大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

大阪高等裁判所 昭和45年(ネ)662号 判決 1971年1月29日

控訴人 岩本技研工業株式会社

右訴訟代理人弁護士 平山芳明

同 山田庸男

被控訴人 山下悦子

右訴訟代理人弁護士 土橋忠

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

<全部省略>

理由

一、控訴人が被控訴人主張の本件約束手形一通を振り出したこと、被控訴人が右手形の所持人として控訴人に対し手形金の支払を求める手形訴訟を提起し、大阪地方裁判所において右請求を認容する旨の仮執行宣言付手形判決を得てその仮執行により、控訴人から本件手形金一六万円の支払をうけたのと引換えに本件手形を控訴人に交付したことは、当事者間に争いがなく、<証拠>を合わせ考えれば、本件手形の振出日については被控訴人主張のように補充されたことが認められ、右認定を妨げる証拠はない。

二、ところで被控訴人は、控訴人が本件手形の受取人の白地補充権の行使を妨害したから、本件事実関係のもとではその白地が補充されたものとして取り扱われるべきである旨主張するのに対し、控訴人はこれを争うので判断する。

(1)  一般に、手形受取人の記載を欠く約束手形は、手形要件を欠くから手形の所持人がその手形金の請求をすることはできないことは、いうまでもないが、手形債務者が約束手形金請求事件の訴訟中において代理占有中にある未補充の手形について本人たる手形債権者の白地補充権の行使を妨害したような場合にも、なお補充されないものとして手形債権者の手形金請求を拒絶できるかどうかについては、検討を要する。手形債権者が手形判決の仮執行により手形債務者から手形金の支払をうけた場合は仮の弁済として受領したにすぎず、手形法三九条の適用がなく、したがって手形を手形債務者である振出人に返還交付する必要も義務もないが、たとえ手形を交付したとしても、その交付は特段の事情のない限り、仮執行による仮の満足に基づいて任意に行なった暫定的措置であって、仮執行が本執行に移行し完全な満足をうけることを条件として終局的に返還する趣旨の条件留保付交付行為であり、手形債権者は右交付によって手形所持人としての権利、とくに補充権を失うものではなく、また手形債務者においても右仮執行による弁済をした段階では、その手形上の権利を完全を消滅させることはできず、手形債務者の右所持は手形債権者を本人とする代理占有であるにすぎないものと解すべきである。そして、このような関係にある手形債権者が手形判決に対する異議訴訟の繋属中において仮執行による仮の満足により暫定的に返還した係争手形の手形要件が未補充であることに気づき、手形債務者に対しその白地部分補充のためその手形の一時的交付を求めたときは、手形債務者は占有代理人としてもまた後記認定の事実関係のもとにおける信義則上からも、右要求に応じなければならない義務があるものである。もっとも、手形の返還を拒絶され白地補充権の行使が妨害されても、その補充権の行使、したがって手形要件の白地部分の補充は、法律行為の条件にかかるものではないから、民法一三〇条を適用することはできない。しかし手形債務者が、手形上の権利が完全に消滅していないにもかかわらず、手形が自己の手中にあるのを奇貨として自己の形式的権利を主張して手形債権者の手形の一時的交付の要求を拒絶し、そのために白地補充権の行使を妨害したときは、その妨害をした手形債務者は権利者に対してその白地部分である受取人欄の補充記載がないことの効果、したがって手形要件たる受取人の記載を欠くことの効果を、直接の手形債権者に対抗できず、また手形債権者においても、第三者に対しては別論とするも、直接の手形債務者に対してはその妨害がなければ白地補充権を行使できた時から、補充権行使の効果を主張することができるものと解すべきである。もっとも、このように解することは、手形行為の要式性ないし書面行為性に背反するのではないかとの疑問がないではないが、右の見解は転々流通する取引における第三者に対してまで効力を拡張するものではなくて直接の当事者間の効果に止めるものであるから、その妨げとならないものと解する。

(2)  これを本件についてみるに、本件手形の受取人欄が現在なお白地のままであることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、被控訴人(当時原告)の訴訟代理人が本件原審手形訴訟の第一回口頭弁論期日(昭和四三年一二月一九日)において本件手形受取人欄に訴外株式会社布施精機工作所と補充する旨陳述し、これについて控訴人が明らかに争わなかったため、その手形判決においては右補充の事実がいわゆる擬制自白の規定の適用により補充されたものと判断されたが、前示仮執行後の本件異議手続における第八回口頭弁論期日(昭和四四年一一月二二日)において被告(控訴人)の訴訟代理人から本件手形受取人欄が白地のままである旨主張され、これに対して原告(被控訴人)の訴訟代理人が右白地部分を同訴外会社と補充するから本件手形を一時交付されたい旨要求したところ、被告訴訟代理人がこれに応じなかったため、右白地部分が補充されないまま現在に至ったことが認められる。右事実および前示事実関係によれば、被告は原告のなすべき本件手形の受取人欄の白地部分補充のための一時的交付要求に応ずべき義務があるのに自己の手中に本件手形があるのを奇貨としてこれに応じなかったのであるから、原告訴訟代理人が被告訴訟代理人に対し本件手形の受取人欄の白地部分補充の内容を明示して本件手形の一時交付を求めた日に、その内容どおりの補充がなされたものとしての効果を被告たる控訴人において阻止することができないものというべきである。<以下省略>。

(裁判長裁判官 亀井左取 裁判官 松浦豊久 村上博巳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例