大阪高等裁判所 昭和46年(ネ)1341号 判決 1973年7月31日
控訴人
山本貞雄
右訴訟代理人
松本健男
被控訴人
三ツ桜酒造株式会社
右代表者清算人
上村正治
被控訴人
谷祥四郎
右右両名訴訟代理人
小長谷国男
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一当裁判所も本件交通事故につき被控訴人ら各自に対し控訴人主張の損害賠償請求権が発生したと認めるものであつて、その理由とするところは次のとおり附加訂正するほか原判決理由説示(原判決七枚目表二行目から一二枚目裏一〇行目までのとおり(ただし、原判決九枚目表一一行目の「背椎」を「脊椎」と、同末行および同裏末行の「背髄」を「脊髄」と訂正する。)であるからここにこれを引用する。
(一) 治療経過に関する事実関係を裏付ける証拠として当審での控訴人本人尋問の結果の一部を附加する。
(二) 過失相殺および損害の填補(損益相殺)に関する算出経過を次のとおり訂正する。
本訴において明らかになつた控訴人の総損害額(弁護士費用相当損害金の請求は取下げている。)は原審の認定した七、二八八、六二〇円(本訴請求にかかる(イ)逸失利益相当損害金六、九八八、六二〇円、(ロ)慰藉料二一〇万円と(ハ)請求外の入院治療費三〇万円)のほか、請求外の入院中附添費相当損害金二九、二六五円(成立に争いない乙第一三号証参照)を加算すべきであるから、これを加算すると合計七、三一七、八八五円となり、これに四割の過失相殺を施した四、三九〇七三一円が、本来控訴人が被控訴人ら各自に対し請求できる損害額であり、右金額のうち二、〇〇四、二六五円を損益相殺すると(原審が認定した保険給付金合計一、九七五、〇〇〇円のほか前記附添費相当損害金二九、二六五円についても昭和四〇年七月東京海上火災保険株式会社から控訴人に保険給付があつたことが前掲乙第一三号証によつて認められるのでこれをも加えて控除する。)、結局、控訴人が本訴で請求しうる損害金は金二、三八六、四六六円となる。
したがつて、控訴人の本訴請求は、右損害金二、三八六四六六円とこれに対する附帯損害金の支払いを求める範囲で理由がある。
二そこで、次に、右損害金(逸失利益相当損害金と慰藉料)に関する被控訴人らの消滅時効の抗弁について検討する。
まず、自賠法は同法三条所定の損害賠償請求権につき消滅時効に関する特別の規定を設けていないから、右請求権(被控訴人会社の場合)についても、被控訴人谷の場合と同様に民法七二四条所定の時効の成否について検討する。
思うに、控訴人の治療経過(引用の原判決理由三(一)記載の事実)に照らすと、控訴人の本件交通事故による症状(むちうち症、頸髄損傷の傷害を受け、歩行困難、両上肢運動ほとんど不能、握力極弱直腸膀胱まひの後遺症)はすくなくとも昭和四一年二月一二日(控訴人が本訴を提起した日から逆算して三年前の日)より以前にほぼ固定し、控訴人としてはその段階で本件交通事故(被控訴人谷の加害行為)によつて通常生ずべき範囲の損害(本件で当面問題となつている逸失利益相当損害金と慰藉料)を被害者の立場で十分予見可能であつたものであり、それ故、具体的にその損害額を算定し、権利を行使することが十分可能であつたと認めざるをえず、右認定に反する当審における控訴人本人尋問の結果は、原判決引用にかかる挙示の証拠に照らし採用することができない。結局、控訴人は右の時点以前で既に「損害ヲ知」つていたと解すべきである。げんに、控訴人自身の判断または医学的見地からみて、当時の段階で通常予想しえなかつたような特段の後遺症がその後発生したと認めうる資料は何もなく、かえつて、その後は、控訴人も主張するとおり、原審で認定された限度で徐々に軽快しているぐらいであることが認められる。
もつとも、控訴人は(イ)昭和四〇年九月一三日新大阪病院を退院後も翌四一年一月二一日までは通院を続け、その頃、これとは別に近所の鍼炙院にも通つたこと、および(ロ)昭和四三年二月二八日にも前記病院で診断書を作成してもらつていることが<証拠略>によつて認められるが、(イ)の点については、元来、退院時期直前における病院での治療方法は既にマッサージと電気治療だけであり、同じことであるから退院してもよいと医師にいわれて退院したものであり、通院も実数六日に過ぎなかつたことが同じく前掲控訴人本人の供述によつて認められるし、(ロ)の点も、右診断書はその間、特段病状の変化があつたとは認められず、いずれにしても前記判断を妨げる事情とは認め難い。
控訴人は、右の段階では、いまだ病状流動的であつたから、損害を確定的に知つたとは言い難い旨主張するけれども、およそ損害を知るためには病状が完全に固定する必要はなく(その時期を知ることは医学的にも困難であろう)、社会通念上、損害および損害額を算定しうるていどに病状が固定すれば、その段階をもつて起算日と解すべきであるから、右主張は失当である。けだし、一般に不法行為に因る損害は当該不法行為時に即時発生すると解するのを原則とすべく、それ故被害者としてもその時損害を知つたと考えるのが相当であり、(傷害自体を損害とみるいわゆる傷害説の見解を採つた場合はもちろん、そうでなくても、右のように考えることができなくはない。)、かりに、本件の場合、それが無理であるとしても、もともと逸失利益の算出には、その性質上大なり小なり将来事項の推定を必要とし、そのかぎりで一種の擬制を伴うものであり、このことは慰藉料のしんしやく事情の判断にさいしても同断であつて、理論上も実際上も、後遺症の完全固定後でないこと算出不能というべきものではなく、かえつて、反対に解するならば、実際上、徒らに時効完成時を延ばし、不法行為法における短期消滅時効制度本来の趣旨を没却するおそれがあるからである。
そうすると、控訴人の被控訴人らに対する前記損害賠償債権は本訴提起当時すでに時効消滅していたといわねばならない。しかして、被控訴人らが本訴で右時効を援用したことは記録上明白である。
控訴人は、右時効は昭和四二年四月二六日被控訴会社が債務を承認したことによつて中断した旨主張し、<証拠略>によれば、本件事故の自賠法上の保険者である東京海上火災保険株式会社(大阪支店)はその頃被控訴会社に対し自賠法施行令四条二項に基き「保険金一〇〇万円を被害者である控訴人に直接支払つた」旨書面による通知をし、被控訴会社はこれを受領した事実を認めることができるが、右事実だけでは、被控訴会社が相手方債権者である控訴人に対し直接本件損害金債務を承認したと認めることは困難であり、他に被控訴会社が控訴人に対し債務承認の観念通知をしたと認めるに足る証拠はない。控訴人の時効中断には理由がない。
三そうすると、控訴人の本訴請求は爾余の判断をなすまでもなくすべて失当で棄却を免れない。
よつて、これと同旨の原判決は相当で本件控訴は理由がないからこれを棄却し控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(岩本正彦 石井玄 畑郁夫)