大阪高等裁判所 昭和45年(ラ)215号 決定 1970年8月26日
抗告人 丸磯組株式会社
みぎ代表者代表取締役 磯部康志
みぎ訴訟代理人弁護士 春田政義
相手方 大弥建設工業株式会社
みぎ代表者代表取締役 桑原好雄
みぎ訴訟代理人弁護士 池田俊
奥村正道
寺岡清
主文
原決定を取り消す。
本件を東京地方裁判所に移送する。
理由
一、抗告代理人は主文同旨の裁判を求めた。
二、本件本案訴訟の請求の趣旨および原因の概略は原決定の理由欄一項記載のとおりで、本件移送申立に関する当事者双方の主張および証拠関係は、抗告人において別紙抗告理由書記載のとおり追加主張するほか、原決定の理由欄二項記載のとおりであるので、みぎ一、二項をここに引用する。
三、本件申立に関する当裁判所の判断は、原決定と異なり、抗告人の移送申立を相当として認容するものであるが、その理由は、原決定理由欄三、四項記載の事項については、みぎ各項の記載と同一であるので、同記載をここに引用し、本件管轄に関する合意がいわゆる専属的管轄の合意に当るかまたは附加的管轄の合意に当るかについての判断として、つぎのとおり追加する。
「五、裁判管轄に関する合意がいわゆる専属的管轄の合意に当るかまたは附加的管轄の合意に当るかは、一次的には、当該合意における当事者双方の意思解釈によって判定し、みぎ判定の資料を欠く場合に、はじめて、二次的に、附加的管轄の合意があったものとみなすのが相当であるところ、本件の場合には、前顕乙第一号証(本件注文請書)および同第三号証の一ないし三(抗告会社の注文書および注文請書用紙)によると、本件請負契約は、抗告会社が相手会社に対し、裁判管轄の合意の条項を含む契約条項を記載した注文書を交付して契約の申込みをなし、相手会社が抗告会社に対し、みぎ注文書の契約条項と同文の契約条項を記載した注文請書を差入れて申込みを受諾する方法によって締結されたのであるから、管轄の合意についても、抗告会社がもっぱら自分の利益のために一方的に管轄裁判所を指定して相手会社に申し入れ、相手会社は、抗告会社の申し入れた管轄の指定がもっぱら抗告会社の利益を目的とするものであることを知りながら、なんらの変更を加えることなくみぎ申込みを受諾したものと認めるのが相当であって、本件管轄の合意が専属的なものであるか附加的なものであるかは、もっぱらみぎ申込みにおける抗告会社の意思如何によって決せられ、結局いずれが抗告会社にとって有利であるかによって判定すべきである。
しかるに、本件の場合、抗告会社は東京都大田区内に本社を有し、日本全地域に亘る土木建築工事の請負を業とする会社であって、本件の契約は抗告会社が請負った工事を相手会社に下請負させるものであるから、同契約に関し抗告会社と相手方会社との間に生じた紛争を裁判によって解決する場合には、債権者が抗告会社である場合と相手会社である場合とにかかわりなく、抗告会社の本社所在地を管轄する裁判所を専属的管轄裁判所とする方が附加的な管轄裁判所とするより抗告会社にとって有利であって、本件管轄の合意も専属的管轄の合意であると解するのが相当である。けだし、請負契約に関する訴訟では、検証、証人尋問等の証拠調に関する限りでは、工事現場を管轄する裁判所で証拠調を行う方が注文者の本社所在地で証拠調を行うよりも注文者にとっても有利な場合があるけれども、訴訟全体としては、このような証拠調は訴訟手続の少部分を占めるに過ぎず、口頭弁論期日の全回数はこのような証拠調の回数とは比較にならない程の多数回であるのが通常であって、注文者にとっては、自分の本社所在地を管轄する裁判所を管轄裁判所とする方が工事現場を管轄する裁判所を管轄裁判所とするより遙かに有利であることが多いからである。
なるほど、抗告会社は大阪市内に営業所を有しているけれども、抗告会社が、本件管轄の合意をした際に、みぎ営業所所在地を管轄する裁判所の管轄区域内で発生した紛争を裁判をもって解決するに当って同営業所を訴訟の掌に当らせる意思でなかったことは、前記注文書等に記載された裁判管轄に関する条項中に、同会社本社所在地を管轄する裁判所のみを記載し、営業所を管轄する裁判所を記載していないことから明らかである。したがって、抗告会社が大阪市内に営業所を有するからと云って、大阪地方裁判所の管轄区域内の工事に関し、抗告会社とその下請負をした相手会社との間に発生した紛争について、相手会社が抗告会社を被告として大阪地方裁判所で訴訟を提起遂行することは許されない。けだし、このような訴訟の遂行を許すとすれば、みぎ当事者が前記管轄の合意をした当初の目的はほとんど全面的に損われるからである。
以上の理由により、本件訴訟は前記管轄の合意により、東京地方裁判所の専属管轄に属し、大阪地方裁判所の管轄には属しない。よって、本件訴訟を東京地方裁判所に移送すべく、みぎ当裁判所の判断と異なる原決定は失当として取消を免れないから、民訴法四一四条、三八六条を適用し、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 三上修 裁判官 長瀬清澄 古崎慶長)
<以下省略>