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大阪高等裁判所 昭和45年(う)1311号 判決 1971年12月13日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金五、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

原審および当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、福知山区検察庁検察官事務取扱検察官吉永透作成、大阪高等検察庁検察官斎藤周逸提出の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人大槻弘道作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

検察官の論旨は、要するに、本件アスフアルトプラントの動力伝導用車軸のユニバーサルジヨイントと歯車とを取りつけた「止め金具」は約二センチメートル突出しているし、ユニバーサルジヨイント自体凹凸があり、他方、労働者は調節用ハンドルを操作するにあたり、その操作に相当強い力が要るので、片足を稼動中のベルトコンベアーに掛けてハンドルを廻わすということもあつて、そのため転倒するおそれがあり、また、労働者がホツパーからの砕石の出具合を調べるため稼動中の機械にことさらに接近することもあつて、右車軸、ユニバーサルジヨイント、歯車が地上一・一メートルないし一・二メートルにあることを考え合わせると、労働者がこれらの所作によつて右車軸等に接触しこれに捲き込まれる危険のあることは明らかであり、従つて、右危険性がないとした原判決には事実の誤認がある、さらに、労働安全衛生規則六三条一項(昭和四一年労働省令三五号による改正前のものをいう。以下同じ)にいう「接触の危険」とは、それが労働者の重大な過失に基因するものであるにせよ、いやしくも労働者の作業遂行に伴なういわゆる抽象的危険を指すものと解すべきところ、原判決は右法条に接触の危険があるというには労働者が通常の作業状態で作業に従事する場合になお右危険があるときに限るとの限定的解釈をしているのであつて、この点において原判決には右法条、ひいて労働基準法四二条の解釈適用を誤つたものである。そして、これらの誤りの結果、原判決は被告人に対し不当に無罪の言渡をしたのであるから、右事実誤認および法令の解釈適用の誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

