大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

大阪高等裁判所 昭和45年(ネ)1445号 判決 1971年8月26日

第一審原告

(第一四四五号事件控訴人、第一三三八号事件被控訴人)

三浦士郎

代理人

村井禄楼

第一審被告

(第一三三八号事件控訴人、第一四四五号事件被控訴人)

株式会社 宇品造船所

代理人

加藤公敏

三宅清

内堀正治

主文

第一審被告の控訴(第一三三八号事件)を棄却する。

第一審原告の控訴(第一四四五号事件)に基き、原判決を次の通り変更する。

第一審原告、第一審被告間の昭和三七年二月二八日付造船契約に基く契約上の紛議に関する損害賠償請求仲裁判断事件につき、仲裁人高木善種、同林豊が昭和四二年八月二九日になした仲裁判断の主文中「第三、(イ)被申立人は申立人に対し、申立人が仲裁人両名並に申立代理人弁護士村井禄楼に支払つた費用並に報酬金二、六四六、〇二〇円也を支払え。(ロ)被申立人は申立人に対し、右内金一、一〇〇、〇〇〇円に対しては昭和四一年七月二日以降、金一六五、〇〇〇円に対しては昭和四一年七月二三日以降夫々完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。」とある部分につき、強制執行をなすことを許可する。

訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。

この判決は、第一審原告において、金八〇万円の担保を供することにより、仮りに執行することができる。

事実《省略》

理由

第一審原告を申立人、第一審被告を申立人とする第一審原告主張の仲裁判断事件につき、原判決添付「仲裁判断」書記載の通りの仲裁判断がなされたこと、右仲裁判断がなされるまでの事実経過として、原判決事実摘示の請求原因欄一、二、四の事実が存することは、当事者間に争いがない。

第一審被告は、第一審原告が本件執行判決を求める対象とする右仲裁判断の主文第三項(イ)(ロ)は、理由が付されておらず、民事訴訟法第八〇一条第一項第五号に該当し、従つて同法第八〇二条第二項により、執行判決の対象となり得ない旨抗弁するので、右の点につき審案する。

