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大阪高等裁判所 昭和45年(う)362号 判決 1970年7月10日

本籍ならびに住居

兵庫県尼崎市塚口町三丁目四一番地の一〇

会社役員

川原満寿男

大正五年一月二五日生

右の者に対する法人税法違反、所得税法違反被告事件について、昭和四四年一二月一五日大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、原審弁護人岡田和義、同山田一夫から控訴の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 村上惣一 出席

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役六月および罰金六百万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二万五千円を

一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人岡田和義、同山田一夫共同作成の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

控訴趣意第一点について

論旨は、原判示第二事実について、原判決は被告人の各年度の所得金額のうち、外部買入手形による手形割引料の収入額を昭和四〇年度分六〇、三六二円、昭和四一年度分二八九、七九一円、昭和四二年度分八一、一六五円とそれぞれ認定しているけれどもその算定の基礎である割引料率については被告人の推測的自白以外これを補強する証拠はない。したがって原判決は右事実については被告人の自白のみによつて認定した違法があるというのである。

よつて調査するに、原判決によると、原判決は被告人の所得金額については、各年度の所得の総額を認定しているだけでその内容を個別的に認定しているものではなく、したがつて、その判示事実のみによつては所論の外部買入手形の割引料の収入額が所論のとおりであり、それらが右所得金額の中に含まれているか否かは明らかではないけれども、原判決挙示の関係証拠によると、所論の収入額が各年度の所得金額の一部としてそのうちに含まれていることが認められる。ところで刑事訴訟法三一九条二項において、被告人の自白は、それが公判廷におけるものであると、否とを問わず、自己に不利益な唯一の証拠である場合には有罪とされない旨規定する所以のものは、憲法三八条三項の趣旨に基づき架空の自白によつて有罪の判決をする危険を防止しようとするものであると考えられるから自白を補強する証拠は、自白の真実性を保証するに足りるものであれば十分であつて、必ずしも犯罪事実の全部にわたることを要せず、その重要なる部分についてこれがあれば足りるとすることは屡次の最高裁判所の判例の示すところにより明らかである。そこで本件の場合について考えてみると、原判決挙示の関係証拠によると所論の外部買入手形の割引料の算定の基礎たる割引料率したがつて割引料の収入額については、被告人の自白以外にこれを裏付けるに足りる証拠のないことは所論のとおりである。しかし原判示の被告人が秘匿した各年度の所得については所論の外部買入手形割引による収入額を除いて、被告人の自白以外にすべてこれを裏付ける証拠が存在しているのである。そして右の裏付証拠のないといわれる所論の手形の割引料率はなるほど割引料収入を算定し、かつ税額を確定するための基礎となる重要なものであることは所論のとおりであるけれども、本件の場合は、被告人に所論の手形割引による所得があつたのにこれをすべて秘匿して虚偽の確定申告をしたことは証拠上明らかであるがただ、その割引料率の裏付証拠がないというだけでその額も昭和四〇年度において、六〇、三六二円、昭和四一年度において二八九、七九一円、昭和四二年度において八一、一六五円という少額で、これらを当該年度の総所得金額に比べると、昭和四〇年度は約〇、一三パーセント、昭和四一年度は約一パーセント、昭和四二年度は約〇、三四パーセントに過ぎず、各所得金額に占める割合はとるに足らぬほどのものであるばかりか、所論の割引料率は他の手形割引料収入における割引料率とも比較して被告人にとつて極めて有利に低額になされており、この点に関する被告人の自白はたとえ、それが所論のように推測的なものであるとしてもその真実性が十分認められこれらの各事情を彼此考え合せると、本件の場合所論の割引料率については被告人の自白を補強する証拠はないけれども、さきに説示した理由から右自白のみを以て所論割引料の所得額を認定したとしても何ら刑事訴訟法三一九条二項の規定に違反するものとはいい難い。したがつて原判決には所論のような違法はない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点について