ところで、所論のいう車軸とは、公訴事実摘記のアスフアルトプラントを構成する砕石用ホツパーの外側に設けられた動力伝導用車軸で、昭和四三年二月二八日労働者田辺太一郎が捲き込まれたものを指すことは、所論、公訴事実、ならびに原審における検察官の訴訟進行の経過に徴し明らかである。そこで、右車軸(以下本件車軸という)の危険性を判断するに先立ち、右アスフアルトプラントの構造、作動状況、本件車軸の位置およびその状況、付近において作業に従事する労働者の通常の作業状況についてみるに、原審および当審で取調べた証拠、特に労働基準監督官作成の実況見分調書、原裁判所および当裁判所の各検証調書、原審証人井口幸尚、同吉良清市(第一、二回)、同北山喬の各証言、検甲第一四号証の西田工業アスフアルトプラント設置図謄本、検甲第一五号証の写真七枚、司法巡査杉本智正信撮影の田辺太一郎死亡現場写真集、当審証人吉良清市の証言を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、本件アスフアルトプラントは、道路舗装用アスフアルト合材を製造する機械設備一式をいうのであつて、砕石用ホツパー三基、土砂用ホツパー二基、ドライヤー(バーナー)、アスフアルトミキサー各一基を主体とし、これらと各種運搬装置等の付属設備とからなつている。右ホツパー五基は、東から順に砕石用三基、土砂用二基が一列になつて列んでおり、各ホツパーに山積された砕石または土砂は、ホツパー下部の漏斗状注出口からその下方に設けられたキヤタビラの上に落ち、キヤタビラの回転によつて順次前方に運び出されて、キヤタビラの前下方にあるベルトコンベアー上に落下する。このベルトコンベアーは砕石用ホツパー三基に対し一台、土砂用ホツパー二基に対しても一台設けられていて、この二台のベルトコンベアーに落下した砕石および土砂は両コンベアーの中間部に設けられたコールドコンベアー(バケツトコンベアー)に向つて両側から順次運ばれ、次いでコールドコンベアーによつてドライヤー(バーナー)に運びあげられ、そこで加熱されたうえ、ホツトエレベーターでアスフアルトミキサーに移されて、アスフアルトと混ぜ合わされ、道路舗装用アスフアルト合材が製造される。右諸機械・装置のうち、砕石用・土砂用各ホツパー、ベルトコンベアーは屋外露天のコンクリート敷地上に、ドライヤー、ホツトエレベーター、アスフアルトミキサーは鉄骨トタン葺建物二階の作業場に、またコールドエレベーターは右コンクリート敷地から右作業場にかけて、それぞれ設けられている。本件アスフアルトプラントの作業にあたる労働者は通常二名で、一名は「裏廻り」とよばれる作業に従事し、各ホツパーからキヤタビラーに落下しベルトコンベアーで運ばれる砕石・土砂の量の監視、調節を担当し、他の一名は前記作業場内にあつて、そこに設置されたスイツチ盤、操作盤により電動機、アスフアルトミキサーの操作等にあたることとなつていた。ところで、砕石用ホツパー三基は一個のモーターで作動することとなつていて、そのモーターは同ホツパー前方(北側)地上(床面上)約一・二五メートルにある車軸を回転させ、同車軸にチエーンによつて連動させられているキヤタビラの回転軸を廻わしてキヤタビラを回転させるのであつて、これによつてキヤタビラ上に落下した砕石は順次ベルトコンベアーに送り込まれる。本件車軸は右床面から約一・二五メートルにある車軸である。ホツパー敷地の前には深さ約四〇センチメートルのコンクリート製溝が設けられ、その中に右ベルトコンベアーが設置されているのであるが、同コンベアーはホツパー敷地の方へ片寄せられた形になつているため、同コンベアーの北側鉄製枠と裏廻り作業員の作業足場との間には幅約三〇センチメートルの空間(みぞ)が存する実状にあつた。裏廻り作業員は右みぞの北側地上にあつて各ホツパーの作動状況を監視・調節するのであるが、その調節の目的および方法をみると、それは次のとおりである。すなわち、ホツパーから出る砕石はさきに記述した経路によつてドライヤーに運び込まれて加熱されるのであるが、そこに順次運び込まれる砕石の量がある程度一定されていないと、焼け具合が異常となり、良質のアスフアルト合材が得られなくなる。そこで、キヤタビラー上に設けられた調節板(鉄製)を上下させ、キヤタビラからベルトコンベアーに順次移される砕石の量を調節するのである。右調節板による調節は調節用ハンドルでこれを行なうのであるが、同ハンドルは直径約二五センチメートルの丸型のものである。裏廻り作業員は、砕石の出具合に異常を発見したときは、右ハンドルを廻わして調節板を上下させ、砕石の量を調節する。そのような異常の生ずるのは多くは砕石の間に大きな石が混り調節板下方で砕石の流れをせき止めるためであつて、このような場合、作業員はハンドルを廻して調節板を一杯に上げ、そのすき間から石を流出させるのであるが、石が大きく右方法で石を流し出せないときは、作業場でスイツチ盤等を操作する作業員に合図してモーターを止めてもらい、調節板の裏側から石を取り除くことになる。右ハンドルは裏廻り作業員の作業足場(操作位置)の上方九六センチメートル(ハンドルの中心で)、同足場が溝に接する角から約二三センチメートル前方(作業員からみて。前後左右をいうときは、以下同じ)の、前記空間(みぞ)上にあり、従つて、作業員はやや前傾姿勢で(いくらかみぞにかぶさつた形で)ハンドルを操作することとなる。ハンドルから垂直距離で約二九センチメートル上方、水平距離で約五二センチメートル前方、従つて直線距離で約五九センチメートルのところに、溝に平行して本件車軸が設けられているのである。そして、本件車軸の左先端はユニバーサルジヨイント(自在継手)になつているのであるが、このユニバーサルジヨイントは、曲げ金具が組み合わされた形になつていて、おのずから凹凸があり、かつ、これとハンドルとの水平距離はせいぜい三〇センチメートルぐらいであるから、その間の直線距離もさほど長くはない。そして、本件車軸は、ユニバーサルジヨイントを含めて、囲い、覆い、スリーブ(さや)のいずれも施されていない。なお、本件車軸の回転速度は一分間に四〇回転程度である。

