大判例

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大阪高等裁判所 昭和45年(う)477号 判決 1974年11月14日

主文

原判決中、被告人に関する部分を破棄する。

被告人を罰金一〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審および当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人上辻敏夫作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点の事実誤認の主張について

所論は、要するに、原判示第三の(一)の奥田、谷野、堀内らによる土地売却斡旋の行為は個人的なものであつて、同人らの各職務とは全く無関係であり、同人らが取得した金員は賄賂ではないのにかかわらず、原判決がその斡旋行為を同人らの各職務に密接な関係のある行為であり、同人らが取得した金員はその行為に対する謝礼であつて賄賂であると認定したことは、事実を誤認したものである、というのである。

そこで、記録および原審で取り調べた証拠ならびに当審における事実取調べの結果を検討して考察するに、関係各証拠によれば、次の事実を認定することができる。

(1)  大和郡山市は、昭和三八年に低開発地域工業開発促進法に基づき全市域が低開発地域に指定されたが、そのころから用地を買収して昭和工業団地と称する工場敷地を造成し、ここに工場を誘致する事業を行なつていた。その主管課は建設部開発課であつた。同課では市長の特命により昭和工業団地以外の土地を市が買収し企業に転売して工場誘致をした例が二、三あるだけで、その他はいずれも昭和工業団地への工場誘致の事務を行なつていた。

(2)  被告人は昭和三〇年四月から引き続き大和郡山市市会議員であり、昭和三九年四月から同市議会総合開発特別委員会委員、昭和四〇年五月から同委員会委員長であつたもの、谷野義隆は昭和三九年四月一六日から同市建設部開発課課長補佐として企業誘致に関することなど同課所管の事務全般について課長を補佐し、昭和四〇年九月一日から同課課長として同課の事務全般を掌理していたもの、奥田惇臣は昭和三七年一〇月一日から同市企画課企画係長として工場誘致などの企画にあたり、その後開発課所管の工場誘致に関する事務を応援担当し、昭和四〇年九月一日から開発課誘致係長として工場誘致に関することなど誘致係所管の事務を担当し、昭和四一年四月一日から同課課長補佐兼誘致係長として前記課長補佐および誘致係長の職務を行なつていたもの、堀内作次は昭和三九年一月一六日から奈良県総合開発課企画係長として奈良県内における企業誘致に関する事務を担当し、同年四月一日から大和郡山市建設部開発課所管の同市昭和工業団地への工場誘致に関する事務の連絡、指導、応援事務を行なつていたものである。

(3)  株式会社富士塗装機製作所(以下富士塗装機と略称する)は工場用地として大和郡山市小泉町字梅ケ坪に一二四二坪の土地(以下本件土地という)を所有していたが、昭和四〇年三月ごろには経営状態が悪化したため、本件土地を売却して金策しようとし、国会議員から紹介してもらつた被告人に対しその売却斡旋方を依頼した。そこで、被告人は奥田に対し本件土地の買手を探してくれるよう依頼し、奥田は知り合いの不動産取引業者青木清に本件土地の買い受けを依頼した。青木はさらに知り合いの金融業兼宅地建物業をしている林庄次に協力を求めた。その結果、青木、林は、本件土地の買受け、売却はすべて被告人、奥田に委かせ、転売利益を得るという考えで、買受代金を出捐することになつた。そして、同年四月二七日市役所市議会議員応接室において富士塗装機から林に対し本件土地が一、〇〇〇万円を若干下回る価格で売却されたが、すでに被告人と青木は右会社の窮状を救うため本件土地の売買代金の内金として各二〇〇万円を支払つており、同日林はその残金を支払つた。したがつて、本件土地は実質的には被告人、青木、林の三名による共同買受けであつたが、最も多額の出捐をした林がその所有権取得の登記名義人となり、その登記を経た。