論旨は原判決は被告人が秘匿したとされる所得金額中、外部買入手形による手形割引料の収入額については被告人の推測によつてこれを認定したもので客観的に妥当しないおそれがありこれを含めての所得金額の認定は事実誤認の違法があるというのである。

なるほど、所論の外部買入手形による手形割引料の収入はその算定の基礎となる割引料率を被告人の推測に基づく自白による平均値によつてこれを認定したものであることは所論のとおりである。しかし、関係証拠によつて認められる他の大部分の手形割引による割引料率に比べ、それが所論のように平均値による割引料率によつたとしても現実の割引料率より低利率ではあつても決して高利率ではなく、むしろ被告人の利益に認定されていることがうかがわれ、右自白はその真実性が裏付されているものというべく、しかも所得税法上所得の実額を把握し難い場合にはいわゆるその推計課税も認められていることをも考え合せ所論の収入額に関する原判決の認定は相当であつて所論のような事実誤認はないものというべく、仮に右額に誤りがあつたとしてもそれは総所得金額に比べ、とるに足らぬ少額であることはさきに説示したとおりであるからその誤りは判決に影響を及ぼすことの明らかなものとはいえない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三点について

論旨は、被告人に対する原判決の量刑は重きに過ぎ不当であるというのである。

よつて調査するに、本件は、被告人が丸和商事株式会社の業務に関し、同会社の真実の収入を秘匿し、僅かその約二三・五パーセントに過ぎない旨虚偽過少申告をし、約五四〇万円にのぼる法人税を逋脱したほか、被告人個人の所得についても、三年度にわたり真実の所得を秘匿し、昭和四〇年度にはその約一二パーセント、昭和四一年度はその約一七パーセント、昭和四二年度はその約二二パーセントに過ぎない旨虚偽過少申告をし総額約四、三〇〇万円にのぼる多額の所得税を逋脱したものであつて、右犯行の動機、態様、逋脱税額等に照らすと、被告人に対する原判決の科刑も首肯できないわけではない。しかしながら、被告人が丸和商事株式会社の収入を秘匿するため、いわゆる二重帳簿等を作成するに至つたのも借主らの要望によるものが多く、右会社のみの利益を図るためとは断定できずしたがつて動機の点において酌量の余地が全くないわけではないこと被告人は本件脱税が発覚するや、国税局の更正決定を待たず法人税、所得税ともそれぞれ修正申告をし、これに基づいて、法人税については、本件起訴にかかる昭和四〇年度の逋脱法人税のほか、行政罰たる重加算税、延滞税等を合せ、合計八一二万二、五〇〇円を納付し、さらに同年度の事業税、地方税及びこれに対する加算税、延滞税を併せると実に一、二二九万六七〇円にのぼる納税を行つており、一方被告人の個人所得についても、昭和四〇年度以降昭和四二年までの三所得年度における逋脱所得税のほか行政罰たる重加算税、延滞税を合せ総額実に六、三九五万二四五二円の納税を行うこととなり、原判決当時その本税をすでに納付し、重加算税等も原判決後逐次これを納付し現在すでにその半額以上を納付し、残額は昭和四六年三月末日までに納付の計画が樹てられ、これが履行も十分期待できること、また、法人税法違反事実についてはその両罰規定の適用により被告人のみならず会社自体にも罰金刑が科せられていること、その他記録及び当審における事実取調べの結果認められる諸般の事情に徴すると、被告人に対する原判決の刑は懲役刑についてはともかく、罰金刑の額については、懲役刑をも併科することを考慮しいささか重きに過ぎるものと考える、論旨は理由がある。よつて刑事訴訟法三九七条三八一条により原判決中被告人に関する部分を破棄したうえ、同法四〇〇条但書にしたがい、さらに次のとおり自判する。

原判決の確定した事実にその挙示の各法条を適用して主文二項ないし四項のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡田光一 裁判官 瓦谷丈雄 裁判官 鈴木盛一郎)