ところで、原判決は、労働安全規則(以下規則という)六三条一項の解釈として、通常の業務の過程においては特段の注意をしなくとも接触等による事故の発生する危険性のない場合は同条項にいう「接触の危険があるもの」にはあたらず、従って、このような場合には、使用者は、異常な作業方法または極端な過失を伴なう行為による接触の危険を予想してまで、同条項所定の危険防止措置を講ずる義務はないといい、これに対し、検察官所論は、労働基準法(以下法という)四二条の法意は、職場において稼動する労働者各個人の生命身体を危害から防止しようとするにあるから、労働者が作業遂行とは全く無関係な所作に出るかまたは作為して招いたことにより発生する危害は格別、いやしくも作業遂行に伴なう所作に基づき発生する危害はこれを防止しようとするにあるものと解すべく、この見地に立つとき、同条の趣旨を受けた規則六三条一項もこれにそつた解釈をすべきであつて、同条項にいう「接触の危険」とは、それが労働者の重大な過失に基因するものであるにせよ、いやしくも労働者の作業遂行に伴なういわゆる抽象的危険を指すのであり、その場合、裸の車軸というのは危険なもので、人の接近が不可能であればいざ知らず、およそ人の行けるところならば接触の危険性があり、労働者が手を出せば届き、体を接近せしめれば触れる状態にある以上、すべて危険性を内包するものとして、これに同条項所定の危険防止装置を講すべき義務が使用者に課せられているものと解すべきである。従つて、原判決はこの点において法令の解釈を誤つた違法がある、というのである。他方、弁護人は、その答弁において、原判決の解釈を是とし、かつ、規則六三条一項にいう「接触の危険」性とは、規則一条所定の作業場に設備せる動力伝導装置の車軸に、作業に従事する労働者が法四四条の危害防止義務を遵守しつつ通常の作業に従事せるにかかわらず、物理的、人間工学的に接触せざるをえない危険性をいうものと解すべき旨ふえんする。

よつて案ずるに、法四二条が使用者に対し機械その他の設備による危害を防止するため必要な措置を講すべき義務を一般的に課し、規則が法四五条の委任により法四二条を受けて各個の場合に使用者の講すべき措置を詳細かつ具体的に規定しているゆえんを考えてみると、ひつきよう、それは、近代的な工場生産が、本質的に、工場で働く労働者にさまざまな危害を与える可能性をはらんでいるので、そのような労働災害から労働者をできるだけ保護するため、危害発生の可能性のある設備につき、危害防止のために必要かつ適切な措置をそれぞれの場合に応じて想定し、その措置を講ずべき義務を使用者に課することとしたにほかならない。規則六三条一項が「床面から一・八メートル以内にある動力伝導装置の車軸で接触の危険があるものには、囲、覆又はスリーブを設けなければならない。」と規定したのも、もとより、右趣旨によるものである。そして、作業に従事する労働者の熟練度、注意力に千差があり、かつ、同じ労働者においてもその時の疲労度等によつてその注意力に格段の差のありうることをも考慮すると、右六三条一項は、その危険の発生が労働者の注意力の偏倚、疲労その他の原因による精神的弛援、作業に対する不馴れ等による場合をも含め、労働者が作業の過程でその車軸(右規定に定める床面から一・八メートル以内にある動力伝導装置の車軸であることを要することはいうまでもない)に接触して危害の発生する危険(抽象的危険)の存するかぎり、その車軸に囲い、覆いまたはスリープを設けるべき義務を使用者に課したものと解するのが相当である。その危険が熟練した注意深い労働者からみて異常とみられる作業方法により、または労働者の重大な過失により初めて生じうるものであるとしても、いやしくも作業の過程においてそのような危険の発生する可能性が存するかぎり、使用者は右義務を免れないと解すべきである。したがつて、これと異なる見解を採る原判決は、結局、法四二条、規則六三条一項の解釈を誤つたものといわざるをえない。また、法四四条は労働者に対しても危害防止のために必要な事項を遵守すべきことを命じているけれども、これは法四二条と相待ち、使用者・労働者に対して相ともに危害防止の措置を講ぜしめ、もつて労働災害の防止のため万全を期しようとするにあるのであるから、右四四条の規定が設けられていることを理由に、労働者が法四四条の危害防止義務を遵守しつつ通常の作業に従事せるにかかわらず物理的、人間工学的に接触せざるをえない場合にのみ規則六三条一項にいう接触の危険があるものとし、この場合にかぎり使用者に同条項所定の措置を講ずべき義務があるとする弁護人所論のごときは、到底採用の限りでない。