(4)  その後、被告人は林から営業資金が要るので本件土地を担保に借金してほしいと頼まれ、昭和四〇年四月三〇日昭和農業協同組合から市が総合開発事業のため融資を受ける形式をとつて一、〇〇〇万円を借り受け、これを被告人、林、青木の三名で本件土地買受代金出捐額に応じて分配したため、本件土地買受代金は昭和農業協同組合からの借受金債務として残ることになつた。右金員借受けの手続には谷野が頼まれて協力した。

(5)  被告人は、昭和農業協同組合から前記借受金の返済を迫まられ、本件土地の売却を市の工場誘致の事務を担当している奥田、谷野に依頼していたが、同人らにおいてもその売却先が仲々見つからずに月日を経過した。

(6)  大阪府門真市のゼネラル紙工株式会社(以下ゼネラル紙工と略称する)は、昭和工業団地内に工場用地を求めようとし、同社代表取締役堀部茂一が奈良県総合開発課を訪ねて、堀内にその旨を申し出たところ、同人はこれを大和郡山市の奥田、谷野に連絡し、同人らに堀部を紹介した。堀内、奥田、谷野らは堀部らゼネラル紙工の者を昭和工業団地に案内したが、同団地内には適当な土地がなかつたので、同団地から一キロメートル余り離れたところにある本件土地を見せたところ、右会社側はこれを買い取ることを希望した。そこで、奥田は被告人および青木にその旨の報告をし、相談の結果約一、五〇〇万円(これに必要経費が加算される)で本件土地をゼネラル紙工に売却することになつた。そして、昭和四一年一一月二四日市役所二階応接室においてゼネラル紙工から五三〇万円の小切手が支払われた(なお、残金一、〇〇〇万円は、後日右会社が被告人名義で本件土地を担保に平和農業協同組合から借り受けて前記被告人が昭和農業協同組合から借り受けていた金員の返済に充てることとされた)。同日、右小切手は現金化され、そのうちから前記昭和農業協同組合からの借受金の利息、本件土地の不動産取得税など本件土地を転売するまでに要した費用が差し引かれ、三〇五万円が本件土地の転売による利益として残つたところ、林が一五〇万円、青木が五〇万円、被告人が三〇万円をそれぞれ取得し、本件土地の転売に尽力した謝礼として奥田に三〇万円、谷野に三〇万円、堀内に一五万円が各贈与された(その贈与行為者が被告人であることについては後記控訴趣意第二点に対する判断として示すとおりである)。

(7)  なお、ゼネラル紙工では、堀内、奥田、谷野による本件土地売買の斡旋は同人らがその職務としてなしてくれたものと考えていた。

以上認定の事実に基づき奥田、谷野、堀内に各贈与された金員がそれぞれの職務に関する賄賂であるかどうかについて判断するに、本件土地につき富士塗装機から林(実質的には同人、被告人、青木の三名。以下本件土地売買の当事者として同様の趣旨で林とだけいう)に、林からゼネラル紙工に順次なされた売買は私人間の行為であり、奥田、谷野、堀内がその売買につき尽力したことが同人らの工場誘致に関する職務の執行にならないことはもちろんである。しかし、刑法一九七条にいう「職務ニ関シ」とは公務員の職務執行行為だけでなく、これと密接な関係のある行為に関する場合をも含むと解すべきであるところ、本件においては、奥田、谷野、堀内は個人的関係に基づいてゼネラル紙工に対し本件土地の売買を斡旋したのではなく、同社が奈良県および大和郡山市の各工場誘致などに関する事務の窓口を訪れて工場用地を買い入れたい旨申し込んだのを受けて、右事務を担当していた同人らにおいて同市が開発して工場誘致を図つていた昭和工業団地に案内し、同団地内に希望にそう土地がなかつたことから、かねて林から売却処分方を依頼されていた本件土地に案内し、これを買い入れるよう斡旋したものであつて、その斡旋行為は奥田、谷野、堀内の各工場誘致に関する職務と密接な関係のある行為に該当すると解するのが相当である。したがつて、奥田、谷野、堀内が林とゼネラル紙工との間の本件土地の売買を斡旋した行為に対する謝礼は賄賂であるといわなければならない。原判決は、本件土地が富士塗装機から林を経てゼネラル紙工に転売されるまでの間における奥田、谷野、堀内の行為を通じて全体として同人らの各職務に密接な関係のある行為であるように判示している点において措辞妥当を欠くというべきであるが、右判示には前叙のとおり当裁判所が職務に密接な関係のある行為と判断した林とゼネラル紙工との間における本件土地売買の斡旋行為が含まれていることが明らかであり、また奥田、谷野に対する原判示の謝礼には林とゼネラル紙工との間の本件土地売買の斡旋行為に対する趣旨だけでなく、富士塗装機と林との間の本件土地売買の斡旋行為などに対する趣旨も含まれているが、不可分的に各三〇万円の贈与がなされたものであつて、その全部を賄賂と認めるべきものであるから、原判決には所論の事実誤認はないといわなければならない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点の事実誤認の主張について

