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大阪高等裁判所 昭和45年(ネ)584号 判決 1971年1月29日

尼崎信用金庫

理由

一、控訴人主張の主位的請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。

二、被控訴人は、訴外阪神企業株式会社に対し被控訴人の同社に対して有する手形貸付金債権を自働債権とし、同社が被控訴人に対して有する本件預託金返還債権を受働債権として対当額で相殺した旨抗弁するのに対し、控訴人はこれを争うので判断する。

(1)  不渡手形の異議申立提供金は、後日、手形債務者が別口の不渡発生により取引停止処分に付されるなど一定の事由を生ずることにより、必らず支払銀行に返還されるものであつて、支払銀行の手形債務者に対する預託金返還債務の履行期は、支払銀行が右のような事由にもとづいて手形交換所から異議申立提供金の返還をうけた時に到来するものであり(最高裁判所昭和四五年六月一八日判決、判例時報五九八号六一頁参照)、また民法五一一条の文言および相殺制度の本質からみれば、同条は第三債務者が債権者に対して有する債権をもつて差押債権者に対し相殺をなしうることを当然の前提としたうえ、差押後に発生した債権または差押後に他から取得した債権を自働債権とする相殺のみを例外的に禁止することによつて、その限度において差押債権者と第三債務者の間の利益の調整を図つたものであり、したがつて第三債務者は自働債権が差押後に取得されたものでない限り、自働債権および受働債権の弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば、差押(仮差押)後においてもこれを自働債権として相殺することができ、債務者に対する右相殺の抗弁をもつて差押債権者に対抗することができるものと解すべきである(最高裁判所大法廷昭和四五年六月二四日判決、判例時報五九五号二九頁参照)。したがつて、これと異なる見解の主張は主張自体において採用することができない。

(2)  また、《証拠》を綜合すれば、被控訴人園田支店は昭和三九年三月一八日訴外阪神企業株式会社との間において被控訴人主張のような約定の継続的手形貸付等取引契約を締結し、右約旨にもとづき昭和四〇年八月二一日同社に対し三五〇万円(弁済期同年一〇月二一日)の手形貸付をしたこと、他方、同社の昭和四〇年八月二日振出しの約束手形(額面一〇〇万円、支払期日同年八月一八日、支払場所被控訴人園田支店、受取人控訴人)が不渡りとなつたので、同年八月一九日本件異議申立提供金として被控訴人園田支店に一〇〇万円預託したこと、ところが同社は被控訴人園田支店が支払場所である別口の手形の不渡りにより同年一〇月六日銀行取引停止処分に付された(この事実は当事者間に争いがない)ので、右約定にもとづき同社は右手形貸付金債務について期限の利益を失うとともに、被控訴人園田支店は右約定にもとづき同日付同社との右継続的取引契約を解除し、同年一二月九日尼崎手形交換所に対し右提供金の返戻手続をとり同日同交換所からその返戻をうけたこと、および被控訴人園田支店は同年一二月九日同社に対し書面で右手形貸付金債権を自働債権とし同社の本件預託金返還債権を受働債権として対当額で相殺する旨の意思表示をし、同書面は同月一六日同訴外会社に到達したことが認められる。

(3)  もつとも、控訴人は被控訴人園田支店が相殺した受働債権は尼崎手形交換所の通知預金債権または訴外梶武雄個人の債権であつて、本件預託金返還債権ではない旨主張するけれども、本件の全証拠によるも右相殺の意思表示の当時、梶武雄個人が被控訴人または手形交換所に対し通知預金債権を有していたことを認めるに足る証拠はなく、この事実に《証拠》を綜合すれば、右受働債権は被控訴人園田支店が同手形交換所から返戻をうけた異議申立提供金であつて、手形債務者たる同社が支払銀行たる被控訴人園田支店に対して有する預託金返還債権であつたと認定するのが相当であり、他に右認定を妨げる証拠はない。また控訴人は、右預託金返還債権の弁済期は被控訴人園田支店がその返戻手続をとりその返還をうけることのできた昭和四〇年一〇月一〇日である旨主張するけれども、本件の全証拠によるもこれが認められる特段の事情はなく、かえつて右預託金の弁済期は支払銀行たる被控訴人園田支店が尼崎手形交換所から異議申立提供金を現実にうけた時と認められる。