そこで、法四二条、規則六三条一項につき前段説示のごとき解釈を採るものとして、本件車軸が右規則六三条一項にいう接触の危険があるかどうかを検討する。まず、裏廻り作業員の作業足場の前に幅約三〇センチメートル、深さ約四〇センチメートルのみぞがあり、同作業員はその足場に立ち、みぞの上方九六センチメートルにある調節用丸ハンドルを握り、これを廻わしてキヤタビラから流れ出る砕石の出具合を調節するのであるが、足場とハンドルとの位置関係から作業員はやや前傾姿勢すなわちいくらかみぞの上にかぶさつた形でハンドル操作を行なうこととなること、ハンドルの前上方、直線距離で約五九センチメートルのところに本件車軸があり、その左先端部分をなすユニバーサルジヨイントもハンドルからさほど遠くないところにあり、かつ、ユニバーサルジヨイントには凹凸があること、本件車軸はユニバーサルジヨイント部分をも含め一分間に約四〇回転の速度で回転していること、いずれもさきに認定したとおりであるが、さらに、さきに摘示した各証拠に原審証人伊藤敏夫、当審証人畠山靖典、同浜田強の各証言を総合すると、調節板が流れ出る砕石の重みを受けた状態で作動するものであるうえ、これを作動させるハンドルがわずか直径二五センチメートルのものに過ぎないため、ハンドル操作に相当強い力を要し、かつ、ハンドルは前記のとおりみぞの上に位置し、しかもそのみぞにはふたがないので、作業員は、片足をみぞ越えにベルトコンベアーの鉄枠にかけ、踏張つてハンドルを廻わすこともあること、砕石の出具合がよくない場合、作業員は、その原因を確かめようとして、キヤタビラカバーの開口部から調節板付近をのぞきこともありうること、砕石の間に大きな石が混つていて調節板下方のすき間から出て来る砕石の流れをせき止めた場合、裏廻り作業員とスイツチ盤担当作業員とが互に離れた位置にいて相互連絡がかなり不便なところから、裏廻り作業員は、いちいちスイツチ盤担当作業員に合図してモーターを切つてもらつたうえでその石を取りのぞくという通常の作業方法によらず、横着にも、キヤタビラカバーの開口部から手をさし入れ、調節板前後の砕石を掻きのけて石を引き出すということも容易に考えられること等の諸事情も認められるのである。そうだとすると、作業員が、調節用ハンドルを廻わす際、片足をベルトコンベアーの枠にかけようとして踏み外して前に倒れ、または誤つてベルトコンベアー自体に足をのせベルトに足を取られて左前方に倒れる(コンベアーベルトは右方向に動いている)などして、回転している裸の本件車軸特に凹凸のあるユニバーサルジヨイント部分に接触し同車軸に巻き込まれるという、その生命身体に危害を蒙る危険のあることは、充分に考えられるところであり、また、砕石の出具合の悪い原因を確かめようとしてキヤタビラカバーの開口部から中をのぞきこんだり、同開口部に手を入れて石を取り出す場合にも、必然的に作業員の身体は本件車軸に接近し、しかも特に後者の場合近接度は極めて高いうえみぞ越しにこれを行なうためその体勢も不自然になるので(当裁判所の検証調書添付の写真第6号参照)、前同様の危険を容易に予測しうるのである(検察官所論は、ユニバーサルジヨイントと歯車とを取りつけた「止め金具」が約二センチメートル突出している点をも捉えて、接触の危険性をいうが、証拠によると、右止め金具は歯車をも覆つたチエーンカバーとユニバーサルジヨイントのフランジ〔ふち〕との間にできた狭い凹部に存するので、実際にどの程度の危険性があるのか容易に推測しがたいので、危険性の判断からこれを除くこととした)。要するに、本件車軸(前記ユニバーサルジヨイントを含む。以下同じ)については、規則六三条一項にいう「接触の危険」のあることは明らかであり、四方隆夫の労働基準監督官および検察官に対する各供述調書、同人の原審および当審各証言、前記井口および吉良、北山の各原審証言中右危険性を否定する部分は信用できない。