所論は、要するに、被告人が原判示第三の(一)のように奥田、谷野、堀内に各金員を贈与した事実はないから、原判決がこれを認定したことは事実を誤認したものである、というのである。

そこで、記録および原審で取り調べた証拠ならびに当審における事実取調べの結果を検討してみるに、本件土地が富士塗装機から林を経てゼネラル紙工に転売された経緯およびその間における被告人の立場、役割はすでに前記控訴趣意第一点に対する判断の際に認定したとおりであるところ、原審証人青木清の証言、原審相被告人奥田惇臣の供述、被告人の司法警察員に対する昭和四二年四月四日付供述調書、奥田の司法警察員に対する同日付および検察官に対する同月一七日付各供述調書を総合すれば、被告人は本件土地の転売利益の分配につき青木に対して、林は一五〇万円、青木は五〇万円にしてほしいと申し入れ、林および青木をしてゼネラル紙工から支払われた金員のうちから右各金額分を持ち帰らせ、その余の金員の処分につき奥田に対し、自分の取得分を三〇万円残し、土地転売に要した必要経費を精算したうえ、あとは同人、谷野、堀内の三人で適当に分配するよう指示し、奥田はその指示にしたがつて自ら三〇万円を取得し、谷野に三〇万円を、堀内に一五万円を各手交したことが認められ、右認定に反する被告人の原審および当審公判廷における供述は前掲各証拠に照らして措信できず、ほかに右認定を動かすに足る証拠はない。したがつて、被告人が奥田、谷野、堀内に対し各金員を贈与した事実を認定した原判決は正当であつて、所論の事実誤認はないといわなければならない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三点の量刑不当の主張について

所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調べの結果も検討して考えるに、本件は、大和郡山市の市会議員であり、かつ、同市議会総合開発特別委員会委員であつた被告人が、その地位を利用して同市職員らをして土地の転売につき協力させ、同人らに賄賂を贈与したという事案であり、犯行自体は芳しからざるものであるが、被告人がそのような土地の転売に関係するに至つたのは、土地を所有していた会社の経営状態が悪化し、その従業員が賃金の支払いを受けられないでいる窮状を救おうとしたことにあり、私欲のためではなかつたこと、被告人はその土地転売により三〇万円の利益分配を受けたが、これも土地転売の過程において借金をするに際し協力してくれた者らに全部贈与し、自らは利得していないことなど斟酌しうる事情もあり、これに被告人の年令、経歴、環境、殊に被告人は永年大和郡山市の市会議員として同市のために尽力してきたことなどを合わせ勘案すると、被告人に対しては懲役刑を科するまでもなく、罰金刑をもつて処断するのが相当であると考えられ、被告人を懲役五月、一年間執行猶予に処した原判決の量刑は重きにすぎて不当であると認められる。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決中、被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書により自判するに、原判決が確定した被告人の原判示第三の(一)の奥田、谷野、堀内に対する各所為はいずれも刑法一九八条一項、罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法六条、一〇条により昭和四七年法律第六一号による改正前のもの)に各該当するところ、いずれも所定刑中罰金刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で被告人を罰金一〇万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、原審および当審における訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

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