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大阪高等裁判所 昭和45年(う)174号 判決 1970年9月17日

控訴人 被告人

被告人 大塚宣己

検察官 佐藤直

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人平山成信作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、原判決の量刑不当を主張するのであるが、職権をもつて調査すると、原判決は、後記のとおり、刑事訴訟法三九七条、三八〇条により破棄を免れないものと認められる。

本件公訴事実は、「被告人は、自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和四三年一二月二三日午後零時五分頃、普通乗用自動車を運転し、大阪市浪速区大国町二丁目一一二番地先の交通整理の行なわれていない交差点を、北から南に向い直進するにあたり、同交差点の左右の見とおしが困難であつたから、一時停止または徐行して左右道路の交通の安全を確認すべき注意義務があるのに、これを怠り、左右の安全を確認することなく、時速約三〇キロメートルで進入した業務上の過失により、同交差点を西から東に向い直進してきた妻鹿修三(当時三七年)運転の第二種原動機付自転車左側に、自車右前部を衝突させて路上に転倒させ、同人に加療約一二〇日間を要する頚椎捻挫、左肘部および前膊部挫傷等の傷害を負わせたものである。」というのであり、原判決は、右公訴事実のとおりの事実を認定して、これに対し刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号を適用し、被告人を罰金二万五、〇〇〇円に処しているのである。

ところで、徐行義務違背の点を除き原判決摘示の事実は、その挙示する証拠によつて認め得るところであるが、原判決が、本件事故につき被告人に過失の責を問う所以は、被告人が道路交通法(以下単に法という)四二条所定の徐行義務を怠り、時速約三〇キロメートルのまま交差点に進入したという点にあることは、その判示するところによつて明らかである。

しかしながら、本件交差点のような法四二条にいうところの交通整理の行なわれていない左右の見とおしのきかない交差点であつても、その車両の進行している道路が法三六条により優先道路の指定を受けているとき、またはその幅員が明らかに広いため同系により優先通行権が認められているときには、法四二条所定の徐行義務、すなわち、直ちに停止することができるような速度(法二条二〇号)にまで減速して進行する義務を負わないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四二年(あ)二一一号同四三年七月一六日第三小法廷判決刑集二二巻七号三一七頁、同裁判所同四二年(あ)二八八五号同四三年一一月一五日第二小法廷判決刑事裁判集一六九号四四九頁、同裁判所同四三年(あ)二一六二号同四四年五月六日第二小法廷判決、同裁判所同四三年(あ)二一二一号同四四年一二月五日第二小法廷判決、同裁判所同四四年(オ)二八九号同四五年一月二七日第三小法廷判決民集二四巻一号五六頁等参照)。

これを本件についてみるに、司法警察職員作成の昭和四三年一二月二三日付実況見分調書および当裁判所の検証調書によると、被告人車進行の南北に通ずる道路(以下南北道路という)は、幅員一一メートルの舗装道路であるのに対し、これと直角に交差する被害車進行の東西に通ずる道路(以下東西道路という)は、幅員六メートルの舗装道路であることが認められ、被告人車の進行道路は、被害車の進行道路よりは明らかに広く、法三六条にいうところの「明らかに広い道路」であることが明白であり、従つて被告人車の方に優先通行権が認められるのであるから、被告人車には法四二条所定の徐行義務はないものといわなければならない。

なお、当審証人妻鹿修三の証人尋問調書、同福井利夫の公判廷の供述および司法警察職員作成にかかる昭和四四年一月二九日付実況見分調書謄本(別件被疑者立元初夫に対する業務上過失傷害道路交通法違反事件に関するもの)添付の現場写真四葉によれば、本件当時本件交差点の東、西、南、北の各角付近に「危険、一時停止、浪速警察署」と大書した相当大きな立て標示板がそれぞれ設置されていたことが認められるが、右標示板は、公安委員会が正規に設置した法二条一五号にいう道路標識ではなく、所轄警察署において危険を防止するため法的根拠なしに設置したもので、それは、同交差点に進入する車両に対し、同所が危険な箇所であることを警告し、その注意を促す程度の意味しか有しないものと解するのが相当であり(もし、右標示板設置によつて、明らかに広い道路である南北道路を進行する車両にも、一時停止すべき法的義務が生ずるものとすれば、なんらそのような権限のない警察署に、法三六条の認める優先通行権を否定するような一般的規制措置をとり得ることを認める結果となり、極めて不合理である)、従つて、右のような標示板が設置されているからといつて、これがため、明らかに広い道路である南北道路を進行する車両の優先通行権が否定され、徐行義務を負うに至るものとは解し難い。もつとも、法三六条によつて優先通行権が認められる場合、如何なる事情があつても常に徐行義務がないとは断じ難いのであつて、右の如き標示板が設置されていることは、優先通行権者の注意義務を判断するうえにおいて考慮すべき一事情というべきであるが、本件のように、交差する双方の道路の幅員に極めて明瞭な広狭の差がある場合、被告人車の如く広い道路を進行する車両において、後に認定する本件被害車のように、あえて交通法規に違反し広い道路を進行する車両を無視して、狭い道路から交差点に進入する車両のあり得ることまで予想して、事故発生防止のために、徐行しなければならない義務はないというべきである。

以上みてきたとおり、本件においては、被告人に徐行義務を怠つた過失があつたとはいえないのである。しかして、他に被告人に過失の点を認むべき証拠はなく、原審および当審において取調べた証拠によると、被告人は、南北道路を時速約三〇キロメートルで南進し、本件交差点のほぼ中心線より約一〇メートル手前(北方)の地点で、東西道路を西から東進して同交差点内に進入する被害車を、右斜前方約一一、二メートルの地点に認め(被告人が被害車を発見した地点は、当時交差点の北西角に小型貨物自動車が駐車していたため、南進する被告人が右の如き被害車を発見することの可能な限界の地点である。)。直ちに急制動の措置をとつたが間に合わずして自車を被害車に衝突せしめたこと、一方被害者は、右とほぼ同様に対応する位置関係で被告人車を発見したが、自己が先に通過できるものと軽信して、被告人車を待避することなくそのまま進行したことが明らかであつて、本件事故は、専ら被害者の過失に起因するものというのほかない。

してみると、本件において、被告人に過失責任を認めた原判決は、刑法二一一条前段の解釈適用を誤り、本件被告事件が罪とならないのに、これを有罪としたものというべく、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はこの点において既に破棄を免れない。

よつて、量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書、四〇四条、三三六条により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木本繁 裁判官 家村繁治 裁判官 中武靖夫)

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