大判例

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大阪高等裁判所 昭和46年(う)1575号 判決 1974年3月13日

被告人 飯嶋憲雄

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金五、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、京都地方検察庁検察官小嶌信勝作成の控訴趣意書および大阪高等検察庁検察官伊原祐次郎作成の控訴趣意補充書記載のとおりであり、右控訴趣意書に対する答弁は弁護人中元視暉輔作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は法令適用の誤を主張するものであるが、要するに、原判決は、昭和二九年京都市条例第一〇号、集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下、集団行進及び集団示威運動を集団行動といい、右条例を市条例という)六条一項但書、九条二項の許可条件違反の集団行動を指導する罪の成立につき、単に許可条件に形式的に違反するのみでは足りず、許可条件に違反した集団行動により公衆の生命、身体、自由または財産に対する直接の危険を及ぼすようなもの、すなわち、法益侵害の具体的発生がなければ犯罪の構成要件に該当しない旨判示し、その理由として(一)市条例制定の目的が、集団行動が公衆の生命、身体、自由または財産に対して直接の危険を及ぼすことなく行なわれるようにすることにある(市条例一条)こと、(二)集団行動は表現の一手段であり、最大限の尊重を要すること、(三)市条例の規定上、公衆に危険を及ぼすと明らかに認められる場合を除き集団行動を許可しなければならない(同条例六条)ことなどに照らして考えると、条件違反の罪は公衆の法益侵害の具体的発生をその要件として成立するものと解すべきであり、かく解しなければ表現の自由が侵害される結果となり、また、道路交通法七七条一項、京都府道路交通規則一四条の集団行進についての道路使用許可条件違反の罪と同趣旨で、より重い刑による処罰をすることとなつて、市条例自体が、法令に違反しない限りにおいて条例を制定できる旨の地方自治法一四条一項に反する結果となること等をあげているが、市条例一条は、そこに規定するような危険を防止するため二条以下の方法で規制することを宣言したにとどまり、右危険の具体的発生を条件違反罪の成立要件とすることを規定としたものではなく、また、市条例は集団行動による不測の事態に備え、事前に適宜の措置を講ずることにより公共の秩序を維持する目的で、集団行動による表現の自由の反社会的な行使を規制対象とするのに対し、道路交通法は道路における危険を防止し、交通の安全と円滑をはかる目的で、一般交通に危険または著しい影響を及ぼすような行為一般を規制対象とするほか、両者は規制の場所的範囲、処罰対象者も異るから、市条例が法令に違反することはなく、また法定刑の較差が生ずるのは当然であり、市条例六条一項但書は許可条件に違反する集団行動が当然に公共の安寧を侵害する危険のあるものとし、これを指導等する行為を違法行為類型として規定しているものであるから、右条件に違反する罪は公共の安寧に対する侵害のおそれを抽象的危険としてとらえた抽象的危険犯と解すべきである。

原判決が前記のような見解に立つて、本件条件の内容たるジグザグ行進の意味を制限的に解釈し、被告人の本件行為は条例違反の構成要件を充足していないことが明らかであり、結局犯罪の証明がないとして無罪を言渡したのは、公安委員会の付した条件によつて補充される市条例六条一項但書三号、九条二項の解釈適用を誤つたもので、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

所論にかんがみ記録を精査して案ずるに、原判決は適法に証拠調された証拠に基づき、被告人が握つていたものが「竹竿」とあるのを「角材」とするほか、本件公訴事実どおりの事実を認定したうえ、市条例六条一項但書、九条二項の許可条件違反の罪が成立するについては、単に許可条件に違反する行為の存在のみでは足りず、その行為によつて公衆の生命、身体、自由または財産に対し直接の危険を及ぼすようなものであること、すなわち法益侵害の具体的な発生を伴うことを必要とする旨判示していることは所論のとおりである。

しかし、本件市条例による規制の目的、趣旨とするところは集団行動に潜在する一種の物理的な力が、時に、公衆の生命、身体、自由または財産に不測の事態を生ぜしめる危険性があること、集団行動中に一般公衆に迷惑、危険を及ぼすような行為をなからしめんとすること等のためにその予防的な必要かつ最少限の規制措置を講ずる途を開いた点にあることは明らかである。しからばかかる不測の事態を生じ易い行動類型を定め、これを行なわないことを許可の条件とした以上、この条件違反に該当する行為がなされればあえて法益侵害の具体的な発生をまたず、直ちに条件違反の罪が成立するものと解しなければ、市条例所期の事前規制の措置としての意味がないこととなるのである。

