大阪高等裁判所 昭和45年(ネ)1477号 判決 1972年3月16日
被控訴人 東淡信用組合
理由
被控訴人が金額二〇〇万円、満期昭和四三年四月一六日、支払地ならびに振出地大阪市、支払場所株式会社三菱銀行九条支店、振出日昭和四三年一月一〇日、振出人控訴人大阪基業株式会社(以下大阪基業という)、受取人控訴人株式会社山本組(以下山本組という)、控訴人山本組から大和鉄工へ、大和鉄工から東洋無線へ、東洋無線から被控訴人へと拒絶証書作成義務を免除のうえ順次裏書の連続した本件手形一通(甲第一号証)の所持人であることは、《証拠》によつて認められ、控訴人大阪基業が右手形を振り出したことは当事者間に争いがない。
《証拠》を総合すると、控訴人山本組代表者代表取締役松井仲枝において、昭和四二年一二月一七、八日ごろ取引先の控訴人大阪基業から本件手形の振出交付を受け、右手形に被裏書人を白地としたうえ、第一裏書人として記名捺印し、福徳相互銀行から割引を受けるため、その肩書事務所において保管中、同月二一日山本によつて盗取され、その後、転々として、被控訴人は東洋無線から右手形を取得したものであることが認められ、被控訴人が満期に支払場所で支払のため右手形を呈示したが、支払がなかつたことは、前顕甲第一号証によつて明らかである。
思うに手形の流通証券としての特質にかんがみれば、流通におく意思で約束手形に裏書人として署名または記名捺印した者は、たまたま右手形が盗難、紛失等のため、その意思によらず流通におかれた場合においても、連続した裏書のある右手形の所持人に対しては、悪意または重大な過失によつて同人がこれを取得したことを主張、立証しないかぎり、裏書人としての手形債務を負うものと解するを相当とする(最高裁昭和四六年一一月一六日判決、判例タイムズ二七一号一八四頁、判例時報六五三号一〇七頁参照)。
そこで進んで被控訴人が悪意または重大な過失によつて本件手形を取得したかどうかについて判断する。
《証拠》によれば、被控訴人は東洋無線とは昭和四一年一月ごろその個人経営時代から継続的な金融取引があり、昭和四三年一月ごろ約二〇〇万円ぐらいの手形割引等の取引があつたこと、本件手形は昭和四三年一月一三日か一四日ごろ右訴外会社から金融取引のため取得したものであり、その取得にあたり、事情を聴取したところ、本件手形は東洋無線が第二裏書人たる大和鉄工の広告塔の請負工事についての一部下請代金として受取つた商業手形であるというのであり、東洋無線の従前の手形割引のなかに若干大和鉄工振出の手形(手形金額五〇万円の手形二通)があり、被控訴人としては本件手形が東洋無線が大和鉄工から正常な取引により入手した商業手形であると信じ、なお、振出人たる控訴人大阪基業の信用状態については、再三、三菱銀行等を通して調査したうえ、取得したものであることが認められる。
してみると、被控訴人としては、本件手形が山本によつて盗取されたため、第一裏書人たる控訴人山本組の意思によらずして流通におかれたという前認定の経緯については何ら知るところなく、善意でこれを取得したものであることが明らかであつて、その間の事情について知らなかつたことに重大な過失があつたと認むべき別段の事情は見当らない。
控訴人らは、被控訴人は半ば公的な性質をもつ金融機関であるから、本件手形の取得に当つては、手形の移転経緯につき調査すべき高度の注意義務を負担しており、控訴人らに照会してこれらの点を確めなかつたことについては重大な過失があると主張するけれども、被控訴人が本件手形を取得するに至つた経緯は前認定のとおりであつて、手形の流通証券としての特質にかんがみるときは、東洋無線が当該手形を所持することにつき疑念を懐かせるような別段の事情の認められない本件において、被控訴人が半ば公的な性質をもつ金融機関であつても、控訴人らの主張するような調査義務を負担するものとは解しがたい。けだし、もし、かかる義務を手形取得者たる被控訴人に負わすとすれば、手形本来の信用証券たる機能が失われ、手形取引の円滑性が阻害されるおそれがある。
東洋無線より被控訴人への本件手形の裏書譲渡がいわゆる隠れた取立委任裏書であるとか、被控訴人が本件手形金取立ての訴訟行為を信託されたものであるとかの点は、これを認めるに足る証拠がないから、これを前提とする控訴人らの抗弁はすべて理由がない。
右の次第で、控訴人大阪基業は振出人として、控訴人山本組は裏書人として、被控訴人に対し、合同して本件手形金二〇〇万円およびこれに対する満期の翌日である昭和四三年四月一七日から完済まで手形法所定年六分の割合による法定利息を支払う義務があるものというべく、被控訴人の本訴請求を認容した手形判決およびこれを認可した原判決は相当であつて、控訴人らの控訴は理由がない。
(裁判長裁判官 浮田茂男 裁判官 宮崎福二 舘忠彦)