右仲裁判断の判文によれば、理由「第三、仲裁判断に要した費用の負担に付ての判断」として、(一)、(二)を分かち、右(一)では、申立人が代理人村井禄楼弁護士に支払つた報酬及びこれに対する損害金(尤も、理由自体ではその金額、起算日の記載はないが)の負担者を相手方即ち被申立人と定めるとともに、その他の申立後の手続費用の負担を各自弁と定め、(二)においては、仲裁人両名に支払つた費用を、その金額を明示すると共に、その負担者を被申立人と定めたものであつて、右(一)の各費用につき右のようにそれぞれ負担者を区別して決定したことについては、その理由として、初めに、「公平の見地」より主文の通り判断したと記載したほかに、さらに(1)ないし(5)の理由を掲げているのであつて、そのうち(4)は、申立人のいわゆる弁護士費用につき特記し、(5)は、その他の申立後の手続費用につき特記するという体裁を採つているのであるが、この判文の形式から見ると、右の列記理由の(1)ないし(3)は、右(4)(5)の各費用、少くとも(4)の費用の負担者決定の理由をも形成していることは極めて明白で、そうすると、右の(4)の申立人の弁護士費用の負担者決定理由は、単に(4)の中に特に示された抽象的な「公平の見地」だけではないものと解されねばならない。ところで、右の(1)としては、本件「俊丸」につき、振動防止の為、フォクスルデッキ補強、船尾ビラー増設工事、其他被申立人の防振の為改造工事をした事実を挙げ、(2)としては、書面の成立を認める甲第一号証(本件の甲第二号証がこれに該当することは弁論の全趣旨で認められ、それによると、右書面は、訴外三浦海運株式会社の営業部長佐藤丈夫の作成に係る陳述書であり、その内容の概略は、本件「俊丸」の建造目的から、建造引渡後の同船の運転の状況、その振動、騒音に関して第一審原告と第一審被告間になされた昭和三八年一二月一二日頃までの補強工事及びこれに関する折衝の経過を記載したものであり、)(3)としては、「俊丸」の検証の結果(右判断書の証拠欄記載に徴し、仲裁人の為した検証と推認)を掲げている。ところで右の列記の理由を解釈するについては、仲裁人両名が、申立人の求める損害賠償についての責任原因が被申立人に存するか否かについては、意見が不一致であつたと結論している点を充分斟酌する必要のあることは、第一審被告の主張する通りであるので、この点につき右判断書の記載を見るに、その理由第一の(2)において、申立人の請求権の存否の「法律要素である振動並に騒音が、法律要因としての許容限度を超えるか否か」につき、仲裁人両名の各意見が賛否に分れ、不一致であつたとして、この理由で、主文第一項損害賠償請求権の存否についての意見不一致を結論したことが明白であるから、この説示より見ると、本件の「俊丸」には、問題とされ得る振動や騒音がなかつたのではなく、却つて、許容限度を超えるか否かにつき、人によつて判断を異にする程度の相当な振動、騒音が存在したことは推察に難くない。そこで、この点に留意しつゝ前掲(1)(2)(3)の列記理由を検するに、仲裁人は右の(3)の検証により、「俊丸]の振動、騒音の程度を自ら体験し、(1)(2)により同船の建造、引渡後の運転成績の結果と修補要求についての交渉経過、修補の実績等の事実を認めて、「俊丸」には、少くとも、その建造の注文者で船主である第一審原告の立場からは、建造者である第一審被告に対し、修補要求を為すことが強ち無理でないと認められる位の振動(騒音の点はさておき)があり、第一審被告としても、その責任の帰属即ち費用の負担の点は別論として、兎も角一度ならず二度も修補工事に応じた(前掲甲第二号証の記載によれば、その第一回は昭和三七年一一月一〇日より同月一三日まで、第二回は昭和三八年九月一〇日より同月一六日までが、これに該当すると認められる)という動かし得ない事実と、同船の建造者が第一審被告であつて、少くとも右振動の物理的な原因を作つた者であることからして、第一審原告が、第一審被告に対して、右造船上の瑕疵の修補請求等、その責任追及をすることだけは、己むを得ない点もあるものと考えたことも、優に推測できるのであつて、右責任追及方法としては、第一審原告が専門家としての弁護士の選任を必要としたことが是認できるとの理由を(4)に記載し、以上を総合した「公平の見地」から、申立人の弁護士費用を、その全請求額に対する割合等も勘案して、これを相手方たる被申立人、即ち第一審被告に負担させたと解釈するときは、以上の理由は、仲裁判断の理由としては、その言辞は充分でないとしても、そして、主請求について判断せず、弁護士費用だけを一方の相手方に負担させた結果だけを見るときは、一見奇異な感は免れないけれども、仔細に検討すれば、右のような結論に導いた判断資料と判断者の意図した趣旨(即ち考えの意味ないし筋道)の大略はこれを把握するに大して困難ではない。本件の申立人の弁護士費用負担の理由を、以上のように解するとき、また以上の様な解釈は充分可能であるから、この場合には、右費用負担の判断は、被申立人即ち第一審被告に損害賠償義務の存在を認めなかつた結果とは決して矛盾するものではなく、また右義務を肯定しなくとも、右費用負担を命じ得ると考えられる。そして、仲裁判断は、純粋な法律判断ではないのであるから、弁護士費用を第一審原告主張のように、一種の不法行為責任であると構成(弁護士費用の負担義務が、一般的に、相手方の不法行為に因り、また不法行為の場合に限つて生ずるというが如きことは甚だ疑わしい)しなくとも、仲裁判断に基いて、一方の当事者に負担させることも充分可能である。第一審被告は、公平ということと、負担者を一方の側にのみ定めることとは矛盾するというけれども、公平とは決して機械的な平等を指すのではないから、双方の事情に差等があれば、負担責任の度合についても差等があつて当然で、それが却つて公平に合するというべきである。この点でまた、費用の種類、発生事由、金額の如何によつて、それぞれ負担者を区別することも、何等それが矛盾として問議される筋合はない。また第一審被告は、紛争未解決の場合の費用の一方的負担は仲裁人の判断の合理性の範囲を逸脱するもので、特別の理由を要すると主張するが、前記判断によれば、この要請は充たされているものと考えられるから、右主張は理由がない。

