大判例

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大阪高等裁判所 昭和45年(ネ)1122号 判決 1972年3月28日

控訴人

森本

外一名

代理人

中谷鉄也

外二名

被控訴人

和歌山県

代理人

岡崎赫生

主文

原判決中被控訴人に関する部分を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人両名に対しそれぞれ金一八万四、七四六円および内金八万四、七四六円に対する昭和四〇年一〇月二二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人らの各負担とする。

事実《省略》

理由

一、本件事故発生の経過および態様についての当裁判所の認定も原審の被告大谷らについての認定と同一であるので原判決理由第一の一、二をここに引用する。その要旨は次のとおりである。

(イ)  昭和四〇年一〇月一七日午後、訴外神倉貞一の使用人大谷安雄(この両名は原審被告、確定)が大型貨物自動車(以下本件故障車という。)を運転して橋本市小原田一六番地菱田産業石油倉庫前国道一七〇号線道路(以下ここを事故現場という。)の約八〇米北方で運転事故を起し、右前車輪やハンドルを故障したため、通りがかりの貨物自動車に牽引して貰つて右事故現場まで移動させた。

(ロ)  そして、同所で道路左端より左前車輪において約一米二〇糎、左後車輪において約一米一〇糎の間隔、道路中央線より右前車輪において約五三糎、右後車輪において約一六糎の間隔をおき、道路に平行でない位置で南方に向つて駐車させておいた。(この駐車方法は道路交通法四八条一項に反し、これをこのまま放置することは同法七六条三項、道路法四三条二号に反する。)

(ハ)  同月二一日午前六時過ぎ頃、控訴人らの長男森本肇が同所を原動機付自転車を運転し、時速六〇粁で南進し、右故障車の荷台後部右側部分に激突し、頭蓋底骨折によりその場で即死した。

右認定によれば、訴外肇にも過失のあつたことは後に判断するとおりであるが、本件事故の発生が右国道上に本件故障車が前記のような状態の駐車のまま放置されていたことにも起因することは明らかであつて、故障車の荷台後部に白い布切れを垂らしていたことおよび被控訴人が指摘する道路の状況(前掲当審主張三項)、本件故障車が大型車で目に入りやすいこと、右側を通過できる余裕があつたこと等を考慮に入れても、右の判断を動かすことはできない。

二、そこで、本件が国家賠償法二条一項にいう道路の管理に瑕疵がある場合にあたるかどうかについて考える。

<証拠>を総合すると次の事実が認められ、<反証排斥―略>。

「本件国道は大阪府高槻市から和歌山県橋本市に至り国道二四号線に通ずる幹線道路で、事故現場付近では道路幅員七米五〇糎、歩車道の区別のない舗装道路となつていて、和歌山県下では国道二四号線に次ぎ交通量が多く、常時自動車の通行が多く定期バス路線にもなつている。本件国道の和歌山県下部分は、和歌山県橋本土木出張所が管理事務を担当しているが、当時同事務所にはパトロール車の配置がなかつたため工務課の技術員が物件放置の有無等を含めて随時巡視するだけで、常時巡視はしていなかつた。そして本件の如き違法駐車の排除は事実上警察の行なう道路交通法に基づく措置に委ねられていたが、事故現場は管轄の橋本警察署から一粁程のところにあつて、同警察署では本件故障車の存在を遅くも一九日までには知り、その頃和泉警察署を通じその持主である前記神倉貞一に照会し、同人はこれに対し、前記事故のため放置してあることも告げている。故障車が事故現場に置かれたのは一七日の午後三時頃であるが、その後ここを運行するバスはこれをよけて反対側車線に出るため、乗車した訴外脇田克美、増田貢らは通勤のためバスに乗る都度邪魔になると感じていた。」

このように自動車の交通が激しい本件国道の事故現場附近で、さきに認定のような状態で本件故障車がその路上に長時間(本件事故発生まで八七時間位)放置されたままになつていたことは、客観的にみて著しい交通の障害であり、高度の危険性を有することであつて、道路管理者としては、本件道路上にかかる状態が発生したときは、一時も早くこれを排除する看視措置がとられねばならない。しかるに直接管理事務を担当する県橋本土木事務所においても常時応急の事態に対処し得る看視体制にあつたとは認められず、また、警察においても本件故障車の存在を知り、且つそれが一般通行人も危険を感ずる状態に拘らず、積極的にこれを排除しようとしたことも認められないのであり、警察官が道路管理の責任そのものを負うものでないこともちろんであるが、交通の安全を守る立場にあつたものとしての措置が不十分であつたことは否定できず、違法駐車の排除が事実上警察の措置に委せられていた本件の場合、このことも考慮に入れなければならない。(この点原審証人南出修三は、一見して違法駐車状態にあることを知り得なかつたと供述するけれども、前認定の訴外脇田、増田らを含めバスの乗客らも邪魔と感じていた事実および前認定の駐車状態自体に照らせば、少し注意して見ればそれが違法駐車であり、且つ単なる一時的なものではなく、故障車が動かなくなつて駐車されているものであることに気付き得たと認められる。)