控訴趣意書

一、法人税法、所得税法違反被告事件

被告人 川原満寿男

右事件について、弁護人の控訴の趣意を左記のとおり陳述する。

昭和四五年四月三〇日

右弁護人 岡田和義

同 山田一夫

大阪高等裁判所

第五刑事部 御中

第一点、原判決には訴訟手続に法令の違反があつて、その違反が原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は、刑事訴訟法第三七九条、同三九七条一項により破棄されなければならない。

一、原判決は、被告人川原満寿男について、原判決書(罪となるべき事実)第二の事実を所得税法違反の事実として、認定した。

二、しかし乍ら、被告人が秘匿したとされる所得金額中別紙一覧表の外部買入手形による手形割引料収入額については、被告人の自白によるほか、補強証拠が存在せず、原判決は自白を唯一の証拠として有罪を認定したものである。

(一) 刑事訴訟法第三一九条二項は、「自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には、有罪とされない。」と規定する。その法意は客観的な犯罪構成事実の重要部分について、補強証拠を要求しているものと解される。

脱税事案においては、免がれた所得税「額」の存否のみでなく、その具体的金額が客観的な犯罪構成事実の重要部分であるといわなければならない。このことは、それが有罪認定の前提であり、かつ、量刑の基礎であることから明らかである。

(二) ところで、本件外部買入れ手形については、その割引料算定の基礎たる「割引利率」について、被告人の推測的自白があるのみであつて、何らの補強証拠も存しないのである。

被告人の自白については

(1) 被告人の第一審公判廷における供述

(2) 被告人の昭和四四年二月一九日検察官面前調書の記載

(3) 被告人の確認書

が存する。

外部買入れ手形(東京大証、日証金、大証、大証金等からの買入れ手形)による割引料収入金を確認するに至つた経過については、次のように述べている。

(イ) 割引期間の起算日、即ち、割引日については、手形を銀行へ持込んだ日とした。銀行での裏付けがとられているので、この日なら確実だし、実際の買入れ日は銀行へ持込んだ日より前になることが多いから被告人にとつて有利である。

(ロ) ところが、割引料の利率については、日歩二銭八厘から三銭五厘までが多かつたので、その一つ一つについて判らないから、その平均値三銭二厘をもつて計算した、この三銭二厘という利率は全くの推定であつて、客観的裏付けがないのである。

(三) 従つて、割引期間はともかく、割引料については、これを裏付ける証拠がなく、結局のところ外部割引手形による手形割引料収入の額については補強証拠が存在しないこととなるのである。

第二点、原判決には事実の誤認があつてその誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであり、原判決は、刑事訴訟法第三八二条同三九七条一項によつて破棄されなければならない。

一、原判決により被告人が秘匿したとされる所得金額中いわゆる外部買入手形による手形割引料収入の額については、被告人の推測的自白によるほか証拠が存しないことは既に述べたとおりであるが、右自白は、被告人の推定にすぎず、客観的に妥当しないおそれのあるものであつて、これを唯一の証拠としてなされた秘匿所得税額の認定は事実誤認のあやまりをおかしており、そのあやまりは脱税額の認定のあやまりにつながり、ひいては、量刑にもつながり原判決に影響を及ぼすものである。

(一) 外部割引手続の割引利率については、平均値三銭二厘と推定している。しかしこれが客観的に妥当するという根拠はどこにも存しない。

むしろ、正当な利率かどうか疑わしいのである。従つて、事実誤認のうたがいをさけるためには、利率については、被告人の自認する二銭八厘とするのが妥当であつた。

二、割引期間については手形の銀行への持込みの日を起算日としており、これより以後に割引人ということはありえないから合理的疑いの余地のない認定となつている。そのような合理性を利率の認定に求めることは困難ではあろうが、しかし、刑事処罰の場合に、推定的な事実認定に頼るわけにもいかないのである。

