大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

大阪高等裁判所 昭和46年(う)592号 判決 1971年8月17日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役四月に処する。

但し、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。本件公訴事実中、業務上過失致死の点については、被告人は無罪。

理由

<前略>原判決挙示の証拠によれば、本件道路は府道大阪、羽曳野線上にある東西に通ずる歩車道の区別のある道路で、車道は幅員16.9メートルのコンクリート舗装でその中央にはセンターラインが引かれており、歩道は車道の両脇にあつていずれも幅員四メートルとなつていて、本件交差点は、右府道がこれとほぼ直角に南北に通じている歩車道の区別のない道路(幅員は交差点南側において4.2メートル、北側において4.8メートル)と交わつている箇所で、信号機により交通整理が行なわれているものであるところ、被告人は原判示の夜間、普通貨物自動車(ライトバン型)を運転して、右府道の東行車線中央寄りを指定最高速度四〇キロメートル毎時を越える約七〇キロメートル毎時の速度で東進中、前方の本件交差点の信号の表示が赤色を示しているのを見てやや減速したが、右信号の表示がすぐに青色に変わるのを見て再び約七〇キロメートル毎時に加速して進行し、右交差点手前約三〇メートルに達した際、同交差点の南北の信号の表示が赤色を示しているのに、信号の表示に従わないで同交差点を自転車に乗つて南から北に横断中の遠藤弘一の姿を前方約三二メートルの交差点中央やや右側に発見し、急制動の措置をとるとともにハイドルをやや左に切つて衝突を回避しようとしたが、交差点内において自車右前部を右自転車に衝突させて同人を自車ボンネット上に刎ね上げたのち路上に落下させ、その結果、同人が脳挫傷により、間もなくその場で死亡したことを認めることができる。<中略>ところで、原判決は、本件衝突事故の発生につき「被告人は法定最高速度四〇キロメートル毎時を守るとともに前方左右を注視して進路の安全を確認して走行すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、時速約七〇キロメートルで右前方に対する安全を確認しないまま漫然進行した過失により……」と判示して、被告人の過失を認めているので、この判断の当否について考えてみるに、交差点における対面の信号が赤色を表示しているときは、道路を横断してはいけないということは、車両の運転免許を有すると否とを問わず、道路交通上の常識となつているから、自動車運転者としては、信号により交通整理の行なわれている交差点を通行しようとする場合には、特別な事情のない限り、対面の信号機の表示するところに従つて運転をすれば他の道路から進入する車両と衝突するようなことはないはずであるから、信号機の表示するところに従つて自動車を運転すれば足り、信号を無視して交差点に進入してくる車両のあることまでも予想して、あらかじめこれに対処するため速度の調整、左右道路の車両との安全を確認すべき注意義務はないものと解するのが相当である(最高裁判所第三小法廷昭和四三年一二月二四日判決及び昭和四五年九月二九日決定参照)。本件において、被告人は交差点の対面の信号が青であることを認めて進行し、約三二メートル前方の暗い交差点内に無灯火で北進する被害自転車を発見して急制動の措置をとつたが、青信号のまま交差点に進入してこれに衝突したもので、記録を検討してもあらかじめ、信号を無視して右方から進入してくる自転車のあることを予想すべき特別な事情は存在しないから、被告人が右方の道路から信号を無視して交差点内に進入してくる自転車はあるまいと信じたのは自動車運転者として当然のことであり、これを不注意であるということはできない。また被害者発見後の被告人の処置にも過失と認むべき点は見当らない。もつとも、被告人が指定最高速度四〇キロメートル毎時を越える約七〇キロメートル毎時の速度で自動車を運転していたことは道路交通法二二条二項に違反するわけであり、被告人がこれに違反せずに右指定最高速度で進行していたとすれば、自転車と衝突するまでに停止することができて本件のような事故は起こらなかつたかもしれないから、この意味では被告人の道路交通法違反と被害者の死亡との間には条件的な因果関係はある。しかし、本件では相手が信号を守つて交差点南端で停止すべきものであつたのであるから、被告人が速度違反をして約七〇キロメートル毎時の速度で進行したからといつて、交差点内における衝突死傷の結果が発生するおそれはなかつたのであり、したがつてこれを認識すべき注意義務もなかつたものであつて、このような点からしてみると、被告人が速度違反の責任を問われるのは格別、前記条件的因果関係があるからといつて、直ちに本件事故につき被告人に過失があるということはできない。結局のところ、本件衝突事故の発生については被告人に過失はない。<以下略>

(田中勇雄 尾鼻輝次 小河巌)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例