決が被告人の具体的な過失行為として、対向してきた牧本邦夫運転の大型貨物自動車を認めた際、「急制動して時速を一〇粁位に落すと共に急激に左方へ転把した」と認定した点についての事実誤認の主張につき按ずるのに、原審認定の右事実にそう内容の証拠としては、(1)急制動の点につき原審第三回公判調書中証人牧本邦夫の供述記載ならびに原裁判所の同証人に対する尋問調書、(2)、減速および転把の点につき原審第四回公判調書中被告人の供述記載が存するのであるが、右(1)の牧本の証言は、それ自体において明らかなように、被告人が制動の措置をとつたことを現認したわけではなく、これを推測して供述しているに過ぎないものであるから信用性の薄いものであり、また、接触現場に被告車輛右後輪のスリップ痕があつた旨の部分も、その位置および形状等からして、必ずしも信用しうるものとは認めがたく、右(2)の被告人の供述は、道路が左にカーブしていたため、エンジンブレーキで制動して時速し、カーブにそつて左に転把していつた旨のものであつて、その実質は原審の認定と相反するものであり、いずれも「急制動、急転把」の事実を認定する資料として充分ではなく、他に右事実を認定するに足る証拠も存しない。してみると、原判決には過失内容の重要な事項につき事実の誤認があることになり、それが判決に影響すること明らかであると認められるので、論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。

(二)、次に、控訴趣意中、原判決が被害者小林千昭の傷害の部位、程度につき「脳損傷」を認めた点についての事実誤認の主張につき按ずるのに、医師淀井強作成の診断書三通によると、右小林が昭和四二年一二月八日から翌四三年五月二五日まで治療を受けた同医師の診断結果には、頭部打撲傷、頸椎打撲捻挫等のほか脳損傷の疑も含まれていた事実が認めめられるが、原審証人黒岩良昭の証言による、その後右小林が診断を受けた大阪府済生会泉尾病院において、脳の超音波検査、出血検査等をなしたところ、頭蓋内部に形態的損傷はなく、いわゆる鞭打症としての最終的診断を受けていることが認められるので、右淀井医師による脳損傷の疑はすでに払拭されたものというべきである。してみると、原判決にはこの点につき事実の誤認があることになり、それが原認定の数個の傷害中最も重大なものに関するものであるから、右誤認は判決に影響すること明らかであるといわざるを得ず、論旨は理由があり、原判決はこの点においても破棄を免れない。

三被告人に過失がない旨の論旨について所論は、要するに、被告人は、対向してきた牧本邦夫運転の大型貨物自動車(以下これを牧本車と略称し、被告人運転の自動車と被告車又は自車と略称する)と離合した際、時速を約一〇粁に減速し、センターライスまで約六〇ないし七〇粁の余地を残して自車走行車線上を進行していたものであつて、本件道路状況のもとにおいて、大型貨物自動車と対向する小型貨物自動車の運転者としては、右の程度の車間距離をおけば充分であつて、しかも時速約一〇粁で減速徐行行しているのであるから、被告人には自動車運転上の過失はない、両車接触による本件事故は、右牧本運転手がカーブでのハンドル操作を誤り、同車後部を被告車の通行車線上に突出させたために生起したものであつて、事故の責任はあげて右牧本運転手にある、と主張するものである。

よつて、原審ならびに当審において取調べた証拠によつて検討してみるのに、本件事故現場附近は、被告車の進路から見て左にカーブする下り勾配のアスファルト舗装された道路で、被告車進行車線の路肩はコンクリートで固められ、反対側車線の路肩は非舗装の地面と接しており、路面中心部にセンターラインの表示があつて、当時は降雨のため路面が湿潤し、やや滑り易い道路状況であつたこと、被告人は、同道路を時速約四〇粁で進行してきたのであるが、道路がカーブする部分に差しかかつた地点(以下A点という)において、カーブ部分の反対側の自車進路左斜前方約六七米の反対側車線上の地点(以下B点という)を対向してくる牧本車を発見し、その頃右牧本も同時にA点を進行中の被告車を発見していること、その後両車は相接近し、A点から約四〇米、B点から約二九米の地点(以下X点という)において、牧本車の右後部フラッシャーランプ支持板と被告車の右後側部とが接触し、その衝撃により、被告車の後部が進路に向つて左側に振れたため、右に回頭して右斜前に約二六米斜走し、路外の草中に転落横転したこと、右X点附近の道路幅は、被告車の進行車線は舗装部分約三、二五米(その外側にコンクリートの路肩約二〇糎)牧本車のそれは舗装部分約二、八米(その外側に地道の路肩約五〇糎)であり、右A点からX点を経てB点に至るまでの間の道路幅は厳密にいつて多少の広狭は認められるが、本件を判断するためにはほぼ同一とみて差し支えのないこと、なお、被告車は車長三、八米、車幅一、四四五米で、牧本車は車長一〇、三五米、車幅二、五米であつて、これと右道路幅にカーブの状況を併せ判断すると、被告車はセンターラインまで優に一米の余地を残して進行しうるのに反し、牧本車はほぼセンターラインに沿つて進行せざるをえない道路状況にあることがそれぞれ認められる。