なお、弁護人は、前記田辺太一郎の事故については、それが会社側の故意または過失によるものとして、いつたん、京都労働基準局長から西田工業株式会社に対し、保険給付に要した費用の徴収命令を発しながら、後に同局長において右命令を取リ消した事実があり、このことは原判決の法解釈、事実認定の正当性を裏付けるものであるという。なるほど、当審において取調べた京都労働基準局長の回答書によると、同局長において、田辺の遺族に対し労働者災害補償保険法に基づいてした保険給付に関し、昭和四三年八月一五日右事故が右保険法三〇条の四第三号いう「保険加入者が故意又は重大な過失により生じさせた事故」にあたるものとして右規定により保険加入者たる右会社から費用の一部を徴収する旨の決定をしたが、その後右事故が右第三号の場合にあたるかどうかにつき疑義を抱き、昭和四五年九月二二日右決定を取り消すに至つたことが認められる。しかしながら、同局長の右措置の当否はともかくとして、もともと法四二条およびこれを受けた規則の諸規定は、労働者をさまざまな労働災害から可及的広汎にかつ適切に保護しようとするにあることさきに説示したとおりであつて、その労働者保護立法的性格から、同法によつて課せられる使用者の義務が、単に災害後において政府、保険加入者間での労働者またはその遺族の救済費用の分配を定めるに過ぎない前記保険法により課せられる保険加入者の義務に比し、より広汎であることは当然であつて(右保険法三〇条の四第三号が保険加入者において費用を負担すべき場合につき、事故が保険加入者の過失による場合であつても、なおその過失が重大なものであるときに限つていることもその証左である)、前記のように右保険法による費用徴収決定につき取消し処分がなされたからといつて、その一事をもつて原判決の法的判断、事実認定の正当性を裏付けるものとする所論には賛成しがたく、ひいて前説示の法四二条、規則六三条一項の解釈およびこれを前提としての事実判断を改める要をみない。さらに弁護人は田辺太一郎がいかなる理由で事故現場に赴き、いかなる作業をしようとし、いかなる所作をしたため、車軸のどの部分に、どのようにして接触したか、すべて不明であるから、このような事実関係のもとで本件車軸につき接触の危険性ありというのは正当でない、という。しかし、田辺太一郎の事故死は、本件において、単に本件発覚の端緒としての意味をもつものに過ぎず、これにつき刑法二一〇条または二一一条の罪の成否を確定しようとするものではないから、その事故死について所論のように不明な点が多々あるとしても、事実認定上なんらの影響もない。

してみると、法四二条、一〇条にいう使用者であること証拠上明らかな被告人には、法四二条、規則六三条一項により、本件車軸に囲い、覆いまたはスリーブを設け、もつて危害防止のための措置を講ずべき義務があるといわざるをえず、この義務を怠つたことの証拠上明らかな本件において、被告人は法一一九条一号所定の刑罰を免れえない。叙上と異る事実判断および法律判断のもとに被告人に対し無罪の言渡をした原判決は、ひつきよう、規則六三条一項ひいて法四二条の解釈を誤り、ひいては事実を誤認し右各法条の適用を誤つたものというべく、それらの誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄を免れない。検察官の論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従いさらに次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、京都府福知山市字天田小字犬丸一三一番地の一に本店をおき総合建設業を営む西田工業株式会社の取締役兼福知山支店副支店長で、福知山労働基準監督署管内にある同会社の工場の安全管理者として、右会社のため労働者の安全管理の業務を担当していたものであるところ、昭和四一年二月ごろから昭和四三年二月二八日までの間、同市字天田小字ユリガ下四五五番地所在の同支店アスフアルトプラントにおいて稼動させていた砕石用ホツパーの動力伝導装置の車軸(左端部分のユニバーサルジヨイントを含む)は床面から約一・二五メートルあり、同ホツパーでの作業にあたる労働者に近接した位置にある等の関係から、労働者が作業中右車軸に接触する危険があるにもかかわらず、同車軸に囲い、覆い又はスリーブを設けず、もつて右機械との接触による危害を防止するに必要な措置を講じなかつたものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は労働基準法四二条、一一九条一号、労働安全衛生規則六三条一項に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その金額範囲内で被告人を罰金五、〇〇〇円に処し、右罰金を完納することができないときは刑法一八条により金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、原審および当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人に負担させることとして主文のとおり判決する。

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