(4)  以上の事実によれば、被控訴人は自働債権たる本件手形貸付金債権を昭和四〇年八月二一日取得し、その自働債権の弁済期は、当初は同年一〇月二一日であつたが、これより前の同年一〇月六日別口手形の不渡りにもとつく銀行取引停止処分により債務者が期限の利益を失い、その弁済期が到来し、また受働債権たる本件預託金返還債権の弁済期は同年一二月九日であり、したがつて両債権は本件相殺時である同年一二月一六日には相殺適状にあつたから、本件預託金返還債権は対当額の相殺により全部消滅したものというべきである。

したがつて、その預託金返還債権の消滅後にその債権の存在を前提としてなされた本件差押ならびに転付命令(第三債務者たる被控訴人に対する同命令送達日は昭和四〇年一二月二八日)は無効であるから、控訴人の本件転付金の支払を求める主位的請求は理由がない。

三、次に控訴人は、予備的請求原因として、訴外松島浩が被控訴人の事業の執行について故意または過失により控訴人の訴外阪神企業株式会社に対して有する債権の回収を妨害し、本件転付金と同額の損害をうけたので松島の使用人である被控訴人はその損害を賠償すべき責任がある旨主張するのに対し被控訴人はこれを争うので判断する。

(1)  《証拠》を合わせ考えれば、尼崎手形交換所においては異議申立提供金の返戻について特段の規定を設けていないが、従来より大阪手形交換所規則および同交換所における異議申立提供金に関する事務取扱要領に準じてその取扱をしており、その取扱要領によれば、異議申立提供金は異議申立てにより取引停止処分を猶予中、別手形によつて振出人が取引停止処分をうけた場合、提供銀行がその旨の「異議申立提供金返戻申請書」を手形交換所に提出したときなど四つの場合に返戻されること、被控訴人園田支店が同訴外会社の別口手形による銀行取引停止処分の事実を手形交換所よりの通知により知つたのは、昭和四〇年一〇月一二日ごろであること、被控訴人園田支店においては手形交換所より異議申立提供金の返戻をうけるについて法規上は別として事実上、手形債務者の意向を確認するなどの事情のため時日を要し同年一二月九日に至り尼崎手形交換所にその返戻手続をして同日その返戻をうけたことが認められ、また《証拠》によれば、その返戻手続の実情は返戻事由の発生後ただちにしなければならない義務がないので異議申立提供金の提供銀行の事情によりその事由の発生後一カ月ないし二カ月後になされる場合も必ずしも稀ではないことが認められる。そして、そのほかに右認定を妨げる証拠はない。

(2)  以上の事実によれば、支払銀行(提供銀行)たる被控訴人は同訴外会社の別口の手形不渡りによる取引停止処分の事実を知り、したがつて異議申立提供金の返戻事由を知つた時から約一カ月半余(昭和四〇年一〇月一二日ごろから同年一二月九日まで)を経過してその返戻手続をしたものというべきであるが、その返戻手続についてたとえ手形債務者の意見を聞いても被控訴人が独自の判断によつてすることができ、もつとも返戻事由を知つた後なるべく早期に返戻手続をすることがその取扱上期待されるけれども、右返戻手続に一カ月半余を経過したことがただちに被控訴人園田支店長たる松島個人の返戻手続義務違反の過失を生ずるものではないというべきである。そして、そのほかに右返戻手続について松島に故意または過失があることについては、控訴人の立証はもちろん、本件の全証拠によるも、これを認めるに足る証拠はない。したがつて、被控訴人に対し松島に故意または過失があることを前提とする使用者の損害賠償を求める控訴人の右主張は、その余の点について判断するまでもなく、失当であつて採用することができない。

四、よつて、控訴人の本訴請求はすべて理由がなくこれを棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから棄却

(裁判長裁判官 亀井左取 裁判官 松浦豊久 村上博己)

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