ところで、被告人は、原審ならびに当審公判廷において、牧本車を発見したA地点附近から道路が左にカーブしていたためギヤをトップに入れたままでアクセルをゆるめ、エンジンブレーキにより時速を一〇ないし一五粁に減速して牧本車と離合したが、その際自車がセンターラインをこえたことはなく、終始右ラインまで六〇ないし七〇糎の余地を残した道路左側部分を進行していた旨供述している。しかしながら、下り勾配の道路におけるトップギヤによるエンジンブレーキの減速度が被告人の供述するように大きいものとは到底認められないうえ、被告車が前記A点からX点まで約四〇米進行する間に、牧本車はB点からX点まで約二七米進行しているのであるから、車体後部どおしの接触なので各車輛の前記車長をこれに加算して計算すると、同一時間内に被告車の方が約六米長く進行していることが認められ、A、B点における両車の速度が時速約四〇粁であり、牧本車の方が被告車に比しやや遅かつた事情を考慮してみても、牧本車において減速した事実が認められない以上、被告車においても被告人が供述する程減速したとは到底認めがたいことなど、右被告人の供述中速度に関する部分には明らかに不合理と認められる点があり、これを信用することはできない。また、被告人の当審公判廷における供述によると、被告人は、牧本車がセンターラインすれすれのところを対向進行してきたが、センターラインをこえて自車進路に進出してきたのを現認していないのであるから、すくなくとも、牧本車は被告車と離合の直前においてセンターラインをこえていなかつたと認められる。他方、左にカーブする道路にそつて進行する被告人車にあつては、前記時速約四〇粁を維持するかぎり、左に曲るに従つて車体は右へ寄るきらいがあり、特にそれは道路の屈曲部の頂点から直約部分にかかるまでの間(X点はこの間にある)において著しいこと経験則上明らかであり、このことに、当時被告車の前部座席には大人二名が乗車し、後部荷台には約一五瓩の歯磨の箱二個を積んでいたに過ぎなかつたので、車輛の重心がやや前に移動し、路面が濡れていたことと下り勾配であつたこととあいまつて、車体後部が振れて右に突出することが往往あることなどを併せ考えると、本件接触は被告車後部が牧本車に接近していつて接触したと認めるのが相当である。そして、原審公判廷における被告人の供述記載、原裁判所の証人小林千昭に対する尋問調書によると、被告人も被告車に同乗していた右小林においても、被告車後部が接触前右に寄つたことを明確に認識していないことが窺えること、当裁判所の証人牧本邦夫に対する尋問調書によると、牧本車の接触部位には被告車の塗料が附着していたほかは特に痕跡がなかつたと認められることなどを綜合すると、被告車後部の右に寄つた程度はさまで大きいものではないと認められる。してみると、離合の際の被告車と牧本車との車間距離は、被告車において、センターラインまで六〇ないし七〇糎の余地を残すほどには広くなかつたと断せざるをえない。果して被告人の司法巡査に対する供述調書によると、事故直後に被告人は取調警察官に対し「私はセンターラインのきわをラインに沿つて下つておりましたので、相手トラックと無事すれ違えると思つていたのですが、左にカーブし終るころの接触ですから車体後部はセンターより幾分中(右側)に入つたものと思われ、それで接触したのだろうと思います」と供述したことが認められ、また牧本運転手も原裁判所に対し被告車がセンターラインに沿つて進行してきた旨の証言をしているのであつて、これらの供述と前記説明の事実を綜合すると被告人は所論のような間隔を保持することなく、センターラインに沿つて進行したものと認めるのが相当である。

三、しかして、前記認定のとおり、牧本車は大型貨物自動車であつて、その車幅および道路幅の関係から、センターライン寄りを進行するほかなかつたのに対し、被告車は小型車であつて、その車幅および道路幅の関係よりして、道路左寄りを進行するのになんらの支障もなかつたのであるから、右の如き大型対向車を発見した被告人としては、折柄曲り角附近を進行中のこととて、徐々に減速するとともに、できるだけ道路の左寄りを進行し、対向してくる牧本車との間隔を充分にとつて、これとの接触を避けるべき業務上の注意義務があつたものと認められる。しかるに被告人は、これを怠り、時速約四〇粁のままセンターラインに沿つて自車を進行させたため、本件接触事故を惹起させているのであるから、被告人の過失責任は否定しがたいところである。論旨は理由がない。

四、自判

前記一、二に説明のとおり、原判決には訴訟手続の法令違反および事実誤認があつて、それらが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、刑事訴訟法三九七条一項、三七九条、三八二条に従つて原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書によりさらに判決することにする。

(罪となるべき事実)

被告人は、自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和四二年一一月二八日午前一一時一〇分頃、普通貨物自動車助手席に勤務先の同僚小林千昭(当時三一年)を同乗させてこれを運転し、時速約四〇粁で、西宮市塩瀬町名塩四六二七の一番地先路上にさしかかつた際、自車進路前方約六七米の地点を対向進行してくる牧本邦夫運転の大型貨物自動車を認めたのであるが、同所は被告人の進路からみて左にカーブする下り勾配の峠道であつて、道路幅も約六、五米と狭く、右大型貨物自動車はセンターライン一杯に進行しなければならないような道路状況であつたから、このような場合自動車運転者としては、自車の速度を徐々に減じつつ、右大型貨物自動車との間隔を充分にとつて道路の左側寄りを進行し、もつて同車との接触による事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、自車がセンターラインに沿つて進行しても右大型貨物自動車と接触しないものと軽信し、漫然センターラインに沿つて同一速度のまま進行した過失により、同車と離合しようとした際、同車右後部フラツシャーランプ支持板と自車右後後側部とを接触させ、自車を右斜前に斜走させて道路下の草中に転落させよつて、自車に同乗していた右小林千昭に対し全治に一年二ケ月を要した頭部打撲挫傷、頸椎打撲捻挫の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)<略>

(法令の適用)

被告人の判示所為は昭和四三年法律第六一号刑法の一部を改正する法律による改正前の刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法二条、三条に該当するところ、所定刑中罰金刑を選択し、所定金額の範囲内で被告人を罰金二万五、〇〇〇円に処し、右の罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、原審および当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文に従つてその全部を被告人に負担させる。

よつて、主文のとおり判決する。

(河村澄夫 滝川春雄 岡次郎)

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