大阪高等裁判所 昭和45年(ネ)1839号 判決 1972年5月12日
理由
一、《証拠》を総合すると、被控訴人の請求原因一、および二、の各事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
そして、控訴人が、本件第一の物件および第二の物件につき、被控訴人主張のごとき仮差押の登記を経由したこと、右第一の物件に対する仮差押の被保全権利は、控訴人の訴外康泰仁に対して有する金七八二、九八〇円の手形債権であるが、控訴人が、右訴外人を相手方とする右手形金請求訴訟において勝訴し、右判決はすでに確定していること、第二の物件に対する仮差押は、その所有者訴外康秀雄から異議の申立があり、結局控訴人は原判決言渡直前に右仮差押の執行を解除したことは、いずれも当事者間に争いがない。
二、そこで、控訴人の抗弁について判断する。
(一) 本件第一の物件および第二の物件の総価格は、建物自体の価格のみならず、その敷地が借地であるから、これに借地権価格を加算するのを相当と解すべきところ、《証拠》を総合すると、前記代物弁済予約締結時において金二、六九九、〇〇〇円(千円未満四捨五入、以下同じ。)、代物弁済予約完結時において金二、八八七、〇〇〇円、本件口頭弁論終結時において少くとも金三、三二六、〇〇〇円(昭和四五年五月の鑑定時価格)を下らないものとそれぞれ認められ、他にこれに反する証拠はないところ、訴外大和信用組合の債権額は金一、二五〇、〇〇〇円であり、これを譲受けた被控訴人の債権額は金一、三五〇、〇〇〇円(差額金一〇〇、〇〇〇円は金利)であるから、右物件の価格は、債権額の二倍を超えることになる。
このように、債権額と物件の価格との間に相当程度の差額があり、これに加えて同時に根抵当権の設定契約がなされていることを考えあわせること、訴外大和信用組合と訴外康泰仁(債務者、第一の物件の所有者)および同康秀雄(連帯保証人、第二の物件の所有者)との間に締結された本件代物弁済の予約は、代物弁済という形式こそとられているが、実質は担保権の設定と同視すべく、したがつて債務者に債務不履行のあつた場合、債権者の選択に従い、本件目的物件を換価処分してこれにより得た金員から債権の優先弁済を受けるか、または適当な評価で目的不動産の所有権を取得し、そのいずれの場合にしろ、換価額又は評価額と自己の債権額との差額はこれを債務者(右実質上の担保権設定者)に返還する約旨であつたと認定するのを相当とする(前顕控訴人引用の最高裁判決参照)。
被控訴人は、債権額と物件の価格が合理的均衡を欠いていない旨強調し、本件代物弁済の予約が、本来の代物弁済予約で、いわゆる清算義務を伴うものではない旨主張するけれども、かような意味の合理的均衡が保たれているということは、本件のごとく、いやしくもそこに相当額の差額が存在する以上、右契約の趣旨を前判示のごとく認定する判断の妨げとなりえないものと解するのを相当とする。その他、被控訴人主張の各事実をもつてしても、右認定を左右するに足りない。
(二) 控訴人は、仮登記債権額と本件物件の価格との差額が過大であることをもつて、本件代物弁済の予約は、公序法に違反して無効である旨主張するけれども、右契約の趣旨を前段認定のごとく解するときは、かかる契約を公序良俗に反するものといえないことは明らかであるから、この抗弁は理由がない。
(三) 被控訴人は、本件代物弁済の予約完結を原因として、第一の物件の所有権の取得を主張し、その旨登記を経由するにつき、登記簿上利害関係を有する控訴人に対しその承諾を求めるのであるが、右認定の如く本件代物弁済の予約は本来の代物弁済予約でなく、債権担保のために控訴人は、すでに本件仮差押の被保全債権につき確定判決を得ており、いつでも差押をなしうる法律上の地位を有するのであるから、控訴人は、被控訴人に対し、本件口頭弁論終結時における評価により、本件目的物件の価格から仮登記債権額を差引いた残額(いわゆる清算金額)の範囲内において、右仮差押債権額の支払を受けるのと引換えにこれを承諾すべき義務があり、右支払を受けない限り、控訴人は、本件承諾義務の履行を拒みうるものといわなければならない(前顕最高裁判決参照)。
そこで、被控訴人が、第一の物件につき返還すべき清算金額を計算してみると、前顕鑑定の結果によれば、本件口頭弁論終結時における第一の建物の建物自体価格は一平方メートル当り金一一、〇〇〇円、敷地の借地権価格は一平方メートル当り金二〇、五〇〇円と認めることができ、他にこれに反する証拠はないから、これに延建坪七四、七六平方メートル、敷地坪数四一、〇〇平方メートル(第一の物件と第二の物件は、八二、〇〇平方メートルの土地を共同の敷地としており、両物件の構造、面積から考え、各二分の一として計算)を乗ずれば、建物自体の価格は金七九三、九八〇円、借地権価格は金八四〇、五〇〇円、以上合計一、六三四、四八〇円となる。同じ算式により第二の建物の価格を計算すると、その価格は金一、六九一、二四〇円になる。
一方、被控訴人の仮登記債権額は金一、三五〇、〇〇〇円であるところ、これを担保するため、実質上両物件を共同担保の目的としているものであるから、第一の物件に割付けるべき債権額は、両物件の価格に従つて按分するのを相当とするから、その計算をすると、金六六三、〇〇〇円(千円未満四捨五入)となることは算数上明らかである。これを第一の物件の前記価格から差引くと、清算金額は九七一、〇〇〇円となる。
被控訴人は、計算上むしろ不足金が生じ、清算金はない旨主張するけれども、被控訴人の当審での(三)(イ)の主張金額の算定根拠が明らかでなく、おそらく違算によるものと思われる。また、(ロ)の借地名義変更に要する費用は、被控訴人主張のごとく、本来仮登記により担保される債権者の債権額に加算されてしかるべきものと解されるけれども、前認定の本件目的物件価格は、鑑定時の昭和四五年五月一二日のそれを採つているところ、実際には本件口頭弁論終結時までには日時の経過があり、前認定の価格の変遷により明らかなごとく、その騰勢は顕著なものがあつて、その差額は予想される右借地名義変更に要する費用を賄つて余りあるものと推認されるから、被控訴人の右主張をもつてしても、前記判断を左右しうるものとは認めがたいのである。
よつて、控訴人の仮差押債権の額は、右清算金額の範囲内であることが明らかであるから、控訴人は、右債権全額の支払を受けるまで、本件承諾義務の履行を拒みうるものといわなければならない。控訴人のこの抗弁は理由がある。
三、以上の理由により、控訴人は、被控訴人から金七八二、九八〇円の支払を受けるのと引換えに、第一の物件につき被控訴人に対し、同人が本件代物弁済予約に基づく所有権移転請求権保全仮登記の本登記をするにつき、これを承諾する義務があるから、被控訴人の本訴請求は、右限度において正当としてこれを認容すべく、その余を失当として棄却すべきところ、原判決は、これと結論を異にするので、第一の物件に関する部分を変更
(裁判長裁判官 増田幸次郎 裁判官 寺沢栄 道下徹)