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大阪高等裁判所 昭和45年(う)449号 判決 1970年12月22日

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人河村武信作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点(訴訟手続の法令違反の主張)について

論旨は、要するに、原審の判決宣告手続には刑事訴訟規則三五条二項に違反して主文の一部を朗読しなかった違法、或いは同規則五三条に違反して宣告された主文と全く異なる判決書を作成した違法があって、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れないというのである。

よって案ずるに、≪証拠省略≫によると、次の事実、すなわち、

(1)  原裁判所(一人制)は昭和四五年三月一六日の第三回公判期日において本件の審理を終結し、次回期日(判決宣告期日)を同年三月二五日午前一〇時と指定したが、同月一八日に右午前一〇時を午後一時に変更する旨決定したこと

(2)  第四回公判は右決定どおり同年三月二五日午後一時すぎから原審弁護人不出頭のまま開かれ、原審裁判官は被告人に対し判決草稿に基き「被告人を懲役六月に処する」旨宣告したこと

(3)  右宣告後判決草稿は同日立会書記官に渡され、同書記官はこれに宣告日時、書記官名等を記載してすぐタイプにまわし、数日後八通位タイプされて来たので、そのうち原本用のもの(裁判官の氏名がタイプされていないもの)一通を原審裁判官に渡したこと

(4)  右タイプされたものには主文として「被告人を懲役六月に処する。但し裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。」と記載されていて、原審裁判官はそのまま契印、署名押印したが、同年三月二八日前記書記官に渡す際但し書部分の記載のあることに気づき、同書記官に黒インキで右但し書部分に縦線を一本引かせ、それに自ら訂正印を押し、「削二四字」の文字を筆で書き、ここに判決原本を完成したこと

(5)  前記書記官は原審裁判官から右判決原本を受取って、これに基き七通位の判決謄本を作成したが、主文の但し書部分を抹消することを忘れ、同日検察官および原審弁護人の事務員に交付したこと

(6)  検察官は右判決謄本の交付を受けてすぐ主文の誤りに気づき書記官にその旨連絡したので、書記官は翌日原審弁護人に「謄本に誤りがある」旨電話連絡したこと(原審弁護人の事務員である≪証拠省略≫の「書記官から謄本の誤りについて最初に連絡のあったのが四月一〇日ごろであった」旨の証言は、≪証拠省略≫の「四月一〇日ごろ連絡したのは二回目のものである」旨の証言にてらし信用できない)

以上の事実を認めることができる。

ところで、刑事訴訟規則三五条二項には「判決の宣告をするには主文及び理由を朗読し、又は主文の朗読と同時に理由の要旨を告げなければならない」と規定されており、主文は必ず朗読しなければならないこととされている。従って、少くとも主文については判決宣告前に必ず書面に記載しておかなければならないばかりでなく、さらに判決宣告にあたっては右書面に記載された主文の文言は必ずその全部を朗読しなければならないと解される。けだし、主文につき前もって書面に記載しておくことが要求されるのは、主文が裁判官の慎重熟慮の未決断を下した判決の結果であることにかんがみ、これが言渡前内心の意思だけで軽率に訂正変更されることを防止して慎重のうえにも慎重を期するとともにその明確性を保持して過誤の生ずる余地をなからしめるためであると考えられ、もし書面に記載された主文の一部を明確に抹消することなくその場の思いつきだけで右一部を除外して朗読することが許されるなら、右慎重性、明確性の保障は全く無に帰するからである。

これを本件についてみるに、前記(2)ないし(4)にてらすと、原審裁判官が作成した判決草稿の主文に「但し裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。」旨の記載がなされていたこと、同裁判官が公判廷で右判決草稿に基き判決を宣告した際右但し書の部分を朗読しなかったこと、それにもかかわらず右但し書の部分につき抹消等の措置をとることなく、タイプにまわしたことがいずれも明らかであって、原審裁判官の判決宣告手続は刑事訴訟規則三五条二項に違反したものというべきである。そして前記説示のような右規定の趣旨、判決宣告が人権に最も深くかかわる重要な手続で、その方式はとくに厳格に遵守さるべきことにかんがみると、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点に関する論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

なお、論旨は前記の如く刑事訴訟規則五三条違反をも主張しているが、前記(4)(5)にてらすと、原審裁判官が主文但し書部分を削除して判決原本を完成したうえこれを書記官に交付したがたまたま書記官において原本にあわせて謄本を訂正することなく関係者に該謄本を交付したのであって、完成した判決書(原本)自体はその主文が宣告されたところと異なるわけではないから、右主張は採用できない。

よって、その余の控訴趣意(量刑不当の主張)についての判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、同法四〇〇条本文に則り本件を大阪地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河村澄夫 裁判官 村上保之助 裁判官吉川寛吾は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 河村澄夫)

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