三、従つて、安易に被告人の自白の真実性を吟味せずして、利率三銭二厘を前提として事実認定をなした原判決は破棄を免れない。

第三点、原判決は刑の量定が不当に重く、破棄されるべきである。

一、原判決は被告人に対し、前記所得税法違反の各事実及び被告人が代表者である丸和商事株式会社の法人税法違反の事実について懲役六月及び罰金一、〇〇〇万円に各処する旨の判決をなした。

しかし、この量刑は本件犯行の動機、態様、同種事案での量刑等に比し、重きに失するものである。

二、丸和商事株式会社が裏勘定をつくつた主たる目的は脱税ではない。

会社は町の金融機関として借入申込人や銀主の希望で裏帖簿を作らざるをえなかつた。

借入申込人は町の金融機関から借入れをしたことを銀行筋に知られたくないので裏で貸してほしいという希望をもつものが多く、銀主は所得別課税利のないことなどから表帖簿に記帳されることをきらうので巳むなく裏帖簿による操作をすることとなつた。

今日では被告人及び会社の経営方針は、このような裏帖簿による銀主、借入人を拒否することになつたから、この裏勘定による脱税ということは二度と起らないであろう。しかし、税制(銀行の場合は街の金融業者よりも種々の面で優遇されている)や借入人、銀主の関係から裏帖簿を作らざるをえなくなるという点は有利な情状事実として、即ち、被告人が当初から脱税を意図して二重帖簿としたのでないという情状として評価されるべきである。

三、本事件においては、川原個人と丸和商事(株)との間には厳然とした区別が帖簿上存在し、会社の利益か川原個人かが判然としないものは一銭一厘も有しない、これが本件が法人税法違反と所得税法違反で起訴せられ、併合罪としての判決がなされた大きな理由となつている。もし、経理があいまいで、公税混同の状態であれば、全収益は法人の収益として法人税法違反のみで起訴せられ、法人も個人もということでなくして、結果的に比較的軽く処罰せられるのである。

単純一罪としてよりも併合罪としての方が量刑が重いことは通例であるが、本件の場合、その通例で処断せられると量刑上他の事案に比して酷な結果となるのである。

むしろ、所得税法違反も成立している被告人については、公私混同していなかつた点で量刑上比較的軽くせられるべきであると思料する。

尚、所得税法違反と法人税法違反の二本立てになつているため、刑事法上併合罪として科刑上不利益となつているが、税法上も負担が大きくなつていることを付言する。(法人税として修正申告の結果二四、二四一、九五一円を納付しなければならないのであるが、その内行政罰的な付帯税等は六、四七一、二〇〇円にのぼるのである。更に、個人所得税として修正申告の結果六三、九五二、四五二円を新しく納付しなければならないのであるが、その内付帯税等は二〇、六二三、六五二円であり、これに地方税が一、二〇〇万円納付しなければならないのである)。

四、同種事案に比して原判決の量刑は重きに失する。

弁護人の調査によると、商事(株)と、産業(株)に対する法人税法違反事件において、脱税額六〇、一三二、二〇〇円及び四二、六五六、五〇〇円に対して、罰金額は一、〇〇万円(一六、六%)と七〇〇万円(一六、四%)であつた(詳細は別添判決書写のとおり)。

ところが、本件の場合、丸和商事株式会社の脱税額五、三八一、三〇〇円に対し、罰金一二〇万円(一一、一%)川原個人の脱税額合計四三、三二八、八〇〇円に対し罰金一、〇〇〇万円(二一、三%)と川原個人に対しかなりきびしいものとなつている。しかし乍ら、社会的責任を追及するのであれば赤字申告をしていた、商事(株)の方がよりきびしくあるべきであるのに、かなりの申告を法人税、個人得税ともなしていた本件の場合の方がよりきびしい判決となつているのであつて、本件の量刑は重きに失するのである。

以上

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