次に、右理由の形式的な不備の点として、第一審被告は、弁護士費用自体の記載即ちその額の認定、及び相当性の判断が、仲裁判断の理由中に欠けていると主張し、成程、右理由記載に限定する限りでは、右の記載が見当らないことは、前段認定の通りではあるけれども、右判断の主文第三項(イ)(ロ)の記載と右理由中の仲裁人の報酬、費用額の認定額から、計数的に算出することは容易であるから、弁護士費用額の認定そのものが不明であるとはいえず、理由不記載とはいえない。また、報酬額の相当性の判断も、通常の裁判ならば、これを必要とする場合が多いけれども、仲裁判断の場合に、しかも公平の理由で負担させる場合には、その支出額全部を負担させても、この点の判断や、その理由を欠いたことにはならない。次に第一審被告は、遅延損害金の起算日につき理由を欠く旨主張し、右仲裁判断は、この点につき、主文第三項(ロ)でその起算日を記載し、理由第三の(4)でその割合を年五分と定めた理由を記載したのみであつて、起算日を認めた理由そのものは記載されていないことは、第一審被告の指摘の通りではあるけれども、元来、遅延損害金自体が附帯の請求であり、主請求につき遅滞があれば、特段の理由なくとも発生する性質のもので、起算日の認定さえ誤りがなければ、理由を特記しなくとも妥当視されるものである上に、本件においては、成立に争のない甲第一号証(申立書に着手金一一〇〇、〇〇〇円の請求を記載)等の<証拠>によれば、右起算日の認定は、客観的事実に対照し、正当と認められるから、この点の理由不記載は、損害金の負担を命ずる理由の不記載とともに、本判断を以て、執行判決の対象たることを否定する瑕疵にはならないものと解するので、右第一審被告の主張は理由がない(なお、第一審被告は、本件において、仲裁判断書記載以外の資料を証拠資料に用いることは許されない旨主張するが、独自の見解であつて採用できない)。

次に、本仲裁判断において、仲裁人両名に支払つた報酬及び費用の負担について按ずるに、この点の理由としては、仲裁判断の理由第三の(二)には「公平の見地」とのみ記載されているに過ぎず、形式的に見る限りでは、この理由には前記(一)に列記された諸理由は援用されていないけれども、右事件で採り上げられる「公平の見地」とは、事件全体の事情一切を総合した上の判断に立つものであることは、「公平」の義からも、事案の処理に要請される態度としても、当然の事柄であつて、右の(二)に掲げる「公平」も単なる抽象的なもの、機械的平等の類ではなく具体的、総合的判断としての公平の語と解すべきであるから、仲裁人に対する報酬費用が、当然手続費用として、本来当該手続自体で職権で負担者を定めることも己むを得ない性質のものであることを勘案すると、これに前段認定の諸事情から来る理由判断を総合するときは、この仲裁人の報酬、費用の負担者を被申立人即ち第一審被告と決定したことについては、充分の理由が示されているものと解することができる。それが、公平でないとか、判断の矛盾であるとかの理由で、右理由記載を非難する第一審被告の主張の理由がないことは、前段説示と同一である。よつて右仲裁人の報酬、費用負担についても、理由を欠くとする第一審被告の抗弁もまた採用できない。

そうすると第一審原告の請求は、すべて正当というべきであつて、その一部を棄却した原判決は、失当であるから、これを変更して、第一審原告の控訴に基き、右請求を全部認容すべく、第一審被告の控訴は理由がないから、これを棄却すべきものとし、訴訟費用につき民事訴訟法第九六条第八九条、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用して主文の通り判決する。

(宮川種一郎 林繁 平田浩)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例