もつとも被控訴人が指摘するように(被控訴人の当審主張二項)、追突事故等のため道路上に障害が生じたことを管理責任者において知り得べくもない程に時間的に接着した時点において次の事故が生じた場合においては、不可抗力として道路管理者が免責される場合のあることは当然これを認めなければならないのであつて、控訴人の引用する昭和三七年九月四日の最高裁判例も、右のような時点において生じた事故についてまで道路管理者の責任を認める趣旨でないと解せられる。しかし、そのような特別の場合を除いて事故車の放置による障害が発生して後相当の時間を経過してもなおそれが除去されない場合は、道路そのものに欠陥の生じた場合と実質上異ならないと見るべきである。右相当時間の限界は各道路の具体的状況に応じ個別的に決すべきであるが、本件のごとく事故車放置後三昼夜以上を経過している場合は、まさに右相当の時間を経過したものと謂わなければならない。而してこのような場合の交通事故については、予算不足その他如何なる観点によるも不可抗力と見ることはできないので、道路が通常有すべき安全性を欠いたものとして右法条にいわゆる道路の管理に瑕疵があるものに該当し、損害賠償責任が発生すると謂わなければならない。それとともに道路管理者のこの責任と、道路に故障車を放置した神倉大谷両名の責任とは、たまたま両者が競合したにすぎず、客観的に一個の共同行為と見ることはできないので、民法所定の狭義の共同不法行為ではなく、講学上いわゆる併発不法行為に該当するものであるから、各自別個に相当因果関係の範囲において損害を算定すべきであり、その損害が両者に共通の部分についてはいわゆる不真正連帯債務を負うものと解せられる。この見地において考えると、本件道路管理の瑕疵が、具体的には訴外大谷による本件故障車の放置により招来されたもので、しかもその駐車状態も違法に道路中央線近くにやや斜めに置かれるなど、異常な放置のしかたであつて、管理者にとつて予見可能性が全くないとはいえないまでも、かなり稀な事態であるから、被控訴人については相当因果関係の範囲を神倉大谷らの場合よりも狭く認定するのが相当である。

三、本件事故現場附近の国道一七〇号線の管理者が被控訴人和歌山県を統轄する和歌山県知事であり、その管理費用負担者が同被控訴人であることは道路法第一三条ならびに同法第四九条、第五〇条に照らし、また原審証人北浦嗣郎の証言により明らかであるから、被控訴人はこれによる損害を賠償すべき責任がある。

四、そこで損害額について判断する。

(一)  訴外肇の逸失利益の事故発生の日を基準日としたホフマン原価が金二二七万七、九七〇円であることは、原判決が被告大谷らに対する請求について認定したところとその判断を同じくするので、原判決理由第一の四の(一)を引用する。

ところで、訴外肇についても過失が存すると認められることも原判決の認定と同様であるから、原判決理由第一の二(三)を引用する。その要旨は、本件故障車の駐車状態が違法な状態であつたにせよ、なお道路右側に約四米一一糎の幅が残つていて、自動二輪車の運行には特段の障害がなく、現場は見透しのよく利く場所であるから、通常の注意を払えば、早朝であり霧がかかつていた(なお、原審証人増田貢の証言によれば、そのため当時附近では車は前照灯の点灯を必要とする程度であつたが、肇の単車が点灯していたかどうかは明らかでない。)にせよ、本件故障車を発見し、これを避けて通過できた筈であるのに、訴外肇は、右のような気象状況に拘らず、時速六〇粁以上で進行して本件故障車の後部に激突したもので、訴外肇は前方不注視を伴ういわゆる暴走運転をなしていたと認められるものである。右訴外肇の過失は相当に重く、これを前認定の道路管理の瑕疵の程度および相当因果関係との対比において考えると、本件事故の結果につき、右被害者の過失を四分の三(七割五分)として過失相殺をするのが相当である。(この点原判決は原審共同被告、大谷神倉両名(一審確定)についての判断に際し、被害者の過失を六割と定めているが、もちろんこれに拘束されるべきではない。)すると右逸失利益金二二七万七、九七〇円の二割五分にあたる金五六万九、四九二円が被控訴人の責任に帰せられるわけであり、<証拠>によると控訴人らは訴外肇の両親であつて、右肇の損害賠償請求権を二分の一づつ相続したものであるから、各自金二八万四、七四六円の請求権を有するわけである。

(二)  次に慰謝料および弁護士費用については、その損害算定の基礎となるべき事実については原判決が被告大谷らに対する請求についての判断で示した認定とこれを同じくするので原判決理由第一の四の(三)(四)を引用する。しかし、本件事故により一人息子を失つた控訴人らの苦痛が甚大であることは察するに難くないのであるが、本件事故については訴外肇にも前記のような重大な過失があるため、その損害の相当部分を自らの負担に帰せられるのも止むを得ないところであること、および先きに示したとおり被控訴人については相当因果関係の範囲を神倉らの場合よりも狭く限るべきこと、その他諸般の事情を考えると、被控訴人に請求し得る慰謝料は控訴人ら各自金三〇万円づつ、弁護士費用はその要した費用のうち金一〇万円づつと定めるのが相当である。

しかし、原審証人脇田克美の証言によれば、原審被告神倉の加入している自賠責保険から金一〇〇万円の支払がなされていることが認められ、右は控訴人ら各自に金五〇万円づつ取得されたとみるべきであるから、控訴人らは各自右損害額の合計からこれを控除した金一八万四、七四六円づつの請求権を有するものである。

五、よつて控訴人らの本訴請求は被控訴人に対しそれぞれ金一八万四、七四六円と内弁護士費用相当分金一〇万円を除く金八万四、七四六円に対する昭和四〇年一〇月二二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める限度において理由があつて認容すべくその余は失当として排斥を免れないとともに、右に算定した損害額はすべて原審で確定した神倉らの各債務の一部に当り、若し右両名がすでにこれを完済している場合は、被控訴人はその支払をする必要がないこと、その他の事情を考慮して仮執行の宣言を付さないこととする。

されば、控訴人らの請求を全部棄却した原判決は一部不当であるから民訴法三八五条、九六条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(沢井種雄 常安政夫 潮久郎)

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