原判決は許可条件に違背したこと即条例違反になるというような解釈に甘んじるときは、憲法によつて保障されている表現の自由を侵害する結果となるというのであるが、表現の自由は国民が濫用することを得ず、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負うものであり、国民の権利と公共の福祉の調和をはかることが憲法の精神であることからすれば、被告人らの学園闘争勝利全関西労学総決起その他の集団的意思表現が、その手段として街路における集団示威運動の形態をとることは、もとよりその自由に属するけれども、ジグザグ行進をするそのことが集団的意思表現にとつて必ずしも絶対不可欠、本質的なものとは考えられないこと、そのジグザグ行進により阻害される公衆の通行上の不利益、あるいは本件のような多人数によつてジグザグ行進を繰りかえすことにより徒らに集団の気勢をあげさせ、容易に集団を興奮の渦に巻き入れ、その結果、不測の事態に発展するおそれがないとは限らないことを考慮すれば、これに備え、法と秩序を維持するに必要かつ最少限度の規制措置を講ずることもやむを得ないところであり、これによつて表現の自由が侵害される結果となるものとはいえない。

市条例六条によれば、公安委員会は公衆の法益に対して「直接の危険を及ぼすと明らかに認められる場合の外は、これを許可しなければならない」と規定し、その許可、不許可の判定基準としては、公衆の法益に対し直接の危険が及ぶかどうかによつてこれを決定することになるが、右条文を一つの根拠として本件条件違反の罪の成立には公衆の法益に対し直接の危険が及ぶこと、すなわち法益侵害の具体的発生を必要とすると解することは相当でない。

なお、市条例の許可条件違反の罪と道路交通法七七条三項、一一九条一項一三号の道路使用許可条件違反の罪を対比して見ても、前者の目的がただ単に道路交通の秩序維持にとどまらず一般公衆の法益を擁護しようとするものであるのに対し、後者の目的はもつぱら道路における危険を防止しその他交通の安全と円滑をはかるものであること、前者の罪においては主催者、指導者、煽動者のみを処罰するものであることからみても、その規制の目的、対象を異にすることが明らかであり、市条例の許可条件違反の罪が場合によつては公衆の生命、身体等に直接の危険を及ぼすような事態にまで発展することを考慮していればこそ、その法定刑が道路交通法違反の罪より重いことは当然というべきである。

以上のように見てくると、市条例の許可条件違反の罪の構成要件として、ジグザグ行進による公衆の法益に対する侵害の具体的発生を要するとした原判決の法令の解釈は、誤であるというほかはない。

記録を精査しても、本件につきいわゆる可罰的違法性の欠如その他被告人に対し無罪を言渡すべき特段の事情はないから、右の誤が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四四年五月二三日関西各大学全学共闘会議および反戦青年委員会傘下学生ら約一、〇〇〇名が「学園闘争勝利全関西労学総決起」を標榜し、京都市左京区吉田本町所在の京都大学正門から同市東山区円山町所在の円山公園まで集団示威運動を行なうにあたり、京都府公安委員会から「道路上でジグザグ行進、うず巻行進など一般の交通秩序を乱すような行為をしないこと」という許可条件を付せられていたのにかかわらず、同日午後八時五二分頃から約五分間にわたり、同区東大路通り一条交差点附近から同区東大路通り近衛交差点附近までの間において、デモ隊の第一梯団約一〇〇名の先頭列外で、先頭列員が横に構え持つた角材を自らも両手で握り後退しながら引張るなどして同梯団のジグザグ行進を誘導し、もつて右許可条件に違反した集団示威運動を指導したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は昭和二九年京都市条例第一〇号、集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例六条一項但書、九条二項、昭和四七年法律第六一号改正前の罰金等臨時措置法二条一項に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その罰金額の範囲内で被告人を罰金五、〇〇〇円に処し、換刑処分につき刑法一八条、原審における訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

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